−13.ソダへの海路
一晩を救いの小屋で明かして一行はソダの遊覧船乗り場へと向かった。
ここからだとそれほど遠くはない。
通り道には人間牧場もあって一時不穏な空気も漂っていたが、西の海岸線に出れば小さな漁村のような集落がすぐにみつかった。
「やっと新しい場所だ」
「まぁ、遠回りと言えば遠回りしたな」
誰に言うでも無く呟くと、クラトスがいつもの抑揚のない声で答えてくる。
話しかけてくるタイミングがなんとなくジューダスと被っていて時々それがジューダスでないことに違和感を覚えるほどだ。
それとも彼に対して自分は何か構えているのだろうか。
そんなつもりはないが考え始めるとなかなか奥深い問題である。
「わぁ!ここから遊覧船で行くんだね!」
物見遊山よろしく集落に入るとジーニアスとコレットがうきうきと駆け出した。
こういうところは少女らしい振る舞いだ。
向こうに見えたソダ島への距離は驚くほど近く、なるほど、本当に遊覧で往復するくらいの光景だった。
「遊覧船…?」
しかし、本当に難関が待っていたのはチケットを買って桟橋までたどり着いたその時だった。
各々どこか間抜けた顔で「船」を眺めている。
リフィルだけが渋い表情を浮べていたが無理もない。目の前の海には、幾つかの大きなたらいがぷかぷかと浮かんでいた。
「たらい…だよな?」
どう見ても。
「たらいだ…」
「たらいだね」
「たらい、か…」
クラトスですら唖然と彼らの口上に乗っているくらいである。
いかに異世界でもこれが普通の状態でないことは伺えた。
「…何か己のプライドにかけて乗りたくない気がする」
「僕もだ」
ここは、佐渡かーーーーーーー!!!!
と叫びたいところをぐっと堪えて辛うじてそう言うとすぐさま同意が返ってくる。
ただ、一人だけこんな状況にも前向き天然娘が彼らの背後にいた。
「うわぁ、おもしろそう!」
「そうだね。ロイド、出航直後に転覆したら笑い話だから見ててあげる」
「なんでオレだよ!」
海は湖のように静かで、透明だ。
でも多分、あれバランス取るのがものすごく大変だから。
乗ったが最後、なんとなく惨状が待ち受けている気もしないでもない。
それもこの平和な光景ならバカンスのごとく笑い飛ばして終わることだろう。
転覆、と聞いて顔を引き攣らせながら、数歩後ずさったのはリフィルだった。
「わ、私はここで待っています。さあ行ってらっしゃい」
「どうしたんだよ、先生」
ふいの申し出に意外そうにロイドが振り返る。
リフィルは大きくかぶりを振った。
「別に…何でもありません。よくって?私は乗りません。
も残るのよね?」
やはり声音が拒絶を示しているのだが、ロイドたちは気づいていないようだ。
一緒に残るならこれ幸いと同意まで求められてしまった。
しかしそんなことに気づかないコレットは善意の塊で満面の笑みを向ける。
「面白そうですよー?乗りましょう」
悪意があれば対抗しようもあるが、困ったさんはそれにすら気づかないから困ったさんなのである。
「そうだよ、姉さん!」
なんとジーニアスにすらもこれまでの人生において自分の弱点(?)を悟らせていなかったのか、手を引っ張られてなお頑なに嫌がっている。
よほどなのだろう。
はさすがにそのへんにしておいてあげたらいいのにと助け舟を出すことにした。
そんな船があったらそれこそ、たらい船の代わりにこの海へ出して欲しいなどと思いつつ。
「いいじゃない、これだけ人数がいるんだから──」
「…きゃ…」
その言葉を場違いな悲鳴がさえぎった。
一瞬、時が止まったかのように、全員が呆然とリフィルを凝視した。
きゃ、なんて可愛らしい悲鳴が彼女の口から漏れるなんて、誰も想定していなかった。
わかり辛い人は
がそれを言うシーンを思い浮かべてみるといい。
おそらく、思い浮かぶまい。
それに比べたら、別におかしいことでもなんでもない。
そんな耐性があるからか
の次に表情を動かさなかったのはジューダスだった。
「…きゃ?」
きょとんとした様子で、ロイドが復唱した。
「先生、まさか、水が怖い…とか」
「きゃあ楽しみ、と言いかけたんです!」
それもまた想定し辛い台詞であるが。
ようやく気づいたのか心底意外そうにロイドが呟くと、みんなの視線を集めたままリフィルはたらいに乗り込んだ。
「意地っ張りだなぁ…」
「…フ」
そんな訳で結局全員でソダ島へ渡ることになった。
佐渡のたらい船だとで定められた10mほどの四方をぐるっと回る程度のものである。
それはそれで現場を見るとがっかりな感じなのだが、ここは本気で漕がねばならない予感。
ロイドが何を考えているの(多分、何も考えてない)かノイシュまで乗せようとしているのを、は見ないことにした。
「…やっと…着いたのね…」
たらいのふちにつかまって、ぐったりと疲れたようにリフィルが呟いたのはそれから十数分後。
始終海は穏やかで、難問といえば漕ぎ手のスキルがないことくらいだったろう。
コレットはといえば、それが楽しかったらしく嬉しそうにたらいを降りて、ロイドを笑顔で振り返って花を飛ばしている。
「面白かったね〜、ロイド」
「海水が入ってきて転覆するかと思ったよ!」
その状態までおいつめられてどうして転覆しなかったのかが不思議です。
船と違って安定感がないので桟橋に上がるのもなかなか難しいものである。
「…ほら先生」
そのせいか、たらいから降りてこないリフィルに、ロイドが手を差し出した。
リフィルはぎこちなく手を伸ばし、半ば引っ張り上げられるような形でようやくソダ島へ上陸となる。
帰りもこの行程が待っているであろうことは敢えて言わないほうがいいだろう。
「ええ、ありがとう」
「…貴重な体験だったな」
「うん、ものすごく」
たらいで海を渡るなどというチャレンジャーな体験をいくらでも自発的にしようなどとは思わない。
桟橋の向こうは小高い丘になっていてその手前に間欠泉があるようだった。
岩肌の向こうに白い蒸気が上がっている。
歩いて上がってみると観光客も結構いて、あの貴重な体験を当たり前のようにしている人間が相当数いるという事実が少し笑える。
「ここの間欠泉は降りられないようになってるんだね」
なるほど、司祭が取りに行かなかった理由はわかった。
が知るところでは間欠泉は平地に噴出していて、近くまで行けるものも多かったはずだが、ここのは見事に谷の中だった。
間欠泉というより湯気の立ち具合からして地獄谷といった感じだ。
いくつもの間欠泉がたまりを作って大きな温泉のようになっていた。
柵ごしののぞき込んでいる前で間欠泉が大きく跳ね上がる。
「ブラボー」
「あの中に入るのか」
さすがのロイドも熱湯の見事な踊り具合に少々不安そうな顔になる。
「その前に肝心の像がどこにあるのだか探さなければだろう」
これはジューダス。
確かに降りて探すのは避けたほうが良さそうだ。
というか、熱湯のたまりだとさすがに無理。
「どこかな」
散り散りになって探すことになる。
ぐるりと柵を半周する形なので互いの姿は確認できた。
「なかなか壮観だね〜」
「いいから像を探せ」
さらに島の奥に向かう形で坂を上ったのは
。
みんなが間欠泉の足元を覗いているところ、吹き上がった水柱を見上げて喜んでいるとジューダスに怒られる。
そのまま少し進むと展望台だ。嫌がおうにも絶景スポットだった。
「ほら、ジューダス。ここからだと見渡せるよ」
「お前は観光に来たのか、探し物に来たのかどっちだ」
その間もどぱーん、と目の前では間欠泉が入れ替わり立ち代わり吹き上がっている。
呆れるジューダスの前で
は観光客よろしく眺めている。
だが、その視線が奥の間欠泉まで満遍なくめぐらされていることに気づいてジューダスも柵の前に出た。
結局絶景スポットということは、見渡しやすい場所であるということでもある。
少し位置を変えて山側に移動する。
そちらの方は、遊歩道も途切れていて丁度正面にそびえる小山から伸びる山裾にあたっていた。
よそみをしていた
は何かにぶつかりそうになったが、それが石碑であるとわかると興味を惹かれたらしく今度はそちらを眺めている。
何かこの間欠泉の謂れでも書いてあるのだろうか。
ジューダスも何気なく見て…
「………これってさぁ」
「見覚えがあるな」
大理石のような見事な石碑に刻みこまれた文字は、読むことが出来なかった。
それは旧トリエッタで見たものと同じ石版だった。
「ここが水の封印なのか?」
だとすれば、神子がいれば確認は出来る。
展望台から観光客がいなくなって、喧騒は下界の出来事のようになった。
柵の方へ戻って見回すと、ロイドとコレット、リフィルとジーニアス、クラトスの姿が少しずつ離れて点在して見える。
ここから叫んでも間欠泉が吹き上がればかき消されてしまうだろうが、顔を上げてくれれば気づくだろう。
は手前の間欠泉が収まるタイミングを待って叫ぶ。
「ロイドー!!」
が、丁度彼らのすぐ手前で噴出が始まったため聞こえてはいないだろう。
と思われたが…
「気づいたようだぞ」
ふいっとこちらを見たのはコレットだった。
それが遇然だったのかどうかはともかくとして、両手を振ってみる。
何かを訴えていることにも気づいたようだ。
すぐにロイドの服をひっぱって2人してこちらを見る。手招きすると顔を見合わせて小走りにやってきた。
他のメンバーに声をかけないところが彼ららしいといえばらしい。
「どうしたんだよ、みつかったのか?」
「じゃないんだけど…これ見て」
「あ、これ、何とかって石版じゃないか!」
コレットとロイドが石版の前に立って見下ろす。
「やっぱりそうだよね」
何とかが何なのかにはつっこまなかった。
コレットを見ると多分、と自信なさそうに頷いて石版をのぞき込んだ。
「先生たち、呼んでこよっか」
「呼んで来て違ったら間抜けだろう」
同じ石版でも彼らはひとつしかみたことがないのだから、これもそうとは限らない。
ただ何かが記されているだけということも在るのだ。
文字が読めれば確認できたが、記された天使言語も風向きによって流れる間欠泉の飛沫にさらされるのだろう。かすれてコレットにも判別できない状態だった。
「手を載せてみろ」
「あ、うん」
ジューダスに言われてイフリートの神殿と同じように手をかざす。
すると、正面の切り立った岩山にぽっかりと奥へ続く道が口をあけ、透明なガラス色の光沢をした光の道がまっすぐに渡された。
「やたっ!本物だ!!」
手を置いたコレットが一番驚いている。
ぽかんと口を開け自分のために通った光の道筋を眺めていた。
間欠泉も同時にゆっくりと収束して今はさきほどまでの活発さがウソのようになりを潜めていた。
「どうしたの!ロイド!!」
さすがに異変に気づいたジーニアスたちが合流して駆けてきた。
「こ、これは…!」
石碑に気づいたリフィル、遺跡モードスイッチON。
「このようなところに封印が!!?」
「あ、はい。文字が消えちゃって読めないんですけど、とりあえず手を乗せてみました」
「そうか…この道を通っていけば水の封印なのだな!?」
「…スピリチュアル像はどうするのだ?」
「そんなもの!後に決まっている!!」
クラトスも真っ青の勢いで言い放ってリフィルは薄い笑みを浮かべると、ロイドがつられるようにこくこくと頷いた。
「 くくく…。ではさっそく調査に向かおう」
「調査じゃねぇだろ、調査じゃ」
視線をはずされてようやくロイドは彼女の後ろからそうつっこめたのだった。
中空にかけられた光の道を渡って彼らは正面にそびえる山の中腹へとたどり着こうとしていた。
観光客の目があっても堂々と止まった間欠泉の真上を進んでいく彼らのマイペースさは素晴らしいと思う。
もっとも神子様の旅は公認なのか。
指差されるとさすがに恥かしいので
は下方をみないようにしていたが、おかげで反対側の山の足元にかすめた違和感を見逃さずに済んだ。
「あっ、あれ」
「スピリチュアルの像だ!」
が指差す方をのぞいたメンバーの中でいち早くみつけたジーニアスが飛び上がる。
「やった!ラッキーだね!」
「でもどうやってここから取りに行くんだ?」
彼らは既に結構な高さにいた。
スピリチュアルの像があるのは山裾、つまりは間欠泉の一番奥にあたる。
というか、どうやってこんなところに落し物をしたのだろうかあの司祭は。
すぐに落とした直後に間欠泉にでもふっとばされたのだろうという可能性に行き当たり疑問は消化されたわけだが。
「私が行ってきます」
間欠泉も止まり、特に危険はなさそうなのでコレットが羽を使って危なげもなく取りに行った。
「ジーニアス、出番なかったね」
「
もね」
氷結魔法以外でもなんとかする方法はあったろうが、とにかくこうしてスピリチュア像の回収は無事に済む事となった。
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