「生きるとはすなわち旅すること。人は皆、旅をせよ」
旅業とは、マーテル教の修行の一環でもある。
9.童話の中の
「ようこそ旅の方!我々はマーテルさまの教えのもと、旅人を歓迎します。旅する人に、マーテル様の慈悲がありますよう」
総督府の扉を開けたら開けたでまた珍事が待っていたりするのだが。
マーテル教において巡礼の旅は再生の旅に重ねて重視される。だから街道には旅人を庇護するための「救いの小屋」というものもあるらしい。
そのせいか、見知らぬ旅人に人々は寛容だった。良い世界だ(笑)
ただここで珍事というのはそう迎えたのがこの街を束ねる総督のドアその人だったということで。
正面には大きな木製の事務テーブル。ドアの横には青蒼髪の青年が立っていて面立ちは悪くないのに彼とは対照的なほどに無表情で来訪者を見定めていた。
その分、ドアはといえば呆気にとられるほどのにこやかな歓迎ぶりだった。
「あ、どうも。それより教会で聞いたんだけど、再生の本とかいうのここにあるんですよね?」
片手でかくようにしながらへこりと頭を浅く下げて、ロイドが聞いた。
その後ろからひょっこり顔を覗かせるジーニアス。ついでに呆れたというには少々きつい声が飛ぶ。
「ばっかじゃないの。再生の書でしょ!」
「わ、わかってるよ。それです」
どちらも似たようなものでは。
間違えを誤魔化すも恥ずかしそうに照れた様子のロイドに対し、ドアの声音は途端にトーンダウンして少しだけ警戒の色が込められてしまった。
「再生の書?確かに我が一族の宝だが、それが何か?」
「それを貸して欲しいんだ」
「ぶしつけな…」
臆面なく核心だけ告げたロイドに、ドアの眉が怪訝そうに寄る。
いかに人当たりの良さそうな相手でもやはり総督府の人間だ。交渉はロイドには無理があると踏んでリフィルが前へ出た。
「確かに、今のは失礼でしたわ。私たちはこちらにおられる神子の世界再生を手伝っています。世界の未来の為に導師スピリチュアの足跡が知りたいのです」
スピリチュアというのが再生の書を残した者の名である。
レミエルの言葉を除けば唯一の、そして有力な手がかりになりうる旅の軌跡を記した書物。
それが再生の書であった。
「…ドア総督」
しかし、礼を払ったリフィルの言葉はどういうわけかことさら彼らの疑念を増してしまったようだった。
どういうわけかはわからぬまま、総督の隣に居た蒼髪の青年が小さく呟くとドアが顔を厳めしく豹変させるのを彼らは見た。
「…神子さまはつい先程、我らのもとにお越し下さったわ!この恥知らずめ!神子さまの名を語るふとどき者!二ール!」
「即刻捕らえ、教会にひきわたせ!」
「はぁ!?」
ドアの怒声が横に並んだ青年の名を呼び彼は兵士に命じる。現れた兵士はあっというまに出口を固めてしまった。
あまりの出来事にさすがに誰も剣を抜くことはしなかったが、コレットが驚いてけつまづいた瞬間に尻餅をついた拍子に羽を出してしまった。
一体、どういう基準で現れるのか。
まぁ、この際そんなことはどうでもいい。
おかげで今度、呆気にとられる番になったのは兵士たちの方には違いないのだから。
時間が止まったような沈黙を破ったのは、奥の扉からこちらを覗いていた幼い少女の声だった。
「うわぁ!お父さま、ごらんになった?あの方、羽が生えました!まるで天使さまみたい!きれい〜!!」
総督の娘であるキリアは、微笑ましいほどの笑顔でそう感嘆しながら父の元に駆け寄ると、興奮冷めやらぬ顔でドアの服の裾を握り締めた。
はたと意識を取り戻したドアは焦った声で先ほどの自らの発言を撤回する。
「ま、待て!みんな、武器をおさめよ!この方は間違いなくマナの神子さまだ!」
…偽者呼ばわりされたり本物呼ばわりされたり、忙しい。
が手をさし伸ばすとコレットは立ち上がり羽をしまった。
「あなたさまの背中に見えたものは、まぎれもなく天使の翼。我らが無礼をお許し下さい、神子さま」
ニールと呼ばれた青年に深々と頭を下げられコレットは両の手を慌てて振った。
「あの、どうかお顔を上げてください。ええっと…別にいいんです。みんなにもよく、神子じゃないみたいって言われるし」
「すると…再生の書をわたしたあの神子は偽者だったというのか」
察するに、確認もせずに偽者に再生の書を渡してしまったんですね?
なかなか素直でのんきな風土の世界と見た。
ジューダスと
は馬鹿としか言いようのない総督府の対応に、視線を合わせると密かに溜息を付き合う。
「再生の書を渡したとはどういうことだ?」
クラトスの問いについ先ほどマナの神子を名乗る者に再生の書を渡すよう言われたとドアは頭をたれる。
神子が向かっていたという情報があらかじめ届いていたため疑いもなく渡してしまったらしい。
ジーニアスは信じられないと額を押さえ、これだから人間は…などとぼやいてリフィルに手痛いのを一発もらっていた。
「なぁ、そのなんとかって本の内容は覚えてねぇのか?」
何故かロイドの物忘れもパワーアップしてしまっているところもポイントだ。
「・・何しろ天使言語で書かれているので教会の人間でないと読めないのだ」
「へぇ〜天使言語なんてあるんだ?」
「ここで興味を抱く方向性が間違っていると思うが」
「仕方ねぇな。自力で封印を探すか・・・」
少々期待を込めて問うただけに、ロイドが落胆を隠しきれない様子を見せる。
「まぁ最初からなかったものと思えば振り出しに戻っただけだよ」
後退はしていないのだからまぁ良しとしたいところだ。
「ふむ。では行こうか」
頷いて、あっさり歩きはじめたクラトスに続きながら、は再生の書のありかについて思案している。
「これからどうしよう?」
「そりゃ再生の書がないんじゃ封印探すしかないだろ?これだけ大きな街なんだから他に何か情報もあるかもしれないしさぁ…」
「ロイドにしてはいい点ついてるね」
広場に出て行く先について相談する。
飽きが来なければ意外にいい勘が働くのではないかという視線がいくつかロイドに集まったがは全く違うことを考えていた。
旅を成功させた神子の残した再生の書。
そんな重要アイテムが行方不明のままなんてことがあるのだろうか。いや、あるはずない。
とすると…
「ところでロイド、パルマコスタワイン渡した人たちはどうしたんだっけ?」
「なんだよ。さっき話しただろ?何事も無くさよならだよ」
ここまでは合流直後に聞いた話だ。
あっ!!と声を上げたのはジーニアス。
怪訝な顔でなんで今更と
に向き直っていたロイドときょとんと首をかしげていたコレットが何事かと振り返ると、
ジーニアスは握った両手を空中に叩きつけるようにして主張を始める。
「それだよ!」
「何が」
「あの人たち、ハコネシア峠で何か売るとか話してたじゃないか!あれ、きっと再生の書のことだよ!!」
何故何かがそれになるのか。
論点は悪くないが腑に落ちずにクラトスが少々表情を動かして見下ろすジーニアスに問いかけた。
いまいちわかっていないのはロイドとコレットも同じようだ。
「どういうことなのだ?」
「ドア総督から家宝を簡単に手に入れられたとかさっさと街を出るとか言ってたんだよ」
「それってもしかして…!」
「もしかしなくても再生の書のことのようね」
満場一致で次の目的地が決まった。
ハコネシア峠を目指すことになる。
それにしても遠い。
特に道中何があるというわけでもなかった。
マーテル教の教えもあって、街道は整備されているし何よりパルマコスタからハコネシアは広大は平原を抜ける旅。
歩いていても辛い起伏があるわけでもない。気候が変わるわけでもない。
が、それは激しく単調でもあるということで。
「ノイシュー」
「ク、クォーーン?」
はなんとなく手持ち無沙汰になると何となくノイシュで癒されている。
モンスターにしても何故だか昆虫型の同じようなものしか出てこず、対処に慣れてしまうと大した相手ではなかった。
ロイドほどに飽きっぽくはなかったが、変化が乏しくなると物足りなさを感じるタイプではある。
最もその内すぐに吹く風だとか雲だとかにどこかしらに興味の対象を見出すので、事足りているわけであるが。
「天気がいいなぁ、こんな時は昼寝でもしてみたいよな」
「そんなことをしている暇があったら先へ進むべきだろう」
「わかってるよ。ちょっとした冗談だろ?それにしても暇…あ、いや平和だなー」
てくてくと歩きながらロイド。
クラトスにじろりと睨まれて暇と言う言葉を訂正する。
何日歩いたのかわからなくなりそうだが、ここのところ数時間おきにそんなことを言っている。
情緒とはそれほど縁の無い彼は、
が何かを見つければ面白がって寄ってくるが自分でそれをみつけるタイプではなかった。
だからこそ「暇」なのだろう。
「そんなに暇なら何か講義でもしようかしら」
「講義中にモンスターが出たら嬉々として飛び掛っていきそうだね」
「あ、そうだ」
講義と言えば。とばかりにリフィルとジーニアスのセイジ姉弟の会話には思い出したように自分のバックパックをあさりだす。
取り出したのはごく薄い本。
装丁だけはなかなか厚く、そこには「誰でもわかる世界のえらい人
世界を救った偉人・ミトス」と書かれていた。
「…それって子供向けの本じゃね…?」
「何か面白そうだから買ってみた」
パルマコスタの本屋にあったものである。
ジューダスにしてみれば不可思議なことだろうが、通貨は同じだったので自分の手持ちの路銀として幾分余裕がある。
思うにこれは「世界のえらい人シリーズ」なのだろう。
腰を据えて読むような難解なものよりもごく気楽に興味を惹いたタイトルだ。
新たなお楽しみへの期待にロイドが寄ってきたが見るなり難しそうな顔になった。
それで一度足を止めてしまったが、すぐに
が歩き出すと入れ替わりにコレットとジーニアスが開いた本の手元を覗き込んで来る。
歩きながら読むつもりか、と横目で興味なさそうにジューダス。
幸い子供向けの本だけあって、ご丁寧にルビもふってある親切設計で、文字も大きく歩き読みにも全く支障は無い。
「へぇ〜ミトスの話かぁ」
「ね、ちょっと読んでみて?」
こちらの二人は興味津々と言ったところだ。
絵本よろしくカラフルな口絵を見てコレットが期待の眼差しを上げる。
揃って内側に巻かれた春の陽色の髪先が肩から落ちた。
せがまれて
はページをめくる。音読などどれくらいぶりのことだろうか。
「ミトスは古代カーラーン大戦という戦争が起きたとき
それをやめさせたえらい人です
ミトスの出身地は知られていません
女神マーテルさまの住む天から
降りてきたと言われています」
わくわくと続きを待つ二人。
「本当に子供向けだな」
呆れた声を上げたのはジューダスである。
ミトスの話はコレットたちから教えてもらった伝承の中でも何度か出てきた話題だが、これはこれで切り口が違うので面白かった。
リフィルも笑みをちょっとだけ浮かべてこちらを振り返りながら足を進めている。
例え絵本でも年少組みの知識の習得には評価的だった。
それとも彼女自身が「面白い」と感じているのだろうか。
先頭を行くクラトスは背中を向けたまま。けれど無言のところを見るとなんだかんだいって全員が耳を傾けていることになる。
「ディザイアンという悪いハーフエルフの集団が
人間の王さまにうそをついて戦争が始まりました。
って、え!?ディザイアンてハーフエルフなの?」
ハーフエルフ。
ジューダスにはこれっぽっちもなじみの無い言葉。
の世界でも興味の無い人間は縁遠い言葉だろう。
自身はそれがどういうものかおおよそ想像に及ぶが、この世界でその言葉がどんな意味を持っているのかはわからない。
だからこそ
の言葉に仲間たちはそれぞれに表情を変えていた。
「…」
ジーニアスが俯くように閉口する。その表情には浮かない中に苦々しいものにすら見える。
コレットはそれほど大きな表情の変化を見せなかったがそんなジーニアスに感化されたように控えめに笑っただけだった。
リフィルの瞳が細めらたのは、一瞬だ。
「なんだよ、そんなことも知らないのかよ」
は?と口を開けたロイドが呆れた声を上げるのにそれほど時間は必要なかった。
ほんの数秒か…全員が顔を上げたときはいつもどおりのなんでもない表情だ。
「あなたは覚えていたのね、ロ イ ド」
銀の髪を風に揺らしながら正面を向いてリフィル。
名前のところだけ幾分ゆっくり言われてロイドは少々きまずそうな顔をする。
人のことが呆れられるほどに、他のことも覚えているの?という意味が含まれているのだろう。
相も変わらず手厳しい。
「そうだよ。ディザイアンはハーフエルフなんだ。見た目じゃ大して人間ともエルフとも変わらないけどね」
ジーニアスが迷惑、と言いたげに大げさに息をついた。
ディザイアン=ハーフエルフ。
それもまた「常識」なのだろう。種としての名を呼ぶことも忌むべきことだということは、今しがたの彼らの反応で十分理解できた。
パルマコスタで見た姿を思い出す。
それによって彼らがどんな想いをしてきたのかは知らない。
少なくとも協定を結んでいた村にいたのだから直接的な被害を受けるようなことは無かっただろう。
ロイドがあっけらかんとしているのがその証拠。
けれど、忌むべき存在には違いないということだ。
「見た目以外はなにか人間と違うのか?」
意外なところから声をかけてきたのはジューダスだった。
その言葉が先ほどの読み聞かせのワンフレーズとしてならただ聞き流しただろう。
だが、
の口から
は知っているのに自分はわからない言葉が出たことで、ジューダスの興味もそちらへ向いていた。
並んで歩いていたコレットとジーニアスは顔を見合わせたが、答えたのはクラトスだ。
彼は寡黙なようで、得てして真面目な話題には意見を述べることが多い。
「エルフと同じく魔法を使う。だが、その他の事についてはわからないことが多いな」
「まぁ、わかったら苦労は無いよね」
その後を軽くジーニアスが流してあっさり話は収束した。
ハーフエルフとは、文字通りエルフと人間の間に生まれた種のことを指す。
魔法を使えるのはエルフの血、というわけだ。
ごくごく当たり前の遺伝の法則である。
ひとしきり真面目な話題が終わると、気が向いたのかそれとも単に気になったのかロイドが先ほどの続きを促した。
は吹き抜ける風に閉じていた本をもう一度開いて続きを読み上げた。
「ミトスは戦争でマナがなくなったことを知って戦争をやめさせたのです
そして仲間と一緒にマナを探しました
ミトスは女神マーテルさまをあがめるという約束をしました
そのかわりにマーテルさまは地上にマナを下さり
ディザイアンを封じてくださることになったのです…?」
…なんか…「?」。
後半、急にトーンを落としてしまった
の率直な感想。
崇める代わりに封じるということは、この話から伺う限りマーテルは中立の存在ということになる。
つまり封印は取引であり契約である。
子供が読む分にはマーテルを敬う物語として十分だろうが、文字の羅列に隠された意味はそうともいえない。
そもそも、なぜ戦争の原因のディザイアンを停戦(和解?)した後に封じるのか。
封じられたのではディザイアンにしてみれば散惨なのでは。
児童書にはありがちな矛盾に、
は少々はまってしまった。
「へぇ〜、マーテル様がマナをくれるんだ」
「…ロイド…それ、子供向けだから」
自分に向けられた気がしないでもない言葉だが、続ける。
「今でもマナが減ってくるとディザイアンが復活します
そして残り少ないマナを人間牧場でさらに減らそうとします
神子が世界再生の旅に出るのもミトスのかわりに
マーテルさまにお会いしてマナをわけてもらうためなのです
。…終わり」
「なるほどなー」
懲りずに納得しているロイド。
人間牧場ってそんなに前からあるものなのか。
「なぁ、マーテル様って寝てるんだろ?」
ついでに彼は疑問を放ってきた。
「寝てる」などと言われると妙に俗っぽくて、その後に放たれる言葉に一抹の不安を覚える一瞬。
リフィルの愁眉が早くも寄ったことがそれが正しい予感であることを物語っていた。
「うん 」
「だったらずっと起きてりゃいいのにな」
「「「「………………」」」」
真理だ。
「マーテル様は人間が自分の力で成長できるようにわざと眠られているんだよ」
「ふーん、変なの」
そうだね、子供向けだね。
変なところで現実派のロイドに
はあっさりと先ほどまでの疑問を放棄した。
しかし、コレットたちに言わせるとそれは失礼千万な発言であったらしい。
「もう…!そんなこと言っちゃだめだよ、ロイド」
「眠っている女神か…」
「な、クラトスも変だと思うだろ?」
「…そうかもしれんな」
肯定とも否定ともとれない微妙な返事でクラトスは再び行く手に顔を上げる。
いつのまにか街道の行く先に、ぽつりと建物の影が見え始めていた。
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