Interval.クラトス=アウリオン
ハコネシア峠はパルマコスタから遥かに北。
地図を確認するとホント──────にこの世界は田舎だな。と思った。
街道はひたすら北に向かって延びるばかりで距離はと言えばかなり遠い。
それなのに途中に街は無い。
ハコネシアを超えればパルマコスタの勢力圏外である次のエリアといったところだ。
つまりは敢えて国境のようなものをつけて分けるとすればこのエリアには実質的に街がパルマコスタしかないことになる。
そんな遠距離の旅だから、準備は万端にしなければならない。
出発を決めてから、情報を集めて必需品を買い揃え、パルマコスタの街を一周し終えた頃には夕方になっていた。
「…早くおいかけないとならないのによ」
「急がば回れ、って言葉もあるよ」
「そうだな、これから出かけたところでモンスターにでも会えば余計に手がかかるだけだ」
そんなこんなで今日のところは宿をとることにする。
とはいえ、口を尖らせてみたロイドも初めて訪れるこの街に、周っている最中は楽しそうだった。
トリエットを出てからこちら、船旅だったのだからベッドも久々だ。そんなふうに言うと「それもそうだなー♪」などと転ぶ始末である。
…熱しやすく冷めやすい。それも個性と言えば個性か。
夕食を済ませて、自由解散。
散歩に出るのが恒例になってしまった
は街を吹きぬける潮の香を浴びながら橋から水路を見下ろしていた。
黒い影が時折通りすがる。
水路といってもこれは直接海に繋がっているらしい。だから魚が行き来しているのである。
針のように細い月が水面に映って揺らいでいた。
「何を見ている」
「魚です」
そうしていると珍しい人に声をかけられる。
クラトスだ。彼は寡黙でしばらく付き合った結果、文字通り必要最低限なこと意外はしゃべらないという印象が強い。
ジューダスのように沈黙が雄弁と言うより何を考えているのかわからないタイプだ。
クラトスこそ
をどう思っているのか。
そのあっさりきっぱりした返答に少々面食らったようだった。
実際は水面の奥だとか揺らめきだとか総じて色々なのだがまぁ間違ってはいないだろう。
「散歩ですか」
「まぁそんなところだ」
ちらと欄干を肘掛代わりに水路を撫でた彼の視線も、水面に浮かぶ月に気づいたらしい。
切れ長の瞳が刹那、猫の爪のような光を捉え、更に細められた。
しかしそれきり黙してしまう。
やはり何を考えているのか捕らえ辛い。
「世界再生…か。ばかばかしいことだな」
しかし、彼の口から漏れたのは…おそらく彼の本音だった。
独りごちるように落とした呟きは
の返事は期待していないだろう。
それとも、無意識には求めているのだろうか。
彼の視線はどこか遠かった。
「クラトスさんはそう思うんですか?」
水鏡に落ちていた視線が上がって、
に据えられる。
瞳の光は元通りどこか鋭利さと、何故か剣呑さを帯びていた。
「そうだ。仮に…この再生が成功したとする。しかしいずれまた世界は衰退するだろう。
これまでのように。そしてまた再生の神子が危険な旅をする。堂々巡りだ」
「これまでずっと、そうだったんですか」
「…」
彼にとっては意表をついた返答だったのだろう。
からすれば、何度も「伝承」として聞いたことだがこうして直接論じるとなるとまた印象が違う。
ただ感じたままに疑問を口にしただけだ。
YesでもNoでもない新たな問題提起にクラトスはほんの数瞬黙してから、息をついた。
単純に呆れともとれない苦笑が浮かぶ。
「本当に何も知らないのだな」
「えぇ、本当に何も知りません」
それがクラトスにとってどれほどの意味があったのかはわからない。
けれど彼は先ほどよりも表情を崩してもう一度水面に漂う月を見た。
「そう、永い間そうだった。何度も何度も繰り返されたことだ」
「少し呆れちゃいますね」
「呆れる?」
数瞬考える間があって、
がぽつりと応えると今度はクラトスが訊く番だった。
「世界再生自体はスケールの大きいことだと思います。でも、みんなの話を聞いてるとどうして世界再生なんていうものがあるのか誰も考えてない」
それは抱いてはいてもこの世界の人間には漏らしたことのない疑問だった。
「ディザイアンが「本当に」元凶なら倒せば済むだけの話じゃないですか。
…口で言うほどは簡単じゃないでしょうけど」
にしては単純明快な筋道であると思う。
が、「ディザイアンがマナを消費しているために衰退している」というならわざわざ遠回りして天使に助けを求めるのがおかしなものだ。
そもそも過去に再生の旅が成功しているのに同じ状態に陥るのもおかしい。
伝承どおりなら女神が目覚めて助けてくれたはず。
また女神は眠ったとでも言うのだろうか。
繰り返されるということは元凶はもっと別の場所にあるということではないか。
…
にとっては伝承の信憑性自体が怪しいのだから現時点では抽象的過ぎる問題ではあるが。
クラトスは黙って聞いていた。
「それなのに誰も繰り返されることに疑問を持っていない。それとも、止められない理由でもあるんですか?」
「止められない理由…か」
首を傾げて見上げるとクラトスはふっと瞳を伏せる。
少しだけ考えて、彼は首を振った。
「そんなことを私が知ると思うか?」
クラトスがそう言うならそうなのだろう。
誰かが彼のように馬鹿馬鹿しいと思うなら、少なくとも繰り返されることはなくなっていたかもしれない。
或いは止められない理由そのものに心当たりがあるか…
彼は何かを隠しているようにも見えるが追求すべきでもないとは思う。
「…ということはその謎が解き明かされるまでは繰り返されなければならないんですね」
「疑問を抱いたなら何かが始まることもあるだろう。思考を止めなければあるいは何かが変わるかもしれん」
「わからないことだらけなのに」
言葉とは裏腹に
の表情は笑っている。
一瞬止んだ夜の風が、波打って頬を撫でた。
「やっぱり気の長い話ですね」
「そうだな、呆れるほどの気の長い話だ」
何を見ているのか。
クラトスの瞳は相変わらず遠くを見つめていた。
まるで、その永い刻を眺めてきたかのように。
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