--ACT.7 ジャンクハンター
再会を喜び合うも、いつまでも和んではいられない。
互いの現状を確認しあうと彼らはラディスロウを出た。
ラディスロウの浮上は、ラディスロウ自身による潜行モードを解除によるものでやはりこのままでは使えないという。
そう示唆したのは地上軍総司令メルクリウス=リトラー。
彼は天地戦争後、もしもの事態を懸念して自らの人格をラディスロウに投射し来るべき時に備え眠っていた。
ダイクロフト復活に呼応するように目覚めた彼とラディスロウは繰り返される天地戦争に終止符をうつための存在でもある。
そんなラディスロウは悪用を避けるために幾重にもプロテクトがかかっており、解除するために必要なもののひとつが「起動ディスク」だった。
そしてもうひとつ…
「それで、リトラーの手足となるための助手、か…」
先ほど聞いた能天気な会話の意味が繋がってリオンは納得する。
「わたくしが残っても良いのですが…」
「それはさっきダメって言ったでしょ。いい?フィリアには他にしなくちゃいけないことがあるのよ。私たちと一緒にね」
フィリアも元は神官と言う名の学者であるから潜在的な使命感があるのだろうがそう言われて素直に「はい」と頷いた。
「で、これから探しに行こうと思ったんだけど…リオン、心当たりあるか?」
「城に戻ればいくらでもいるだろ。ベルナルドに飛行竜のクルーを連れてきているから作業用にここにも何人か残せばいい」
「さすがに用意周到だな」
実のところ
シン
がラディスロウのメンテナンス用に連れてこさせたものだ。
使えるかどうかはわからないが、ここがダイクロフト攻略の拠点になるならばせめて少しでも居心地はよくしておきたい。
ついでに言うとベルナルドも一部居住が可能くらいにはきれいになっている。
スタンたちが単独で行動するのに対してリオンと
シン
は王国の持つ力を活用することを知っている分だけバックアップに対する機転は大きかった。
「でも城に戻って、ディスクを取りに行って…ちょっと時間がかかるわね。下手したらセインガルド大陸ひとつ分移動しちゃうわよ。」
「だったら別行動する?」
つい今しがた合流できたばかりなのに、そして別行動の仕方も想像できずにみなの視線はあっさりと提案した
シン
に集まった。
「どうんなふうに」
「起動ディスクの神殿には確か4つの封印があるから少なくともマスターが4人行く必要がある。で、助手なんだけどここからだと城に戻るよりジャンクラ ンドに行った方が早いと思う。だからここから船とベルナルドを使って二手に分かれる」
「ジャンクランドに助手になれる人が居るの?」
いくつか疑問が浮上したが、そのうちのひとつをルーティが挙げた。
「ジャンクランドは天地戦争時代の廃棄場だったんだよ。そこから廃品を発掘して売りさばくジャンクハンターって言う人たちがいる。
蛇の道は蛇、って言うし、下手な箱入りの学者より使えると思う」
きれいな建物の中で与えられた機材と書物を目にするよりも確かに、自らの実体験で身に着けた識は強い。
不安は残るものの、帆船で城や神殿に戻るよりははるかに合理的だ。
「でも、リトラーさんは「学識のある方を」とおっしゃってましたが…」
「細かいことにこだわるな。僕たちには時間がないんだろう?神殿はフィッツガルド大陸の西側と言ったな」
それぞれの選択肢を比較して自らの中で決をとったのかリオンが鋭く切り出した。
スタンが頷くのを見て続ける。
「だったらそちらはベルナルドを使え、僕らはお前たち使った帆船でカルバレイスへ向かう。そちらは目と鼻の先だしな」
「僕らって…リオンと
シン
がジャンクランドに行くの?」
「なんだ…他にお望みの人選でもあるのか?」
「そうじゃないけど」
「あ、でもジャンクランドってつまりはお宝も眠ってまーす!ってことよねぇ?私、行って見たいかも〜」
『ルーティ、遊びに行くんじゃないのよ』
アトワイトにたしなめられて目を輝かせていたルーティは「わかってるわよ」と口をとがらせながら一時の夢を断念した。
* * *
熱風吹きすさぶカルバレイスの大地の半分は未開の砂漠である。
比較的緑が豊か、という言葉を用いることがかろうじて可能であろう場所はチェリクのある南西部だけで、北に行けば不毛の大地、西に行けば活火山に囲ま れた岩石砂漠が谷としてうねっていた。
最も今回は大陸の南西に船でまわりこんでいるので過酷な旅はせずに済んでいる。
しかし、本当の意味で過酷だったのは他でもないジャンクランド自身の環境だった。
「…2人で来て正解だったな」
いろんな意味があるのだろう。
異臭、たちこめる熱気、街中であろうとところかまわず噴出す毒ガス。
潔癖症のフィリアがいたら倒れるくらいはするかもしれないし、ルーティならば不平不満のほどを耳にたこが出来るほど聞かされるであろう。いずれ、迅速 に先に進める状況でないのは容易に想像できた。
そうでなくてもあまり長居はしたくない場所だ。
病んでいる人間が多いのか空咳がそこかしこから聞こえる。
命の危機感すら覚える環境なのでリオンの言葉にも笑っていいところなのか微妙だ。
とりあえず苦笑が漏れる。
「人の住めるようなところじゃ…ないね」
だが、実際町には人々がそれなりに多く住まっているようだった。
といっても、それぞれが掘建て小屋のようなものを思い思いの場所に建ててあるくらいで商業や産業が発展しているわけでもない。
うねる熱波の谷に交通路が整備されているわけでもない。
ただ何をするでもなく彼等は外に、あるいは家のうちにこもるくらいしかないのであろう。
「で、ジャンクハンターとやらはどこにいるんだ…?」
物乞いのような粗末な服装の人間が荒れたゴミ混じりの地面に座り込んでいるのを横目にリオンは辺りに大きく首を巡らせた。
町は勾配の中に立ち、その先の「ゴミ山」へ食い込むように続いている。
シン
が身なりこそ薄汚れているがまだ話の出来そうな女性に聞くと彼女は洗濯物を干す手を止めて、そのゴミ山のほうを指差して教えてくれた。
干された元は白いはずのシャツもまたすすけたような色になっている。
ガスがどこからともなく舞い上げる煤のせいで誰も彼もがこうなってしまうのはしょうがないことらしかった。
じゃり、と土と訳のわからないさびた金属片の混じる地面を勾配に沿って上がっていくとやがて2人はその「ゴミ山」にたどり着く。
『…本当に、ゴミ捨て場なんですね』
シャルティエはうず高く積まれたそれを前に、見上げるような声を出した。
「この先ってトラッシュマウンテンでしょ?」
「天地戦争時代の廃棄場か。天上人は派手に捨てたものだな」
『そりゃ、もう地上に戻ってくるなんて思ってなかったでしょうから…まさか自分たちがそこに押し込まれるとは思わなかったでしょうね』
思い出したようなシャルティエの声は少し同情を含んでも聞こえた。
天地戦争はこんなところで指につけた墨を撫で、尾を引くようにまだ続いている。
さりげなく土壁にむき出しになった金属片のほこりをぬぐってみると銀色に鈍く光る。
まだこの金属は生きている。
この山はもともと山であるところにゴミを捨てたのではなくゴミを捨てたものが山になった、というものでもある。
今は大分土をかぶってはいるが、もっと奥へ行けば珍しいものがあるのもあるのだろう。
町の人間の姿が徐々に見えなくなり、これ以上先へ進んでいいものかと疑問に思い始めた頃、リオンは銀色の鉄くずが折り重なるようにそびえ立った小山の 下に動く背中をみつけた。
「あれか…?」
そう言ったのは明らかに動きが他の人間とは違っていたからだ。
しゃがみこむようにして足元を漁っている。
白いコートは大気を漂う煤ではなく直接的な土や埃で汚れ、しゃれっ気ではなく保護のためだろう。彼は黒いゴーグルをつけていた。
「お前がジャンクハンターか?」
「?」
作業に熱中していたのか入り組んだ金属柱の足元に四つんばいになって頭をつっこみかけていた彼は、体を狭い空間から引き抜くと見上げた。
黒い遮光ゴーグルごしで目は見えないがおそらくはまだ若い。あまりがっしりした体型にもみえない細面の男だ。
バンドつきのゴーグルを頭の上に上げると、案の定すすけているがまだ若い顔があらわになった。
「なんだ?あんたら。客か?」
彼がそう言ったのは、2人が明らかにこの町の人間には見えなかったからだろう。
この町に来てからの1時間ほどでどれほど汚れたのかはわからないが身なりも顔つきもおそらくは違う。
「残念ながらそうじゃない」
「ふーん?」
男は少しだけ値踏みするように2人をみてからちょっと考えて作業を再開しようとする。
「おい」
ものを頼むとは思えない口調でリオンはそれを呼び止めた。
このどこか隠遁とした町で蕪村な態度にはなれているのだろうか。ちょっと顔をしかめたもののけんか腰ではない表情でもう一度振り返る。
「お前、古代の技術に詳しいのか?」
リオンの口調がこうなのは彼にもっともふさわしい言葉を自然、選んでいるのに違いない。
事実、ジャンクハンターらしき彼は口調よりもむしろその発言に、彼の抱いているであろうプライドを触発されたかのように立ち上がってすそについた埃を 払いながら言った。
「そりゃこれでもジャンクハンターだからな。赤子の手習い、ってなもんだ。蛇の道は蛇とも言うな」
シン
の言っていたことをそのまま返す男。
2人の前に立つとそれほど大きくも無かった。
背丈は170あるかないかくらいだろう。着ている服とあいまってどこか研究者風情にも見えた。
あくまで現場嗜好の研究者、といったもので。
「セインガルドやストレイライズの学者よりもか」
「あんなやつらと一緒にするなよ。オレは実際この手で古代の技術をいじってるんだぜ?知識だけの学者さんとはわけが違う」
会ったこともないだろうに自信満々なジャンクハンター。「実体験」という経験上の強みがあるのだろう。
腕があるならリオンにとってもどちらでもいいことなわけだが。
「そうか、だったら一緒に来てくれ。ラディスロウを知っているな?」
「ラディスロウ…?」
一方で実地型ゆえに史学に詳しいかどうかは謎の瞬間が垣間見えた。
少しだけ時間を要してあぁ!と手を打つ。
「地上軍の拠点だったあれか。知っているがそれがどうした」
「起動させるのに助手が必要なんだ。それなりの技術がある人間でないと頼めない」
「…」
世辞というより事実を述べただけだが、何か感銘するものがあったらしい。ジャンクランドにはない空気であるからだろうか。彼にとっては何か揺り動かさ れるものでもあったのかもしれない。などとその沈黙に思ったがとんでもなかった。
「はぁ?」
彼はすっとんきょうな声を上げる。
当たり前だ。伝説的な戦艦(実際は輸送船)を復活させるなんておとぎ話。一般常識の域は確かに超えていた。
が、多分、疑問の声をあげるタイミングが悪かったのだろう。
今の一言でリオンの神経を無駄に逆なでしいてしまったことは見るまでもなく気配だけでも感じるようだった。
イライラしたようにリオンはもう一度説明する。
「だからラディスロウだ。お前も見ただろう。今、天上に復活したダイクロフトへ上がるのに使う。そのためには腕の立つ助手が必要なんだ」
「確かに1000年前の品々は今でも健在なものもある。ここのゴミだって治せば使えるもんがあるんだからな。
けどラディスロウだろ?そんなものどこにあるっていうんだよ。それに小間物と違うんだからそんな簡単に動くもんじゃないだろ?」
「ラディスロウはここから南東の海にある。動力は確認済みで、あとは起動ディスクがあれば動くはずだ」
…彼はリオンと相性のいい人間ではないと、傍目に関係ないことを思う。
声音を抑えるようにしてすばやく受け答えるリオン。信じがたい事実をいつまでも信じない人間というのはタチが悪い。
「でも1000年前のだろう?」
「貴様はその1000年前のジャンク品を糧にしているんだろうが!」
遂に切れた。
が、無用な繰り返しはせずにリオンはすばやくシャルティエを引き抜いた。青年は自分より小柄な少年を前にさっと男は顔色をひかせる。
「ちょ、ちょっと待てよ…!」
「慌てるな。よく見ろ」
片手を腰に当てるようにしてリオンは男の眼前にシャルティエのレンズの辺りを正面にしてつきつけた。
「ソーディアンシャルティエだ。これでも信じられないか」
『やぁ、はじめまして。…と言っても聞こえないだろうけどね』
「これが…ソーディアン?」
男がごくり、とのどを鳴らす。シャルティエが安易に語りかけたことでリオン表情はピクリと動いたが、声はやはり聞こえていないらしい。
シャルティエの容姿は書籍なり何なりで目にしたことがあるのだろう。顔つきが少し冗談めかしたものから真顔に変わっていた。
「どうするんだ。お前が駄目なら僕らは他の人間を探さなければならない。無駄に時間を使うわけにはいかないからな」
「…わかった」
ジャンクハンターをするからには生まれ持っての好奇心と探求力は強いに違いない。
報酬よりも興味が先立ったのか彼は口の端を吊り上げて快諾の意を示した。
「やってやるよ。正直、ジャンクランドの空気にも飽きてきたところだしな」
「名前は」
「シエーネ。シエーネ=バークラーだ。よろしくな」
握手を求めるほど馴れ馴れしくも無いこの男は、そういってこのジャンクランドでは滅多にお目にかかることの出来ない、活力に満ちた顔で胸を張ってみ せた。
そもそも彼はこのジャンクランドの生まれではないのだろう。
ゴミをあさるにしても生き生きとした表情はあの町には不釣合いなものだった。
ラディスロウに戻るとシャルティエの案内に従って司令室へと入る。
クレメンテのいた場所だ。
スタンたちはまだ戻っていないらしく当初、静まり返った艦内をシエーネは緊張した面持ちで注意深く見回していたが、司令室に来る頃にはその雰囲気にも 慣れたのか嬉々として奥にある機械を眺めすかしていた。
「…連れてきたはいいが…」
『リトラー司令、いるんでしょう?』
『驚いたな、シャルティエか』
「!?」
何事も起こらない暗がりにどうしたものかとリオンが様子を伺うと、シャルティエが声を上げ、途端に全ての機器に電源が投入された。
天井の明かりが一斉に灯り、ファンが息を吹き返したように低い唸りを上げる。そして、正面の壁には実体のない電磁モニターが展開され銀の髪の男の姿を 映し出していた。
年のころは40前後か。司令というには若い印象もある。
『ご挨拶ですねぇ、1000年振りなのに』
『もはや失われたものと聞いていたからな。その少年がお前のマスターか』
『そうですよ。リオン坊ちゃんです』
「無駄話は後にしろ。話はスタンたちに聞いている。助手候補を連れてきたぞ」
シエーネにはシャルティエの声が聞こえていないのでことの成り行きがわからず眉をしかめるようにして顔全体で疑問符を浮かべるだけだった。
ただ、助手を必要としているのが誰かはわかったのだろう、その視線は正面のモニターを見上げている。
リトラーは『淡白な少年だな』と苦笑を浮かべるようにしてから3人を眺めた。
その視線が
シン
とシエーネとを行き来して。
「そっちの男だ」
『そうか。ならば早速、このラディスロウについて学んでもらわねばならないことがたくさんあるが…できるかね』
「まかせとけ!」
『…』
やる気になったのか、親指をたててにやっと笑みを浮かべるシエーネ。
『やれやれ…口調からたたき直さねばならんのか…』
それを見てリトラーは骨が折れると言うように小さく呟いた。