少しずつ、繋がる記憶
そして、絆
--ACT.9 遺されたもの
保管庫はとりたてて何のことはない、倉庫だった。
雑多と埃をかぶった箱はすでに荒らされた形跡があり、軒並みあとは目で見てまわれば十分といったところだ。その奥にルーティの言う「ケース」があっ た。
幼子がすっぽり入ってしまうくらいの大きさのある長方形のジュラルミンのようなケース。
しかし手をかけてみると重さはここからどうがんばっても運び出せないというほどのものだった。
「これはいいのよ、これは」
かぱり、とルーティがあっけなく鍵の壊れた(正しくはルーティが壊した)上蓋を開けた。
すると今度はガラスのような透明なケースが入っている。
割って壊せるのかと思いきやルーティがたたいてみせるとかなり頑丈そうな音を短く響かせた。
「これは…!」
「…きれいな剣ですわ」
柔らかそうな上質の布に包まれて収められているのは、一振りの剣だった。
ルーティが手に入れたがるのもわかる。このうす暗がりにあってもわずかな光を得て、曇ることのない刀身は透明な光を放っている。
その頑強な「封印」ゆえか塵のひとつもその身を汚してはいなかった。
『ソーディアン、…か?』
「え?」
ディムロスが呟いた。戸惑いのようなものを漂わせるその発言からしておそらくは彼が封印された後、もしくは秘密裏に作られたものか…
時を置かずにリオンと
が現れた。
「あ、2人とも。見てよこれ、凄いよ!」
まさにお宝発見といった顔でスタンはケースを指し示す。
は駆け寄るようにしてケースの傍らに片ひざをついた。
その上部には小さな装置のようなものが埋め込まれていた。機械的なものではなくケースに合わせて透明感のある石であしらわれたそこに、コードを入力す るモニターがついている。どういう仕組みなのか、モニターから他にコードがつながっているわけでもなくそれで「蓋が開く」という作りでもない。
蓋自体がこのケースには存在していなかった。
は小さな鍵を入力装置の脇の鍵穴に差し込む。
「え!!?それ…どうしたの!!?」
「カーレルさんの部屋でみつけてきた。これを作ったのはハロルド=ベルセリオス。でしょう?ディムロス」
『…私は見たことがないのだが…ヒントとやらを見る限りはそうなのだろうな』
ヒントはこの剣の名前。
鍵は兄貴の部屋。
透明なケースにはそう、小さく刻まれていた。
この形式も何も無視した書き置き。
それは確かにハロルドのものだ。
だからルーティにメモを見せてもらったときに
はすぐに思い当たった。
カーレルの部屋はと言えば案の定、ラディスロウ内の電源が完全復旧したおかげで入れるようになっていた。
もっとも入るのに、リトラーに言って個別ロックを解除してもらう必要があったが。
「でも、鍵はいいとしてもうひとつのヒントは…?」
ピ、と電子的な音につられるように顔を見合わせていたルーティたちはもう一度視線を落とす。
が入力装置に手を走らせていた。
S・U・I・G・E・T・H・U
「…」
何も起こらない。
「ちょっと…ハロルド、って言えばあんたたちの仲間でしょ?心当たりないの?」
『仲間といっても我々と同じソーディアンチームではないから行動は把握していない』
「え、でももう一本のソーディアンってハロルドって人の人格が投影されてるんじゃなかったっけ?」
『スタン…前も話したろう。ベルセリオスのマスターは双子の兄のカーレル何だ。ハロルドは…研究者だからな』
「しかし、この文章から察するに、どうやらいままで世紀の天才科学者として思い描いていた人柄とはようだ。思い込みと言うのは怖いものだな」
「ウッドロウ、この際そんなことはどうでもいいのよ!」
ピ。
かしゃーーんん…
「!!」
ガラスよりももっと軽いものが余韻を残してはじけとぶような音に、はっと見るとケースは粉々になっていた。
氷が粉々にくだけた、といったほうが近いかもしれない。
は自分のひざの上に飛び散ったかけらを気にせず、破片に埋もれた剣へと手を伸ばした。
だが、破片は決してガラスのように鋭くはなく手を傷つけることはなかった。
「何!!?なんて入れたの!?」
「『アーパス』。」
「アーパス?」
「水に由来する名前だよ」
それは初めにハロルドが象ったはずのものだった。
手にしっくりと来る感触をたしかめるように柄を握って青いコアクリスタルに視線を落とす。
応えながらも
の視線は剣の上をなでていた。
その名前であったことで、この出来事が単なる偶然なのか別の因果によるものなのかはわからなくなる。
けれどその瞳が、どこか優しい苦笑をともなって細められるのをリオンは見た。
は青い真円のレンズに手を触れてみたが何の反応もない。
当然だ。
人格を投射する「オリジナル」はその時代にはいなかったのだから。
「あら?」
フィリアが破片の中に小さなボトルに入った手紙をみつけた。
そこにはヒントとは対照的な無機質な文面が綴られていた。つまりは使用説明書のようなものだ。
スタンが拾い上げて読み上げる。
「へぇソーディアンの試作品だって。人格投射はされてないけどコアクリスタルは超純度だから普通の武器より強いみたいだよ」
「試作品!!?それって売ったらいくらになるかしら…10万!?100万!!?世紀の発見だもの1000万くらいにはなるかもね!」
「馬鹿を言うな。使えるものなら使えばいいだろう」
「あんたさっき自分たちには武器があるからいらないって言ったじゃない」
態度を一転させたリオンにルーティは不満の顔をみせたが、リオンはちらりと見ただけで取り合わなかった。
「僕らには必要ない。だが、
には必要だろう」
「え…」
ルーティの発言に珍しく不安そうな表情を掠めるほどに見せた
もそうしてリオンを見上げる。
「ソーディアンマスターでもないのだから着いてくるな、といってもどうせきかないだろう。だったら強力な武器があるに越したことは無い。使える人間が 使えばいい」
もそれは気にかけていた。
神の眼の破壊をするためにはマスターがダイクロフトへ入る必要がある。
だが、さして戦えない人間が着いてくのは足手まとい以外の何者でもない。ノイシュタットの海賊退治とは訳が違う。
戦闘は苛烈を極めるだろう。
だから彼らが来るなと言えば、今回に限っては行くべきではない…と感情と理屈の間で複雑な想いを抱いていたのは確かだ。
『一理あるな、それに謎が解けた人間にやるというのだからその方がいいだろう』
「うぅ」
『ハロルド博士って四の五のいうとあとでものすごいしっぺ返しが来て大変な人だったから…僕もその方がいいと思うな』
逆らわなくても大変なことになるのだが。
リオン、ディムロス、シャルティエとそれぞれの言い分はどれも正論だった。
「わ、わかったわよ…そりゃ
がそれを使えるなら私たちも安心だし…」
「少しは人を思いやれるようになったのか」
「あんたに言われたくないわ」
言わなくてもいい一言を言われ、心底吐き出したルーティの本音は暗い空間に仲間たちの笑みを誘った。
ラディスロウを振動が襲ったのは保管庫から階段を上がりホールへ出ようという時だった。
はじめに大きく一度、それからは続く微震。
「な、なんだ?!」
「…エンジンが起動したんじゃないかな」
「ということはいよいよか…!」
誰ともなしに駆け出して、司令室の扉をくぐるとリトラーが待っている。
「浮上の準備が整いました」
シエーネがモニターの前で真っ白な書類を片手に振り返った。
彼の服は洗われたために薄汚れてはいなかったが、長らく灰塵にさらされていたせいで薄い灰色のコートと化していた。
その膝にかかる裾の端を軽く翻して再び正面を向く。
『準備はいいかね』
タイミングとしては唐突だが、待つ理由はない。
何人かが頷くのを見てリトラーも鷹揚に頷き返した。
『では浮上を開始する。ポイントはS23W84 0025、イグナシーとする』
「了解。S23W84 0025座標、設定します」
「イグナシー?」
シエーネが応えて作業を始めるのを横目にスタンが復唱した。
「空中都市群の中継地点になる都市だよ。そこから各都市に向かうゲートがあるはず」
『そうだ。君たちにはそこからダイクロフトに向かってもらう』
全く聞いたことのない名前に首を傾げるスタンに
が答え、それをリトラーが継いだ。
シエーネは浮上の命を受け、セインガルドから連れてきたクルーの何人かをおそらくは無線のようなもので動かしながら自分も機器に向かっている。
「ダイクロフトには直接行けないの!?」
『おそらく、ラディスロウでは接近を感知して自動迎撃されるのがオチだろうな。残念ながら今のラディスロウでは一撃でもかすめれば耐えられない』
天地戦争時代とは違う。空から下界が見渡せるこの状況で、しかも天上軍という存在すらない今、天上へアクセスするものなど草原の中にぽつりと立ち尽く している者を鳥の目でみつけるのに同じだ
脅威ともども理解したのか顔を見合わせるスタンたちをリオンが湿っぽい顔をするなと叱咤する。
起動の振動は古くなった調度品をがたがたを鳴らしながら次第に大きくなっていった。
「ショックに備えておけ」
ここには体をつなぎとめるような設備はない。
「あの時」のようにダイクロフトに体当たりをかますわけではないのだから大丈夫だろうが…
リトラーが指揮を取りシエーネは指示の復唱と応答を繰り返していく。
『補助エンジン、動力接続』
「補助エンジン微速回転1600」
『両舷推力バランスチェック』
「バランス、パーフェクト」
『微速前進0..5』
ただの振動が前後の揺れをもたらしたかと思うとラディスロウは緩やかに動き始める。
「メインエンジン内、エネルギー注入」
『補助エンジン第ニ戦速から第三戦速へ』
「メインエンジンシリンダーへの閉鎖弁オープン」
『補助エンジン第四戦速』
「メインエンジン内圧力上昇」
『メインエンジンへの接続開始』
ゆっくりと、だが確実に加速する重圧は、波の抵抗を受けてスタンたちにも速度を伝え始めていた。
「フライホール始動」
重い加速が、滑るような速度に変わる。
まるでまどろみからゆるゆると目を覚まそうとしていたそれが、蓄えていた力を解き放つように。
推力は前方から上方へと変化の予兆を見せた。
「メインエンジン点火10秒前」
『9、8、7、6、5、4、3、2、1…,』
「メインエンジン接続」
『ラディスロウ、発進!』
1000年の時を超えて繰り返される天地戦争を終息させるべく、リトラーの声がその一歩をここに宣言した。
