19.人間牧場
翌朝、リフィルの調子も全快し、一行はハコネシアに向けてソダ地方を出立した。
「なぁ、この像にもなっているスピリチュアは世界を救済したんだよな?」
間欠泉で回収したありがたいマーテル教の像(ダイヤモンド付)を片手で牛乳ビンのように握りながらロイド。
昨日に引き続き、歴史の勉強のようだ。
あまりにも曖昧な情報が一度に入って来るので混乱しそうだが、整理は後でゆっくりすればいい。
まだまだ旅は長そうだった。
「そうだよスピリチュアさまのおかげで世界にマナが満ちて、人々が救われてスピリチュアさまは天界へと導かれたの」
「何でその時救われた世界にディザイアンがまた現れたりマナが減少して
みんな苦労するようになったんだ?」
「救いの塔が消えてしまったからその恩恵を受けられなくなった…って教わったけど…」
いつも思うのだが、この世界の人間自体が世界そのものに疎い。
天使物語を手に取った時点で下手をすれば
の方が歴史を紐解く、そのきっかけを掴んでしまったのではないかとジューダスは思う。
が黙っているのは疑問が多すぎるせいだろう。
おそらく自分なりの筋道が立ったらクラトスかリフィル辺りを相手に論議に持ち込まれるはずだ。
などと思っていると当のリフィルが笑いながら振り返った。
「ふふ。ロイド、珍しく勉強かしら?」
「そんなつもりはないんだけど…ただ、気になってさ。塔なんだから、誰かが作ったものだろうし。ってことは誰かが何かしてるのかな?とか思っただけで…」
だからさぁ、なんでそういうことを今までみんな気にしなかったわけ?
ジューダスは無言で
の発する空気を読み取ったが、気づかないふりをして黙々と歩を進める。
「レミエルさまのような天使のみなさんがマナを与えてくれてるのかな…」
ほらまた、推定形。
実際のところ、この世界には数千年という時がありながら、史実と呼べるものはない。
今までそれなりに文化の中心地にいたジューダス…いや、この場合はリオンというべきか、にとっては信じがたいことでもある。
もっともその方が、異世界からの来訪者であるとジューダスにとっては都合が良いのではあるが。
「なるほど…興味深い考え方ね。今までは単に救いの塔を救済の象徴とのみ受けとめていたけれど…」
「でも最終的には救いの塔に行くのが目的なんでしょう?」
ようやく
が口を開く。
実は少々寝不足だったのだ。
昨晩はうっかり見てしまった天使物語と今まで見聞きした伝承を繋ぎ合わせることに没頭してしまった。
解きかけのパズルがどんどん組みあがっていく行程で作業が中断できないような状態だったとも言う。
なので、ジューダスの予想は半分、当たり半分はずれといったところか。
「神子は天への階を昇れ、って。眠っているマーテルを起こすことが目的ならそこに通じる何かはあるんじゃないの?」
どんな物語があろうが、世界再生伝説と、実在する天使−レミエルの言うことだけは確実にベースになる。
だとすれば、神子の旅はおそらく、天使になりあの塔で終わる。
は世界の中心に霞みそびえる白亜の塔を、遥か遠くに仰ぎ見た。
「そっか、じゃああそこにはマーテル様がいるのかな」
「確証のない今、我々ではたどり着けぬ答えには違いないな。
救済を完遂すれば、自ずと導き出せる答えだ」
クラトスは、塔は見ずに瞳を伏せながらいつもの調子でただ、低く応える。
ロイドはぱっと明るい表情でコレットを振り返った。
「そうだな、コレットが天使になったらその時にコレットに聞いた方が早いかもな。
土産話に期待するとするか!」
「うん…そうだね…」
草原を踏んでソダ地方からパルマコスタ地方へ戻る谷に入る。
山岳の影に塔は隠され、流れる雲は上空からまばらに影を落としはじめていた。
「あれは…」
「ディザイアンか?」
この世界に大きく分けて3つの大陸があることは先に述べた。
ハコネシアを抜ければ北の大陸になる。
今いる大陸の南東側…つまりパルマコスタからソダ、救いの小屋を結んだ三角形の地域には山脈が複雑に走っていて、今は東西に横たわるその南側を進んでいる最中だった。
その裾野には深い森が広がっている。
森の向こうに見え隠れする建物が見え始めた、その頃だった。
草が踏まれて、自然にできた道に人影が見える。
遠くはないその場所にある建物は人間牧場なのだ。
旅行者には見えない鎧のようなものを着込んだ姿に警戒しながら瞳を細めると、
あちらの方から近づいてきてやがて、それがパルマコスタ兵であることが判明した。
「神子さま! 皆さま!」
息を切らせながら壮年の兵士は彼らの前で止まると一度両膝に手をつき大きく息をついた。
「どうしたんですか?」
コレットが驚いたように後ろから声をかけた。
「ドアさまからの伝言です。再生の旅しばしお待ちいただきたいと
」
「どういうことだ」
「実はマーテル教会付旅業案内人がディザイアンにさらわれたのです」
「!」
ロイドたちだとて、あの騒ぎがあった後パルマコスタのその後を気にしなかったわけではない。
彼らの村、イセリアはディザイアンに逆らい報復を受けた。
一時の判断がその二の舞を引き起こすかと思わないでもなかったが、あれほどの軍隊があるならばいつか蜂起するだろうと本来の旅の先へ進もうとしていた矢先だ。
兵士たちは長らく自分たちを探していたのだろう。
切羽詰ったように先を急いた。
「これを機にドアさまはパルマコスタ軍総力をあげてマグニスの治める人間牧場を襲撃することになさいました」
「それとこれとどういう関係があるのさ」
意外にも冷め冷めとした返事をしたのはジーニアスだった。
それとも彼は、厄介ごとを押し付けられることを予感したのかもしれない。
「我々が襲撃をかけるのに呼応して皆さまに誘拐された旅業案内人を救出していただきたいのです」
「…随分と重大そうな任務だな。誘拐されたのはどれほど重要人物なんだ」
ひたりと訊いたジューダスに、「え」という視線が半数ほど集まった。
ジューダスの口調は軽くも重くもなかったが、どこか値踏みに似た気配があった。
想定外の質問なのだろう。兵士は一瞬絶句して…困ったように頭を振った。
「自分にはどういった事情かはわかりません。ただ、伝令を命じられまして…さらわれたのはショコラという娘です」
「ショコラが!?」
「…なんてこと」
ただでさえ「正義の神子」なのだ。
こちらの都合がどうあれ、兵士は助力を期待している。
そして、ロイドやコレットがそれを無碍にするはずはなかった。
「神子さま、何とぞ、よろしくお願いします」
「ロイド、助けてあげようよ」
そういったのは他ならないコレットだった。
頷きかけたロイドにクラトスが一言だけ念を押した。
「良いのか?寄り道している暇はないのだぞ」
「当たり前だろ。ほっとけるかよ」
クラトスはじっとロイドをみつめていたが、視線をはずし小さく溜息をつく。
雰囲気は大きく割れていた。
再生の旅を重視するリフィルにクラトス、それからジューダスも乗り気ではないようだ。
はといえば、賛成でも反対でもない。
できればやめておいたほうがいいと思うが、放っておいても寝覚めは悪かろう。
「そうだよ、ドワーフの誓いはどうしたのさ!」
「…おまえはエルフだろ。まあ、とにかく手伝おう。どうすればいいんだ?」
「ありがとうございます!」
詳しいことは牧場でニールが話すと告げて、兵士は辺りを気にしながら森の方へと先立って早足に歩き出す。
ニールといえば総督府でドアの隣に居た青年か。
兵士が案内のために辿ったのは他でもない人間牧場への道だった。
少々無防備ではないかと思いつつ、牧場の外壁が茂った緑の合間に見えると鬱蒼と道脇を覆う茂みが揺れて現れる人影。
「お待ちください、神子様」
現れたのはニールだった。
さして話す機会もなかったし、向けられた言葉が言葉だったのであまりいい印象はなかったが、彼は至極真摯な顔で丁寧に言葉を紡いできた。
「ニール!ショコラが攫われたんだって?」
「はい。そのことでお話したいことがあります。取り合えずこちらへ…」
あまり良い話は待ってもいなそうだ。
案内役の兵士を持ち場へ返し、ニール一人が道から遠ざかって場所を茂みの影に移すと振り返るその顔には妙な緊張と悲壮感のようなものが漂っていた。
声を潜めるようにして告げられたのは
「みなさんには、このままパルマコスタ地方を去って頂きたいのです」
兵士の話とは全く逆の要求だった。
いや、要求というのだろうか。それはおそらく違う。
その葛藤が彼の生真面目な表情の中に浮き彫りになっていた。
驚いたコレットはその理由を訊くことよりも、攫われたショコラの身を案じている。
「でも、そうしたらショコラさんはどうするんですか?」
「そうだよ。軍と連携を取ってショコラさんを助け出すんでしょ?」
「いえ、それが…」
言葉を濁すニール。
訊かれないと思ってはいなかったろうが、できれば話したくないことだったのだろう。
その理由はジューダスが冷静な声で告げて明らかになる。
「やはり罠か?」
「!」
「嫌な方の想像が当たっていたようね」
ニールが顔色をさっと変えたことがそれが正解であることを物語っていた。
そんなことには気付きすらしなかったロイドたちはここが人間牧場のすぐ近くであることも忘れて大声で聞き返してしまう。
「ジューダス!それに先生も!どういうことなんだよ?」
「ディザイアンが組織だった軍隊を持つ街をおとなしく放置していること自体がそもそもおかしいのだ」
それに応えたのはクラトス。
つまり、これでここに来ることに危惧していた3人の意見が出揃うことになる。
「私は、ディザイアンにとって取るに足らない戦力だから放置されてたのかな、と思ったけど…」
とこれは
。
技術の進んだ世界に居た人間にとって、ディザイアンの技術を目にすることがなくともパルマコスタの軍備がどれほどのものなのか、推し量ることが出来る。
「魔科学」をディザイアンが扱っているのだとすれば…蒸気船などというシルヴァラント最新軍備はおもちゃのようなものだ。
けれど、それだけではないように感じていた。
「そうでないのなら、手を組んでいるか」
「そんなことあるわけないでしょ!?」
ジーニアスもわからないというように、見上げてくる。
コレットは不安げな顔で黙ってその答えを待っているようだった。
「じゃあどうしてマグニスは、演習中を狙ってパルマコスタに現れた?偶然?
なわけないよね。ここからパルマコスタまで移動する時間を考えれば、事前に遠征の情報が漏れていなければ無理だと思う」
「だからって手を組んでるってことにはならないだろ!」
「近くに天敵がいるのに演習でも街を空にするか?僕だったら最低限の守備隊は置いていくな。あの時、街は完然に無防備だった。普通は有り得ん話だ」
「……!」
この辺りは国や軍事とおおよそ関わりのない生活を送ってきた人間たちなのだから考え及ばないとしても責められはしない。
けれど言われれば理解は出来たようだ。
黙って聞いていたニールが重い口を開いた。
「…おっしゃるとおりです。ドアさまはディザイアンと通じ神子さまを罠にはめようとしています」
「どうしてそんなこと…」
ジーニアスは落胆を隠せない。
パルマコスタに希望を見出し、そうありたいと言っていたのだから無理もないだろう。
それはロイドやコレットも同じようだった。
「わかりません…昔はこんな方ではなかった…
本当に街のみんなのことを考えておられたのです。
五年前、奥方のクララ様を失った時もディザイアンと対決することを誓っておられたのに…」
一番、ショックを隠しきれないのはパルマコスタの人間であるニールなのだろう。
やりきれなさが言の葉の端々に滲んでいる。
街で見た限り、ドアという人は誰からも敬愛されているようだった。
ニールもまたそうして着いてきたのなら、おそらく最も理解に苦しんでいるのは彼自身だ。
「じゃあショコラは…俺たちのために攫われたってのか?」
ロイドが気付くべきことではないことに気づいてしまう。
そして、彼は思い出した。先ほどのジューダスの言葉を。
「…随分と重大そうな任務だな。誘拐されたのはどれほど重要人物なんだ」
彼はその時から違和感に気づいていたのだ。
重要人物でもない人間をわざわざ神子に救出させるなどと、組織として考えれば不条理な要求。
知らない人間だったら、素通りしたかもしれない。
けれど、知っている人間だからこそ、助けないわけにはいかなくなる。
それは
が、やめたほうがいいと思いながらもそうできないだろうと思った理由でもある。
「そうだね。彼女は体のいい人質、ってわけだ」
ドアが絡んでいるのなら、神子が素通りすればそれはそれで無事である可能性もある。
けれどそれも保障されているわけではない。いずれ、考え及ばずロイドは拳を握り締めた。
「結局…俺、また間違っちまったのかよ…!」
「このままじゃ、またイセリアの二の舞に…」
トラウマを抱える二人が、表情を強張らせている。
リフィルは瞳を細めると非情に言い聞かせた。
「それを承知でカカオさんを助けたのでしょう?ここで後悔してもしょうがないわ」
「そうだね、それに元凶はパルマコスタの中にもあるみたいだからとりあえず、今のところはパルマコスタが襲われることはないはず」
今はショコラの身が問題ということになる。
ニールは頷くと同意を示し早口に先を促した。
「えぇ、ですからショコラのことは私にまかせて皆さまはどうか先にお進み下さい。一刻も早く世界を再生するために」
「ふむ。確かに世界再生のためにはここを捨て置くべきだろうな」
人間牧場には手を触れない。
それは最初の計画通りではある。しかし、いつにない強情さを秘めた瞳でコレットがそういったクラトスを振り返った。
「だめです!このまま見過ごすなんてできない!」
「そうだよ。それに、罠を張って協力したってそれが失敗したらそれこそ
パルマコスタもイセリアみたいに滅ぼされちゃうんじゃないの?!」
「そう。それはその通りよ。でもあえて私はクラトスの意見に賛成したいわね。
街が滅ぶのがイヤなら今後不用意にディザイアンと関わらないことだわ」
対峙する間があった。
人間の力はディザイアンには及ばない。
その均衡を不用意に崩すことが結局、街を滅ぼすことになる。
世界の仕組みが見えてきた今、
の中でもこの旅の目的と、本当に大事なことは何なのかが混ざりあって曖昧になっていた。
「そんなのダメだよ。世界を再生することと目の前の困ってる人を助けることはそんなに相反することなの?私はそうは思わない」
落ちた沈黙を打ち破って静かに言ったのはコレットだった。
彼女は正しい。
相反などしていないという意味においてだ。おそらくぴったりと重なり合ったものでもないのであろうが。
ただ、それが世界を左右するほどの事態を引き起こしかねない選択だから、その重大さを理解しているからリフィルやクラトスは慎重なのだ。
時として確かにそれらは相反し、どちらかを選ばなければならないこともある。
もジューダスもそれを良く知っている。
けれど今は、どちらも選ぶことが出来るだけ非常にマシな事態だ。
それに気づいて
は小さく吐息した。
「どっちも選べば?」
「「…」」
仲間同士で意見割れしている暇があったらとっとと決めろ。
そんなふうにとれないでもない発言は、全員を各々違う意味での沈黙に叩き落すことになった。
「そうだ!どっちも選べばいいんだ!」
「ってどうするのさ」
「ショコラを助けて世界再生の旅を続ける!!ついでに牧場もぶっ潰す」
ロイドの導き出した結論は、結局原点に戻っただけだが、今度は方向性がはっきりしていた。
「コレットがそういうのなら私たちにそれを止める権利はなくてよ」
ロイドの意向はおいといてリフィル。
それから牧場を潰すのはまた別の問題だから、今はショコラを助けることだけにしておきなさい。と釘をさした。
先ほど街が滅ぶのがイヤなら今後不用意にディザイアンと関わらないことと言ったばかりなのに行く先々で首をつっこまれたら、確かに手に負えない。
「この旅の決定権を持つのは神子であるコレットなのですから。それでいいかしら?」
「しかし…」
強い意思でもって頷くコレット。
もはや、渋ったのはニールだけだった。
「いいんだって。コレットがこのまま逃げるのはイヤだって言ってるんだから」
「さてこれから取るべき方法は二つ。まずはこのまま正直に牧場へ突入してショコラと牧場の人々を救いだすこと。
もう一つはドアの真意を確かめること」
困惑するニールを置いて、一同の意向が固まる。
生い茂る木々の向こうには、そそり立つ壁だろうか。灰色の影が覗いていた。
「彼が罠を仕掛けたのなら牧場のこともわかるかもしれないわ」
「しかし、戻るには時間がかかりすぎる」
リフィルとジューダス。
どちらの言い分も一理ある。順当に考えればまずドアを押さえるのが正解だろう。
決めかねてコレットが隣に首を巡らせた。
「ロイドはどう思う?」
「正面突破だ。奴らの罠なんて知るか!早くショコラを助けてやろうぜ!」
実にロイドらしいといえばらしい選択だった。
「そうだね…ドアを押さえても牧場の内部情報まで詳しいとは思えない」
彼がディザイアンと通じていても、使い走りのようなものだろうとは踏む。
いままで聞いてきたの人間とディザイアンの力関係を鑑みれば歴然だ。
平等に取引をしているようには思えなかった。
時間が許すならば戻って真相を確かめたいところだが…
「確かに用立てたのは人質と軍の動かし方くらいだろうな」
「うん。罠を張っているのはディザイアンだろうから戻っても、真相は聞けても内部のことはわからない気がする。
往復時間と天秤にかけると…戻るリスクの方が高い、かな」
正面突破という言葉には、賛成しかねていたクラトスとリフィルもそれで納得したようだった。
感情的には不承不承というところもあるのだろう。
リフィルは仕方ないわね、と悩ましげに嘆息した。
その弟はといえば元気よく拳を突き上げてロイドに同意している。
「賛成!正面突破で行こう!」
「私も。ショコラさん、きっと一人で心細いと思うし」
「仕方ない。行くぞ」
クラトスが燕尾のマントを翻す。それを止めたのはニールだった。
「お待ち下さい!私もお連れ下さい!」
歩みかけていた全員が振り返る。
「どうか私にも協力させてほしいのです」
「…よし。一緒に行こう」
危険だからと断るのかと、誰もが思ったに違いない。
代表したようにジーニアスがきょとんとして聞き返す。
「いいの? 危険なんだよ」
「…俺、イセリアでコレットの旅についていくなって言われた時、やっぱ悔しかったからさ」
ニールはこの土地の人間だ。
そのことに利があるのか、クラトスたちも今更反対はしなかった。
「ありがとうございます!けして足手まといにはなりません」
「がんばろうね。ニールさん」
「はい!」
そして、伺うように彼らは人間牧場の閉ざされた門を木立の間に眺め見た。
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