−8.世界最盛の町で
そして、あっさり到着パルマコスタ。
遠浅の海は確かに穏やかだった。
魔物が出ると聞いたのでお約束だとクラーケンあたりに襲撃されるのではと思っていたがそれもなかった。
時々、余計な経験というか知識が心労になったりする。
まぁ何はともあれ世界で一番大きな都市に入ることとなった。
「…ダリルシェイドとは雰囲気が全然違うね」
ダリルシェイドは広く整然と整備された街並に近く、パルマコスタは…適切な言葉が浮かばないが、ヨーロッパ的なイメージであった。街はどちらかといえば混み合ってレンガ造りの建物が寄り添うように林立している。
リオンたちの世界ではまた見られなかったゴシック的な光景だ。
故に
にとってはすこぶる新鮮でもあった。
しかし好奇心の反面、他にも気になることが。
「…大丈夫ですか?リフィル先生」
パルマコスタの港に着いた頃には、リフィルはぐったりとしていた。
船が苦手なのだろうか。
元々白い顔を更に白くさせながらも彼女は小さくかぶりをふった。
「ええ、ありがとう。大丈夫よ…」
「少し休みましょうか」
ロイドたち幼馴染コンビはおのぼりさんよろしく口を開けて建物を見上げている。
それが悪かったのだろうか。
がそう言いながら街角を曲がろうとしたその時、ガシャンと何かが割れる音がした。
見れば尻餅をついているコレットと3人の人間。そして彼らの足元に広がるワインレッドの液体。
「いったーい!なにするのよ」
「あ、すみません」
「パルマコスタワインが!」
それほど痛そうには見えないのだが大げさに悲鳴を上げた女に、ぶつかってしまったらしいコレットが謝罪をする。女の後ろにいた小太りの男が石畳の間に流れていくワインを見て、これまた大げさに悲壮な声を上げた。
「おいおいねーちゃんこれは大切なワインなんだぜ。それを割っちまうなんてどう落とし前つけてくれるんだ」
「じゃあすぐ代わりのワインを買ってきますね」
コレットの切り返しに、意外に頭の切れは早いのではないかと思った一瞬。
「代わりのワインだと?お前、なめた口利くとただじゃおかないぜ」
相手もお約束どおりのごろつきらしい。
やれやれとジューダスが呆れたようにかぶりを振った。
その間もお約束の口上は続いていた。
「そんなもので俺の怒りが収まるとでも思っているのか」
「馬鹿は因縁のつけ方も品がねぇよなぁ」
見直したよ、ロイド。
クールな振りして言い返したロイドに
は「でも品のある因縁のつけ方ってどんなだろう」などと疑問も抱いてみたりする。
「なんだと小僧!おれたちを誰だと思ってる!」
「誰なんですか」
聞き返すと思わず絶句。
喧嘩を売っているつもりはなく素朴な疑問である。多分、ここにいる全員がそれを知ってはいないだろう。
「ふざけるな!」
「その辺りにしておいたらどうだ」
危うく胸倉をつかまれて吊るされそうになったがすばやくクラトスが横からその手を捻り上げてくれた。
さすが傭兵というべきか、こういった立ち回りには慣れていそうだった。
襟を正す
の横でコレットがクラトスを止めて改めてぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。弁償しますから…」
「コレット、こんなやつらに謝ることないって」
「ううん、わたしが割っちゃったんだから弁償しないと」
まぁ正論ではある。
つっかかり方は気に入らないが、人からもらったものは替えが効かないものもあるものであるし。
最も目の前に居る3人組では、人からもらったことは重要ではなく倍返ししてもらえば上々であるのだと思う。
因縁をつけて気が済んだのかとっとと買って来いと憤然と見送られて再び街を歩き出す。
「…どこに売ってるんだろ」
「パルマコスタワインって名前からしてどこでも売ってそうじゃない?」
多分、名物なのだ。
その頃にはリフィルも幾分か調子を取り戻していて手近な雑貨屋へと入ってみることにした。
しかしそこで待っていたのは…在庫切れだった。
お約束といえばお約束だ。
「よし!手分けして探そう!!」
「ロイド…手分けして探して別の店で二重に買ったらどうすんの」
幼馴染のためとあらばガッツポーズを作ったもののジーニアスが呆れたような顔で見上げられ、彼は肩を落とすことになる。
「発想は悪くないんだけどね…」
「どこらへんが」
つっこみともとれる口調でジーニアスに言われは思いつき発言を考え直してみた。
「パルマコスタワインを買う組と情報収集組に別れる」
「そうね。これだけの人数で無駄に動くこともないわ」
旅も序盤にして既に7人のパーティである。
そう言われれば一体この先、どれほど大所帯になるのだろうかなどと余計な心配をしてしまう。
「じゃ、後で広場で合流な」
こうしてロイド・ジーニアス・コレットのお子様パーティはワイン探しに、残りは情報収集に散ることになった。
その前に必要なアイテムだけ補充して木製のドアを押す。
ドアにつけられたリースベルが軽やかに鳴って、客を送り出した。
3件隣の店から勢い良く客が押し出されたのは、それと同時だった。
「こんなちんけな店の品物に金を恵んでもらえるだけでもありがたいと思わないのか!」
「薄汚いディザイアンがえらそうに!」
「ショコラ…やめなさい!!」
喧騒を悲鳴に似た制止の声が追う。
出てきたのはそろいの服を着た数人の男とまだ年端も行かない少女だった。
店先に仁王立ちになるショコラと呼ばれた少女の後ろから母親と思しき女性が現れて、慌てて腕を掴んで押さえ込む。
振り返って少女ははばからない声音で母親に訴えた。
「だってお母さん!こいつらおばあちゃんをつれてった悪魔なんだよ!」
「いい度胸だな、娘。そんな態度でいるとこの町やおまえ自身がどうなっても知らないぞ」
「やれるもんですか!」
ショコラと呼ばれた少女は見るからに強気に立ちふさがり男たちを店に入れようとはしなかった。
「…あれがディザイアン…?」
会話から察するに間違いないだろう。
はじめて見るディザイアンの姿は人間と変わりなく見えた。
ただ、両目まで覆う青いヘルムを揃ってかぶっているためその顔は伺えない。
いずれにせよ今まで聞いていた人間劣勢の状況とは少々勝手が違うには違いないようだった。
「ドア総督がいる限りあんたたちになんて屈しないんだから!」
「こいつ!」
「よせ。今年の間引き量を越えてしまう」
間引き…?
言の葉を鋭く捕らえた
の眉が僅かに顰められたが仲間たちはそれどころではないようだ。
ディザイアンと見るや剣に手をかけたロイドの肩を掴んだまま、クラトスは状況を見据えている。
ジーニアスやリフィルたちもその少女の強気な様子にただ、見守ることを選択したようだ。
人目はばからない剣幕に退いたのはディザイアンたちの方だった。
「これ以上はマグニス様の許可が必要だ」
「ちっ」
渋々、先頭に立って拳を握っていたディザイアンが踵を返す。
静止した男も後に続き彼らは街を去っていく。
その姿が見えなくなると途切れ途切れにできていた人の輪から歓声が上がった。
「パルマコスタの人たちって勇敢だよね!」
「あぁ、イセリアの人たちにも見せてやりたいよ」
土地によって勢力図が違うのか、この土地では人間もそれなりに奮闘しているようだ。
…最も
にしてみるとそこまで深刻に対立している者同士が店で売買をすること自体がよくわからないのだが。
ディザイアンとは一体なんなのだろう。
疑問は深まるばかりである。
「どうやら異常だったのは僕たちのほうじゃなかったようだな」
ロイドたちと別れて歩き出すとジューダスに声をかけられは浅い思考から意識を上げた。
「うん、良かったね」
少なくとも、人は抗う意思を忘れているわけではないのだ。
顔を上げると広場の向こうに空を貫く教会の尖塔が白い日差しとともに目に移った。
* * *
この世界に余すことなく布教されているのはマーテル教。
再生の旅は他ならぬマーテル教の経典の一説でもある。
ステンドグラスから差し込む色とりどりの影を踏んで教会から出ると広場には相変わらず人々がたむろっていた。
マーテル教会を正面に中央には噴水があって憩いの場となっている。
世界一の都市だけあって教会と市街を繋ぐ広場に人通りは絶えなかった。
その中で、目を引いたのは小さな子供にせがまれるように手を引かれるまだ30も半ばであろうと思われる男の姿。
「ドア様!父ちゃん…牧場に連れてかれたまま帰ってこないよ。オレ、いい子にしてたのに」
その名前を聞いて情報収集組の面々は視線を交し合う。
先ほどショコラという少女が叫んでいた名前だ。
ついでに今しがた教会で入手した情報から次に会わなければならないであろう人物の名でもあった。
「もう少し我慢してくれ。約束しただろう?私が必ず牧場に連れて行かれたみんなを助けると」
「だけどおれ寂しいよ」
「大丈夫。お父様はこの町のみんなの味方だもん」
ドアの足元にかくれるようにしていた少女がひょこりと顔をのぞかせる。
年の功は6つか7つか…少年と大差ないように見えた。
「お母様は病気で死んじゃったけど、お父様はまだ生きているはずだからきっと帰ってくるよ」
「ほんと?」
「あぁ、みんなディザイアンを倒そうとして牧場に連れて行かれてしまったんだ。必ずみんなを救い出す」
「うん、おれ父ちゃんが帰ってくるの、待ってる!」
できすぎなほどに微笑ましい光景だ。
少年はぱっと瞳を輝かせると手を振りながら市街地の方へと駆けていった。
少女とドアも顔を見合わせ微笑みながら歩き出す。
その先は教会と同じように円状の広場に面した総督府だった。
「あれがドア総督府ね。うまく街をまとめているようだわ」
「とにかく神子たちが戻ったら総督府へ向かおう」
大きな扉の向こうに消えていく親子を眺めながら噴水の方へ歩き出す。
マーテル教会では再生の書の話を聞くことができた。
それは封印の場所が書かれたかつての神子の旅の記録で今は総督府に預けられているという話なのだ。
「少し廻ってきてもいいですか?」
リフィルは23歳だと聞いた。ロニと一緒の年齢なのに敬語になるのは何故だろう。
見える範囲に居るからと言うとクラトスからも承諾が得られる。
ジューダスを誘って
は総督府と教会を分ける道から奥の港へと向かった。
広場からは大きな船が建物の合間を埋めるようにのぞいているのがずっと気になっていたのである。
「凄いね、蒸気船だよ」
「これがそうなのか?古い本で名前程度しか見たことがないな」
黒い船体を見上げてジューダス。
そういえば、彼の世界では帆船が主でありレンズ動力のクルーザーはあったが歴史としては天地戦争時代の技術をヒューゴ=ジルクリストが急復興させた形になる為、本来科学の発展として辿るべき段階が抜けた状態にあった。
天地戦争時代以前の歴史はといえばほとんど伝えられていないので、蒸気船も単語程度にしかお目にかかれないだろう。
の世界では目の前にある蒸気船はおそらく18世紀終期にあたる時代のものと見てよい。
一口に蒸気船といってもいろいろあるが、これは船の側面に大きな外輪がついており原始的な燃料を用いる至極初期のもののようだった。
確か「外輪式蒸気船」とかなんとか呼ばれていたはずだ。
「多分、石炭なんかであの外輪を回して推力にするんだね」
「………重量を考えると帆船とどちらがいいのか疑問だ」
スピードは出そうにもないが、その分さぞかし優雅なことだろう。
これはこれでジューダスの世界でも
の世界でも見られない味わい深いレトロな光景である。
何より発展途上のロマンが垣間見える。
「ふーん?こっちの技術って大したことないんだねぇ」
数人の見物人に混じってそんな声がしたのはそろそろ様子はどうだろうかと広場を振り返った時だった。
言うまでもなくこのパルマコスタはこの世界最大の都市。
技術の進歩をほめるものは居てもけなす者はいないはずだった。
現にこの港で船を眺める人々は「凄い」の一言で笑顔とともに感嘆している。
蒸気船を見たことがない
にとっても多少意味は違えど例外ではないというのに。
「?」
その事実に違和感を覚えて声の方を確かめるより先に、たまたまその呟きを耳にしてしまったのであろう船員から怒声が飛んだ。
売られた喧嘩を買う勢いで大きな帯を背中でリボンにした女ががなり合い始めている。
「あの女は…」
「おーい、ジューダスー!
ー!!」
ジューダスが彼女の姿を認めたその時、広場のほうから呼ぶ声がした。
コレットたちが戻ってきたのだ。
ロイドが手を拡声器のようにして呼んでいる。ジューダスは間の悪さに小さく舌打ちすると女の方を素早く伺い「行くぞ」と踵を返す。
賢明な判断だ。
その女とはあの暗殺者で、幸い今は反論に執心しているためこちらには全く気づいていないようだった。
ここは鉢合わせるより去る方が正解だろう。
ロイドたちもそんな暗殺者の姿には気づいておらず、広場に戻るとそのまま総督府へ向かうことになった。
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