人は、よりよい未来を選ぶために歴史を学ぶ。
誰も知らないはずのその足跡を
知っているのだとすれば、それを活かすこともまた
歴史を知る者の努めなのかもしれない
--ACT.15 アルメイダ遠征
刻は夜であるはずだった。
当然に夜の帳など下りるはずもなく草原は不気味な沈黙に包まれている。
風は止んでいた。
ジジッとランプの炎が揺れる音が時折響く。
リオンは詰まれた荷に背を預け、洗いざらされた天幕の入り口に映る自分の影を見つめていた。
静けさの中でふと、ジューダスであった自分を思い起こす。
影であった自分。
常に仲間の背を守ることに徹していた。リオン=マグナスである自分とは根本的に立場の異なる、もうひとりの自分。
「リオン?」
思い返していたからだろうか。
その名で呼ばれたことに一瞬違和感を抱きつつリオンは顔を上げ、控えめに入り口の布を払う
の姿を確認した。
野営地点に到達し、早1時間。温まった空気と入れ替えに新鮮な空気が流れ込む。
は自分の様子に違和感を覚えたのか首を傾げた。
「どうかした?」
「いや」
応えると彼女は隣に腰をかける。
もとより狭い野営用の天幕。
落ち着けるようなスペースはそのくらいしかない。
部隊が小さいこと、そして行程が急ぎであることもあってあまり仰々しく荷物は準備されていない。それでも、十数名の小隊の扱う荷物は小さな天幕にあま
るほどだ。
自らの身の程をわきまえてか、荷を積み上げたここが彼らの今夜の寝床でもある。
むしろ、リオンにとっても
にとっても気を使わずに済む場所であるのが幸いだった。
「寒くない?」
そう聞く
の方が寒いのだろう。
外殻で空がふさがったせいで温度が下がり始めている。元々セインガルドは秋にさしかかろうという季節だったが空が閉ざされてから変化は急激だった。
まるで冬のように外に出れば息が白くなる。
外気に触れてきたばかりで少し寒々しく見える頬を見ながらリオンは手元に置いてあった毛布を
に放った。
「僕は平気だ。体温を保っておけ」
さりげない優しさ。
いつからこうなったのだろうとシャルティエは思う。
リオンは毛布に包まりながら改めてみる
の視線に気づいて逆に聞き返す。
「何だ」
「何か、少しだけ思い出すかなーって」
ようやく
は頬を緩めた。
何を思い出すというのだろう。
二人で彷徨の旅路をした時代?
それとも、こうして野営の夜は居並んで幾夜を過ごしたことか。
静けさと夜は、灯火の揺らめきに様々なことを思い起こさせる。
「何を思い出すんだ」
リオンは敢えて訊いた。
「色々」
の応えは捉えどころがなかった。
「リオンは?何を考えてた?」
「…昔のことだ」
昔。
時間軸に対しては未来になる。
しかし、彼自身の記憶する時間としては確かに「過去」になるのだろう。経験というものを過去というのなら。
はどうやら、彼女に会う前のことと判断したらしい。いつものように多くは訊かず、ふーん、とさして深追いせずに黙った。
そうしておそらくは自分から話し出すのを待っている。
「〝ジューダス〟は影だった。お前は…今の僕をどう思っているんだ」
だからこそまさか、そう来るとは思わなかったのだろう。毛布にうずめようとしていた顔が上げられるとそこには驚きの色が浮かんでいた。
こうしてなかったはずのあの時代の話をするのは初めてだ。おそらく、今後も改めて話す機会などないだろう。
リオンである自分は、ジューダスだ、などとは思っていない。
自分は自分だ。
それ以上のものでも、それ以下のものでもない。
敢えて、口にしようとも思わなかった。
だから、これは気まぐれのようなものだ。
「リオンはリオンだよ。ジューダスだろうが、リオンだろうが変わらない」
さして悩むでもなく再び口元を緩めた
の応えはやはり単純明快だった。
「僕たちはここにいてもいいのか?」
「そんなこと、考えてたわけ?」
そう。らしくはないと思う。
だが、心の底からそう思ったわけではない。
ひとつの問いが終わってまたひとつ。
ただ聞いてみただけだ。自分たちにとって議論が必要なものでもない。
少し哲学的な、言葉遊びのようなもの。
わずかに曇った
の表情には少し非難のようなものも入り混じって見えた。
「じゃあ逆に訊くけど、私たちはここから消えて、死ぬべき?」
「随分とストレートだな」
「わかりやすく言っただけだよ」
確かにオブラートに包みもせず優しくない言葉は、だが重みを持っていた。
死んだはずの人間。
ジューダスである時はそれこそ足音の無い死神のように、いつもつきまとっていた事実。今は───
「愚問だな」
「そ、愚問だよ」
ふっと余裕すら込めた顔で笑って「否定」を示したリオンにようやく表情を戻した。
少しだけ、ハロルドとわけのわからないことを話して結末にたどり着きかけた顔であると思う。
唐突に天幕の外で風が鳴った。
無風になったり突風が吹いたり。気候が異常なのは無論、外殻のせいだった。
「私たちは、今、生きてる。それ以上の意味がある?」
僕たちは、今、生きている。
本来いないはずの人間などと命を絶つなど、馬鹿げている。
そもそも本来いないかどうかは誰が決めることなのか。「ジューダス」も自らの存在が刹那の歪みであろうともそんなことは考えていなかったはずだ。
「それに…」
の言い分は理論を踏まえている。
「死んだところで、体はどうなると思う?その場で朽ちて土に還れば結局世界の循環に取り込まれることになるよ。存在そのものが消えるわけじゃない。水
の中でも以下同文」
「…」
「どっちを選んだって自己満足だよ」
過ぎてしまった時は戻らない。
それが未来であろうと、過去であろうと。
時折、
の言い分は痛快ですらある。
「あれほど歴史を変えるなといっていたのに…皮肉だな」
「不可抗力だよ…あ、でも」
「?」
口調のトーンが少し上がっている。
リオンも話しに傾倒している自分に気づいてはいた。
こういう時、
の口からとんでもない発言が出る確率はそれなりに高い。
果たして、その可能性は現実となった。
「…気づいてた?私たちは多分、歴史を変えなくちゃいけない」
「…既に大分変わってるだろうが」
自分も、ヒューゴも生き延びた。
少なくとも史実に記載される一文には変化が生じているはずだ。
けれど、そんなものは小さなものでしかないのだろう。
人の営みの他にある、多種多様な世界に目を向けるならば。
それは理解しているつもりである、が。
「そうじゃなくて…フォルトゥナはあの後どうなったと思う?」
「どういう意味だ」
の瞳の奥に賢しい光が灯ったのを見てリオンもまた、気が締められるのを感じていた。
何か、とんでもない見落としがある。
‘ジューダス‘としての自分が警報を鳴らしている。
闇色の風はとうとう天幕を波立たせて揺らし始めていた。
「ずっと考えていたんだけど…今から28年後。正史どおりなら…フォルトゥナはまた生まれる」
「!?」
「当然だよね。そもそも彼女が最初に生まれたのは正史上の話なんだから。私たちは「歴史を戻した」はずだけどそれを正したからといってこの先、フォル
トゥナが生まれない理由になるわけじゃない」
「……………」
フォルトゥナは、正史上に生まれる存在。
歪んだ歴史自体は神が生まれた副産物でしかない。
なぜ気づかなかったのか。
いや、思いつくこと自体、意味のないことだったのだろう。
あの時代では、それは変えようのない過去に過ぎなかったのだから。
だが、この時代では…それは紛いもなくこれから起こりうる可能性。
神を生み出したのは他でもないこの騒乱で拠り所をなくし失望した人々の願い。
それが、全ての発端であり原因でもある。
フォルトゥナを本当の意味で消し去るには、あの時間軸から放逐するだけでは無意味なのだ。
因果は、今この時には既に始まっている。
ランプが外から吹き込んできた風に揺れた。
影も釣られるように大きく揺れ歪む。
「もう事が起こってしまっていたあの時代では…全く無意味だったとは言わない。新しい未来はきっと始っていると思う。けど、私たちのいる今、この時代
からすれば───」
「脅威だな」
「で、どうしよう?」
「決まっているだろう」
正史を辿れば繰り返される。
まるで連鎖する鎖のように、あるいは永遠に表裏の交わることのないメビウスリングのように。
それを断ち切る方法が、ひとつしかないことに気付けないはずはなかった。
「歴史を変える。フォルトゥナが生まれてこないように」
「……やり残しにしては大仕事だね」
歴史を戻すために奔走していた自分たちが、今度は歴史を変えなければならない。
それも、生半可な変え方では駄目なのだろう。
それでも根本的な目的は同じなのだから皮肉の極致だ。
けれどどこかで、新たな使命に研ぎ澄まされるような自分を覚えていた。
の言葉が、今は追い風でしかなかった。
よぎったのは細く降る雨。
壊滅してしまったダリルシェイド。
灰色にかすむ町並みと、亡霊のように朽ちる刻を待つ尖塔。
「どんな結末だろうとも…ダリルシェイドは復興させる」
そうすることで、人々は拠り所を取り戻すだろう。
ただ祈るのではなく、自ら歩き出すために。
祈りの町はいらない。
* * *
夜も昼もわからなくなって数日…
「…鳥がいなくなったなぁ」
誰かが呟いた。
鳥だけではない。港の倉庫からはねずみが姿を消したというし、虫の声も、風の音すら時折消える不気味な沈黙が世界を席巻しようとしていた。
ただ、空は一面の闇ではなかった。
外殻のいたるところから見下ろす青い半球状のコアが世界が闇に閉ざされると微光をまとって見える。
その光が地上まで届いているのかはわからないが、多少見通しが利くのはそのせいもあるのかもしれない。
幸いなのか、そうでないのかは判断に苦しむところだった。
暗い北の山並みを眼前に小隊は自らの明かりを頼りにアルメイダへと向かう。
速歩になっている栗毛の馬の背中で
は先を行くリオンの背中に声をかけた。
「町をモンスターが襲ってるって言うけど…こんなに悠長でいいわけ?」
「仕方がないだろう。ただでさえ皆精神的に疲弊してるんだ。強行軍は出来ない」
「…」
気遣うような言い分にアスクスは視線だけでリオンを振り返る。
蹄鉄が土を蹴る音がすぐに何か言いたそうな彼の表情をかき消した。
多数の蹄鉄と鞍が揺れる音がリズムを刻んでいる。
小隊の兵士たちはリオンに従うと知ったとき一様に複雑そうな顔をした。
中にはあからさまに面白くなさそうな顔をした人間もいる。
だが、彼はまず従わせるのではなく協力を仰いだ。セインガルドを守るためだ、と。おそらくはそういった態度を取られたことはなかったのだろう。
その後に訪れたのは一様に戸惑い。
王の言ったように信頼を取り戻すのは難しい。けれど、胸を張っていればそれはさして遠い日でもないのだと
は知っている。
リオンはそれを実践していた。
「徒党を組んでるって事は…襲うのにも波があるのかな」
「その通りだ。先発隊から連絡がないからまだ保っているということだろうな。襲撃より早く着ければこっちから狩に出ることになる」
戦いのこととなれば黙っていられない性分なのだろう。そう答えたのはアスクスだ。
「大丈夫なのか?嬢ちゃんよ」
女だからと見下しているふうではない。学者だてらにダイクロフトから生還したことは彼にとって驚きであろう。
口は悪いがそれが完全な悪意ではないと察して少々反論したい気分を抑えて
は一呼吸置いた。
「大丈夫です。
…と言っても、軍のすることはわからないので正直どう動けばいいのか皆目見当もつきませんでしたが」
すでに過去形だった。
わからないまま着いてくるような性格ではない。
昨晩、リオンと話す機会が出来た際にそれくらいのことは聞いてあった。
「彼女には後衛でフォローしてもらいます。晶術の使い手ですから」
リオンもアスクスも指揮官と言う立場であれば兵法を用いる。その中に紛れ込んでセオリーどおりに動けと言うほうが
には難しそうだ。
遊撃的なポジションを仰せつかっていた。
敬意を払った聞きなれないリオンの言葉遣いを耳に
は手綱を手繰る。
「晶術…か。気にくわねぇな。特別な力に頼るってのが」
「…特別な力じゃありません。使う気ならノウハウ覚えて道具があれば出来ないこともないですから剣と同じです」
「ソーディアンがなくてもか」
「できますよ」
「…」
アスクスにすればちょっとした皮肉を込めたつもりなのだろうが、一蹴されてしまった。
そうして覚えてきたからして、実体験者の強みでもある。
いまだに原理のわからないファンタジーな魔法じゃなくて良かったとか何とか思う
だが、アスクスにしてみればどちらでも同じようなものだったに違いない。
根っからの武人であるアスクスが考えを改める気になるかどうかはわからないが、ただ二の句がないところを見るとそもそもリオンの剣の腕自体も大したも
のであると思い出したような間があった。
* * *
アルメイダもまた、沈黙していた。
家々には明かりが灯っている。
だが、外に人影はなくその独特の空気は嵐の前の静けさを思わせた。
ざわり、と時折町を取り巻く森の木々が揺れる。
「…何が潜んでいるかわからんな」
元々神殿へ続く山道の入り口に小さく開けた町だ。
見通しはすこぶる悪い。
先発部隊と合流し、状況の報告を受けたアスクスは暗闇に沈む森を前に腕を組んだ。
「待ちますか」
「いや」
馬から降りて呼びかけたリオンに声だけで応える。
それから改めて振り返った。
「この部隊の指揮官はお前だろうが。手並みを拝見させてもらう」
将軍の立場を踏まえてか、差し出がましい真似を控えていたリオンはその背中に無言で一礼を返す。
「これまでのモンスターの出現箇所を洗い出してくれ」
「はっ」
手近にいた兵士に指示すると
より年上と思しき青年はすぐさま先発部隊の元に取って返していった。
「リオン」
組織独特の雰囲気と言うのは口を挟みがたいものだ。
はちょいちょいと彼のマントをひいてささやく。
「シャルじゃわからないの?」
「…」
『レンズ反応、洗い出しましょうか』
「そうだな」
リオンは短く返して腰のシャルティエに視線を落とす。
『………近くにはいないようです』
ということは逆に近づけば先手を取れると言うことだ。
それで彼の中でどうすべきかは決まったようだった。
「待とう。ソーディアンで出現ポイントがわかり次第先手を取る」
嫌な予感、というものがあるのなら、それは誰もが外殻が塞がってから抱き続けているものだろう。
例えば、それはあまりにも沈黙した夜の森だとか風がふいに止んでしまったりだとか、ちょっとしたことでもある。
予感と言うのは経験だ。
沈黙の後には喧騒があり、止んだ風の後には嵐が来る。
そういうものから連想しているに過ぎない。
リオンは闇をみつめながら自らの経験に基づき刻を待つ。
ざわり。
森が揺れた。
『山道です。南の入り口にも…!』
「二手に分かれる。アスクス将軍、あなたには町の南を守って頂きたい」
「お前はどうする?」
「神殿への山道に。
、お前も来い」
先発隊はアスクスに任せて町を北に移動する。
その先は深い森だ。
モンスターはおそらく夜目が効くだろう。あまり入っても不利は目に見えている。
辛うじて町の明かりが届く場所に隊を移動させ、
は更に離れて岩場に上がる。後ろから突き飛ばされたら落ちそうな場所だが戦況は良く見えた。
やがて、闇の中にゆらりと巨大な影が現れた。
影の主は人形を取っている。
うっすらと姿が見えると原始的な衣服の端が闇に浮かぶ。
無骨な棍棒を肩に担いだ巨人が現れた。
異様に上半身の筋肉が隆起している。あれで一なぎされたら当たり所が悪ければ即死だろう。
オーガだろうか。
はモンスターの一群が近づくのを見計らって詠唱に入った。
「プリズムフラッシャー!!」
キン、とコアクリスタルが煌き、降る光の刃が刹那 辺りを真昼のように浮かび上がらせる。
まだ先に待ち構えるリオンたちに気づかない巨人の何体かはその場に崩れ、とたんに群れがあわただしく動きだした。
初めにその晶術を使ったのにも訳がある。
ひとつは、暗闇に耐性のある相手への撹乱。ひとつは味方の視界を確保する理由である。
ともあれ、奇襲には成功したようだ。
闇の中にシャルティエの薙いだ軌跡が銀光となって走りその先頭にリオンが斬り込んだのが見えた。
続いて兵士たちが果敢に飛び掛る。
は岩場を降りて少しだけ喧騒に近づいた。
混戦になってしまえば晶術を使いづらくなってしまう。
そこから後列のオーガを狙って再び詠唱を開始する。
再び相手の陣が乱れると一歩退いたはずのリオンが速攻を開始している。
戦闘が始まると作られた兵士たちのポジションは上から見ると「く」の字型で、頂点から順に前衛へ動いている。
どうやら相手の布陣を中央から切り崩すスピード重視の陣形らしい。
セインガルド王国軍にてラピッドストームと呼ばれる陣形の、最も危険かつ機軸になるポイントには当然のようにリオンが入っていた。
強靭なオーガたちはソーディアンマスターを中心に息つく間もない攻撃を受け、なす術もなく一体、また一体と倒されていった。
最速の陣形をひいただけあって戦いはあっけないほどに素早く終焉を迎えた。
暗闇に静寂が戻ると、呼吸を荒げる兵士たちを労い、リオンは町の南へと移動をかける。
「アスクス将軍と合流する。まだ行けるか?」
「行けます…!」
兵士たちは勝利に勢いづいている。
指揮官の見せる余裕も彼らが笑顔すら見せる誘引だろう。
おそらく向こうの戦闘はまだ続いている。
それでも焦らず呼吸を整える程度の速さでたどり着くと、案の定苦戦を強いられていた。
こちらの方は南の草原に面した場所だ。
見通しが良すぎて奇襲には失敗したらしい。夜目がさほど効かない人間にとって悪くはない戦場だが、一撃をくらわせられなかったことが優劣を決してい
る。
「くそっ、化け物め!!」
アスクスは将軍を名乗るだけあって剣の腕に目を見張るものがあった。
けれど誰もが同じと言うわけにはいかない。
負傷者も出始めている。
だが、リオンの部隊が合流すると状況は一変し、危機一髪で殲滅に成功した。
* * *
死傷者はいなかった。
だが、負傷者は少なくなかった。
オーガのような化け物に殴られればすり傷きり傷ですむわけがない。
主に打撲・骨折する者が多い中、
は軍医が骨を固定するのを待ってディスクを用いた施術を行って廻った。
「どうだ?」
「回復晶術…慣れてないからルーティみたいにはいかないよ」
「十分だ。内臓破裂者がいなくてよかったな。それだけつなげれば動かすことは出来るだろ」
さらりとぞっとする可能性を述べるリオンだが、それも事実だ。
痛みにうめいていた兵士たちはそれでも奇跡のような現象に漏れなく笑みをこぼす。リオンと同じか、それより少し大きいくらいの青年もはしゃいでいる始
末だ。
反して、
は疲労を蓄積していくだけだった。
晶術の連発と言うのはけっこう辛い。
「リオン、これからの件だが」
アスクス将軍がやってきてちらと
の方も流し見た。その視線におそらく意味はない。
「お前はどう見る」
アスクスが意見を求めたことに意外さを覚えながら、それはおくびにも出さずにリオンは意見を述べた。
「襲撃は繰り返されるでしょう。かといってここに防衛拠点を置くのは得策とは思えません」
モンスターは撃退してもまたやってくるだろう。
かといってここでいつ終わるともない襲撃から小さな町を守り続けているわけにはいかない。
アルメイダは大きな手を裂いて守り続けるほどにメリットはなかった。脅威にさらされるよりは…
消毒液のにおいが漂う仮設の医務室で兵士たちの視線がひそやかにアスクスとリオンを行き来する。
「…住民を避難させるべきです」
「アルメイダを放棄するつもりか」
正史のとおりであればダリルシェイドは壊滅してしまう。
けれど、ここにいてはそれより先に兵士も住民も共倒れしてしまうだろう。苦渋の選択だ。
険しい顔でリオンを真正面から見据えていたアスクスはふぅ、と息をついてリオンに丸められたままの書状を差し出した。
怪訝な顔で受け取るリオン。
「全く…お前の判断力には感服だ」
アスクスの陥落した瞬間だった。
書状を開くとそこにはセインガルド王の刻印が。
そこには、アルメイダ周辺の安全を確保したのちは町を放棄せよ、という王命が記されていた。
「アルメイダは放棄する。このまま民を保護してダリルシェイドへ撤収だ」
アスクスの口からそれが告げられ、兵士たちが顔を見合わせざわめいた。
その翌日…
アルメイダから、すべての明りは消え去ることになる。
