7.海の記憶
「なぁ、先生。次の目的地は?」
コレットも調子を取り戻し、日が昇って暑くなる前に一行は旧トリエットを出立した。
砂をブーツの底で鳴かせながら、ロイドがすっかり先導役に定着しているらしいリフィルに訊ねる。
「パルマコスタを目指すべきね。この大陸ではこれ以上のてがかりはないと思うわ」
とにかく彼らの旅は、封印を解くことが目的だ。
ただ、その場所は伝えられていないので自力で探さねばならない。
…たくさん神子が旅立っているのにその神子の系譜に何一つ伝えられていないのも不思議なものだと思いつつ。試練だと思って気づかなかったことにする。
「パルマコスタにはマーテル教会もあるし、学校もある。世界最大の都市なんだよ」
「だが、オサ山道を越えていく必要がある。それほど険しい道ではないが準備するに越したことはない」
そこでとりあえず、遺跡とオサ山道の間にあるトリエットへと寄ることになった。
結局、
とジューダスもトリエットに着いた頃には意外となおざりに、この先も同行することになった。ジューダスは相変わらずどうでもよさそうだが、リフィルたちにとっても彼らの力はあって余計なものではないと判断したらしい。
一緒に行くのは「なんとなく」というのが今は正しい表現かもしれない。
そんなこんなでトリエットで準備を済まし、地図も買いなおしたところではそれを見せてもらう。
コンパクトに冊子上になった地図帳である。ページをめくると尺度の低い周辺のマップが載っていた。
当たり前だ。数万分の1尺図の世界地図でどうやって旅をしろというのか。
これくらいの地図は必要だ。
しかし、
は巻頭に折り返してあった世界全図を広げてみる。
それを見る限り、この世界には大きく分けて3つの大陸があった。
地図上でなら少し右に傾いた三角形の頂点に位置する場所にひとつづつ、と思うとわかりやすい。
今いるのはその左下にある大陸の、更に南西部だ。
この大陸は南半分が砂漠になっていてその上の、大陸を二分するように横断する山脈を抜けて東部へ向かうらしい。オサ山道は砂漠の東側だった。
パルマコスタはここ、とジーニアスは海を挟んでちょうど反対側の大陸を示す。
「…世界一周しないと徒歩では行けないんだね」
「うむ。ルートは二つ。徒歩か、東の港から船を使うか」
当然船だな。
と
は地図を見ながら推測する。この世界の広さがどれほどかは知らないが、徒歩で大陸一つ迂回するなど普通に考えて何ヶ月(場合によっては何年)かかるかわからない。
とりあえず東の海岸線を目指すことにして、一行は山道へと踏み入れた。
「ふぃ〜ようやく暑くなくなったな」
次第に増えてきた緑が今は頭上を覆うように茂っていた。
山道があるのは森というより岩だらけの山肌も見える荒々しい山だ。
それでも砂漠から見れば豊かな風土と気候だった。
ほっと息をついていたのもつかの間。
「待て!」
声のほうを見上げると行く先の崖の上…10mはあろうかという高さから影が降ってきた。
本来驚くべきことなのだろうが、エクスフィアという存在があるからそれとも総じて心臓がタフなのかかさして驚く者はいない。
「なんだ?」
「ロイドの友達?」
「さぁ」
ロイドにコレット、この二人は…
いい(大ボケ)コンビだ。
紫の和服(?)にピンクの大きなリボンを結んだ帯。
意外にかわいらしい出で立ちで現れた女はするどい目つきで一同を見渡し問うてきた。
「この中に…マナの神子はいるか?」
やや低めの声は抑えているようにも聞こえる。の目から見ると明らかに「忍者」である彼女にコレットは挙手した。
「あ、それ私です」
「…!覚悟!!」
なにこの急展開。
誰かが動じるより先に彼女はくないを脇から抜いてコレットにすばやく駆け寄り…
「きゃっ…!」
「うわ………!!!」
足元にあいた穴に落ちて自滅してしまった。
「「…」」
ジューダスとクラトスから繰り出されている容赦ない沈黙。
いきなり地面に口をあけた穴に揃ってぽかんと口を開けるジーニアスとロイド。
その前ではコレットが後退って転んだ際にぼっきりと折ってしまったレバーがある。
実はさっきから、地面から不自然に突出していた異様に目立つ赤色のレバーが気にはなっていたのだ。
こういうことなのか。
「ああ〜、ど、どうしよう…やっちゃった……」
間抜けた沈黙の後にあわててコレットは穴を覗き込んだ。
今の一連の現象はあくまで恐ろしいまでの偶然だ。
が、彼女の発言を聞く限りおそらく「またやっちゃった」という事件のひとつでもあるのだろう。
「気にすることはないわ」
とリフィル。
いえ、悲鳴が聞こえないほど深い穴のようですが。
「ここで相手が落ちなければあなたが殺されていたのかもしれないのだから」
「だけど…」
「まぁ…ちょっと可哀想ではあったけど」
「いろんな意味でな」
しゃがみこんで心配そうなコレットに微妙な同意をロイドが示す。
後を追ったのはどーでもよさそうなジューダスの声だった。
「死んじゃったりしてないかな」
「仮にあの人の体重が45kgとしてこの穴が…10mだとすると重力加速度を9.8として計算しても死ぬような衝撃じゃないよ」
本当に?
「????じゅーりょくかそくどぉ?」
言葉がわからず首をひねったロイドとは違う意味で10mというのは一般人からすると結構高いものではないかと思う。
「まぁ、さっきあそこから飛び降りてきたんだからこれくらい大丈夫でしょ」
忍者っぽいし。
なかなか楽しそうなことを言い出すパーティだと思いながら一緒に暗い穴をのぞいてみたは腰を上げた。
生きていても死んでいてもこの流れでは彼女を救出に行こうという展開にならないことだけは間違いないだろう。
「そうね、これは山道管理用の隠し通路だからちゃんとどこかに出られると思うし」
「…いきなり垂直に穴の開く管理用通路は、罠にしか思えんがな」
「そろそろいくぞ」
ジューダスから的確なつっこみが入ったところでクラトスが背中を向けて歩き出す。ドライである。
「おい、あの女の正体確かめなくていいのかよ」
「忍者だね、きっと神子を暗殺する役目があるんだよ」
「…………妄想というには的を射ていそうだな」
「だとしたらなおさら関わらないことだ。行くぞ」
あれほどおいしい登場をした人だからまたかかわりはあるのだろう。
ともかく今は進むほかはない。
ロイドから忍者って何、という視線がクラトスの発言に遮られて、山道を辿ることになった。
そのまま北側に登って頂上付近から西側へ回り込む。
Uターンをするように反対側の麓へ出た。
その右手には両開きの古びた扉が…
「!」
「ま、待て!」
扉は、くたびれた声とともに大きく揺らいで手前に倒れてきた。
そのむこうから現れたのは…
「しつもーん。私たちもこの道を通れば山登りしないで済んだんじゃないでしょうか」
「明かりがないし、魔物が巣くっていたら大変なことよ?」
「そうだな、明らかに近道なのに僕たちと同時にあの女がここへたどり着いたことが、どれほど大変なものか物語ってるだろ」
「ごちゃごちゃとうるさいよ!さっきは油断したが、今度はそうはいかない。死んでもらうよ!」
姿勢を低くして、小刀を真一文字に構える独特の構えで女は音もなく駆け出す。
動きの無駄のなさに反応してジューダスが身構えた。
これほどの人数を相手にどうするのかと思ったが、彼女は札を出すとそこからモンスターが現れ道をふさいだ。
「符術士?」
「なんだよそれ!」
なんと言ったらよいのやら。
の世界では陰陽師だとかいう人たちが使うといわれる術に似ていると思われる。
推定形が多いのは、
自身ごく浅い雑識としてしか持ち合わせていないからだ。
まぁとにかくそういったものから使い魔を造ったり術を行使したりする人なわけで。
答えるより先にロイドと
の合間を炎が抜けた。
「おわっ危ねっ」
符から炎を出したらしい。さすがファンタジー世界だけあって理屈がさっぱりわからない。
「何だ!?あの技!」
それはまぁロイドにとっても同じであるらしいが。
驚くロイドに一瞥をくれてからジューダスはその脇を駆け抜ける。
「何だろうが倒してしまえば同じことだ」
女が符から呼び出したと思われるモンスターに素早く切りつけると浮遊していたそれはバランスを崩して傾ぐ。
「燃えちゃえ!」
そこへジーニアスのファイアボールが炸裂するとモンスターは燃える符として灰になって消えた。
「…くっ」
素早くクラトスの攻撃をかわすも女はうめいて顔を悔しさにゆがめる。
もう精神的優劣はどちらに分があるのか明らかだ。
救世主一行が7対1の構図はどうなのだろう。
モンスターがいなくなると手を出す必要性も感じられず、は抜いただけで用を成さなかった水月の切っ先を下ろして男性陣に追い詰められている女を改めて見た。
下ろせば肩より少し長い程度であろう黒髪を高い位置でまとめている。年は暗殺者というには意外に若く、感情も豊かなほどに表れていた。
「く、覚えていろ!次は必ずお前たちを殺す!」
「待て!」
捨てゼリフを残して文字通り彼女は姿を消した。
「どうして神子を狙うんだ…オレたちは世界を救うために旅をしているのに…」
追う方向すら見出せずロイドは困惑したように握っていた拳を下ろす。
「いつの世も、救いを拒否するものがいる」
なぜだろう。
その言葉にひっかかるものがあった。
何だかはわからないが…拒否するということは理由があるということだ。
「ディザイアンの一員なのかも」
「さぁな、いずれにせよ我々は常に狙われている。それだけのことだ」
クラトスはそれが人間にせよディザイアンにせよ、変わりはしないと言いたげだった。
* * *
船のある集落はあっさりとみつかった。オサ山道の目と鼻の先、イズールドという小さな漁村だ。
しかし、客船は動いていないという。
客船といっても、以前いた世界の定期船と比べるとかわいそうなくらい小さな船だった。
ささやかな田舎の港にはむしろ似つかわしくはあるのだが。
「きれいな水だね」
桟橋に出て、しゃがみこんで波頭を見下ろす。
風もほとんどなく、波は穏やかだ。
今は三手に分かれてなんとか個人でも運んでくれる者はいないかと探し回っている。
その最中だった。
「…………もう、海は平気なのか」
聞くまいか迷ったがジューダスはいつもと変わらぬ様子で打ち寄せる波を眺めるの背中に声をかける。
リーネからこちら、船旅は多いが直接海に面することは一度を除いてないことだった。
一度というのは改変された現代でスペランツァへ向かう途中…どうしても浅瀬を渡らねばならない場所がありその時は、かなり手こずっていたのをジューダスは知っている。
最も、泣いたり喚いたりする人間ではないから仲間たちからすればせいぜい静かに取り乱していた程度にしか見えなかったわけだが。
その
が、桟橋といっても手を伸ばせば揺れる波に届く位置で見下ろしている。
この村の港はそれ自体が、薄い粗末な板を渡された水上コテージのようなものだ。
いきなりあの状態になられてはと確かめないことには気が気ではなかった。
「平気」
いつから克服したのか。
それともただの虚勢なのか、ジューダスにはわからない。
ただ、光を反射して揺らめく水面を映す瞳は穏やかで少なくとも今は心配の必要はないのだと思えた。
「どうしてか考えてみたんだよ」
「?」
「怖いと思うのは、多分、苦しかったからでもそれで命を落としたからでもない」
はっきりと言った。
自らの死を明言することは、互いに禁句であることを黙認していた。
それが言えるのは、もうそんなことにこだわらなくても良いということなのだろう。
少なくとも、フォルトルナが消えても…おそらくはあの世界で歴史が修正されたのだとしても自分たちは「生きて」いるのだから。
「いないはずの人間だから」などと考える必要は、だから未来に保証がないなどと想う必要はもうない。
しかし、肝心のところで
は先を言おうとしない。
一人で完結しているらしい。少しだけ焦れる気持ちでジューダスは先を促す。
「なんだ」
知らぬ間に彼の眉間には不満そうなしわが寄せられている。
「教えない」
の一言は更に彼の眉間にしわを増やすこととなった。
水面ごしにそれを見てか気配を察してか、同じく鏡像の中のの口元がゆるく弧を描く。
「ただね」
はいくつかある理由のひとつは教えてくれるつもりらしかった。
「その瞬間を怯えていただけ。でも怖いって思っている間は、その状態にはなってないってことなんだよね」
人は未来に期待し、怯える。
未来ではなく今に怯えれば進むどころか動けなくなってしまうのだとでも言いたいのか。
あまりにも抽象的で哲学的なその言葉を理解するには時間が必要そうだった。
「おーい!」
「あ、ロイドだ」
そしてそんな時間はといえば今はないらしい。
大きく手を振って、目立つ赤い服の少年がひとり、桟橋を渡ってきた。
「船出してくれる人、みつかったよ」
「…魔物が出るというのに奇特だな」
船を出してもらわなければ困るのだが、いまひとつ他人事感が抜けていないジューダス。
も気持ちはわからないでもない。
「アイフリードって人に手紙を届けることが条件なんだけどな」
そういってロイドは二人を連れて他の桟橋へと移動する。
案内された船は客船とはほどとおい漁船であった。
「…だ、大丈夫かな。これ」
海の様子がわからないのでなんともいえないが、普通外洋に出るのは無理があるだろう。
さきほど平気だといったものの、普通レベルで不安…
「これから渡るのは内海だ。まぁ、大丈夫だろう。魔物に襲われたら一撃だが」
「不安をあおってるんですか、安心させてくれてるんですか、クラトスさん」
「さ、これで次の封印へ行けるぞー!」
「そだね〜」
その一方でお子様組は元気いっぱい能天気だ。
そしてもう一人
「やっぱり船旅なのね…」
妙に不安な顔をしているリフィルの姿があった。
![]() |