−10.東の牧場の管理者
草原を吹く爽やかな風は相変わらない。
しかし、往路と復路では人の気持ちは大きく変わっていた。
「ディザイアンの奴ら、パルマコスタで暴れやがったら絶対ゆるさねえぞ!」
ハコネシア峠へ辿りついた神子一行。
そこには二つの難関が待っていた。
ひとつは、関所。
新たな地方へ抜けるため、いつか通らなければならないだろうその場所を通過するには通行証が要った。
しかし、その通行証といえば1億ガルドという法外な金を出さなければ買うことが出来ない始末。
更にその通行証を管理する人間が、変わり者のじいさんで神子といえど頑として譲らないのであった。
払えないなら代理店の旅業に参加しろと言うあたりどうやら結託しているらしいがそれはまた別の話。
もうひとつの難問といえばそのじいさんの趣味が骨董集めで例の再生の書が既にその手元に収まっていたということであろうか。
やはり法外な値段をふっかけられ、見せてもらうだけでも「スピリチュアルの像と引き換え」という条件を出されてしまった。
スピリチュアルの像はパルマコスタとハコネシアの間にある救いの小屋にあるらしいのだが、到着したところで人間牧場のマグニスがパルマコスタへ向かったという噂を聞きつけ、結局、全員揃って街へ引き返しているという事態である。
「ロイド、落ち着きなさい。どうしたというの?」
頭に血を上らせて街道を引き返すロイドをリフィルが諌めている。
いかにディザイアンが敵とはいえ彼の心頭ぶりは尋常ではなかった。
怒りというより憎しみさえもにじむ気配だ。
グローブがゆがむほどに拳を握りしめてロイド。
「イセリアを出たときに誓ったんだ!これ以上、ディザイアンのやつらに好きにはさせねえって!」
「冷静さをかくと誤った判断や行動をしかねんぞ」
「うるさいな!」
何度も言うが、彼らの旅の直接的な目的はディザイアン討伐ではない。
求める結果としては似たようなものであるが、今はそれより他にすることがある。
けれど、あまりにもな私情の走りは見ていても清々しいものではない。
忠告をしたクラトスに言葉を叩きつけると誰とも無く沈黙が落ちた。
その僅かな後にリフィルのひんやりとした声がその頭から水を浴びせるようにロイドに向けられた。
「ロイド、あなたの気持ちはまっすぐな正しいものよ。
だからといって仲間の言葉に耳を傾けないのはいただけないわね」
「!!でも、オレ…」
彼女はどこまでも「先生」だ。
こんな時、ロイドはリフィルの言葉に耳を傾け大人しくなるのだった。
「パルマコスタは確かに心配だけど私たちはあなたも心配なの。おわかり?」
「…ごめん。オレが悪かったよ…」
「素直でよろしい」
馬鹿がつくほどのな。
激情で突っ走るなら帰ってくるのも直球だ。
ジューダスはロイドの処遇は年長2人に任せて先を歩いている。
スタンもカイルも同じくバカ素直だったが彼らは常に仲間を思いやる人間だった。
そういう意味ではあれは天賦の才能だったのだろう。
そうでない人間はその都度事態に向き合って学ぶことが必要になる。今のロイドのように。
「でも、謝る相手が違うのではなくて? 」
「クラトス。悪かった…ごめん…」
「気にしていない。ともかく、パルマコスタに向かおう。
急ぐが、焦らずにな ロイド」
時々彼の言葉には、無愛想な中に思いやりのようなものが込められて聞こえる。
「…クラトスさんって…」
ふと長い道のりに、爆弾を落としてみたくなった瞬間だった。
「お父さんみたいだよね」
「!!!!」
「…なんだそりゃ」
隣にいるジューダスに話しかけたつもりだったのだが思わず後ろから声がかかってきた。
喉もと過ぎればなんとやら、そこには「はぁ?」という顔をしたロイドの姿がある。
「あぁ、お父さんって年齢じゃないか」
「いや、そーいうことじゃなくてよ」
「じゃあお兄さん?」
「…………」
まじまじ。
足を動かしながらロイドに見られてクラトスは無表情を装いながらも居心地が悪そうだ。
「って感じでもねーよな…」
「クラトスさんはクラトスさんだよ」
あは、と能天気にコレットが言ってなんとなくその場は収まってしまったのだった。
* * *
あの平坦な道のりを引き返してくるのは憂鬱だった。
1日、2日で着く距離ならまだしも、壮大な物語において世界はそんなに狭いはずもない。
(むしろ狭かったらそれはそれで嫌なのだが)
街に入ってほっとするのも束の間、このロスタイムをどうしてくれよう、と特に急ぎでもないのにどこかしらに八つ当たりしてみたい気分で。
「どけ!マグニス様がおでましだ!」
急ぎ足で閑散とした通りを抜けて広場へ向かうとそこで信じられないものを見た。
中央には絞首台。
どこから持ち込んだのか木製の頑丈な台状に立てられた2本の柱の中央には、茶色の髪をひとつに結わいた中年の女性が立たされていた。
その首に括りつけられたのが太いロープ。
実際、それらが何を意味するのか見たことが無い人間でもこれから起こり得ることは容易に想像できる。
その足元に立つディザイアンが高らかに宣言するとただでさえ冷たくなっていた広場の空気は震え上がったようだった。
「東の牧場のマグニスだ…!」
闊歩するように炎のようなドレッドヘアーを高い位置でまとめた男が目の前を通りすがると、遠巻きにしていた住民がつぶやいた。
「マグニス様、だ。豚が…」
隆々とした肌の上には紫色のベストをかけ、戦績を物語るであろう傷だらけの無骨な顔。
露にされている耳は僅かにとがっており確かに人間のそれとは違うようにも見えた。
その外気に晒された耳で耳敏く聞きとめ、男は軽く民を吊るし上げる。
コキリ
あまりにも軽い音を立てて民は絶命し、マグニスは力なく吊るされた体を石畳の上に放った。
「この女は偉大なるマグニス様に逆らいわれわれへの資材の提供を断った」
「よって、規定殺害数は超えるもののこの女の処刑が執り行われることになった」
「くそっ!この街の兵士たちはどうしたんだ?!」
「演習でほとんど出払ってるんだよ」
高らかな宣言を聴いたロイドが広場の入口…橋の上で毒づくと、不安そうに成り行きを眺めていた青年がささやく様に教えてくれる。
「隙を狙うとは…隋分と姑息な手段を使うものだな」
「母さん!」
いましも噛み付きそうなロイドとは対照的に冷めた声で言うジューダスの後ろから、駆け現れたのはショコラだった。
広場を見渡せる橋の上で一度は足を止めたものの、制止の声を振り切って彼女は絞首台の前へと駆けていった。
「動くな!そこの女!」
「下手に逆らうと死んだほうがマシな思いをすることになるぞ」
「ドア総督が、そんなこと許すもんですか!」
勇気のある行動なのか、それとも単に周りが見えていないのかいずれとも言いがたい態度でショコラは強く言い放つ。
絶対的な信頼はこめられた言葉だった。
だが、マグニスは絞首台の上から聴衆を見渡して、耐え切れなくなったように笑い出した。
「ドアか…くははははは!無駄な望みは捨てるんだな!」
「やめてぇ!!」
縄を切る合図を落とそうとするとヒュッと音をして何かがマグニスに向かって飛んだ。
「この、薄汚い豚がぁ!」
子供が投げた小さな石はその頬を掠めることすらしなかったがマグニスは巨体を絞首台から踊らすと容赦なく詰め寄る。
「やめろ!!」
「ぐぉっ!」
その時、不意をついたのがロイドの放った魔神剣だった。
…こんな時になんだが、この光景は以前に見たことがある。
そう、あれはアクアヴェイルだったか。
スタンが似たようなシチュエーションで全く同じことを仕出かし騒ぎになった。
テイルズの主人公としてはお約束の行動なのか。
「ダメよロイド!
ここをイセリアの二の舞にしたいの?」
しかし、その行動を真っ向制止したのは他でもないリフィルだった。
お願いというより絶対的な忠告に近い。
イセリアは、不可侵条約を破ることによって火を放たれ多くの命が奪われた。
小さな犠牲を見逃せば、大きな災厄は免れる。
再生の旅が完了するまでの間、それがこの世界の掟には違いないようだった。
「何言ってんだ!
ここはディザイアンと不可侵条約を結んでいるわけじゃねぇだろ!
目の前の人間も救えなくて世界再生なんてやれるかよ!!」
ほぅ、とジューダスがその言葉に一瞬だけ関心の意を示す。
神子の救いにおんぶに抱っこだと思っていたがどうやらそれだけでもなさそうだ。
最もそれは理想論でありクラトスやリフィルがよしとするかは別問題ではある。
「私も…こんな処刑を見過ごすなんてできません」
「…おまえは手配ナンバー0074のロイド=アーヴィングだな!」
神子として、いや生来の性格だろうか。
チャクラムを片手にロイドの隣へ進み出たコレットだったが、ディザイアンの注意はその一言でロイドへと向かう。
腰を低く落としていましもこちらへ突進してきそうだったマグニスもそれで構えを解いて彼を眺めやった。
「おまえが例のエクスフィアを持っているという小僧か!」
例のエクスフィア?
トリエットで手配書がまかれていることは知っていた。
それについてはイセリアを追われる原因となったことに由来するものと思っていたし、追求はしなかったので知る由も無かったがが、どうやら何かあるらしい。
いずれおたずね者には違いないのでディザイアンにしてみれば飛んで火に入る、というものだ。
「ガハハハハ! こいつはいい!
ここでお前のエクスフィアを奪えば五聖刃の長になれる
おまえら、あの小僧どもをねらえ!」
下級のディザイアン兵たちが群がって、広場の中央付近にいる3人へ魔力を収束させる。
同時に、マグニスは絞首台の上にいるカカオを見上げ、手振りで処刑執行を指示した。
「危ない!」
ガコン、と音を立てて彼女の足元が大きく口を開き、支えるもののなくなった体は宙吊りになる。
コレットの声に重なって首を締め上げようとした縄を断ち切ったのは一本の短剣だった。
同時にディザイアンの放った魔法がロイドたちに炸裂するが、こちらは駆け出たジーニアスが防戦した模様。
「まだまだだね」などと余裕しゃくしゃくな身振りで挑発すらして見せるほどである。
その時、空を切った短剣の行き先を目で追ったマグニスの懐に走り寄り、意外なほどの行動力で剣を薙いだのはクラトスだった。
「ぐおっ!」
脇腹を押さえ膝をつくマグニス。
一歩下がったクラトスは剣を収め動じない瞳でそれを見下ろした。
「…神子の意思を尊重しよう」
宣言するように彼はそう言った。
実際、それは取り巻くような町人たちに知らしめるようなものだったのだろう。
怯えて成り行きを見守るだけの彼らの顔色が明らかに変わった。
「やれやれ…このパーティもとんだお人よしだな」
点々バラバラに広場に散っているそこへジューダスも降りてくる。
先ほどカカオの縄を切ったのは紛れもない彼の短剣だった。
も一緒に橋を下ってロイドたちの下へ向かう。
「神子さま…?」
「あれが神子さまなのか!」
「神子さまが、わしらに力を貸してくださるのか!!」
誰ともなしに沸き立つように人々からどよめきがあがる。
そのどれもが希望と期待を伴ってコレットに向けられていた。
しかし、一人だけその事態を憂いている者もいる。
リフィルは信じがたいといいたそうな声音で仲間たちを振り返った。
「みんな、分かってるの?
ディザイアンに逆らうとこの街もイセリアのように襲われるかもしれないのよ」
「そうさ、分かってる!二度と同じまちがいはくりかえさない。
牧場ごと、叩きつぶしてやるさ!」
「無茶だわ、そんな…」
確かに無茶なのだろう。
彼女たちの使命は世界救済であり、それらは救済の旅には計画されていない。
寄り道をしている場合ではないのだ。
危険だとかそういう問題ではない。リフィルは目的を見誤ってはいなかった。
「どのみち、俺もコレットも奴らにねらわれてるんだ」
続く言葉をさえぎってロイドは胸を張ってコレットを向き直った。
「それに俺たちには神子がついてる。世界を再生する救世主がさ!
な、コレット!」
街の人々と同じ期待のまなざし。
それは確かにここに居合わせる人々の望みにもなるだろう。
進み出たコレットは痛々しいまでに神子の象徴とも思える言葉を繰り出した。
「…うん。私、戦うよ。みんなのために」
「おお! コレットさま!」
「偉大なるマナの神子さま!」
馬鹿馬鹿しい。
どこか茶番じみたその雰囲気に乗り切れなかったは心の中に浮かんだ言葉はひっそりと仕舞っておくことにする。
何度直面しても慣れることはない。
けれど彼らにとっては、これが「普通」なのだ。
少しの痛みを伴っていても…おそらくはコレットにとってすらも。
「もう、本当にバカな子たちね」
いろんな意味で賛同しているのは
だけではない。
救世主伝説を除外すれば協力は難しい選択ではない。
ジューダスはとっくに諦めていたのかリフィルの言葉に小さく溜息をついた。
「…心配だから私も手伝うことにするわ」
「こうなったら逃げるにも逃げられないしね」
「先生…
! ありがとう!」
「くそっ、どいつもこいつも」
うめきながらマグニス。
「俺さまを馬鹿にしやがって…
おまえたち! この連中の始末は任せたぞ」
馬鹿にされたのに下っ端に始末を任せるのか。
マグニスは
の呆れた視線を受ける前に光の柱にまぎれるようにして消えてしまった。
「よくもマグニスさまを!さっさとくたばるがいい!」
「…それでも忠誠は素晴らしいものがあるんだね」
「気を散らしてないで、行くぞ!」
私が部下だったら、あの態度は心中下克上ものです。
そう思ったが、どうやらディザイアンというのは素晴らしく統制が取れているようだった。
仲間意識、というものなのだろうか。
何故か、ハーフエルフという彼らの生い立ちを唐突に思い出した。
ハーフエルフは
の中では人間とはさして変わりない。
討ち倒されるディザイアンとそれをみて狂喜する人々に違和感を覚えながらも彼らはカカオを連れて店へと戻った。
という一方であのバトルで溜まった鬱憤は清々しいまでに発散していたわけであるが。
「おかあさんを助けてくれて本当にありがとう。
お母さんまで殺されていたら、私、どうしたらいいのか…」
ショコラは少女らしいひたむきさで礼と、混迷を露にしている。
「お母さんまでって…」
ジーニアスが思わず聞き返すとカカオが強くなってきた風に窓を閉めながら応えた。
「主人はドア総督の義勇兵に参加してディザイアンと戦い戦死しました。
私の母も牧場へ連行されて…」
「うちの店は元々おばあちゃんが始めたの。だからおばあちゃんが帰ってきたときのためにもあの店を守らなきゃ…」
マーテル教会の旅行代理店にいるのも道具屋を維持するため。
別にマーテルさまを信じてる訳じゃない、と彼女は言う。
神子様の前で堂々と言えるのは素敵です。
結局、彼女の気丈さは何者かに頼りきらない意識からきているのかもしれない。
「マーテルさまはお父さんもおばあちゃんも守ってくれなかった。
神子さまには感謝してるわ。
今だってお母さんを守ってくれたのは神子さまとみなさんだもの。でも、みんなが苦しいときに眠っているカミサマなんてあてにできない」
「そっか…。そうだよね。
でもね、やっぱり神さまはいると思うよ」
「そうかしら…」
さすがに神子だけあって諭そうとする力は相当のものだった。
その瞬間に、
はコレットがどんな教育を受けてきたのか理解できた気がした。
きっと、大切に大切にされてきたのだろう。
神子として、神の代行者として。
それは疑うことを教えられなかった、使命の徒。
「うん、いると思うよ。
…あなたにも、私にも」
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