23 踊り手
翌日。
彼らは揃ってアスカード遺跡へと足を運んだ。
昨晩は張ってあったロープがなくなっている。
ジューダスと
は立ち止まり顔を見合わせたが特にいう必要もなかったので黙って階段を上った。
あたりに草原のような緑も開ける。
渡る雲が風の音にまぎれて霧と影とを交互に過ぎ去らせていた。
「おお、アスカード遺跡だ…」
昼間見るアスカード遺跡は吹きさらしに、正方形の巨大な一枚岩の石舞台がひとつ。
夜の顔とはまた違うが昨晩既に見てしまっていたため、それよりも遠く見晴るかす台地の方が絶景だった。
「ロイド。この遺跡の歴史的背景を述べよ」
まっさきに前に進み出たリフィルが、身長ほどもある高さの石舞台を背に振り返って唐突に問うた。
「えっ、えっ。えっと…」
授業で教えたのだろうか。答えているのがロイドなのでそれすらわからない。
ともかくあとを続けたのはジーニアスだった。
「クレイオ三世が、一週間続いた嵐を鎮めるため、風の精霊に生け贄を捧げる儀式を執り行った神殿」
「…です」
とかちんまり答えられるとロイドがちょっと可哀相になってくるから不思議だ。
無論、遺跡モードに突入しているらしいリフィルがそれを許してくれるわけがない。
「ああ…この五年間貴様は一体何を習ってきたのだ!」
「体育と図工と…」
「もういい!」
叱責したが、結局憤慨して振り返ればすぐにうっとりと説明をはじめている。
コレットが前に出てそれを真剣に聞いていた。
「素晴らしいフォルムだ。この微妙な曲線は、風の精霊が空を飛ぶ動きをあらわすとされている。さらにこの石は…」
「あれは我々に説明しているというより独り言なんだろうな」
「うん。まぁ、為にはなる」
きっちり後ろで聞きながらジューダスと
。
吹き続ける強い風は霧と晴れとを交互にもたらしている。
長口上が始まりそうな予感にいつのまにかクラトスは姿を消し、手持ち無沙汰になったロイドは顔を渋くしていた。
「マナを多分に含んでいると言われ夜になると青白く輝くらしい。
もっとも現在では世界のマナ不足によってこの石に含まれていたマナも失われつつあるという。
石に含まれていたマナが大気中に気化するときに独特の香りを放つのだが…」
あぁ、それが昨日の夜に見た光景か。偶然見られるとは運が良い。
香りもせず、弱弱しかったのはリフィルの言うとおり蓄えられたマナ自体が既に少なかったからなのだろう。
口を挟む間もなく口上はまだまだ続いている。ほぼ、一方的に。
「これが一般に言われるフィラメント効果だ。
フィラメントと効果は香りと火花が散るようにマナの輝きが溢れるので
この石舞台が神秘性を増したものはフィラメント効果によるものと考えられるだろう。
当時の人々にはこの科学的根拠がわからなかったのだな。
以上だ、何か質問だ?」
「リフィル先生。難しかったのでもう一度説明してください」
「フ…いいだろう」
そして、2度ほど同じことを聞いたろうか。ロイドはもうどこかへ行ってしまっている。
コレットが3度目に同じ発言を繰り返そうとしたところでもまた、その場を離れた。
「はぁ…姉さん目が輝いてるよ」
ジーニアスはそういいながらも忍耐強く話が終わるのを待っていた。
「クラトスさん、何黄昏てるんですか」
朝日に背を向けて石舞台の西側で風を浴びているクラトスに声をかけると彼は複雑そうな顔で振り返る。
黄昏てなどいない、と表情が語っていた。
最近、ちょっとわかってきた。この人は寡黙なだけで無愛想と言うわけではない。
あまり動じないが打てば響く人でもあった。…もっともの打ち所が微妙なので反応してくれるのかもしれないが。
挨拶的にそのまま通り過ぎて
は石舞台の西側に回る。昨日は見ていなかった裏側まで行こうと思った。
表だけでは済ませないところが
らしいと言えばらしい。
ジューダスも一緒だ。
「あ、ロイド」
彼の場合は暇をもてあまして、だろう。丁度その先の角を曲がろうとしたところを呼び止めて3人は石舞台の裏手へ回った…そこで。
「いいか、ライナー!これが俺の発明品、ブレイカーだ」
男が二人、作業中だった。
どうやら立入禁止の札を取ったのは先客である彼ららしい。
「この爆弾を使えばこんな忌々しい石舞台など簡単に壊せる」
「し、しかしハーレイ…」
ハーレイ、と呼ばれた男がこちらに背を向けて何か機械をいじっていた。
3人が近づいても気づかないほど彼らは熱中している。
「これは貴重なバラクラフ王朝の遺跡だ、この石舞台を破壊するなんて…」
「何を言うんだ!このままだとアイーシャは殺されるかもしれないんだぞ!」
…。
「何やってるんだ、お前ら」
全く気づいてくれないのでこちらから声をかけてみた。
びくり、と彼らは振り向いて赤毛をバンダナで抑えたハーレイという男に続いてその向こうに居た気弱そうな青年があわてて手を振った。
「な、なんだお前は!」
「違いますよ!ぼくたちは別に遺跡を破壊するつもりでは…」
「!…今なんといった!?」
聞こえるはずはなかったのに、反対側にいたはずのリフィルが数秒後、ありえない速度で石舞台の上から現れた。
見下ろされる形になってみると、味方ながら恐ろしい形相だ。
主に銀髪の奥から鋭い眼光を放っている瞳など。
「先生。こいつらこの舞台を破壊するんだってよ」
「!」
「貴様!それでも人間か!」
すとり、と身軽に飛び降りてリフィルは男たちの二人の間に立った。
ジューダスと
はそのまま一歩後ろに下がる。
ドカ!
そんな鈍い音が二度続け様に短く聞こえると。
大の男二人はそれぞれが両脇に倒れていた。
左側のライナーと言っていたか、大人しそうな青年は蹴られたみぞおちを抱えて泣きそうな顔をしている。
しかし、右の男は立ち上がるとてやんでい!といいそうな格好で
「俺はハーフエルフだ!」
と言い放った。
だからなんなのだ。
「それがどうした?」
次の瞬間
の心のつっこみと、リフィルの発言は見事にシンクロしている。
「お前たちにはこの遺跡の重要性がまるでわかっていない!」
ばん、とリフィルは丁度良い位置にあった左手の機械を叩く。
拍子にレバーが倒れてチクタクと時計が動き出すような音がし始める。
慌てふためく3人。「それ」が起動したことは誰もが理解できたことだった。
当のリフィル本人以外は。
「この素晴らしい遺跡を破壊するだと?」
「先生」
「いいか、この遺跡はバラクラフ王朝の最盛期に…」
「先生ってば!」
「何だ。質問ならあとで受け付ける」
「爆弾のスイッチが入っているぞ」
「質問ならあとでと…」
!!
、ロイド、ジューダスとテンポ良く続けられて事態が発覚すると、さすがのリフィルもようやく装置に向き直り慌てた表情になる。
正面に付けられたアナログ回転式のカウンターは無常にもぐるぐるとまわりどんどん数値を減らしていっていた。
「女!おまえのせいでスイッチが入ってしまったのだ!」
「お前らが入れるつもりだったんだろ?」
ジューダス、冷静に指摘している場合ではない。
「人のせいにするな!」
そして少々不条理なリフィルの蹴りは男を先ほどの倍の距離までふっとばしていた。
「解除スイッチは?」
「そんなものあるか!」
「威張るな!」
更に踏み込んで、距離を3倍にまで引き伸ばす。
「ロイド、ドワーフ仕込みでなんとなからない?」
「やってみる」
そしてようやく事態は進展を見せそうだった。
騒ぎに気づいたジーニアスたちが、石舞台を回り込んで合流した頃、配線を上手く切ったロイドがふうと額をぬぐう。
「へえ。おまえ、器用だな。制御不能の『ブレイカー』を止めるとは…」
「制御できないもんを作るなっつーの」
赤髪のハーフエルフ──今更に耳が尖っていることに気づく──にロイドがぼやくとリフィルは安堵したように遺跡を見上げた。
「…遺跡は傷ついていないようだな」
その時だった。
「こらっ!そこの者!石舞台は立ち入り禁止じゃ!」
叱責の声が遠くから飛んだ。
ここから見ると背伸びしてようやく、反対側に誰かが居るのがわかる。
向こうからもこちらの頭が見えたのだろう。
主に、このパーティで群を抜いて最も身長の高いクラトスの頭など。
「いけません、町長です」
いままで黙っていた男が、口を開くともう一人の男は慌てて駆け出した。
「やべえ。逃げるぞ!」
「先生、面倒そうだぜ、早く逃げよう!」
町長とやらが右に動くのを見て左側から逃げ出す。
コントのように町長たちの丁度逆を時計回りにロイドたちも伺いながら駆け出す。
「しかし、まだこの舞台の構造を…」
「いーから行くんだよ!」
「あぁ…もっと調べたかったのに」
名残惜しそうに振り返りながらリフィル。
「あっ」
コケッ
「うわぁ!」
長い階段を降りようとしたところで、降りる前に平らな場所で躓いたのはもちろん…コレットだった。
そして巻き沿いを食ったのはその前を走っていた。
コケる前に飛べぇ!#という指摘は彼女に通用しなそうだった。
なぜなら彼女は一緒に階段から落ちたのだから。
「きゃあ〜」
勘弁してくれ、と思うより先に誰かに腕を掴まれた。
コレットの悲鳴に振り向いたロイドが「コレット!」と呼びながら彼女をキャッチする。
「ロイド、早く!」
ジーニアスにせかされ礼を言うまもなく彼らは駆け出した。
はと言えば…
「大丈夫か?」
足がつかない状態で後ろから吊るされていた。
…というには、まともな状態だがクラトスがうまく階段上から助けてくれたらしい。
辛うじて手が届いたのが
だったのか、まぁうまく届いたところで二人同時は無理だろう。
頷くと、文字通りすくい上げる形の腕を少し引き上げてから、を放して下の段に下ろす。
もし彼が居なかったら前にいるジューダスも巻き沿えていたかもしれない。
それとも助けてくれたろうか。
彼自身も意外に力のあることを思い出しながらは岩のゲートを抜けた。
* * *
「そう、遺跡よ!彼らに遺跡を壊すなんておろかな真似をやめさせなくては」
うまく町長とやらを撒いてしばし。
リフィルが、クールビューティ教師に戻っていた。
しかし強引さはそのままに全員をともなって、消えた男たちを捜すことになった。
結局、ライナーという男の家に行くと妹とハーレイがいた。彼の話によると石舞台を調べようとして封印を解いたばかりに、風の精霊が蘇って生贄を要求してきたらしい。
どうやら昨日
が聞いた「生贄に」というのは彼の妹のことだったようだ。
「伝説どおり封印は存在したんです!」
「バラクラフピラーの象形文字は神話ではなかったのか!」
…ライナーとは学者つながりでリフィルは旅の目的を忘れる勢いで意気投合してしまった。
逆にハーレイはお門違いな二人の喜び具合に激怒して追い出されてしまう。
それはともかくとして、生贄の儀式は今夜。
とにかく、もう一度石舞台へ行ってみるべきと彼らはそのまま先ほど逃げ出したばかりの遺跡へと足を運ぶ。
ところが、昨日はってあったロープのところに先ほどの町長と数人の町人が、道を封鎖するように立っている。
「おまえたちだな。石舞台に上がっていたのは」
いえ、上がったのはリフィル先生一人です。と思ってから自分とジューダスも上がっていたことを思い出しは閉口する。元々口など出す気はないが。
咎める口調に敢然と胸を張って口を開いたのはリフィルだった。
「私は学者です。この遺跡を調べさせていただけませんか」
「この街にもそういう馬鹿がいる。おかげで街の観光事業は崩壊寸前だ」
にべもなく断られる。怪訝そうな顔をしたリフィルの後ろからすぐに見当を付けたが聞き返す。
「ライナーさんのことですか?」
「…話を聞いたのか」
見た目は町というより「村」といった感じのこの村にそれほど学者がいるとは思えなかった。
封印をといた責任を取って妹が生贄に選ばれた。符合する事実だ。町の恥とでもいいたげな表情で町長は顔を複雑に歪めてみせた。
「えぇ、ついでに生贄のことも」
「なら分かるだろう。これ以上石舞台を調べられて風の精霊様のお怒りを買うわけにはいかないのだ。この舞台にあがれるのは精霊の踊り手だけだ」
そもそも封印を護る精霊が生贄など要求するのだろうか。踊り手などという美しい儀式を行う割にはきな臭い話ではある。
「なら、私が踊り手になります。それなら、舞台にあがっていいですね」
「先生!」
何の躊躇いもなく返したリフィルをロイドが慌てふためいて振り返る。
かつては、生贄の役はただ舞台を踊るだけという儀式だった。けれど風の精霊とやらがよみがえった今は、危ない目に遭わないで済むという保証はどこにも無い。
何が起きるか見当も付かないのだ。…といいたいところだが、にはいずれにしても戦闘の予感はあった。
だとしたらその役は町娘よりも戦いなれた誰かが良いし、そこにリフィルが手を挙げたならいつでも駆けつけられるようにスタンバイしていればいい。そんなの思惑をよそにリフィルは笑顔すら浮かべて不安そうな顔をした教え子たちに言い聞かせた。
「再生の書によればここが次の封印のはずよ。風の精霊に会えればわかるわ。精霊が求めている生贄はマナの神子のことかもしれないじゃない」
「…そうかぁ。さすがリフィル先生」
「結局自分が遺跡を調べたいだけのくせに」
そんなにすぐ納得していいのかのんきに感心したコレットの隣で、リフィルの笑顔に含まれた意味を察してロイドが小さく呟くとその頭に、振り返り様リフィルの平手が飛んだ。
ぱぁん!
相変わらず派手な音が響く。町長たちがひるんで見えたのは気のせいではないだろう。
「口は災いの元」
ジーニアスが肩を竦めるとロイドは頭を抱えながら、横目でジーニアスを睨んだ。
「お願いです、町長」
「…好きにするがいい。命を落としても、我々は責任を取らないぞ」
もう一度懇願したリフィルに、町長はただそう言い捨てただけだった。
彼らにしてみれば、それでも自分の町から犠牲を出さずにすんだのは都合の良い事態だったのかもしれない。
儀式に備えて、着替えるリフィルを各々外で待ちながらは風車の軋む音を聞いた。
「ショコラ、どこに連れて行かれたのかなぁ」
思い出したようにコレット。いつもどおり一緒に居るロイドとジーニアスの表情が途端に暗くなる。
結局、彼女がどこへ連れて行かれたのかはわからない。助けることもままならないまま、再生の旅は続いていた。
「ショコラに誤解されたままになっちゃったね」
「でも…ホントのことだ」
「悪いのはディザイアンだよ!ロイドは何も悪くないよ!」
擁護するようにジーニアス。
この旅において、個人の都合と使命はどうも折り合いがよくないらしい。
神子の旅は順調と言えば順調なのだ。けれど、寄り道については何もかもが半端なままだった。
「中途半端な善意は悲劇を産むだけだ」
それを言ってのけたのがクラトス。
ジューダスは会話に参加する気がないのかメインストリートから一段上にあるこの場所の、斜面の淵に腰をかけて深い亀裂のむこうの草原を眺めている。
「酷いよ…!ロイドは…」
「いいんだジーニアス。力不足だったのは認めるよ。…だから俺はこの悔しさを忘れない」
ぐっとグローブを握るとエクスフィアが高くなってきた日差しに反射する。
「ディザイアン、ねぇ…」
は明日の天気でも話し出すような口調で、彼らに聞いた。
「やっぱりハーフエルフが悪者ってわけじゃないんだね」
「「はぁ!!?」」
彼らにしてみれば唐突に聞こえたろう。今しがた悪いのはディザイアンだと話したばかりだ。そしてディザイアンはハーフエルフである。
けれど
の中ではそれは表裏一体ではなかった。
「だって、ハーレイって人はハーフエルフなんでしょ?」
「…」
話題についてこられないらしい。
ジューダスがため息をついたところを見ると彼は耳だけはこちらに向けていたらしい。
「ハーフエルフと言えば人間とエルフのハーフ。主に互いの長所を引き継ぎ、寿命はエルフには劣るもののエルフより打たれ強く、人間の持ち得ない魔力を持つ」
「な、なんだよ、それ」
ひっかかるような声を出してロイドはようやく訊いた。
「私の中にあるハーフエルフ像」
「ふざけるなよ!ハーフエルフはディザイアンなんだぞ!」
「違う。ディザイアンはハーフエルフかもしれないけどハーフエルフがディザイアンとは限らない」
「「???」」
コレットとロイドの頭上で飛び交っている疑問符。
もしも、
がわかりやすい言い方をしていたら、ディザイアンに憎しみを持つロイドは激昂したかもしれない。けれど、鳩が豆鉄砲を食らったように彼らは目をぱちくりとしただけだった。
ジーニアスがどこか唖然とした顔のまま
に一歩近づく。視線は一時たりともはずさずに。
「ほ、本気なの?
」
心なし声が震えているように聞こえた。ただ、彼はの言うことを理解したらしかった。
ハーフエルフの全てがディザイアンに組しているのではないということを。
「そうだね…第一、ハーレイさんはハーフエルフでもこの町で暮らしてるじゃない」
「でも、町の人には嫌われてる」
どこに行っても迫害される。おそらくそれはそういう存在なのだろう。
優れた能力を持っていても、人間にもエルフにも属さない彼らはどんな物語でも大抵そんな扱いだ。
それにこの世界ではディザイアンとして人間を苦しめている者がハーフエルフなのだから相容れないのは当然といえば当然なのだろう。
「嫌っているのは町の人の勝手だよ。ライナーさんとアイーシャって人は少なくとも仲良く見えたけど?」
「はぐれ者はどこの世界にもいるものだ。旅をしていても、人の集落に住むハーフエルフなどそう見られるものではないぞ」
彼らが特別、ということだろうか。
クラトスがいつもの調子で事実のみを述べる。
「見られるかどうかが問題なんじゃなく、私が言いたいのは──…」
その時、キッと蝶番が鳴って扉が開いた。
準備が済んだリフィルが着替えを手伝っていた町の娘に連れられ出てきたのだ。
「わぁっ先生きれいです〜」
彼女がまとっていたのは民族衣装のようだった。原色の染料と麻などの天然素材を上手く使い分けた服で、言葉にはしえない独特の格好だ。
踊り子というよりは異国の巫女といった印象も受ける。元々リフィル自身が端整な顔立ちをしている所為もあるだろう。
ともかくコレットの花咲か声に、難しい顔をしていたロイドたちもはたと表情を緩めた。
「あぁ、似合ってるな!」
「あら、ありがとう」
何も知らないリフィルはにこりと微笑むと後から町長が出てきて舞台へと進む。
石舞台に至る門の前ではライナーやアイーシャたちが待っていた。
身代わりを買って出たその人を見届けようと駆けつけたらしかった。
月が西の山間を超えて現れる。
儀式用の尺杖を持ったリフィルは石舞台に上がり、ゆっくりと歩みを進めた。
ロイドたちと数人の町人が息を潜めるように見守る中、手にした杖が舞台の中央に描かれた円陣の四方を突いた。
石床を打つたびにシャン、と音がして明るい色の光が灯る。
昨日、ジューダスと見た「フィラメント効果」と同じ色だ。マナが目に見える形で現出した、といったところだろう。
踊りといっても本当に「踊る」わけではなく、そうして行程を辿り、最後にリフィルは中央に進み出ると両の膝を追った。
祈るように頭を垂れると四方で輝いていた光が刹那、描かれた線上を駆け抜け円を繋ぐ。ゴウッと吹き荒れた強風と共に鮮やかな光が魔法陣のように燃え上がり…
「…娘を貰い受けに来た」
それが幻であったように消えると、いつのまにか巨大な翼を持つ者が現れていた。
風はいつのまにか消えている。その存在に集約してしまったかのように。
羽ばたいてはいたが不思議と風らしい風は吹かなかった。
「…どう見ても精霊には見えないね」
「神聖な精霊が生贄なんか要求するか?」
冷静に
とジューダス。
ジューダスも何かがおかしいとは思っていたらしい。
目の前に現れれば、戦いのエキスパートとすれば断定できるくらいにそれは邪悪なオーラを放って見えたのだろう。シャルティエを手に取る。
「先生!違います!それは封印の守護者じゃありません!」
コレットにはジューダスとは違うセンスでわかるようで、そう警告すると同時にロイドが勢い良く石舞台に飛び乗った。
* * *
勝敗は意外とあっけなかった。
ロイドたちが腕を上げていたということもある。けれど、ジューダスともこの世界の環境に慣れた、とでも言えばいいのか一部の晶術を除外すれば動き辛さからは解放されていた。
そこへシャルティエを使えば、造作もないことだ。とはいえ目立つまいとジューダスの戦い方はいまだ持って控えめだからして、ライナーの尊敬の眼差しは本日の主役へと向けられていた。
「すばらしい!すばらしいです、リフィルさん!」
賞賛されて、リフィルは不敵に笑う。
「フフ。この程度の敵たいしたことは無い」
遺跡モードON。
「それよりさっき手に入れた石版だが…」
両手で持って丁度ずっしりくるくらいのそれをロイドから受け取ってリフィル。
風の精霊といわれたモンスターが持っていたものだ。
「…古代バラクラフ文字が描かれているな」
「さっそく解読しましょう!私の家に資料がそろっています」
「ああ、行こう!」
ライナーの言葉にリフィルが颯爽と頷き、彼女は巫女装束のまま行ってしまった。
半ば呆然と見送るロイドたちに、本来踊り手となるはずだったアイーシャが躊躇いがちに声を掛ける。
「あの…。ありがとうございました」
「あいつは風の精霊じゃなかったんだな」
ようやく息をついたように誰ともなくほっと零したハーレイを、ジーニアスが振り返る。
石舞台に吹く風は元の通り、高原を吹き抜ける風になっていた。
「あいつの正体なら、きっと姉さんとライナーさんが調べてくれるんじゃないかな」
「ああ、あのリフィルとかいう先生ハーフエルフだしな。知識は確かだろう」
ハーレイが彼の親友だろう、ライナーたちの去っていった階段を眺めながら言う。
その言葉に、ジーニアスは…いや彼だけではない。ロイドたちもぎょっとして目を見張った。
はたと大きく手を振りながらジーニアス。
「ち、ちがいます!姉さんもボクもエルフですっ!」
ハーレイが何事か口を開きかける。
けれど町長たちの嫌悪にも似た視線を浴びて、彼はかぶりを首を振った。
「…あ、悪い。あんたたちは生枠のエルフか…俺が勘違いしたみたいだ」
そして肩をすくめる。彼自身はその境遇を乗り越えているのだろう。
険悪な町人たちの蔑みにも似た視線を浴びても口元に笑みを浮かべていた。
けれど、ハーフエルフと言われたジーニアスは俯いたまま動こうとしない。傍目に見ていても…居心地の悪い空気が漂っていた。
「…俺たちも休もうぜ。疲れちまった」
ふぅ、とロイドが息をついて空を見上げる。
まだ、日の沈んだ方角は藍色に染まりかけた頃合だった。
更けていない夜の気配は昨日と同じ、満点の星空に雲を走らせる気配を見せていた。
* * *
「やっぱりここだったのか」
ジューダスは、ライナーの家で
を見つけた。
夜も大分深まってきた頃合だ。
一緒に宿に行ったのにその後、一息ついて姿を消していた。
「あ、ジューダス」
崖を掘削して利用しているのは他の家も例外ではないのだろう。ただ、ここは岩壁が剥き出しになっている。
散らかった書斎だか研究所だか微妙な部屋で
は古い本を開いていた。
椅子には座らず何故か床に絵本でも開くように本を置いて眺めていたは振り返り、ジューダスを涼やかな笑みで迎えた。
「ジューダス、じゃない。食事の時間だぞ。皆、どこへ行ったかと心配してる」
そして、向こうの部屋であぁでもない、こうでもないと騒いでいるリフィルたちを振り向かずに親指で指し示して「向こうは一向に気にしてないんだがな」と付け加えた。
「あぁ、もうそんな時間か…」
とっくに、というほどには過ぎていなかった。だが、ロイドたちが探しに出そうな勢いだったので見当をつけてさっさと呼びに来たのだ。
年下の幼馴染たちはどうにも仲間意識が強い。もっともジューダスはを間においてひとつ離れた位置にいるのだが。
「ありがと。迎えに来てくれたんだ」
「別にそういうわけじゃ…」
聞いているのかいないのか、
は本を閉じておそらくは元の場所に戻そうとして…
足を止めてこちらへ戻ってきた。
そのまま扉を一枚隔てて、喧騒の部屋──つまり、ここを通らないと出入りできない──へ戻る。
「ライナーさん、今日、この本借りて行っていいですか?」
「そもそもあの石舞台は…」
「おぉっ!それが風の精霊と混同されて…」
「聞いてないな」
「あ、どうぞ。持って行ってください」
ジューダスを奥の部屋へ案内したアイーシャを見ると、彼女が代わりに返事をくれたのでは片手に本を抱えてジューダスと一緒に外へ出た。
扉を開けると途端に尽きない風が頬をなでる。
『何読んでたの?』
さっそく
に声をかけたのはシャルティエだった。
「天使物語の続き」
『へぇ、こんなところにまたあったんだ』
「それで、何か紐解けそうなのか?」
天使言語で描かれた物語。それはつまり世界の根幹が多分にしるされていると思っていいのかもしれない。
それとも途中まで知ってしまって単に後が気になる好奇かでジューダスが尋ねる。
「それがねぇ、これ最終巻なんだよ。3巻はなかった」
そうか、と黒髪を闇になびかせジューダス。
もう仮面はないので時々
は彼をリオンと呼ぶべきかジューダスと呼ぶべきか迷うことがある。
「まだ途中だけど、これによると女神マーテルは天使と「信仰が失われたときは塔が消える」って約束をしたんだって」
「…信仰、か…まぁ宗教であればそれは一種のテーマであるだろうがな」
『でもそれって約束、っていうわけ?』
はシャルティエの眉根を寄せるような声に首を振った。
「まだ続きがある。その時、ディザイアンが復活するからそれが嫌なら天使が救いの道を創れって言ったんだって」
『なんかそれって…』
「マーテルが人を助けるというより信仰と救いが引き換えのようだな」
女神は無償奉仕で人は救わないらしい。
これはコレットに言わせるとおそらく「試練」ということになる。
「で、天使は世界にマナの血族を生み出した」
「なるほど、コレットのそれで父は天使、と繋がるわけか」
「火のないところに煙は立たない、っていうか参考にはなるかな?」
はあくまで書物の中に真偽を問うているだけだ。
氾濫する情報でも、そこから見定める目さえあればいつか法則にはたどり着けるだろう。
『世界再生の物語も
にかかるとリアルな謎解きだねぇ』
シャルティエの言葉は
にとっては的確に聞こえた。
彼にそのつもりはないだろう。
けれど
は知っている。この世界は…世界そのものが「物語」だ。
しかし今は、現実以外の何者でもなかった。
リオンたちにストレイライズの森で会った、あの時のように。
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