−12.落し物
「大きな光る鳥だってみたんだよ!」
メイがそんな話を始めたのは翌日のことだった。
一晩野営と観測を経て、昼前に出立をする。
街道の土ではなく、やわらかい草を踏んでいるせいか揺れもどこか優しい。
「光る鳥?」
「もしかしたら光の精霊アスカかもしれないわね」
アスカ…
リフィルの推測を聞いて
は首をひねった。
いや、捻るほどではないだろう。
ただ、その姿は容易に想像できただけのことだった。
かつて、この世界と同列に存在するのであろう世界の中で同名の精霊が登場しているのを知っていたからだ。
「ほう!あの鳥は精霊なんですか?なるほど、道理でみたことのない種類なわけだ…」
「なぁ、その時の話を聞かせてくれよ」
自分が面白そうだと思う話には好奇の期待。
ロイドにせがまれてノヴァは苦笑する。
自分の好きなことに興味を持ってもらえるのは嬉しいが、彼はその鳥をちゃんと見られなかったのだという。
学者としてはそんなチャンスを逃してしまったのはさぞかし残念だったに違いない。
代わりにアルドインが頑丈そうな窓を開けてから話してくれた。
「あれはオサ山道だったよ。頂上付近で野営をしていたときにその光る鳥が現れたんだ」
「オサ山道…ついこの間通ってきたけど、全然わからなかったなぁ」
そんなポイントだと知っていればもっとよく探したろう。
けれど、人通りは少ないわけではないので噂にもなっていないのも不思議な話だ。
「あの日は風が強くてさ、
そばにあった不思議な音を出す木の実がその風で揺れてきれいな歌みたいだった」
「不思議な音を出す木の実?」
「あっ!アタシそれ持ってる!ほら、これ」
メイがあわただしく荷物をあさったかと思うと兄の後ろから身を乗り出すようにして差し出した。
手のひらに乗る小さな木の実。
取り立てて何が特別という見た目でもないし、ロイドが手にとって振ってみても辛うじてカラカロと小さなものが動く鈍い音しかしなかった。
「見せて?」
良く見ると小さな亀裂が横に走っている。
風鈴みたいなものかと思ったがこれは風を通すことで鳴りそうだ。
が前方から吹く風にかざしてみるとリリン、と透明な音が鳴った。
「おそらくそれは昔、高地に群生してたといわれるリンカの木ね
その実は風に揺れると鈴のようにきれいな音を出したという」
「へぇそんな木があるんだ」
どうやって音が鳴るのだろう。
確かに中に種のようなものが入っているようだ。
ロイドが振っても大した音が出なかったということは、風が巻き込まれることで微妙な角度で中身が転がるからなのだろうか。
もう実のほうには興味がなさそうなロイドの横で、不思議な実を振ったりかざしたりしていると
「それ、あげる!アタシまだ何個か持ってるもの」
とメイが嬉しそうに声をかけてきた。
「ありがとう」
なかなか素敵なものをもらってしまった。
中身を確認するために割ってみたくなるが、貴重そうなものであるしそれは我慢しておこう。
「でもそれならオサ山道に行けばアスカに会えるんじゃないか?」
「…そんな木はなかったろう」
確かにオサ山道は通ってきたがアスカどころかリンカの木にすら気づかなかった。
山の上で風は吹きさらしだったし、鳴れば気がついたはずだ。
ジューダスの言葉に首をひねる
にアルドインは駄目駄目、と首を振った。
「あそこの木はもうなくなってた。誰かが切って持っていってしまったのか土砂崩れかなにかで流されたのかわからないけど…」
「山頂付近でみかけたあの切り株がそうだったのかしら?」
心当たりがあるのかリフィルが首をかしげている。
ノヴァがふう、と溜息をついて勿体無いとばかりに瞳を閉じた。
「結構旅してきたけどあの木はもうどこにも見つからなかった。
乱獲や天災で絶滅したと言われている木だからな」
「あの鳥は険しい山中などでしか出会えないのではないでしょうか」
妻のサラが学者の妻らしくおっとりと、しかし的確な推論を述べる。
きっとリンカの木もまだあるのだとすれば歩いていけないような場所にあるのだろう。
「まぁ精霊だったらそうそう人前に出るようなところにいるとは思えないけどね〜」
「やっぱり住み分けみたいなものがあるの?」
ジーニアスから返ってきた「さぁ?」という答えは人とは住まう世界を彼ら自身が分けているのであろう事実を示唆していた。
* * *
それから数日、馬車で北上し目的地にてノヴァたちと別れると、当の救いの小屋の祭司長は神子一行を歓迎したものの、数分後には青くなる羽目に陥っていた。
世界再生のために導師スピリチュア像が欲しい。
それはロイドによる力説と、コレットの誠実なお願いに、「何を迷うことがありましょう…」と豪語した直後のことだった。
原因は、その部下である祭司によって持ってこられたスピリチュア像。
いざコレットの手に渡ろうとするとこれが、偽者であることが発覚したのだ。
「どういうことなのだ…?」
思いもよらない告白に震えながら辛うじて問う。ということは彼はそのことを今まで知らなかったと言うこと。
祭司は観念したように素直にその先を白状した。
「一昨年の旅業で、本物のスピリチュア像を紛失してしまったのです」
大それた事態である。
祭司長は二度驚くことになった。
「旅業ってマーテル教会の修行旅行だろ。なんで像を持っていくんだよ」
「スピリチュア像には後頭部の後光として、ダイヤモンドが使われております。盗賊たちから守るため、我々が旅業に出るときには常に携帯させて頂いております」
呆れたようにロイド。
それはやっぱり崇めるためだろうか、と殊勝な理由を思ってみたが実際はもっと俗っぽい理由であることもついでに白状した。
「たかがダイヤにご大層なことだ…」
「ジューダス!たかがダイヤって…オレは見たことねぇよ」
「2人とも、そういう問題じゃないから」
ジューダスのつぶやきに見事に反応したロイドは放っておいては恐縮する祭司に先を促す。
「一昨年も慣例に従いまして、スピリチュア像をソダ島までお運びいたしました。
ですがそのとき、間欠泉の中に像を落としてしまったのです」
よりにもよってなぜ間欠泉。
「…何でそんなトコに持っていくんだよ。もー」
「面目ございません。初めて見る間欠泉にひどく感動いたしまして…気付いたときには、像は間欠泉の向こうの岩場に落ちておりました。」
大きさが大きさだけに背中にでもくくりつけておけばよかったのだ、と思ったがそんな格好ではしゃぐ祭司と言うのもなかなか見もので何かと思い直す。
「困り果てた私は、イセリアにすむドワーフの元を尋ねまして、同じようなものを作らせたのでございます」
「あ、それ、ダイクさんだよ」
ジーニアスがぽん、と掌をたたいて何故か笑顔になった。
「…大工?」
「うん、ロイドのお義父さん」
「…………………そう。」
の脳内の単語と、ジーニアスのそれとは一致していなかったが、それが名前であることは理解できたのでよしとする。
ジューダスもひょっとしなくても同じことを思っていたらしく視線がと同じように一瞬明後日を向いて薄く笑みを浮かべていた。
「さすがダイクね。腕がいいわ」
「いや、感心している場合じゃないから」
「…親父…どんな仕事してるんだよ」
2年も誰も気づかなかったのだ。
それは出来としては素晴らしいものなのだろう。
一般的にドワーフは手先の器用な職人であるからしてこれくらいは朝飯前なのかもしれない。
「さて、どうする?にせものであの老人の目をごまかせるか?」
黙って話を聞いていたクラトスが、ようやく脱線しかけた話を本筋に戻してくれた。
「それは難しそうね。よく出来ているとは言っても所詮フェイクだし、ダイヤはくず物ですものね」
「あの…。本物を拾ってきたらどうかな?」
その所詮フェイクにいままで誰も気づかなかったのだからいけるかもしれないが、ダイヤに関しては見る人間が見ればすぐにわかってしまうのだろう。
すると控えめにコレットが手を挙げた。
案としては、すこぶるまともで正攻法ではある。
「場所がわかってるならその方が間違いないだろうね」
「…ソ、ソダ島まで行くの?」
間欠泉の近くまでいけるかどうかは見てみなければわからない。
も一口乗るとさっと顔色を変えたのはリフィルだった。
やはり彼女は水に抵抗があるらしい。
「それに岩場は、間欠泉を越えた先にあるんでしょう?」
もっともらしいことを言うものの、声は少々裏返っている。
この状況で誰もそれに気づかず話を進めているのが少々信じがたいのだが。
「オレが取ってくるよ!」
「間欠泉は熱湯です!危ないでしょう!」
ロイドの発言に今度は素で怒っていた。
「ばっかじゃないの。地学の時間に習ったこと忘れたんでしょ」
弟の追撃もなかなか辛らつである。
「…呆れたな」
クラトスの呟きも痛い。
このパーティは意外と辛口なのかもしれない。
とかなんとかどうでもいいことを思っているとジューダスが打開すべく意見を述べた。
「しかし、噴出周期によっては行けないこともないだろう。
その間欠泉がどれほどの温度か知らんがものによっては浴びても問題ないこともあるしな」
別にロイドいじめを打開したかったわけではない。
だが、リフィルにとっては今は少々余計なことだったのだろう。
整った愁眉が複雑に寄せられた。
「ソダ島の間欠周期はかなり早いと聞くが」
「間欠泉を止められればいいのにね」
「じゃあ止めれば?」
クラトスが至極真面目にジューダスに応えるとコレットがのほほんと微笑みながら言う。
いつでもどこでも緊張感がないのは表面だけだろう…と信じたい。
投げやりともいえる発言を述べたのは
だが、全員が視線を集めてそれが決して冗談や冷やかしでないことを悟った。
ジューダスにしてみると見るまでもない事態ではある。
「止めるって…どうやって」
「晶…じゃなくて魔術で一時的に凍結させるとか」
ごく初歩の解決方法だ。
「それだよ、それだ!ジーニアスに魔法で栓をして貰えばいいんだ」
「魔術って何を使うの?」
彼は天才とはいえ時々、年齢相応の思考回路になるらしい。
「氷をば〜んと落とすとか」
「まぁ…それなら
もできるだろ」
「まだ、無理」
インプレイスエンドのことを言ったようだが、なんだかわからないハンデは相変わらずだ。
今まで剣や初級晶術で事足りていたため失念していたらしい。
ついでに人間が魔法を使えない世界だ。
いらぬ疑問符を浮かばせたところで
はジーニアスに振り返した。
「ジーニアス、アイシクル使えたよね?あれで頑張ってみて?」
「了解。やってみる。ありがたく思ってよ!」
ジーニアスが片手をグーに握ってジャンプしてみせる。
ロイドも俄然、やる気を出したように拳を握ってジーニアスの腕に交差させた。
「ドワーフの誓い、第1番。
平和な世界が生まれるように皆で努力しよう、だ。頼むぜ、天才魔術士さん」
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