来るべき時が来たか…
これが私たちの運命なのね…
1000年前、我々はベルセリオスを失った
でも、シャルティエは戻ってきたわ
そう。我々が揃ってこそ残された使命が果たされるべき刻──
あいつに勝てるの?私たちの力で
自分の力を、マスターの力を信じましょう
神の眼を止めるには…
仕方ないわね
過去の精算は我々の手でしなければ…
命に代えても、じゃな
ACT.17 そしてダイクロフト
朝。決して空気は澄んでいるとは言えないが冬のようにピン、と張り詰めた鋭さは感じられた。
揃って登城すると、中庭にはすでに多くの人間がセッティングを済ませている。
完成された集積レンズ砲を前にシエーネとヒューゴ、そしてリオンが彼らを迎えた。
「おはよう、リオン」
「あぁ」
決戦の朝にしては間延びした、しかしいつもどおりの挨拶を交わして集積レンズ砲を見上げる。
ちょうど噴水を潰して作られたそれは、外周は噴水と同じ大きさほどで
のたうつケーブルの中央に3本のメタリックな柱が突き出るように天に向いている。
その一際高い中央の上部には赤いガラスのような覆いが見え、そこが射出口になるだろうことは察しがついた。
いずれ高すぎて城のバルコニーにでも出なければ上部は見えないだろう。
太いケーブルを跨いでメインパネルの近くに移動する。
「集積レンズ砲スタンバイ」
王の姿はなかった。
足が悪いため有事の懸念される頃にそうそう出ては来られないのだ。
けれどどこかで見ているのだろう。既にレンズ砲はいつでも発射可能な状態にされ最後の命令を待つばかりのようだった。
「スタンさん、準備の方はいいですか?」
この場合は、心の準備、というところだ。
シエーネが助手の口調で訊くとスタンは口元を引き結んでうなずく。
ルウェインのほか、将軍たちもそこにいて微弱に起動のための震動をはじめたレンズ砲を見上げた。
「これで、せめて活路が開けばいいのだが…」
そうこぼしたのはヒューゴだった。
彼はおそらく知っている。
シエーネの言うように外殻の破壊が難しいことを。
それ以上に、無駄かもしれないと知っていながらも抗うしかないことを。
彼が見ていたのは遥かに輝く青い球体だった。
あの球体は、エネルギーを吸収する。
おそらく、レンズ砲のエネルギーですらも。
それでも可能性にかけて見上げるのはそうすることが今は出来うる限りのことであると知っているからだった。
出来る限りのことをした。後は、賭けてみる他はない。
「集積エネルギー充填」
「回路接続」
「ジェネレータ内圧力上昇」
各所に配置された青い帽子をかぶったオベロン社の者と思しき作業員が口々に状況を伝える。さすが文明の利器を扱いなれているだけあって連携の程は見事
だった。
「エネルギー充填100% 発射準備完了」
ヒューゴの隣に居たシエーネが最後の報告を受けて頷いた。
「総員、対ショック。対閃光防御」
うなりを上げ始めた集積レンズ砲。
これほど近くで見ていて問題はないのかと思われたがその手元がパネルをなでると淡いシールドが一瞬だけ煌いて軌跡を描き、レンズ砲の砲塔から周囲を庇
うように張り巡らせられたのがわかった。
晶術バリアだろう、それは激しく震撼し始めた空気をも遮るように時折ガラスのような透明なきらめきを見せる。
「集積レンズ砲、発射カウントダウン 10、9、8、7…」
キィーーーン…と空気をつんざく音がする。
ベルクラントが放たれる時にする、甲高い起動音。それはやがて聞こえなくなった。おそらく人の耳には聞こえない音域で今も増大しているのだろう。
暗い木々の影に潜んでいた鳥たちが一斉に飛び立った。
「3,2,1…発射!」
ピ、と小さな電子音が振動音に紛れて響き次の瞬間、砲塔に孤を描いた眩いばかりの光は強大な帯となって天に向かって轟音と共に伸びた。
大気の渦煙を上げながら増大し続ける光に誰もが瞳を細め見上げる。
地上に託された希望の光。
しかし。
「エネルギー拡散しました」
「馬鹿な!!」
それは天上に届くかと思われたその瞬間、天を揺るがすこともなく唐突に霧散した。
「これは一体、…出力が足りないのか?いや、そんなはずは」
『あれで壊れないはずはないでしょう!?』
騒然とする将軍たちの中央でレイノルズが叫び、ヒューゴが機器を確認する。一瞬、呆然としたシエーネも我に返ったように続いた。
それがどういったものか知っているのだろうイクティノスが珍しく驚愕の声を上げたがそれに応える者はソーディアン以外はいなかった。
『では何がいけないのだ!』
「将軍!!!」
その時、門の方から兵士の叫ぶ声がした。
「待ってください!無重力エレベーターが稼動しています!!」
「何!?」
つまりその意味するところは、襲来。
敵地から送り込まれるだろうものを察したアシュレイが素早く剣を抜くと指示を飛ばした。
「手の空いているものは防戦に向かえ、レンズ砲を死守するんだ!」
「そんな馬鹿な…エレベータはリトラー司令が停止したはず…」
───残念だが、コントロールを奪われてしまった
「!!」
その声は文字通り、天から降り来るかのようだった。
誰の耳にも届き、リトラー!と何人かの呼び返す声もまた彼に届いたかのようだった。
───ソーディアン諸君、そして使い手たちよ
慌ててレンズ砲のパネルの上部に視線を向けるシエーネ。
そこには、配線の結束金具にひっかけるようにして青いレンズの剥き出しになったアミュレットにも似たデザインの通信機器と思しきものが吊るされてい
た。
───集積レンズ砲では外殻を破壊することは出来ない
それはすでにシエーネから聞いていることだ。
聞き返したのはミライナ将軍。尋いたというよりも自問に近かった。
「どういうこと?」
「あの青い半球の正体は、エネルギーアブソーバーだからだ」
答えたのはヒューゴだった。
「エネルギーアブソーバー!?」
ヒューゴはその危惧をひた隠しにしてきた。混乱を招きたくなかったことと…もしかしたら破壊できるかもしれないという希望があったからかもしれない。
けれどリオンの復唱にそれが半ば費えてしまったのだと示すように疲労を刻み込んだ顔を上げた。
「そうだ。ミクトランは外殻の上に新たな理想郷を作ろうとしている。
そのためのエネルギーは外殻表面の半球を使って吸い上げられている」
───そう、地上の生物からな。このまま放置すれば小さな生物は徐々に死に絶えていき…やがて人間も搾取され、死滅するだろう
リトラーの声が継いだ。彼にしてみると正体が知れたのは今の一撃でだったのだが、もはや説明は多くを必要としなかった。
レンズ砲のエネルギーもアブソーバーにとっては同様だ。通用しないことが、実証されてしまった。
「そんな…」
───だが、まだ手はある。エネルギーアブソーバーのないところを狙うのだ。
司令の声は淡々としていて
「そんなところがどこにあるのよ!」
ルーティが暗い大地に埋め尽くされた空を振り仰いだ。
───…ラディスロウだ
「!!?」
───私を撃て。半球の影響力が及ぶのは外殻だけだ。最大出力で私を撃ち抜き天上への道を開け
『何を言い出すのじゃ!』
『死ぬ気ですか!司令!!』
口々にソーディアンたちが悲痛の声を上げた。自分たちは覚悟しているだろうに…
それでもやはり、誰かが犠牲になることとは別問題なのだ。
やめて、というアトワイトの声も無駄となることはわかりながら、止めることは出来なかった。
───諸君、我らが使命、忘れたわけではあるまい?
『司令…』
火が消えたようなディムロスの声。
他に手段がないことは、時間がないことはよくわかっている。
遠くで剣戟が聞こえた。
無重力エレベータから第二波が来る前に、そちらも閉ざす必要がある。
───さぁ、時間がない。どこまで上げられる?
「リミッターをはずして120…いや130だ」
じっと通信の声に耳を傾けていたシエーネが唸るように搾り出した。
声音は助手ではなく、本来の彼のものに戻っている。
「けど、暴発の危険がある」
───かまわない。これが最後だ。やってくれ
その後腐れない涼やかである声に、どこか恨めしささえ抱きながらシエーネは躊躇の沈黙の後、俯いたまま指示を出す。
「ターゲットスコープ固定」
はたと気付いたように隣に居たオベロン社の作業員が、先ほどのショックで落ちた帽子を拾いなおして定位置に戻った。
「目標、統合作戦本部ラディスロウ」
キリ、と何かが引き絞られる音がして砲台の上部に付いたスコープが闇の中でチカリと光った。
───よし、いい調子だ
再び、指示の元、結集される晶力。
リトラーは外部を移すモニターのずっと向こうに小さな光が、けれど確実な力を持って集い出すのを見つめていた。
「…ジェネレータ圧力、上昇限界!」
「臨界点に達します!!」
「…………」
「シエーネさん?」
けれどとうとうシエーネの指示は止まってしまった。
これ以上、進めるということは助手である彼に、短いながらも共に過ごし、数多の知識を教え込んだリトラーを殺せといっているようなものだ。
それも、ついこの間までこんな世界とは無縁だった、世界の命運などとは関わりすらなかった自分の世界で生きていたジャンクハンターに。
「…私がやるよ」
何も彼が手を汚すことはない。
誰だって嫌な役だ。
は彼の、今は本当に白衣になっているコートの裾を小さく引いた。
「…っ、
」
驚きながらもシエーネは場所を譲る。
カウントダウンはいつでも開始できる。
やるなら早く済まさないと本当に暴発してしまうだろう。
コンソールにはパネルがいくつもあったがどれを触ればいいのかはなんとなくわかった。
右下についている、保護パネルの入った赤い正方形の「On」のボタン。
指を添えてシエーネを振り返ると彼は無言で頷いた。
「
、だったら俺が…!」
スタンが名乗り出てくれたが
は首を振った。
彼らソーディアンマスターにはこれにも似た役割が待っている。
ここまで一緒に来て自分だけがそういう想いをしないのも、ずるい気もする。
だからやらないとならないのだろう。
カウントダウンはスタートしていた。
パネルに添えている手は力んでいるわけではない。
けれど、なぜか震えていた。
誰かもわからない誰かのカウントがゼロを告げる。
一瞬遅れて押下とともに冷たいパネルが僅かに抵抗する感触。
スイッチが入ってしまえば、もう、止めることは出来なかった。
───そうだ、それでいい…
最後に聞こえたのは、リトラーの少しだけ微笑う声。
メルクリウス=リトラーはやがて、昏い地上に集った小さな光が一瞬の後に膨大に膨れ上がるのを見た。
迫り来るそれはまるで、こちらから光に向かって飛翔しているかのようですらあり…
奔流の中で見たのは1000年前の、夢。
「諸君…地上に再び平和を!」
『『『『『地上に再び平和を!!』』』』』
その復唱は懐かしい声となってリトラーの元に返るのを、彼は確かに聞いた。
* * *
ダイクロフトは不気味なまでに沈黙に沈んでいた。
警備ロボットの姿すらない。
そこは王の居城で、汚してはいけないとまるでモンスターさえも息を潜めているようだった。
カツンカツンとヒールが床を叩く音が、あるいはブーツの底が階段を鳴らす音が響いていた。
「ミクトランて何がしたいんだろう」
「?」
沈黙の中に
が見出した疑問だった。
確か、いつかハロルドと、カーレルと話したことがある。
あの時は、この時代の彼のこともあったために話しは途中でやめてしまった。
その本当の意味。
「誰もいない天上の世界を作ってまで、何がしたかったんだろうね?」
応えられる者はいなかった。
それでもいい。
時々
は、誰かに問うことで自分で答えを模索することがある。
今もそうであるのかもしれなかった。
あの時代では、意味があった。
例えばそれは空の価値。
天地戦争時代は、劣悪な地上の環境を見下しながら空を占有することにはそれなりに意味があったのだろう。
けれど、今はその点において論じるのは無意味だ。ダイクロフトが劣悪な環境から脱出するための手段であり特権であるのなら、この時代において地上は豊
かで、空にあがる理由はないのだから。
かつての圧政を布く点についても地上自体を死滅させようとしているのだからそれはないだろう。
すると、わからなくなってくる。
天上に作られるものは結局は地上と同じものではないか。
にはそこに住まうのが人間である限り場所が変わったところで世界そのものが変わるとも思えなかった。
「新しい世界…か」
「自分だけの世界が欲しいってヤツじゃない?世界を作った後に何するかなんて知らないけど」
ホンット迷惑よね!と露ほども理解できずにルーティ。世界征服を宣言する悪者と言うのはありがちな話だが、よくよく考えてみれば思い通りに世界を掌握
するならベルクラントを用いてダイクロフトから世界を見下ろすほうが合理的なのだ。
それをしないということは…
「…」
こと、天地戦争においてはダイクロフトの意義と天上の支配が入り混じり同じ場所に戻ってしまう。
空を取り戻すことと圧政からの開放が同意義に並べられるのが混乱を招く要因だ。
だから、あえてそれを違うのだと考えることで
は史実に対する真実性を保っていた。が。
はここへ来てひとつの逆説を持ち始めていた。
こうも考えられないだろうか?
「戦争が起こったことと空が戻り始めたことは、本当に偶然なのか」。
もしも地上に楽園が戻るならば天上はそもそも無用の長物だ。
未来を知らない人々はダイクロフトを作ったが、やがて空は、人の手の預からぬところで自然と戻って来た。結局人間は極少数ながら元来の危機…降った災
厄を発端に、広がる荒廃した大地と冷えていく星クーリングプラネット、極寒の地獄がもたらす苦痛…それ
らを耐え切ったのだ。
ということは…戦争が終わるよりも早く空が戻れば、遠からず地上と天上の立場は逆転しただろう。あの時代、地上からの補給に頼るダイクロフトは地上を
壊滅させることは自滅を意味し、また地上の方が豊かになれば最終的には篭城せざるを得なくなる。
極寒地獄から脱し、支配の側に回った天上人にとって、空が戻ることは自らの立場を危うくする可能性がある。
空が戻っては、不都合なのだ。
空が戻り始めたから、そうなる前に支配をより完全なものにしようと奔走していたのだとしたら。
はぽつりとその可能性を口にした。
うまく言葉には出来ない。
漠然とであるが理解を示したのはリオンとウッドロウだけだった。
『じゃあ何か、天上は空が戻ることに焦れていたとでも?』
『馬鹿な、そもそも空を取り戻すためにダイクロフトが作られたのですよ!?空が戻り始めたから戦争を始めるなど…愚の骨頂だ』
今にして、圧制の理由など知る意味はない。もはや真実も明るみに出ることはないだろう。それは推測に過ぎない。けれどソーディアンたちは信じがたいと
いった声を上げられずにはいられなかった。
そう、本末転倒だ。
けれど今だからこそ言える、他にも欠如している要素がある。
あの時代、ベルクラントは不完全だった。
また、この時代のようにエネルギーの元となる地上自体が豊かでなければ本来の目的である「天上世界」は完成し得ない。
しかし天が満ちるほどに地上が豊かになったとき、ダイクロフトは不要となる。…結果、限られた人間しか収容できない事態が発生し、彼らは占有に走っ
た。
急ぎすぎたプロジェクトの小さな欠陥。
それが天上の支配を生み出し、数多の矛盾の連鎖は支配の存続の手段へと結びつく。
一度支配にまわったものにつきまとうのは追いたてられる危惧。
あのミクトランが、そんなふうに 考えるとは思えなかったが全くない可能性でもなかった。
「じゃあ、それこそなんで今の時代にダイクロフトなんて復活させるんだよ」
「それがわからないんだよ…」
ようやく疑問のフラグはスタート地点に立った。
「ただ、…国を取り戻したいだけ…でしょうか?」
ぽつりとフィリアが呟く。
妄執の意味はもう、他の人間にはわからない。非道の天上王にそんなことは、と反論の声を上げるソーディアンたちも答えを見出せずその声は弱かった。
「でも、だとしたら!!それこそおかしいよ!」
「狂える支配者と言うのは、そういうものだろう」
リオンが深くため息をついた。
闇に沈むダイクロフトは、沈黙を守り続けている。
「敵の都合を考えるのはお前の悪い癖だ。知ったところで辛くなるだけだぞ。…今は、何も考えるな」
考えたところでどうにもならない。
リオンはある結論にたどり着いた
の様子に、そう言い聞かせて話を切り上げる。
その答えの断片は、もうすぐ先に広がっているはずだった。
それは狂気ではあるのだけれど、
彼は天上の王だから。
はじめは、天上側の特権支配だったのかもしれない。
けれど、空が戻る、そのきざはしが見えたとき。
つまりは戦争の末期、天上が怖れる本当の事態
もしかしたら、彼がやりたかったのは…
いや、守りたかったのかもしれない。
自らの存在理由を───
