--ACT.8 宝探し
ラディスロウの中は、セインガルドから連れてきた人員のおかげで、数日待つ程度なら十分なほどの居住空間を得るに至っていた。
しかし、わざわざここに居座らずとも船に行けば寝室も食料もある。
なのでスタンたちを待つ間は寝泊りなどはしていない。
が、いずれ数日間は端々を探検するに尽きる。
というわけで
は日中は主に船ではなくラディスロウの中を探索している。
「…楽しいか?」
「楽しい」
日中と言ってもまだ中1日といったところだ。
リオンも特にすることがないので成り行きで散歩に付き合っている。
「何か前来た時とは違うよね」
「どんなふうに」
「懐かしいって言うか」
「懐かしい?」
この時代において以前来たのは、ベルナルドに連れられてだ。懐かしむほど昔ではないし、代わり映えも無 い。
ゆえにその言葉がふさわしくないことはわかってはいる。
微妙に首をひねったリオンには笑うだけで済ませる。
は、カルバレイスへ往復するこの数日の間に全てを思い出していた。
初めはただの気のせいかと思っていた。
は18年後に何があるか「知って」いる。
それこそ、ストレイライズの森でスタンたちと会う前からだ。
が、海底洞窟を脱出してからこちら、
の中でそれとは違う現実じみた記憶が時に夢となって、時に既視感となって現れるようになっていた。
もともと「知って」いたのでその可能性にぶつかりながらもそれがどういうものなのか、確証は持てなかった。
この時代においての記憶に断裂など無いのに、
18年後の世界に生きていたなど誰が信じられるだろうか。
そのあいまいな記憶の中で
は旅をしている。カイルやジューダスたちと。
それが夢ではないのだと確証を抱いたのはごく最近だ。
1人ならば、信じがたいことであったろう。
今の自分には、死んだと言う事実がない。あればここにはいないはずなのだ。
けれど、リオンの様子を見るうちに既視感を抱いているのは自分だけではないことに気がついた。
そして自らの内に宿る矛盾、あるいは痕跡。
使えないはずの晶術、
剣の腕。
明らかな変化だった。
「この時間軸」においては、劇的なものでもある。
けれど一連の足取りが事実であるのだとすれば得心も行く。
思い出せたことが果たして
自身、もともと「心当たり」を持つからなのかそれとも何にもまして忘れえないことへの意識を傾けていることが功を奏したのかはわからない。
一方リオンはといえば、ささいなひっかかりを時折感じてはいるようだが、徐々に記憶を手繰った
とは違い思い出そうとする作業にさえたどり着く気配はないようだった。
それが、全てを思い出してしまった今では少し、寂しい。
そんな
を見てリオンもまた、なんともいえない違和感を覚えているのであるが。
俯いた視界の中でカツリ、と靴音が暗い通路に響いた。
「…起動ディスクが手に入ったら、全部復旧するのかな」
「電源系統がいかれていなければ、おそらくな」
「ふーん?」
さりげなく壁にある逆三角のボタンをおしてみるが何も反応は無い。
「知ってた?リオン、開くドアと開かないドアがあるんだよ」
「だから電源の供給経路が違うのだろうが」
「そうかなぁ」
の足はその先のL字に折れる突き当りでぴたりと止まる。
リオンにはその正面にある扉になんとなく見覚えがあった。以前、来たときにも通りすがったカーレル=ベルセリオスの部屋だった。
「…」
「おい」
以前は命と引き換えに世界を救ったその人の部屋をそっとしておこうと言ったのに、
はじっと見ていたかと思うと躊躇なくドアの開閉ボタンを押してしまう。
しかしボタンは反応しなかった。
「…シャルの部屋は空いたんだよね。同じエリアの同じ幹部の部屋で開かないのって変」
『そういわれるとそんな気も…』
「お前、電源が復帰したらそこら中探索したいとか思ってないか?」
「もちろん」
くるりと振り返ってドアを背中にする。
そういえば、はじめてラディスロウに来たときもこんな調子で単独行動をしていた。この手の遺跡(?)が
は好きなのだ。長らく忘れていたことを唐突に思い出させる光景ではある。
「そんな暇があればいいがな」
「暇はつくるものだよ、リオン」
顔をそらして はぁ、と息をついたリオンの言葉にもお得意のロジックで切り返す。
「なんだかよくわからないけど、使えそうなものはシエーネに持っていってあげよう」
『探索土産?』
などと雑多な広場を宝探し気分で荒らし、そこから引き返してみるとスタンたちが帰ってきていた。
「あ、リオン、
、今戻ったよ!」
「見ればわかる」
探索を切り上げて司令室ではなく入り口に向かったのは、大波にもまれたように船体が大きく揺れたからだ。
何事かと思ったが、ベルナルドの接艦の余波で揺れたのだとこれでわかった。
出迎えにうれしそうな顔をしたのはスタン、意外そうな顔をしたのはルーティだ。
「あんたがわざわざ出迎えてくれるなんて…嵐にならなきゃいいけど」
「ふん、異様に揺れたから様子を見に来ただけだ」
「相変わらず可愛くないわね…」
「可愛くてどうする」
憎まれ口をたたきつつ司令室に戻ると待っていたようにシエーネが迎える。リトラーが彼らの帰還を教えたのだろう。
「お疲れ様です。起動ディスクの方はどうでしたか?」
「…」
フィリアとウッドロウがなんとなくぽかん、としてしまったのはそういった青年が白い薄汚れた衣に、ゴーグルと言ういかにも学者風情とはかけ離れた…つ いでに言うなら、学のある風情ともかけ離れた外見であったからだ。
「この人が助手?」
「うん。カルバレイスにいたジャンクハンターのシエーネ」
「よろしくお願いします」
外見で判断することがよくないというより、判断の基準が甘いのかスタンは人見知りせずにディスクを手渡す。ルーティがふーん、と見定めるようにしてこ そっと耳打ちするように
に顔を寄せた。
「ジャンクハンターって言うからどんな人かと思ったけど…意外と、丁寧そうな人じゃない?」
「……………リトラー様は厳しいのですよ」
聞こえていたのか、ぽつりとこぼしたシエーネの声はどこか屈辱的だった。
この数日間で、言葉遣いから立ち居振る舞いまで矯正されたのは言うまでもない話。
* * *
「結局、お前たちはソーディアンに担がれていたと言うわけか」
『僕はちゃんと坊ちゃんに話したけどね』
それは誇れるべきことなのか。
シャルティエの声にディムロスはうなったが二の句はなかった。
そもそも神の眼破壊の役割を担うソーディアンは「神の眼奪還」が最終目的ではない。
つまり、スタンやルーティを炊きつけていたのはセインガルドに神の眼を戻す協力のためではなく、隙あらば破壊に持ち込む算段があったということだ。
人聞きの悪い解釈だが、間違ってはいない。
それを知っていたリオンが、ハイデルベルグでソーディアンを封じたことを考えれば合点はいくだろう。
「担がれていようが何だろうが、今はそうするしかないんだから結果オーライだろ?」
何が結果オーライなのかわからないがスタンは気にしていない。それがわかっているからリオンも言ってみただけだ。
起動ディスクがラディスロウに戻り、急ピッチで浮上の準備が進む中、ソーディアンマスターたちは特にすることもなくこの先の戦いに備えて旅の疲れを癒 すことに専念していた。
なんとなく集合場所になった広間は元は会議室らしき空間だ。
は知っている。天地戦争時代には事あるごとに集まっていた場所でもある。
船から持ち込んだ湯茶をフィリアが準備する横で、ウッドロウは物言わぬイクティノスの手入れをしていた。
ルーティの姿はなく、会話をするにも何か静かだなと思った矢先。
「ちょっとちょっとー!」
どこからともなく彼女は帰ってきた。
「聞いてよ!意味ありげなケースをみつけたんだけど開かないの!…なんとかして!」
「ルーティ…いきなりやってきてなんとかして!はないだろう?」
「意味ありそうなケース、って?」
スタンに続いてそれこそ意味深な発言に
が興味を示す。うるさいのが帰ってきた、といいそたそうなリオンはそんな
に視線だけ投げかける。
「うん、それがリトラーが言ってたハッチってやつの奥にね、いくつか使えそうなものがあったんだけど…」
『せめてリトラーさん、って言いなさい。ルーティ』
「ハッチって何?」
アトワイトが小さくため息を吐く気配をよそに更なる疑問を述べるとリオンは「あぁ」と
の方を向いた。
「お前さっきいなかっただろう。その時にリトラーが言っていたんだが…」
時はほんの20分ほど前にさかのぼる。
リオンは意外に細々しく動くシエーネの働き振りを眺めつつリトラーと天地戦争時代の話をしていた。
そこにやって来たのがルーティとスタンだった。
「ねぇ、このラディスロウの中って何か役立ちそうなものないの?」
第一声にうるさそうに振り返ると、頭の後ろで手を組んで、彼女は至極ヒマそうにそうのたまったのだった。
戻ってきてから、艦内の探索に行った筈だがお宝探しであるなら聞いたほうが早いと踏んだらしい。
探す過程を楽しむ
とは対極にある現物主義だ。
リトラーは思い出したように、あっさりと教えてくれた。
「そうだ、保管庫のハッチを開けておいた。
沈められたときに未来に使えるかも知れぬものを置いておいたから見てみるといい」
「マジ!?それって天地戦争時代のお宝があるってことよね?!」
レンズハンターをやめたはずの彼女は金に関しては相変わらずのようだ。ひょーvと探索する気満々の彼女を見てリオンは複雑そうな顔で溜息をつく。きっ と「これが僕の姉か」とかなんとかまざまざ思ったのに違いない。
「よっしゃ行くわよ!」
一緒にいたスタンは置いてきぼりにしてルーティはものすごい勢いで去っていった。
そして置いてきぼりにされたスタンはその後、リオンと一緒に会議室に行ってまったりしていたというわけだ。自由行動中ということで
も別の場所にいたため、話は聞いていなかった。
「そうなんだ。じゃあリトラー司令に聞いてみたら?」
「あ、そっか。それもそうね」
そして再びルーティは怒涛のごとく去っていく。
この会議室にある電磁モニターでも彼を呼び出せることを知らずに。
それから15分後。
「駄目よ!!ひとつだけ、開かないわ!!」
ルーティは武器をたくさん腕に抱えて帰ってきた。
…みんなソーディアンマスターなのだからそんなものばかりあっても後々転売するであろうルーティの懐が潤うくらいであるのだが、まぁ残すほうも戦いの ために必要だと言えば武器・防具がメインであるのも仕方がないのかもしれない。
「リトラーさんに聞いてみたらどうでしょう?」
「聞いたわよ。そうしたらなんて言ったと思う!?」
「なんと言ったんだね」
勢いに苦笑しながらウッドロウ。
ルーティはメモをつきつけて言った。
「『それは私にもわからない。製作者の意向では謎が解けるものだけに渡すようにと言う話でな…』だって」
リトラーの抑揚のない冷静な声音をまねてルーティは口を尖らせる。
メモには別の言葉が書かれているらしかった。ルーティはそれを皆が集う机の上に置く。
「どうやらこれがヒントらしいわよ」
メモを見た瞬間、
がはじかれたように顔色を変えた。フィリアは目を丸くしてリオンは呆れたように、ウッドロウは苦笑で眺めやる。
けったいな…とついでに彼は小さく呟いた。
「アトワイトも知らないって言うのよ。だったらこんなの、わかるわけないじゃない」
爪を噛むようにしてルーティ。
この様子だとリトラーと保管庫の間を何往復かして、謎とやらを解明するために多数あるラディスロウの部屋をいくつか漁ったあとなのだろう。
そして、短気を起こして帰ってきた、と。
「しかしルーティ君。そのケースの中にあるというものも、君の抱えている武器のようなものであるのなら必要ないのでは?」
「まぁ僕らの武器は間に合っているからな」
「駄目!!」
他の5人を圧倒する声でルーティは叫ぶ。
「駄目よ…駄目ったら駄目なのよ!!ああいうものこそ本当のお宝、ってものなのよ!!」
「だったら自分で謎解きしろ。苦労して手に入れたものほど尊いぞ。とりあえず僕らを巻き込むな」
「…私たちには時間がないのよ!」
リオンが棒読みにあしらおうとするが、ルーティはなぜそんなに真摯なまなざしで訴えるのかというほどの、それこそ世界が終わろうとするくらいの真剣さ で訴えた。
とりあえず、引用する場を間違った台詞だ。
「…」
あきれ返るほかの仲間たちをよそに
が席を立った。
「どこに行く?」
「それ、見てみたい」
「まぁ、私も気になりますわ」
フィリアがぱむ、と手をあわせて物見遊山のように微笑んだが
は笑っていなかった。
その様子に椅子に腰をかけたままのウッドロウが見上げるようにして聞いてきた。
「何か気になることでもあるのかね」
頷いて誰の答えも待たずに部屋を出て行く。
結局全員がそれを追うようにして腰を上げることになった。
「どこいくの?保管庫はこっちよ」
迷いのない足取りで先をいく
を、地下へ降りる階段の前でルーティは呼び止めた。階下の暗闇を指差したが、
は先に言っているように告げると居住区域へ向かうT字路を曲がって姿を消してしまう。
ただならぬ様子にためらう仲間たちを見かねて、リオンが後を追うことになった。
