--いいんです。ディムロスの言うとおり、僕たちは永く生き過ぎたんです
それに坊ちゃんのお守りにも、正直疲れましたし…ね。
Interval−眠りの檻
風が草原を撫でていた。
目を覚ましたら、また、見知らぬ場所だった。
あの時のように…
始まりはいつも一人のようで、実はそうでもないのかもしれない。
けれどあの時とは確実に違うこともあった。
目を覚ます順は逆だった。
そして、「三人目」は目を覚まさなかった。
「…」
確かにそこにある感触はあるのに彼は口を開こうとしない。
なんとなく、こちらから確かめることに気が引けて
あるいはタイミングを逃してしまっただけなのか。
「リオン?」
緑色の大きな獣に連れられてどこかへ案内されている。
彼は草原を歩きながらようやく、さりげなく背負われたものを下ろして手に取った。
「!!」
は驚いたようだった。
彼女も『それ』が黙したままだったので、そこにはいないと思っていたのだろう。
いるかいないかをわざわざ言葉にして確認するような人間でもない。
それは、一度は失われたはずのソーディアン、シャルティエだった。
「シャル…?」
顔色を変えて歩を寄せてくる。
自分の様子がお世辞にも喜ばしい顔には見えなかったからだろうか、
それともシャルティエ自身が黙している事実をいち早く察したのか彼女は的確に雰囲気は汲み取っているようだった。
覆っている黒い布を払うと見慣れた装飾が日の下に露になる。
けれど、彼はやはり黙したまま。
レンズはおろかその見事な刀身すらも今はなんの光も宿していないように見えた。
「どうして…」
どうして、という疑問に対する問いが多すぎる。
いずれどれひとつとして理由はわかりそうにもなかった。
「いくらでも考える時間はある。それよりも…」
顔を上げると緑色の獣も足を止め、こちらを振り返っていた。
しきりに首をかしげて何故ついてこないのかと言いたそうだ。
──獣の言うことなどわからないが。
「今は着いていくんだろう?」
思いの他、微笑すら浮かべられる自分がいた。
* * *
それから、割とすぐに他の人間と合流をした。
ここが異世界であることもはっきりしてますます先行きが不透明になる。
ただ、元の世界にいてもそれが本当に良いことなのかは考えても仕方ないのでむしろ、これでよかったのかもしれない。
しばらくは風のむくまま、というところだろうか。
とにかく街に着くまではこの世界を救済すると言う彼らと行動することになった。
野営になって、ようやくひとりになれる時間ができて考える。
なぜシャルティエは黙したままなのだろう。
やはり「あの時」の出来事が関係しているのだろうか。
だが、同じことを考えようとしているのはひとりではなかった。
「どうしたんだろうね。シャル、本当に聞こえてない?」
せがまれて今は
の手に渡したシャルティエは、やはり何も語ろうとはしなかった。
そっとコアクリスタルに手を添えて語りかける声にもなんの反応もない。
そこにあるのはまるでただの、剣だった。
「そもそもどうしてシャルがここにいるのだと思う?僕らはどうして…存在し続けている」
それは根本的な問い。
おそらく答えは出ないだろう。
敢えて考える必要も、もうないのだと思っていた。
約束をした。
その先は確かにあった。
けれどそれがあの時間から続くものであるなら…少なくともシャルティエは自分の手元には残っていないはずだ。
否応無しに、解けない謎は不安になってつきまとった。
しかし存外、
の応えはシンプルなものだった。
「…前の世界にはじかれたとか?」
「は?」
あっさり仮説が返ってきて思わず聞き返してしまった。
「だから…ジューダスいつも言ってたじゃない。自分は本来いない人間だとか何とか。
そういう考え方は感心しないけど、あの世界で歴史が戻る際に行き場のない私たちは他の世界に混入してしまったとか何とか…どう?」
どうと言われても。
しかし、不思議と根拠はなくても何故か信憑性のようなものはある。
消えていないと言うことは確かに自分たちの時間は「あの世界」とは別に歩みだしてしまったのかもしれない。
ジューダスは声を出さずに彼女の仮説に少々考え込み、唸るように聞いてもしょうがないことを搾り出した。
「じゃあシャルは一体なんなんだ」
「本来いるはずのない私たちがこうして存在するなら可能性としてはゼロじゃない」
それもまた、真実だ。
「歴史が修正されれば、あの時カイルたちと見た神の眼の破壊だってなくなる。つまりシャルティエは存在し続けることになる」
「だが、正史上でもシャルはあの世界にい続けているはずだ。海の底だろうがな」
「でもシャルが「そっち」に戻るなら私たちだって今ここにはいない理屈になるけど?」
「…く」
なんとなく手詰まり感を覚えて唸るジューダス。
その手詰まりは悪い結末でもないので、ついでになんとなく納得もしてしまった。
つまるところ、そんなことわからないしここにいるんだからそれでいいじゃないか、くらいの解釈になろう。
「私たちの時間は、あの時の延長。だとしたらシャルも…そうなんだろうね」
の口調が少しトーンを落とす。
途端にどうしてなのか、わかった気がした。
「歪められた歴史の中で、シャルは一度コアクリスタルを破壊されてる」
人間で言うなら、それは死の体験。
「覚えているなら…少し、目を覚ますには時間がかかるかも」
彼女にはそれがどんなものだか、少なからず理解できているのだろう。
それでもシャルティエのコアクリスタルに落とす視線は暗くはない。
ただ、それは眠っているだけなのだ。
「そうだな」
ジューダスは、小さな吐息とともにそっと瞳を伏せた。
* * *
「といっても、毎日話しかけてみるっていうのも…なんだよね」
海を越え、この世界で最も栄えているというパルマコスタへやってきた。
発展しているという割に彼らから見るとそうでもないが、それは異世界なのだから仕方ないだろう。
宿のベランダで大通りを見下ろしながら
は手すりに頬杖をついた。
「別に僕はそんなことはしていない」
シャルティエは相も変わらずだ。
静かなことに慣れてしまうとまぁ寝ているなら寝ていればいいさ、だとかいつまで寝ているんだ怠け者が、とか相反する感想も出て来てしまう。
いずれシャルティエからすれば酷いと言われそうな言い分ではあるが。
は時折、語りかけて様子を見ることがあるので早く目を覚ませばいいと思っているのであろう。
いつから悩んでいるのか更になんとか試みようとしている気配がある。
「ハロルドでもいればすぐに見てもらえるのにな〜」
「本人は死んでも嫌がりそうだが」
ハロルドがいなくてもオベロン社でもあれば何かわかったのかもしれない。
けれど、この世界の技術には到底任せられそうもないので待つしかないのだ。
「リオン…しばらくシャル、貸して」
有り得ないと思いつつ少々おねだりのように聞こえないでもない。
は何かいらんことを考え付いたらしい。
しかし、何故かジューダスにはそれを断れなかった。
* * *
このマイペースなパーティは意外とまとまりがない。
各々人は悪くないのだろうが、灰汁の強さを感じずにはいられないその頃。
救いの小屋と呼ばれる旅人のための休憩施設で一晩を明かすことになった。
「何をしている?」
誰もいない小さな聖堂として兼用されているホールにの姿があった。
ホールの正面にはこの世界を再生の旅で救ったとされる神子スピリチュアの像があった。
行きすがりの旅人はここで祈りをささげる。
偽者なのだが。
「お祈り」
有り得ないことをまた言われた。
どう見ても手を祈りに組んではいなかったではないか。
「ジューダスも一緒にする?」
「するか」
そう言って近づくとラグに座っている
の膝の上に、シャルティエを見た。
横たえられた黒い布に包まれて覗くコアクリスタル。
その鈍色が無反応さの証であることはもう何度も見てきたが、その手元に重ねられている水月の鮮やかなアクアブルーのコアクリスタルが対照的に目を惹いた。
「何をしている」
「これ?」
は水月をそっと退けた。
「レンズには元々、精神を増幅させる力があるでしょう?
ソーディアン同士は通信も出来るみたいだし、共鳴も神の眼で実証済みだし、直接起こせないかなぁと」
なるほど確かにそれは祈りにいている。
そういうつもりで彼女は言ったのでないだろうが、そう思ったこともまた事実。
「この間からやっているのか」
「そうだね………スタンなみにねぼすけだねぇ、シャル」
布でもう一度静かに包むといつものようにそれをジューダスに返す。
「ジューダス、これから散歩?」
「いや、もう寝る。お前もそろそろ休め」
時刻はもうとっくにいつもの就寝時間を過ぎていた。
* * *
「たらいだ」
「たらいだねぇ」
「たらいだな」
どうしてそんなものに乗らねばならないのか理解しかねるがとりあえず、それより少し前のこと。
ソダ島に行く遊覧船のチケットを求める間、少々自由行動になった。
チケット売り場の前の浜辺がなかなかに美しく、残ったメンバーはそこに留まっていたが
「むこうで、ねこ忍がゲームやってるんだよ!」
「うわぁ、行ってみよう!」
3人組はそうして桟橋のほうへ去っていった。
「ガキだな」
「ジーニアスはともかく、ロイドとコレットはジューダスより上なんだっけ?」
「知らん」
年齢などどうでもいいことだ。
は波打ち際で遊ぶ方が楽しいらしい。
「ジューダス、シャルティエはどう…」
「一昨日貸したろう。お前はそんなに気にしなくてもいい」
正直、あそこまでされると…
それが続くとなると、気安く渡そうとは思えない。
病気ではないのだから看護してやる必要はないなどと思う。
「寝ているだけなのだろう。好きなだけ寝かせてやればいい」
「まぁ、それも正論なんだけど」
はそのまま永眠でもされるのが怖いのだろう。
まったく。
自分が人のことを心配していたくせにこれほど手間をかけさせて
のんきにもほどがある。
誰が一体どちらのお守りをしていたというのだろう。
考えているとふつふつと不機嫌さのようなものが湧き上がってきた。
「いっそ海にでも放ってやればいいんじゃなかろうか」
「あはは、スタンじゃあるまいし」
「いや、ものは試しだ。いいか?シャル。これで目を覚まさなかったらお前はスタン以下だ。
よって置いていく」
しーん。
無論返事はない。
が、ジューダスはそんなことはおかまいなしに…
ぽいっ
「あっ!」
本当に投げた。
ボチャン。
「「…………………………」」
『ぎゃああぁぁぁ!!?何!!?ここどこ!?ひょっとして…天国ってやつ!?』
しかし次の瞬間けたたましい悲鳴と叫びが思念波となって脳天を貫いた。
うわぁ!と
が思わず耳を押さえたほどである。
『あぁ、世界が揺れてる…きれいだけど…誰もいないのかな』
とかなんとか言い出したので は一瞬ほうけた後、それでも回収しようと喜び勇んで海に入ろうとしたが、ジューダスは肩を掴んでそれを止めた。
『それとも…ひょっとしてここ、海の底!?』
現状に気づいたらしい。
『ということは…ひょっとして18年前に戻っちゃった!?』
訂正。
さっぱり正しく理解は出来ていない。
『そんなっ嫌ですよ!僕一人だけ海底に残っちゃうなんて。坊ちゃん!ぼっちゃぁぁあん!!』
続く独白にとうとうジューダスは溜息をついて沈痛な面持ちで額を押さえ、の肩から手を離した。
18年前に沈んだ海底は、そんなに明るく美しい訳ないだろうが。
どう見上げても浅瀬だろうに。
苦笑とともに
は再びしょうもない独白を続けているシャルティエの回収に向かう。
それが投げ込まれた場所はさして遠くもなく、腕をまくって手を差し入れるだけではたやすくシャルティエを引き上げた。
「シャル?」
『………………え、
?』
彼にはどれほどまぶしい世界が見えただろう。
波にきらめく光は青い空の下で絶えることがない。
『坊ちゃん…?』
呆れたように腕を組んでそれをみやるジューダス。
「全く…お前はいつまで寝ているんだ」
『僕…寝てました?』
「かなり長い間な」
『………………』
自分の身にもマスターの身にも何があったのか、理解するには時間がかかるだろう。
そんなことはこれから少しづつでも話していけばいい。
時間はたっぷりあるのだから。
ふと、シャルティエが微笑う気配がした。
『そうですか』
「そうだよ」
降り注ぐ光が滴る水滴にきらめいて輝きを散らす。
『心配、してくれました?』
「海に投げ入れるほどにな」
『そういえば、置いていくとか何とか…』
「幻聴だろう」
ジューダスの方へ体ごと向き直ると彼のマスターは腕を組んでふいっと横を向いた。
久しぶりの空気に心の底から笑みがこみ上げる。
シャルティエにとってもそれは同じだったのだろう、
青空の下、笑い声が間を置いて
にしか聞こえない小ささで漏らされた。
その背にも、青い、青い海が弧を描いて水平線を彩っていた。
これから行く世界。
また、ともに歩む世界だ。
「おはよう、シャル」
ようやく目を覚ました「3人目」に はどれくらいぶりにか…
そっと挨拶を交わした。
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