−20.マグニス
しかし彼が頑張る必要など全くなかった。
正面突破になると、動く人間が決まってくる。
正面突破とはいえ、始めは伺いながら慎重に牧場に近づいた。
牧場は見渡す限り高い塀に囲われていた。
材質は木でも石でもない。もっと金属的な鈍い光沢を放っている。
パルマコスタですら見られなかった技術。
目で見ればこの世界の人間のそれとは格段に違うのだと理解できる。
一見して、その建物は囚人を閉じ込める巨大な監獄のように見えた。
それは適切なのだろう。事実、ここは人間を閉じ込め何らかの形で利用している「牧場」なのだから。
正面突破でないにしても難しかったかもしれない。
唯一、乗り越えられそうな場所と言えば結局正面の広場からは高さが3mほどのゲートしか見当たらなかった。
そのゲートだとてその上方には更に2mほどの囲いに覆われ、上ってみても囲いとの間にある1mほどの隙間にようやく一人ずつ入れる程度だろうか。
「行くぞ」
入り口前の広場に居たディザイアンを倒して静かになったその場でロイドが両開きの扉に手をかけ慎重に仲間たちに声をかける。
この奥にどれほどのディザイアンがいるかはわからない。
誰ともなく頷き、彼は意を決したようにゲートを押した。
キィ
甲高い音がして扉が開く。
待っていたのは内庭だ。
特に庭として整備されているものでもないが、外壁はあくまで外壁であり閉ざされた空間に森の延長のような緑が無造作に広がっている。
建物はその更に奥に、まるで要塞のように聳えていて、先端から不思議な燐光を放つ巨大な柱と柱の合間を抜けた正面にあった。
見張りの姿は左右にちらほらと見受けられる。
正面の入り口までは1人。
クラトスが音もなく駆け出し、仲間たちはそれに続く。
彼は背後をとる形で見張りの口をふさぐと一気にそのディザイアンを絶命させた。
声もなく倒れた同胞に他の見張りはまだ気づかない。
彼らはそのまま内部へと侵入することになる。
内部もまた、彼らディザイアンの技術の高さをうかがわせるものだった。
幾何学紋様のある正八角形のフロア。
自動で開く扉。
炎とは明らかに彩りの異なる壁に灯る人口的な灯りはレンズから引き出される力に近いかもしれない。
ロイドとジーニアスは一度ならずと目にしているのかさほど驚きもなくただ不快気に顔をゆがめている。
対してコレットたちは見慣れぬ光景にきょろきょろとあたりを見回していた。
やジューダスからすると、オベロン社が扱っていた技術にレベルは近いように見えるのであまり珍しいものでもない。
「こんなところはさっさと出ようぜ」
いずれにしても気味は悪いに違いない。
ロイドの言葉にリフィルも眉を曇らせながら同意を示す。
「といってもどこへ行ったらいいのやら…」
「捕らえられている人々がいるはずです。まず、そちらを探しましょう」
ニールに言われ、東へと向かう。
扉をくぐっても似たような光景が続いていた。
時折、ディザイアンとは遭遇するがそれだけだ。
罠、というのが気にかかり
は気分的に落ち着かない。
「どうかしたの?」
いくつめかのフロアに入り、思い出したようにあたりを見回し始めたにコレットが声をかけた。
それも彼女の視線は上方だけを注意して見上げている。
「あぁ…どうにも罠、っていうのが気になって…」
「パルマコスタからの援軍は来ない。そういうことだろう」
クラトスが短く応える。
事実、ディザイアンたちが待ち構えているということもなかった。
ただ、退くことはもう出来ない。
侮っているのかどうかはわからないがそれだけで姑息な罠の類はなさそうだった。
「そうなんだけど…」
「だけど、なんだ」
結局、今
のことを一番よく理解しているのはジューダスである。
彼女がそういうときにはおそらく何かがある。
そして、
はもう一度今度は先ほどよりもゆっくりと天井を観察した。
その視線がある場所で止まった。
「みつけた」
「?」
「あれ」
彼女が指差したのは小さな球状の物体だった。
シンプルながら天井に同化するように、半円球の黒い物体が埋め込まれていた。
よくよく見ればグラデーションがかって、更に中に何かを包括しているのが見える。
はそこに投射機のレンズをみつけていた。
「なんだ?」
ただ首を捻るロイドたち。
クラトスはすっと瞳を細めて鋭くそれを認める。
「監視カメラじゃないかな?」
「かんしかめら?」
「遠い場所からここを見ることが出来る機械だよ。だとしたら、私たちは────見張られている」
「み、見張られてるって…どこから!?」
「それがわかったら苦労ないでしょ。そこを潰せば一番早いけど…」
いいながら
は、左手をかざし晶術を放って破壊する。初級の極弱いもので足りた。
パリン、とプラスチックが欠けるような音がして破片がぱらぱらと落ち、ロイドたちの視線もつられて床に下りる。
「また通ることもあるかもしれないから、みつけたら壊しておいたほうがいいかもね」
既にここにいることは把握されているだろうが、潰しておくにこしたことはないだろう。
クラトスは、うむ、と頷いたがリフィルは眉を曇らせた。しかし、何も言いはしなかった。
「なぁジーニアス。あれってどういう仕組みなんだ?」
「ぼくにもわからないよ。魔科学には違いないんだろうけど」
「魔科学って?」
「もう!授業で習っただろ?魔術を使った機械文明のことだよ!」
ロイド…どこまで授業とやらを聞いてないんだ…
教えたであろうリフィルは軽く頭を抱えている。
「魔術を使うということは、魔科学のエネルギー源はマナなのか」
ずっと気にはかかっていたことだった。
それを聞いてくれたのはジューダスだった。
今度はリフィルの軽く驚いたような表情。
単に推察力と記憶力がロイドとは対照的だったからだろう。素直な感嘆には違いない。
「そうよ、昔はマナをエネルギーに変換して人間は空すらも飛べたと古代の文献にはあるわ。ディザイアンはどういうわけか失われた技術を活きた技術としてこうして使っている」
「…それが「ただでさえ少ないマナを人間牧場を作って減らしてしまいます」っていう下りかな」
「一度しか見ていないのによく覚えていてね」
それは勇者ミトスの物語の中の一文だった。
覚えていたのは
の中で、それが他の物語と重複している部分があったからだ。
いずれにしても今、それを論じている場合ではない。
監視カメラを壊しながらもやがて彼らは人々の捕らえられている場所へとたどり着いた。
「酷い…」
囚人同様だった。
ここが「牧場」でも要するに奴隷と一緒なのだろう。
一様に、灰色の薄い布を着せられある者は憔悴したように、ある者は不安そうに現れたロイドたちを牢の中から見ていた。
「もう大丈夫だ、今だしてやるから…!」
彼らを収容する場所は吹き抜けの2階で、各階に格子は一列で人々はひとまとまりにさせられていた。
励ますコレットたちを置いて、
は牢の手前の壁に張り付くスイッチを押す。
四角いボタンは上下に、緑と赤。
あまりにも単純な仕組みといえば仕組みで牢は開き、人々はそれが助けと知って喜び勇んで出てきた。
しかしその中にショコラの姿はない。
「ショコラは!?」
「人質なのだろう?だとしたらここにいるはずはない。おそらくはマグニスのところだろうな」
「くそっ ニールさん!俺たちはマグニスのところに行きます。ニールさんはこの人たちをつれて脱出してください」
ニールは頷くと、人々に指示を始める。
彼はパルマコスタのドア総頭の側近として知れていたので人々は素直に従い、驚くほど迅速に脱出を始めた。
「さて、マグニスのところといっても一体どこなのか…」
無駄に冷静にクラトスは腕を組み、走り出そうとしたロイドは足を止めた。
「どこかわからないんだから早く行かないと!」
「そうだよ!さっきの部屋に奥に行く扉があった。そっちに行ってみようよ」
「待って。あそこにモニターがある。あれで何か情報が引き出せないかな?」
壁際にもモニターがあったが、
が指差したのは1階部分の端にある台座だった。
端末、なのだろう。
集まってみるとそれを起動させてくれたのはリフィルだった。
「………牧場内部の情報が出せそうよ、ここが収容施設。重要施設は…ここね「管制室」」
いくつも似たようなフロアの奥にひときわ広い部屋らしきものが映し出されている。
ただ、フロア同士は扉では繋がっていないようだった。
「いたぞ!侵入者だ!」
「!!」
2階部分からディザイアンが殺到する。
ここは行き止まりだ。
それ以上情報を見ている間もなく、階段を振り仰ぐと、最後尾で控えていたジューダスが迎え撃ち、ディザイアンがひとり、またひとりと降ってきた。
それを突破口にして収容フロアを出る。
その頃には、迎撃者も一掃出来ていた。リフィルの記憶を頼りに足早に奥へ進む。
しかし、その足はある場所まで来て止まってしまう。
「どうしたの?姉さん」
「ごめんなさい、ここからは覚えていないわ」
転送機が運ぶ先はひたすら十字に通路の延びる同じ構造のフロアだった。
飛ばされても景色が変わらないため、無限ループに陥った気にもなるその通路の先には、いずれにも転送機がある。
つまり一旦間違えれば、現在位置すらわからなくなる…ということで…
「いちかばちかだ!進んでみるしかねぇよ!」
「だったらあっち。行ってみよう」
少しだけ進んで、そう正面の通路を指差したのはだった。
「何か、わかったの?」
「今まで見てると見張りのいない方向にひたすら進んできた。
これも罠なんだよ、多分。敵を避けていけばたどり着けるようになってる。マグニスのところに」
「なるほど、自ら手を下すことが目的ならばわざと護りを薄くすることで誘導している、というわけか」
「だったら臨むところだ!そんなの罠のうちに入んねー!」
あまり熱くなるな、と言いたいのだろう。だが、口には出さずにジューダスは溜息をついている。
そういう制止役はクラトスとリフィルが十分こなしてくれている。
果たして、その先の転送機を乗り継いだ先には…
「あっ!ロイド、あれ!」
「待て! ショコラを離せ!」
少女が、ディザイアンに連れられてそこに居た。
ジーニアスが叫ぶより早くロイドが2mほどの幅の通路を踏んで駆け出す。
彼がたどり着くより先にコレットの放ったチャクラムがショコラを捕まえているディザイアンの腕を切り裂いた。
ぎゃっと悲鳴を上げたディザイアンに素早く足をかけて横倒しにする。
通路の横は深い吹き抜けになっていてディザイアンはあっというまに深淵に消えていった。
その頃にはもう一人もジーニアスの魔術で倒されている。
同じ魔術を使うディザイアンと言えど、耐性がある者とない者は得手不得手でいるらしい。
「あななたち…助けにきてくれたの?」
「うん。怪我はない?だいじょぶ?」
コレットが首をかしげるようにして訊くとショコラはようやく安堵の笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。
「ええ。大丈夫です。
神子さま、みなさん本当にありがとう」
「いや、そんな…」
「気をゆるめるな。我々はまだマグニスを放置したままなのだからな」
顔も緩んだロイドにいつもの口調で言ったのはクラトスだった。
それを聞いてロイドはブーイングでも零しそうな顔になったがその前にリフィルが現状を説明する。
「総督府のニールがここに収容されている人たちを連れて脱出しています。
私たちは管制室をおさえて彼らを安全に脱出させないと」
「ドアさまがいよいよ動き出したんですね!」
「あ、ああ…まあ…」
これには言葉を濁すしかなかった。今、余計な物議をかもしている場合ではない。
「管制室かどうか分からないけどこの部屋の奥にはきらきら光る壁とか魔法みたいなものがたくさんありました。ご案内します」
「そうね、少々危険かもしれないけれど、お願いできて?」
ショコラは笑顔で返事をすると今、いた転送機を超えて次のフロアで正しい道を示してくれた。
装置がいきなり送り出したのは大きなフロアの中央付近だった。
天井は見上げるほどに高い。
中央には科学的な祭壇と言うべきか十字と円とを組み合わせた形の何かがあった。
上にも対照的に設置されたネオンライトの輝きを満たすものがあるのでここに何かが「現す」用途で使用するのであろうと推測する。
壁には燐光の灯るモニター。
唸って聞こえるのは、精密なシステムが稼動している演算音だろう。
人気はなかった。
「ここが管制室か」
ようやく到着か。天から見放された神子と豚どもが
その時、マグニスの声だけがどこからともなく降ってきた。
見回したところで、誰の姿も見当たらない。
「天から・・・見離されただと?」
クラトスが怪訝につぶやいた。
彼にしては珍しい声音だった。本当の意味での疑問を発することは少ないせいであろうか。
中央の台座から現れるべくしてマグニスは現れた。
それは、昇降機であったらしい。
大きな椅子に座ったままの状態で、上からゆるりと降りてくる。
それを見上げながらロイドが拳を握って叫んだ。
「天から見放されたのはマグニス、おまえだ!ここで叩きのめしてやるぜ」
しかし、それを合図にしたように部屋の両脇にも設置されていた転送装置からディザイアン兵士が続々登場する。
「囲まれました〜」
コレットが場違いな声で現状を表現してくれた。
こちらも結構な人数であるからこれくらいの数ならどうということはないだろう。
ジューダスもそう踏んでいるのか表情に大した焦りの色は見られなかった。
けれど敵の奥地で危機的状況には違いない。
侵入者劣勢と悟ってマグニスは下品な笑い声を上げる。
「がははははは!しょせんは豚の浅知恵よ。
おまえたちの行動はつつぬけだ。劣悪種どもが逃げだそうとしているのもな」
そういうと壁にあるモニターのいくつかがともりそのひとつに人々を引き連れたニールの姿が映し出された。
「何であんなところにニールが入ってるの?」
「あれは投影機。魔科学の産物だ。
がみつけて壊して回っていたものだ」
「あそこは私たちの通らなかったところなのね。今も機能してる…」
「そう!まさか豚に気づく知恵があるとは思わなかったがな」
図らずしもご指名で豚呼ばわりされることになりさすがに不快感を露にする。
彼女のプライドの高さはジューダスは理解しているのでその感情の変化にひやりとしたのは彼のほうだった。
大抵の罵倒はそれなりに流しはしていたものだが、愚かだとか馬鹿とかはともかく豚はないだろう豚は。
誰が彼女を豚呼ばわりすることがあったろうか。
理由もなく人をコケにすれば制裁が待っている。
いや、むしろ薄汚い罵倒だからこそ、制裁を浴びせること間違いないだろう。
彼女の手は既に水月にかかっている。
無論、突撃するようなまねはしないが。
そんな少々的はずれな水面下の心理変化はよそにニールたちのいたフロアの扉は次々に閉じられていった。
「ああ!閉じこめられちゃったよ!」
「無駄無駄無駄!おまえらの行動は、何もかも無意味なんだよっ!」
「無意味なんかじゃない!今からおまえを倒せばみんなを助けられるじゃないか!」
「よくそんなことが言えるなぁ?イセリアでの厄災はおまえの無駄な行動のせいだろうが」
マグニスは見かけほどにはただの馬鹿ではないようだった。
気づいて
は水月の柄から手を離す。
椅子の上から尊大に見下ろすそれこそ豚面のような低い鼻の男は、余裕の顔で笑みを浮かべていた。
「…それは…」
うな垂れるロイド。
追い討ちをかけるようにマグニスはにやりと下卑た笑みを浮かべた
「そうだ。投影機に映っている連中であの時の再現をしてやろうか?
培養体に埋め込んだエクスフィアを暴走させて、化け物に変えてよぉ!」
「や、やめろ!」
「遠慮するなよ。おまえが殺したあのババア…マーブルのように…」
ガシャーン!
会話をさえぎったのは破壊音だった。
視線が集う先ではニールたちが映されていた投影機が粉みじんになって煙を上げているところだった。
さすがにこれにはマグニスも想定外だったのだろう。一瞬、あっけに取られ、破壊されたモニターを振り返っている。
「さっきから聞いていれば、下らないことをうだうだと…
私たちは貴様を倒しに来たんだ。ここでそんな話を聞く必要がどこにある…?」
「
…」
精神的に追い込まれていたロイドは驚くよりも戸惑うようなどこか頼りない顔で彼女を見た。
幾分、冷静だった者には意外そうな表情が浮かんでいるものの、少なくともマグニスの口上は止まっていた。
「く、…この豚が」
また言った。
このままだと水月の一撃が容赦なくお見舞いされそうだが、それを辛うじて止めたのはショコラだった。余計といえば余計な横槍だ。
「待って!マーブル…マーブルって、まさか…」
視線を漂わす彼女に、マグニスがにやりと笑う。
結局のところ、この男にとって、自信の源は人間の恐怖や戸惑いなのだ。
それで、また会話の優位性を取り戻されてしまう。
「そうなんだぜぇ、ショコラよぉ。おまえの祖母マーブルはイセリアの牧場に送られロイドに殺されたんだ」
それは初めて聞く話だった。
ロイドとジーニアスが人間牧場に関わったことでイセリア村が襲撃されたことは聞いていた。
ジーニアスがつけているエクスフィアがその「マーブル」という老女の形見であることも。
彼女とは人間牧場で知り合った…友人のようなものだといっていた。
しかし突きつけられるのはありのままの事実。
「無惨な最期だったそうだぜぇ!」
「待ってよ!ちがうんだ!ロイドはマーブルさんを助けようとしてくれたんだ。
でもディザイアンがマーブルさんを化け物にして…」
「ロ イ ド が殺した」
マグニスがさも、というようにジーニアスの必死の説得を継いだ。
それで理解する。やむをえない状況だった、ということだろう。
しかしショコラにとってはそれだけで割り切れるはずもなかった。
「…う…そ」
ふらりと後退ったところを両脇からディザイアンにつかまったが彼女は反抗をしなかった。
「ショコラさん!」
「くそ!ショコラをはなせ!」
「放っておいて!」
ロイドに叩きつけられたのはあまりにも理解のない言葉。
「おばあちゃんの仇になんて頼らない。それぐらいならここで死んだ方がマシよ!」
「
死ぬなんてこと言っちゃだめだよ!どんな状況だって死ぬより生きてる方がいいよ、絶対!」
コレットが両手を胸の前で握り締めて力説する。
けれどもう彼女は聞いてはいなかった。
「…私のことはドアさまが助けてくださるわ。放っておいて!」
「がはははは!そうか、ドアになぁ…まあいい。連れて行け!」
来るはずもない援軍。
彼女はそれを信じて、自らディザイアンに連れて行かれてしまう。
それでもロイドは諦めなかった。
「邪魔をするなぁ!」
立ちふさがるディザイアンを斬り倒し、それを機に戦闘が始まったが、ものの数分とかからず彼らはそれを退ぞけた。
ただ、ショコラの連れ去られた転送装置は既に封鎖され、追うことは叶わない。
「くそ、劣悪種相手に何をもたついてやがる」
苛ついた声を出したのはマグニスの方だった。
同時に、マグニスは座す椅子ごと下降し始め、水平に移動を始める。
目の前の高さに来るとマグニスは立ち上がって拳を握り締めた。
「こうなったらこのマグニスさまが相手よ!エルフの血を捨てられねぇおろか者共々、神子を葬り去ってやる!」
背に置かれていた柄を掴んで取り出すとそれは巨大な斧だった。
斧というより槍なのだろうか。
長い柄は正に槍だが、その先端に着いているのは斧の刃それにも見える。
一枚刃は流線型で何度か中央に向かって巻かれるように折れ、飾りの紅宝石すらはめこまれ、持ち主には不釣合いな優美な造りだった。
「生きて帰れるとは思ってねぇだろうなぁ!」
残っていた兵士が先に切りかかってくる。
それを退ぞけるのは前衛に出たクラトスとジューダスにとってさほど難しいことではない。
ただ、その正面で斧を正眼に振りかざしたマグニスはといえばそういうわけにもいかなかった。
気合と共に振り下ろされると衝撃波が最後尾に居るコレットにまで届く。
風だけ受けたであろう悲鳴を背後に、左右に跳んでかわしたジューダスたちはその背後から襲ってきたディザイアン兵と再び対峙する。
「そんなもんに負けるかよ!」
ロイドが獅子戦咆を放つ。しかしマグニスも全く同じ技術で迎え撃つ。
力押しではマグニスの方が上だった。
吹き飛ばされたロイドの足元に、一瞬間を置いて熱色の泡がぼこりと沸き起こった。
「ロイド!」
あれはイラプションだ。
標的としてサークル状の効果範囲の中央に居た場合、発動直後に相手の懐に駆け込むことで避けることは出来る。
だが、如何せん実戦経験の浅いロイドは足を止め、まともに炎の柱に巻き込まれてしまった。
「ぐあぁっ!」
「スプラッシュ!」
効果はすぐに消したが、直撃で無事かどうか…
心配は無用だった。エクスフィアの効果か、リフィルの回復魔法−ファーストエイドで幾分かに負っていた火傷も完治する。
「劣悪種が!」
大きく弧を描くように斧を薙いだ。
それはただでさえ大柄なマグニスの身長を凌駕する長さであるから、間合いから追いやられるしかない。
或いはその攻撃をかいくぐって一撃を与えるか。
しかし、それをやろうとしたジューダスにマグニスの鋭い蹴りが飛んだ。
「ちっ」
素早く後退したもののかすったのか彼は頬を拭う仕草をする。
「はっはっは!豚が俺様に触れるなど死んでも叶わん」
カチン、と耳には聞こえない音がしたような気がした。
そう、豚に罪はないが、個人的に言われるとかなり腹の立つ言葉なのである。
ジューダスを見れば、無表情であったがそれ故にそれほど冷めているのだということは用意に理解できた。
「さっきの私の気持ちがわかった?」
「あぁ。単にこの男のボキャブラリーが貧困だということもな」
「なんだとぉ?」
毒舌戦になりそうな予感もあったが、ジューダスはそういうと背負っていたシャルティエを左手に取る。
いつも使っていないのは単に雑魚であれば、彼を使うまでもないことに加え常用しているとうっかり他の人間の前で会話してしまうことを危惧してだ。
だからジューダスがその強力な剣を使用するのはウンディーネの時同様、いざ、という時ということになる。
というのはロイドたちから見た使い方で、今回は単にジューダスのきまぐれによる使い分けである気もしないでもない。
「レイシテーゼ!」
後衛からコレットのチャクラムが2本、マグニスを襲うが彼はそれを斧でたやすくさばいた。
おそらく肉体に届いても表面をかすめる程度だろう。
屈強な戦士である。
しかし…
「魔人剣!」
「がっはは!この程度の技術で…ぐおっ!」
ジューダスの…いや、この場合はリオンのというべきか、ほぼ同時に連続して放たれた魔人剣の一撃目ははじかれたが二撃目は見事に巨体のバランスを崩していた。
通常魔人剣は衝撃波を一撃のみ繰り出し他の技につなげる初級技だが、これはリオンオリジナルである(注※オリジナル版。海底洞窟でのみ使用してくる)。
「どっちが豚だ。侮るな」
その瞬間に踏み込んだジューダスがシャルティエを素早く薙ぐ。
それだけで強靭な靭は裂け、鮮血が飛んだ。
「今だ!」
「潰れちゃえ!ロックブレイク!!」
「瞬迅剣!」
今のジューダスは意外と余裕だったのだが、ロイドたちにすると強敵を打破する好機以外の何物でもない。
隙を突いて猛攻が始まった。
リフィルはアシストで常に全員の常態に気を配っている。その横で羽を広げたコレットが祈りの形に手を組み合わせ、瞳を閉じたまま中空で緩やかに羽ばたく。
「聖なる翼よ、ここに集いて神の御心を示さん」
光の輪がその周囲に生まれ、
「エンジェルフェザー!!」
重量を持たない刃がマグニスに向かって猛襲した。
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