遺跡を出るとコレットは倒れてしまった。
「天使への変化には苦しみが伴う」。レミエルの言葉がこれなのだろう。
コレットは平気というが、顔色は真っ青で唇も紫に変色している。
誰が見ても動かすことは無理だった。
ましてここは砂漠。一晩限りの試練というのであれば、無理に医者に診せるよりここで安静にしたほうがいい。
砂嵐の吹き荒れる中、遺跡群の影に陣をとり、日没を待たずに彼らは野営の準備を始めた。
6.違和感
夜になると風はやんでいた。
起こした炎が天に向かってまっすぐに伸びている。
ゆらりゆらりと大きく踊りながら勢いを落とすことなく火は爆ぜていた。
「コレットも落ち着いてきたみたいね」
「あぁ、天使になるのも大変なんだな」
生体組織まで変わってしまうのだろうか。
一口に大変といっても、そう考えると異常な出来事ではある。
それはつまり、違う生き物になるということだ。
外見上は変わりなくとも意味としては鳥に変わったり魚に変わったりするということと大差ない。
人間がモンスターに変化させられるなどという事件をよく聞くが、それだとて本人が進んで変わろうとしているかそうでないかの差で、変化という点では同じ異質さである。
心配そうにコレットをみやるロイドの後ろで、リフィルが小さく同じ疑問を口にしていた。
誰かに問うている、というより自問だろう。
彼女はじっと炎をみつめたままだった。
ジューダスには聞こえていたらしく
が振り返ってみると視線が合った。
「どう思うんだ?」
彼は戯れに聞いてくる。
「コレットはコレットなんじゃない?」
誰が天使になろうが魔物になろうが答えは一緒である。
にとって大した問題ではない。ただ意思を捨てて豹変されたりすると困るが。
「そうね、…あなたは真理を口にするのね」
思わぬところから降ってきた答えにリフィルはふっと口元を緩ませる。
日ごろ、神子を庇護しなければならない立場のせいか、それとも生来の性格か、警戒心の強いリフィルであるが、彼女にとって純粋な論理は警戒の外であるらしい。
「お前たちは、エクスフィアを持たないのに同じような技が使えるのだな」
ロイドがコレットとジーニアスの元へ行くと入れ違いに声をかけてきたのはクラトスだった。
なんとなく無口でニヒルというよりは何を考えているのかわからない感じがしていたので意外と言えば意外だ。
そういえば、エクスフィアとレンズの話は少しだけ前にしてあるが、話は途中になっていた。
もう一度たどるように話すとクラトスの疑問は解けたようだが、まだ
の方には疑問が残ったままであることを思い出した。
「そういえば、エクスフィアってどういうものなんです?」
それはエクスフィアの正体そのもの。
用途は知れても、どこで手に入るのか、あるいはその貴重性などはさっぱり聞いていなかった。
「…ここにいるみんなはつけてるみたいだけど…そんなに常用的なものなんですか」
するとクラトスの切れ長の瞳が一瞬大きく見張られた。
それが珍しいものなのかどうかはこの世界の人間ならばおのずと知れるだろう。
それを知らないということは本当に、「この世界のことを知らない」人間なのだと理解したはずだ。
それについてはあらかじめ知らないと告げてあるので良しとする。
クラトスにしてみれば今のリアクションは「本当に知らないのか」といったところなのであろう。
故に話はごく自然な流れで進んだ。
「いや、本来は人間がそうそう持っているものではないだろう。
このパーティが特別なだけだ。クルシスの輝石を生まれついて持っている者は神子と呼ばれ、ジーニアスとリフィルがエクスフィアを使い始めたのはつい数日前。ロイドのものは母の形見だといっていたな」
「母親の…」
そういえば、この間、そんな話をしていたことを思い出す。
「じゃあなぜお前は持っている?」
横から口を挟んだのはジューダスだった。
なんとなくジューダスは彼を警戒している節がある。
元々、互いに慣れるまで時間のかかる人間だ。
加えてなんというか…似たもの同士的なところがあるのではないかとは肌で感じ取っている。
クラトスは自分のエクスフィアに視線を落とすと「ディザイアンから奪い取ったものだ」と言った。
「ディザイアンから?」
「もともとエクスフィアはやつらが自分で使うために牧場の人間に作らせていると聞く」
「…牧場ってなんですか」
「人間牧場のことだ」
「はぁ!?」
牧場などといわれると妙に牧歌的な光景を思い出してしまうがその前に「人間」とつけられるととんでもない響きだ。
ジューダスもぎょっとして深い色の瞳を見開いた。
牧場というからには何かを飼育・生産しているものだろう。
二人の脳内でその何かが人間に直結してしまった瞬間だった。
「そのままよ、ディザイアンは人間を牧場に連れて行って働かせるの。
私たちの村の近くにもあったわ」
「………………」
黙って話を聞いていたリフィルが、炎をみつめながらはっきりと言った。
カルチャーショックだ。
つまりその意味するところは…奴隷。
しかし、今の話から察するに人間を培養しているとかそういう(怖い)ことではないらしい。
ひとつの疑問が解消されると、またひとつ疑問ができてしまった。
「…そんな近くに牧場があるのに、大丈夫だったんですか」
「えぇ、イセリア…私たちの村はディザイアンと協定を結んでいたから」
「協定?」
聞き返すしかない。
ジューダスの顔にも訝しげな表情が浮かんでいる。
リフィルは答えてからようやく顔を向けた。
人間と、対立しているはずのディザイアンはそんなことができる関係なのだろうか。
「ディザイアンの牧場を容認し、村の人間は手を出さない。不可侵協定というものだ」
「!」
「つまり見殺し、というわけか」
思わず喉をついて出てしまったジューダスの発言にリフィルの顔に苦い色が浮かんだ。
顔色を変えなかったのはクラトスくらいのものだ。
村の安全は保たれる。
どこからか連れてこられた人間がその牧場とやらでどんな扱いを受けていたとしても、見ないふり。
何か、ひどく胃からこみ上げてくるものがあった。
嫌悪、というものだろうか。ただの怒りとも違う、味わったことのない違和感だ。
「牧場にいるのは同じ人間なのだろう。そのディザイアンとやらは約束を守るような連中なのか?」
「…」
ジューダスの声には明らかにとげが含まれていた。
聞いた話を総称すればディザイアンの方がはるかに人間より高い位置にいる。
奴隷にされるくらいなのだから容易に想像できることだが、ただ協定を結ぶなど考えられない。
それは本来、平等だからこそできる…あるいは見返りが優位な側にあって成立するルールでもある。
「守られるかどうかわからない約束で安穏としていられるのか」
「しょうがないのよ…人間は…それほど無力な立場に追い込まれているの」
ジューダスの念を押す物言いにリフィルが折れる。
けれど、どこか客観的な返答でもあった。
それは彼女がエルフだからというより、ただ事実を述べただけなのだろう。
クラトスは相変わらず笑いも嘆きもしない顔で砂地に腰を下ろす彼らを見下ろしている。
けれど、諦めも苦渋もないだけそれがまだまともな表情にも見えた。
この世界の人間は神子に頼り、救われるときを待っている。
滅びへの道を甘受している。それが当然であることがひどく陰鬱なものに見えた。
これがこの世界そのものであるのなら、自分たちの方がよほど異質であるのかもしれないと思いながら。
その時、むこうで談笑しながら食事をしていたロイドがふいに大きな声を上げ話は終わることになる。
「あー!お前、ぜんぜん食ってねーじゃねぇか!大丈夫かよ」
「ううん、もう平気。ただ何か食欲がわかなくて」
「食わねぇと身体が持たないぞ」
「…うん、そだね」
視線が集う中、コレットはさじを口に運ぶ。しかし咳き込むとすぐに吐き出してしまった。
「ロイド、無理をさせてはだめよ」
見かねてリフィルが足を運ぶ。
クラトスはすいとその場を離れると元居た遺跡の柱の下に戻って腰を下ろした。
「ジューダス…」
「なんだ」
「変だよ、この世界」
「変なのは僕らのほうかもしれないぞ」
「でも…おかしいよ」
それはもうひとつの疑問。
「ディザイアンを滅ぼすはずの再生の神子がいる村を、なんでディザイアンは放っておくわけ…?」
脅威であるのなら、庇護などしないはず。
それとも人にとっては絶対の伝承も、彼らにとってそれは取るに足らないものなのだろうか。
それが、この世界に対する初めの疑問。
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