…私の癒しの術は
人一人救えないの…?
21 再び救いの旅へ
「ぐぅっ…何故だ。この優良種たるハーフエルフの俺が…」
もはや立ち上がる力も無く、マグニスは床に膝を落とし、喘いだ。
手の届くその傍らに、無防備なまでにクラトスはマグニスを見下ろしている。
「愚かだからだ、マグニスよ。クルシスはコレットを神子として受け入れようとしている」
その言葉に、マグニスは驚いたように勢い良く顔を上げた。
「…何……!」
「そうだ!コレットは世界を再生するんだ。お前らなんかに負けるかよ」
拳を握って前へ出たロイドはちらと見ただけで、マグニスの、今は開かれている片目だけがクラトスを見上げ、やがて力なくうな垂れた。
事実、限界だったのだろう。
「そうか、おまえが…。では俺は…」
だまされたのか…と聞き逃しそうな小さな声で独りごち、彼はどう
と前のめりに倒れ、動かなくなった。
まだ生きている。
けれどもう誰も相手にはしていなかった。それよりもリフィルは投影機の方に駆け寄り、モニターに触れる。
機械はタッチパネルになっていた。
ジーニアスがリフィルの手元をのぞきこむと丁度、先ほどが壊したのとは別の投影機に牧場の入り口らしき光景が映し出された。
「あれは…」
そこにはディザイアンに連れられ、牧場を後にする一人の少女の姿が映っている。ショコラだった。
「…くそ!」
ロイドが苦々しげに呟く間もリフィルは操作を続けていた。
次に映し出されたのは、先ほど閉じ込められていたニールたち。
閉ざされていた扉が開き、次々とモニターの中から彼らの姿は消えていった。
「これで、収容されていた人たちは逃げられるはずよ」
「彼らに埋め込まれているエクスフィアはどうする?要の紋がなければいずれは暴走するぞ」
「暴走?」
エクスフィアは要の紋を制御に用い人間の力を引き出す道具。
その他は詳しい原理はわかっていない、としか聞いていない。
暴走するとどうなるのか、そういうことがあるのかは初耳だった。
「そうだ。結局は人間には過ぎた力なのだ。エクスフィアそのものは毒になる」
短くクラトスが説明してくれた。
「エクスフィアを取ればいいんじゃないの?」
このあたりはあまり知られていることではないのだろう。
きょとんと聞き返したのはジーニアスだった。
「要の紋なしのエクスフィアは取り外すだけでも危険だ。ディザイアンがどのように扱っているのかは知らぬが、どうにかできるとしたらドワーフくらいだろう」
「じゃあダイクおじさんにお願いすればいいよ」
「そうだな。親父に連絡を取ろう」
幸い、今後の処遇はあっさり解決しそうだった。
けれどほっとした顔を見合わせたコレットとロイドたちをおいてリフィルはまだ険しい顔をしてモニターに向かっている。
「…くわしい話はあとよ」
彼女は更に作業を続け、ようやく振り返ったその時、とんでもないことを言ってきた。
「とりあえずここを自爆させます。よろしい?」
「マジかよ!?」
「姉さん!そんなことしたら…」
「少なくともこの辺りのディザイアンの勢力は減退するでしょうね」
冷酷ともいえる表情で彼女は再びモニターに向き直る。
両手はモニターの前の機械におかれたままだったが…
「叩くなら徹底的にやるべきです」
意思はもう決まっているようだった。
「もとよりそのつもりで来たのだろう?何を迷うことがある」
「ジューダス、でもよ…」
「ロイド、我々は命を背負っている。再生する世界だけではない。相手を滅ぼすということは…その者の命を背負うということだ」
クラトスが静かに告げ、刹那、沈黙が降りた。
ピッ
リフィルが無言で自爆のシステムを起動させた。
「自爆時間を10分後にセットしました。急いで避難しましょう」
10分という微妙な時間に慌ててロイドたちは元来た転送装置へと向かう。
「姉さん…」
「忘れないでジーニアス。彼らと私たちは、ちがう。…ちがうのよ」
はその背中で姉弟の自戒のような呟きを聞いた。
* * *
人間牧場は崩壊した。激しい爆音を上げて次々と崩れていく余波はロイドたちも巻き込まれるかと思うほどだったが、森の木々が衝撃から人々を守ってくれた。
ニールは一番近い救いの小屋へ人々の一時保護を頼み、自らはパルマコスタへ向かって南下するロイドたちと同行する。目的は無論、黒幕の真意をつきとめるためである。
黒幕…と言って良いものか、
からすれば利用された程度だろうと考える選択肢を思いつくのも容易である。
帰り着いた街はいつもどおりだった。道を行きかう行商人も、旅業者たちも、立ち並ぶ建物も、そして、ドア総督への信頼も。
ニールは複雑そうに平和な街を見て、総督府を前に足を止める。
「ニールさん、大丈夫?」
「えぇ」
覇気のない返事に先を歩んでいたクラトスたちも振り返る。
「無理ならここで待っていてもいいのだぞ?」
「いえ…私も総督の真意が知りたいのです。ご一緒します」
総督府への扉を開ける。中は人のいない聖堂のように静まり返っていて、誰の姿もなかった。
衛兵すらいないというのは奇妙にも見える。それともそれはドアがディザイアンと手を組んだかと知ったからそう見えるだけなのか。
「…なんか下の方から声が聞こえるよ」
「…? そうか?聞こえねーけど」
全員が耳を澄ます。ロイド同様誰にも何も聞こえていないようだった。
ただ、辺りを見回して…カーテンの陰に地下への階段をみつけた。
「その下は牢ですよ。一時的に措置するためのもので今は誰も入っていないはずです」
ニールが眉をひそめる。相変わらず静けさだけが無駄に辺りを陣取っていたが、かまわずにクラトスが地下へ行くことを勧めた。素直に移動をはじめると、踊り場を過ぎた辺りからだろうか。確かに話し声が聞こえていた。
「妻は…クララはいつになったらもとの姿にもどれるのだ」
「この声は、ドア様です」
「しっ!」
ニールを制して全員が息を潜め、耳を欹てる。自然、声を低く潜めるドアの前に居るであろう相手も気づかないのか会話は続いていた。
「まだだ。まだ金塊がたりないからな。だんだん少なくなってくるな」
「これがせいいっぱいだ!通行税に住民税マーテル教会からの献金。これ以上どこからもしぼりとれん!」
耐えかねたようにドアが声を張り上げる。その声は地下に反響し、十分な音量となって上まで届いたかもしれない。
少なくともロイドたちが聞きとるには十分だった。
「まあよかろう。次の献金しだいではマグニス様も悪魔の種子を取りのぞいてくださるだろうよ」
「お父さま…」
下級のディザイアンは常に顔をヘルメットで覆い、隠している。影から伺うとその個性のない背中とドア、それからその足元に隠れるようにしてキリアと言ったか…少女の姿があった。
「もう少しだ。もう少しでクララは元の姿にもどれるのだ。旅業の料金を底上げして…」
何度も何度もそうして自分に言い聞かせてきたのであろう。彼はうなされるように呟きを続ける。
ロイドたちはもはや身をかくすこともなく、ゆっくりと階下へ降りて振り返った、あるいは顔を上げた彼らと対峙した。
驚愕に顔を歪ませる、ドアたちと。
「何だよ、その面は。まるで死人でも見たような顔じゃねぇか」
「ねぇロイド、その台詞、ありがちだよ」
「うるせー!」
よほど余裕があるのか、ジーニアスにつっこまれて顔を真っ赤にするロイド。
本人はクールなつもりだったらしい。
そういえば「後で広場に集合な」も笑えるくらいありがちなセリフだったとは始めてこの街に来たときのことを思い出す。
そんなどうでもよさげな物想いの影から、それこそ死人のように肩を落として歩み出たのはニールだった。
「ドア様…」
「ニール…! お前が裏切ったのか!」
「裏切った?随分ご挨拶なことをいうものだね」
信頼の置ける部下に裏切られ、心底驚愕したらしいドアの視線が不条理さを放ったに向いた。
「裏切ったのは貴方でしょう?」
「そうだよ!ニールさんやパルマコスタの人だって…!」
「うるさい!しょせんディザイアンの支配からは逃れられんのだ…」
「そんなことない!コレットが…神子が世界を救ってくれる!」
絶望を知ったものと、救いを信じる者。
ロイドは握ったグローブを振り払うようにして真っ向ドアの言葉を否定する。
は…おそらくはジューダスも、だろう。不快感に眉をしかめた。
より、不快を覚えたのは、他でもないロイドの台詞。
この世界の仕組みを理解しても…おそらくそれだけは理解できないのだろう。
神子に頼りきった世界。それを共に旅をする者すらが平然と口にする「常識」。ドアが確固とした自らの道を模索していたとしたらそちらの方がマシだと思ったろう。けれど、それもないようだった。
「神子の再生の旅は絶対ではない。前回も失敗しているではないか!
それにこの街の者は私のやり方に満足している。ただ、私がディザイアンの一員だと知らぬだけだ」
「ドア様…あなたと言う方は…!」
少なくとも、敬虔なマーテル教徒、でないにせよニールは実直だった。
おそらく、関所と旅業ツアーの結託も知らなかったのだろう。最も、この土地のものであるなら敢えて一人で峠越えなどしないだろうから、ハコネシアの通行料が破格であることもたいした問題でなかったに違いない。
しかし、ドアは怒りと困惑の入り混じる副官の顔を見て空虚な笑みを浮かべる。
「ニール、お前だとて家族はいるだろう。その身に何かあったらそんなふうに誠実であれるのか?」
「なんだよ、それ…」
「先ほど奥様がどうとか言っていたわね。人質にでも取られているの?」
ドアと話していたディザイアンは黙ったまま動かなかった。
これほどの人数を相手にするのは不利と思っているのかそれとも他の思惑があるのか…焦りの色は見られない。それが何か不敵なものを臭わせていた。
「だったら大丈夫です!マグニスはもう、いませんから」
コレットがほっとしたように頬を緩ませて訴えた。牧場はもう滅んでいるのだ。
ドアがもう一度正しい道を歩めばマグニスはもちろん、ディザイアンの脅威からもパルマコスタは護られるだろう。ただ、考えとしては甘いとジューダスは後々嘆息することになる。彼らの結論は、常に極端だった。
しかし、現実はもっと複雑だ。マグニスが倒されたと聞いて、ドアの顔は…それこそ、ロイドたちがここに現れた時より驚愕の色を浮かべる。ぽかん、と一瞬開いた唇は次の瞬間わなわなと震えていた。
「マグニスが…いない…?」
「そうだよ、ぼくたちが倒したんだ!牧場ごとね」
「何だと!?」
ようやく血相を変えたのはディザイアン。しかし、おかまいなしにジーニアスは得意そうに鼻の下をこすって見せた。
「なんてことを…なんてことをしてくれたのだ!!」
「!?」
しかし、烈火のように怒号を上げたのはドアだった。今度はジーニアスたちがあっけに取られることになる。
「悪魔の種子」
「え」
「先ほど悪魔の種子、と言ったろう。人質は人質でもマグニスがいなければ助からない。違うか?」
少し考え込んでいたジューダスが静かに顔を上げる。
ロイドの肩越しに少年と深い瞳と視線が合うとドアは口の端を自棄的に歪めた。
「そうだ…その妻なら…」
左手に垂れていた布を握り締めた。その足元には牢の格子が覗いていた。
「ここにいる!」
「…!」
「うわっ!な、何、この化け物…」
覆いがはがされるとそこにいたのは一体の化け物だった。
トロール、という言葉が
の脳裏を掠める。
元々妖精の一種だったはずだが、正確には定まった姿はない。
それは巨大で怪力、粗暴、
醜悪な容姿、巨人のような生き物として描かれていることが多かった。
目の前にいる生き物は頭には文様のような瞳がひとつ、身体は人型ではあるがくびれた節よりも曲線で全体が描けそうだった。緑色の体躯に長く床まで垂らされた両の手。
それが彼の妻であることは今の発言から明らかだが残念ながら見た目は化け物、と呼ばれるに十分だった。
「これがクララさん…?」
あと退ったジーニアスとは逆に
が、牢に近づこうとするのをジューダスが止める。
「化け物」は獣の遠吠えのような唸りを低く上げていたが、故に理性があるとも思えなかったのかもしれない。
「そうだ…化け物…化け物と呼ぶか。妻がこんな目に合わされた私の気持ちが貴様らにわかるか!」
「だから、亡くなったことにしていたのね」
リフィルの声は同情と言うより嘆息だった。いずれにしてもドアには関係のあることではない。
「父が愚かだったのだ。
ディザイアンとの対決姿勢を見せたために先代の総督だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。私が奴らと手を組めば妻を助ける薬をもらえたものを…」
「それで?死ぬまでディザイアンに金と労力を提供し続けるつもりだったと?」
「……っ!!」
図星でもあるからこそ逆鱗に触れたのだろう。
ジューダスの言葉にドアは声を失い、白くなるほどに手を握り締める。
ただの体のいい資金源だ。生かさず殺さず、採取されるだけの取引。
そんなことはおそらく、彼にもわかっていたはずだった。
「ドア総督…そのために、あなたの言葉を信じてクララ様と同じようにされた民もいたのかもしれないのですよ?
あなたの務めは…このパルマコスタの民を護ることではないんですか!」
たまりかねたようにニール。何よりも怒りと失望を感じているのは彼には違いないのだ。
何度同じ光景を見たろうか。いつも天秤にかけられるのは数字にされた人の命だ。
ただ、ここにあるのはその内の遥かに矮小な縮図だった。
「黙れニール!自分だけが正義だと思うな!」
「…!」
「ふざけるな!正義なんて言葉チャラチャラ口にすんな!」
敬愛していた上司に罵られ、言葉を失ったニールの代わりに負けじと罵倒を浴びせたのはロイドだった。
「俺はその言葉が一番嫌いなんだ!
奥さんを助けたかったなら総督の地位なんか捨てて薬でも何でも探せばよかったじゃないか!あんたは奥さん一人のためにすら地位を捨てられない!それだけのことじゃないか!」
刹那、落ちる沈黙。
「ロイド、…みんなが強いわけじゃないのよ」
リフィルの声だけがうなりをゆるやかに上げ続けるクララの呼吸を背後に、静かに牢に反響した。
「その薬…みつけるためにあなたは何かしたんですか」
「…?」
次に沈黙を破ったのは
。手立てがないのならば、選択のひとつとして彼の取った方法は仕方ないのかもしれない。けれど
「クララさんを戻す方法、考えました?文献を紐解いて、あるいはディザイアンから直接知識を得て。金を大地にまいて、薬が生えて来ると思います?それだけの力があるなら…」
できた。探すことくらいは。
彼がそれをしたかどうかは知らない。けれど、総督だからこそできたこともあるはずだ。
今は、そうしなかったということだけはわかる。
「もしも、私たちにその薬がみつけられたら、あなたはそれをしていなかった、ということですね」
「
!?」
「いつになるかわからない。けど、マグニスも牧場もない今、それしかないでしょう?大体ディザイアンがその薬を持っているなら…人間にもそれを作り出す可能性があるということで」
「斬新な解釈ね」
つまり誰かに出来るなら自分にも出来るかもしれないということだ。
無論、可能性上の問題で適性などは考慮されていないが、ここは結局そういう筋なのだろう。
「何言ってるんだよ!今はそういう話をしてるんじゃ…」
「ロイド。私たちはドア総督の真意を確かめに戻ってきた。…それがわかったんだよ、他に何かある?」
「え…」
「罰したいなら罰せばいい。でもそれは私たちじゃなく、このパルマコスタの人たちがすること。この地方にディザイアンの脅威はもうない。それが分かったなら私たちは、次の目的地を目指すべきだと思う」
もしも、牧場を破壊する前ならば。少し事情は違ったのだろう。
けれど今、彼を締め上げたところで何にもならない。せいぜい、彼を牢にぶち込んで、やったことを後悔させればロイドは満足するのだろうが。
結局はあとは気持ちの問題だ。
「そうだな。我々は目的を見誤ってはいけない。の言うとおりだ」
「クラトスまで…!」
ようやく自分の身の処遇に思いが至ったのか…ドアの表情は複雑だった。
ただ、…目の前に居る女はなんと言った?「もしも私たちにその薬がみつけられたら」?
「それで、結局僕らがその薬とやらを探すのか」
「そだね、そうしよう!もう総督だって悪意はないんだから…」
の場合は単なる挑戦的なものだろう。あるいは、道すがら、というものか。
対してコレットは善意の塊だった。結局至る所は同じだが、ジューダスの解釈はいずれにとっても間違っていない。
「…私を、許すというのか」
同じことを言っていても総督の目にはコレットはまさに天使に見えているに違いない。
自分との物言いの差に軽いめまいを覚えつつ
は、ドアの視線がコレットに注がれている間に後ろに下がった。
どうにも、こういう雰囲気は苦手だ。
「
が言ったように、あなたを許すのは私たちではなくて街の人だと思います。
でもマーテルさまはきっとあなたを許してくれます」
「馬鹿馬鹿しい…」
にこりと微笑んでその手すら握ろうとしたコレットの前に冷たい刃がきらめいた。
けれどそれは、彼女を傷つけるために向けられたものではない。
それは、ドアの服の下からから切っ先だけを僅かに覗かせていた。
その影には、似つかわしくない剣を握った少女の姿が。
「人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差しのべて下さることはありません」
「何をするんだ!」
「お父さんでしょ!どうしてこんな…」
がくり、と膝を折ったその背後にキリアがいた。
冷然と言い放ったその表情は、子供のものとは思えない。それがジーニアスの言葉に鬼面のように歪んで、そのまま裂けた。
「ふざけるな」
ツインテールは赤いねじれた角になり、背の高さはそれほど変わらないのに顔だけが長く肥大する。
文様の描かれた体躯は人の形を保っていたが、それは人間とは程遠かった。
つめの長さ、角の影はいわゆる悪魔を彷彿させた。
「私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマ様のしもべ。
五聖刃の一人であるマグニスの新たな人間培養法とやらを観察していただけだ。
優れたハーフエルフである私にこんな愚かな父親などない」
「愚かな父親ですって…?」
「愚かではないか!娘が亡くなったことも気付かず、化け物の妻を助けようとありもしない薬を求めるなどと」
ドアは倒れ伏し、みる間に赤いドロりとした液体が冷たい石の床を染めた。
「ド、ドア総督…」
キリアだった生き物の嘲笑が響く中、ニールが愕然と呟く。
もう、聞こえていないだろう。致命傷だ。あれでは内蔵もやられている。
「リフィル先生」
「えぇ!」
それでも
に声をかけられリフィルは治癒術を施し始めた。
罪人でも目の前で死に行くものをそのままにはしておけない。杖をかざし、リフィルは癒しの術を唱え始めた。
「きゃあっ!」
しかし、キリアは腕を伸ばし身体には不釣合いな枯れ枝のような細く長い手でリフィルを頭から鷲づかみにしようとした。
すかさず、
が斬りつけドアを引きずって階段の側に引き寄せる。
動かすことは得策ではないが、ここは狭すぎた。
入れ替わりにキリアと戦うロイドたちの怒号は近すぎるほどだが、なんとか部屋の端に避難させ、施術している間に背後でキリアの敗北の声が響く。
「プロネーマ様ー!」
足掻くように、キリアはクララの檻を開け、怪物として放ったが彼女はたちの見上げる前を通り、長すぎる腕を引きずるように去っていった。
静寂が戻った。
* * *
結局、ドアは助からなかった。
彼はショコラと、クララのことを頼み息絶えた。
ニールは街の有力者たちで総督府を再編すると約束をし、出立を見送ってくれた。
なんとも後味の悪い旅立ちだ。
この世界に来てから何かがあった後、一度だって、清々しく出立できたろうか。
「縋られる」旅は見ているだけでも何か胸に使えるものがあるというのに…
ニールがハコネシアまで用意してくれた馬車の中では小さく嘆息した。
「どうした?」
二台の馬車は無造作にメンバーを分けている。そもそも寝泊りすることも考えると男女別れるのが必然だと思うが、ロイドとジーニアスが乗り込んだ馬車にコレットが、そして先にクラトスが乗り込んでいた方にはがそれぞれ躊躇なく乗り込んでしまったので残った二人はと言えばそれぞれ思うところがあって乗り込む側を選んだらしい。
こちらはジューダスとリフィル、クラトスと一緒である。
そしてお子様組の喧騒から離れたジューダスはといえば、静けさの中、その嘆息を聞きとめて尋ねた。
馬車は横になっても移動していられるよう、向かい席の客車ではなく荷馬車だった。裏の幌を空けたまま反り返ってみると夜空がよく見える。
警戒する意味でもそれがいいのか、一番奥で剣を抱えて座っているクラトスは何も言わなかった。
「どうもしない」
「…」
にべもない返事に薄闇でも愁眉を寄せるのがわかる。
絶えず揺れる馬車に合わせてカンテラが揺れ、影もその都度揺れていた。光度としては丁度落ち着くくらいの明るさだ。
話したいことはたくさんあるのだが、なかなかその機会が無いのも事実だった。
その内容はといえば、どっぷりこの世界の人間であるロイドたちには少々刺激のありそうなものだし、抱いた疑問をぶつけるには思い込みの強い相手にそうでないものを信じろと言うようなものだった。
そんなわけで冷静に話ができそうな相手となるとジューダスを覗けば、クラトスかリフィルか──…
今は絶好のチャンスのわけだが、そういう気にもなれなかった。
そうなると意外に会話に乏しいこちらの面子。後ろに着いてくる神子一行の馬車からは時折、馬鹿明るい声が聞こえてくる。
けれど、ジューダスはそちらに乗り込まずに良かったなどと思う程度だ。
涼気を持ち込む夜の風に
は宛がわれた毛布を引き寄せた。
しばらくして目を閉じると毛布の暖かさと風の心地よさで眠気が襲ってくる。
ふと
「…五聖刃て何」
思いついた単語を発すると視線が集った。
唐突だ。少なくとも今寝ようとして見えたほかのメンバーからすると。
「五聖刃とはディザイアンを統べる幹部の通称だ。我々人間には馴染みが無いが、あのマグニスもその一人だったようだな」
クラトスが答えてくれた。
いつもこの人は事実を答えてくれる。事実はつまるところ、感情よりも知識や経験に近い。
「五聖刃、って言うくらいだから5人いるんですか」
我ながら安直だとは思うが、当たっているだろうとも思った。これに続けたのはリフィルだ。彼女も黙っていることは出来るが寡黙な方ではないので、話が始まれば参加は必然だった。
「少なくとも人間牧場を治めているのは、彼らのようね。イセリアを襲ったフォシテスも確か五聖刃だったはずよ」
「人間牧場ってあといくつあるんです?」
「北の希望の街ルインという名の街の近くにひとつだ」
「そう…」
希望の街の近くに人間を絶望に叩き落す人間牧場があるのは皮肉なものだと思いつつ、すると五聖刃というのは残り2人がどこかで別の動きをしていると言うことだ。
今は、関係なさそうなので記憶にだけとどめておくことにする。キリアが叫んでいた名前も含めて。
「何か、思うところがあるのか?」
「いえ、単純な疑問です。あとクルシスって言うのは?」
「……………………それは改めて聞くような疑問なのか?」
と、これはジューダス。
話の流れから天使を総称して呼ぶようなものであることは推察できる。
が、一度始まると謎は謎を呼び問うための言葉は、淀みなく湧き出した。
「天使を中核とする組織、とか」
「組織と言う呼び方はあまり聞かないけれど天使たちが属するものとしてはまぁその通りかしら?」
「じゃあその組織はどこにあるんです?」
組織と言うと途端に俗っぽくなるから不思議だ。クラトスがなんとも言いがたい表情を浮かべ、リフィルはその言葉のニュアンスよりも自らその疑問を解決すべく考え始めたらしい。難しい顔で俯く。それも数秒のことだったが。
「考えたことがなかったわ」
「物語の上では空の上、とでもいいそうなところだがな」
さして興味なさそうにジューダス。彼も4つに畳まれていた自分の分の毛布を無造作にとって膝にかけた。
「救いの塔、というのが一番しっくり来るかな」
むしろ、地上に住んでいたら笑ってしまう。生き物としてそれも当然の可能性であるにもかかわらず。
「もう分かっているでしょうけど、伝承は謎の部分が殆どなのよ。天使である彼らがどこから来て、どこへ帰るのかはわからないわ。ただ、確実なのは彼らが姿を現すのは再生の旅が始まったときだけ、ということ」
「へぇ…ずっと遠くて近い場所って感じですね」
「…どういう見解だ」
質問と言うよりは呆れた表情のジューダス。クラトスがフと俯くようにして笑った。
「いや、案外的を得ているかも知れんぞ?」
「遠くて近い場所…妥当なところだと、救いの塔ってところかしら」
リフィルは
の背後を見上げるように顔を上げたが、幌が邪魔をして当然、大したものなど見えはしなかったろう。
それか行く手にわだかまる暗闇か。
けれど、今も救いの塔は世界の中心で、変わらず空を貫いているには違いなかった。
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