−14.水の神殿
空気は清涼だった。
外とは比べ物にならないほどひんやりとしていて、けれど湿度は異常なほどに高い。
流れてくる水の気配を感じながら一行は第2の封印へと足を踏み入れた。
そこは洞窟だ。
下るように奥へ続く岩肌のむき出しになった通路は自然ならではの造形で、そこに石柱のアーチや燈されるかがり火が違和感なく存在している。
ちりっと時折炎の揺れる音が暗い通路に響いていた。
「…あの女、入れなかったようだな」
最後に洞窟へ踏み入れたジューダスが足を止めて振り返る。
もう、外への光は大分遠くなっていた。
その前を歩いていたクラトスがその言葉に足を止めるとロイドが疑問符を浮かべて振り返った。
「何が」
「神子をねらっている例の暗殺者だ」
「つけてきてたのか!」
答えたのはクラトスだった。彼も気づいていたらしい。
彼女は、見物客の中からこちらをみつけて追ってこようとしていたがノイシュに阻まれ立ち往生していた。
がそれをみたのは洞窟に入る一歩手前だったがジューダスに背中を押されて、結局その後どうなったのか定かではない。
入り口をほの明るく照らしていた光が消えるとあの道が消失したのだろうと察してジューダスは、立ち止まるロイドの横をすり抜け先へ進む。
クラトスも促して彼らは最後尾から歩き出した。
「気付かなかったのか」
「た、たまたまだよ。いろいろ考えごとしてたし」
ロイドはなかなか言い訳大将でもあるらしい。
確かに上から見るとけっこう大げさな騒ぎになって見えたから気づいた2人が目敏いというより気づけなかった方がおめでたいといった風もある。
そんなことはともかくクラトスの言うことはいつも真面目でシビアだった。
「どんなときも気を抜くな。生き残りたければな」
「あーあ。あんたらはどうせ完璧だよ。俺みたいに失敗なんてしねぇしな」
「私にも、ミスはある」
「?」
大げさなほどシリアスにしてしまうところが彼らしいといえば彼らしいのだが…
大きなミスを犯している…
自分に言い聞かせるようにつぶやいたその言葉をは聞き逃さなかった。
「へ?」
「 …何でもない。今のは失言だ。許せ」
そしてクラトスも歩調を速めて坂を下っていく。
「失言? 今のが?わっかんねーなー」
彼がどんなミスを犯したのかは知らない。
けれど、彼もまた大きなものを背負っているには間違いないようだった。
一本道を抜けるとそこは天然のホールになっていた。
ゆるやかな螺旋状に伸びる石の通路を通って降りる。
ざっと3,4階分の高さはあるだろうか。
見上げても何があるというわけではないのだが。
間欠泉の奥に横たわっていた山の内部が丸々空洞なのかもしれない。
そう考えると不思議な広大さを感じた。
誰もがこの場所を目にしながら、誰も気づかずとおりすがっていくのだ。
今もこの岩壁の向こうには何も知らない人間たちがいるのだろう。
「わぁ、すごいや!」
しかしそこをぬけると突如として広がる「神殿」。
そう、神殿、なのだろう。足元はしっかりとした石畳で組み上げられ、居住を目的とした建物というより広がる静謐さは人知を超えたものを敬うそれだ。
強大な柱はそのままアーチを描いて頭上を覆う天井となっている。
ここは洞窟の中だからして天候など気にする必要もなく、壁や屋根のない造りは開放的なバルコニーを思わせた。
事実、彼らの出た場所は最下層に設けられた建造物の上の階らしい。
錆びてもいない不思議な金属の手すり越しに見下ろすと、水流がゆるやかに地底湖を作り上げていた。
「素晴らしい!素晴らしい過去の遺産だ!!」
「美しい埋もれた遺産の光景も台無しだと思うのは僕だけか?」
バルコニーを右手に折れると、おそらくはそこがメインホールなのだ。
3本の柱だけで支えられた広場に出た。
正面には巨大な水がめ。
シンメトリーを意識して造られたであろうその左右にはかがり火と少し離れて石版が置かれており、半円状の広場から短い通路が左右に張り出すように伸びている。
この場を支える柱のうちの2本は半透明の青い何で出来ているのかわからないもので、中途にある獅子を模した口からは水が吐き出されていた。
「あれ、祭壇に抜けるポイントじゃない?」
その向かって左手の通路は行ってみるまでもなく分断されていた。
通路というより正しく見るならここも凸型のホールの一部なのだ。
けれど、端まで行ってみれば柵もなく、その下方にはイフリートの神殿で見た魔法陣のようなものがある。
「ホントだ…でもどうやって行くんだろ」
魔法陣のある場所は、すぐ眼下ではあるにも関わらず、四方を水に囲まれた長方形の広場の中で泳いででも行かない限りたどり着けそうにもない。
コレットならば飛んで行けるのだろうが、一人で行けとかそういう問題でもないだろう。
全員で落ちれても間違いなくたどり着く位置でもあるが、そんな痛い思いはしたくない。
振り返れば、シンメトリーの建造物。
向こうの通路の奥にはいましがた通ってきたばかりのバルコニー。
柵のないこの場所。
明らかに、ここからどうにかしていける仕掛けがあるのだろうとは踏んだ。
「その中央の天秤が怪しい」
「えっこれ?」
ホール自体はさして広くはない。
中央へ戻ると
は巨大な天秤を眺めた。
まるで何かの象徴だ。
水がめの正面に置かれたつりあったままの天秤。
そこからふと視線を落とすと吹き抜けから下の階が見えた。
同じように天秤があり、かめがある。
「…あのかめってさぁ…何が入ってるんだろ?」
ふいの問いに「えっ」と何人かが思考回路を停止させられたようだが、言われると気になるのかロイドが少々危険を賭してまでよじ登ってみてくれた。
「何もないぜ」
「じゃあ水でもいれてみるか」
「なんで水」
「水がめだから」
発想が理解できないというように半端な笑顔で思わず言ったジーニアスに、反論の余地もないお言葉。
このあたりは彼らには理解できない根拠というか経験論があったりするのだが、いちいち言っても仕方がないのでとにかく試してみることにする。
水ならその辺から滝のように流れ出ていたりするのですくって入れてみた。
キィ…
「あっ!天秤が!」
「?」
傾いた、が何も起こらない。
おそらく下の階のものもなんとかするのだろう。
考える
の後ろでコレットがきょろきょろとあたりを見回して何かを探しているような素振りを見せた。
「どうしたのだ?神子」
「今、何か音がしませんでしたか?」
「何の?」
「どーんというか、何かが閉まる音?」
聞こえなかったが、とクラトスは首を捻りながらもカツカツとブーツを鳴らしながら音の出処を探すようにあたりを見渡す。
ふと、半円状のバルコニーの外周にたどり着き、下方に落とした彼の視線はとある場所で止まった。
「どうかして?」
「あぁ、あそこの扉…先ほどは開いていた気がするのだが」
「あ、ホントだ」
コレットの言葉にみんなで首をめぐらせて見たが、そんなクラトスの様子にリフィルが歩を寄せると彼は視線でそれを示してみせた。
1階部分の東。
つまり、彼らの来た方角のちょうど下層の部分にあたる。
「あんなところにあんなものがあったんだ」
注意力散漫というか、見えたものに一直線というか。
このフロアに出た時点でジューダスも
も確認していたものである。
「おそらく、あちらの道を行けばあの場所に出られるんだろう」
ジューダスは脳内に簡易的な神殿の見取り図でも組み始めているのかまだ見ぬ場所と目の前にある場所とを繋ぐ。
それも多分、間違っていない。
「出ろって事はやっぱりあのかめか天秤にも何かしろってことかぁ」
「?なんで「出ろ」になるんだよ」
簡単なことだ。
あの扉を抜けて出られる先は一本の通路。
この下にあるかめの前にしかたどり着かない。
逆を言えば迷路でもない限り行き止まりなどつくる必要はない。
そこに意味があるからこそ、わざわざ道が通っているということだ。
軽く説明してやるとそれでも首を捻っているロイド、ジーニアスは理解したのか違う意味で難航を示した。
「でも閉じちゃったよ」
上のかめをいじって閉じたということはつまり下から順に水を入れろといったところか。
でも、下を入れようとするともうひと仕事ありそうな気もしないでもない。
は吹き抜けからみえるかめを見て少しだけ考えた。
「ここから入れちゃえ」
「どうやって」
「アクアスパイク!!」
「!!!!!」
「荒技だな」
さすがのクラトスでさえ驚いたところ、ジューダスは溜息で済んだのもまたさすがと言える。
そういえばこのパーティはカイルたちに比べたら驚くほど突拍子もないことをしでかす人間が少ない。
だから意外に耐性がないのだろう。
どうでもいいことに気がついた。
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