Interval.ジーニアス=セイジ
律儀に待っていてくれたコレットたちと食事を取り更に時は進んだ。
「リフィル先生、まだ帰らないんだ」
本日の宿は、昨日と同じ。
夕食をとって部屋に一度は戻ったものの涼をとりに少しだけ外に出ようとしたは宿の前の階段に腰をかけて自分の膝に頬杖をついているジーニアスをみつけた。
「あ、
…」
同じ部屋の姉を待っているのかと思ったが、何事か考え事でもしていたのか。
彼にしてはぼんやりとしていたらしい。どこか歯切れが悪く見上げてきた。
「どうかした?」
「ううん、なんでも…」
言いかけて声は途切れる。
ジーニアスの大きな瞳は黙ったきりまた一時、薄闇の向こうを見た。
町の家々の明かりが暗い谷間に暖かに灯って見える。
人口的な灯りではない、炎の揺らめきというのは優しく見えるから不思議だ。
けれど彼はそれをみていたわけでもないようだった。
「
、ハーフエルフのこと…本当にあんなふうに思ってる?」
唐突だった。
また、彼はさっきのように膝に頬杖をついてこちらは見ずに訊いて来た。
「…そうだね、あまりみんなの前で大きな声で言うのはよくなさそうだけど…」
特にロイドはハーフエルフに憎しみに似た怒りをもっている。
石舞台の前でも話の流れによっては激昂されてしまっていただろう。
それも、イセリアのことに加え、彼の母親はディザイアンに殺されたらしかった。
だからディザイアンが許せない。
神子の旅についていく決め手になったのはその事実に他ならない。
そして、旅で出会ったマグニス、ショコラ、ドア…彼はますますディザイアンに対する決意を硬くするばかりだ。
そもそもディザイアン=ハーフエルフの構図が成り立っているのだから、感情抜きで話をするのは難しいだろう。
「ジーニアスは?やっぱりエルフの人も同じなの」
そういえば人間の街はあってもエルフがどこにいるのかは知らない。
逆に質問されて戸惑いとも言いがたい表情を浮かべたジーニアスは瞳を伏せて黙り込んだだけだった。
なのでそれを聞いてみると「エルフの集落はないよ」と今度は答えが返ってきた。
元々このシルヴァラントには絶対数が少ないらしい。それとも人の目を避けて暮らしているのか。
いずれにしても純粋なエルフはこのシルヴァラントにおいて人間と関わることはないようだった。
「それより
の話だってば。ハーフエルフが悪くないって、なんでさ?」
しばらく黙っていたジーニアスは意を決したように顔を上げる。
見上げられる形になって真摯な姿はどこか、何かを訴えているようにも見えた。
「ハーフエルフが悪くないと言うか…ハーフエルフでも、悪くない人がいる、っていったらわかりやすいかな」
はジーニアスの隣に腰を下ろす。自然と彼の視線も追って横に落ち着く。
の言っていることはただの事実だ。
ハーレイの存在がそれを証明していた。だから、改めて仲間の前でそれを口に出した。
ただ、もうしばらくはロイドやコレットの前でうかつな話は控えた方がいいともわかった。
吹き溜まっていたような話をジーニアスの方から聞いてくれたのは少し嬉しかった。
いや、嬉しい、というのだろうか。それも少し違う気もする。
いずれにせよ話す機会ができたというのは喜ばしい方向なのだろう。
「どうしてディザイアンがハーフエルフから構成されているのかは知らないよ。でも、そうじゃない人もいるのならハーフエルフをディザイアンだって決め付けるのはおかしい」
…何かややこしいね、と自分の言い方に違和感を覚えたのか。
けれど理解できないほどジーニアスは凡脳ではない。
は言葉の混乱を整理するように言い直した。
「そもそも「ディザイアン」と「ハーフエルフ」って言葉が別個に存在すること自体がそれらは違うものだって解釈できない?」
「それは…そうだけど…」
呼称が単なる別称でない以上、それらは本来別の意味を持っていたはずだ。
「私の中では「ディザイアン」は組織名、「ハーフエルフ」は種族名、ただそれだけ。それに、儀式の後に言ったように、私のハーフエルフ像はそんなに凄惨なものじゃないんだ」
「それだよ!ディザイアンはあんなにひどいことをしているのに…どうしてそう思えるわけ!?」
「…ジーニアス」
話はどうしても戻ってしまう。
彼は何を自分に求めているのだろうか。
おそらく、先ほどから繰り返している事実ではないのだろう。
「どう、思って欲しいわけ?」
「…っ」
唐突に思い出す。彼が12歳の少年だということを。
少年といわれながらもジューダスをそう思ったことはなかった。彼はにとって年齢如何によらずいつでも対等な一個の人間だ。
けれどジーニアスは彼とは違う。
まだ、子供だ。
大きな瞳が何かにすがるように歪められると
はそれ以上は自重しなければならない気分になった。
もしかしたら彼は、
彼らは…
「別に、どうも…ただ、聞いてみたかっただけだよ。ハーフエルフのことをよく言っている人間なんて、見たこと無かったからさ」
いつものように軽口を叩くジーニアス。
けれど少しだけ最初の声は震えていた。言い終わればいつもの調子だったことには安堵する。
視線が挑むような強気なものに戻っていた。
「そう?私は…結構好きだけど」
「好き!!?」
「うーん、実際会ったことはないからなんとも言えないけど…人間って魔法使いみたいな存在にあこがれるところがあるんだよ。エルフでもハーフエルフでもそれは同じだし長所は認めるべきだ」
卑下ではなく素直な感想だ。
人としては同等だと思うが、「人間」にない力や知識を持つのはやはり尊敬に値する。
けれどそれが恐れになるからこそ差別にも繋がるのだろう。の場合は好奇でしかないのでそういった価値観に傾かないというだけだ。
「あ、でもハーレイさんはちょっとイメージと違ってたね」
機械をいじっているところを見ると、発明のようなことはしているのだろうが格好と性格はむしろ「江戸っ子」を髣髴させた。
少なくとも魔法を使っているようには見えない。
職人気質、というとドワーフの方が近くなってしまうではないか。
それを話すとジーニアスはぷっと吹き出した。
「確かに…あの人、物凄く元気そうだよね」
「ジーニアスは、ハーフエルフだって言うだけでハーレイさんのこと嫌いになりそう?」
少し悩んでから…彼は首を横に振った。
「そうだね、その人がどんな人かは実際話してみないとわからない。
でも…こんな話は人前では、なかなかできないね」
「うん」
先ほどからどうしても聞きたくて聞きたくてしょうがない、といった風だったのは結局、そういうことなのだろう。
ロイドやコレットに、話したくても話せないこともあるのだ、きっと。
ふっとジーニアスは瞳を細めると膝を抱えるようにして笑った。
「
って変な人間だね」
「…………………人間から言われると全くなんとも思わないけどエルフのジーニアスから言われると、そうなんだろうかと思ってしまうから不思議だ」
「えっ、あ、そういう意味じゃないってば!」
必死に否定する。
きっと賛辞と取ってよいのだろう。初めから蔑みには聞こえていないが。
思えば種族の壁、など久しく目にしていなかった。
少なくともリオンの世界ではそういったものはなかった。
ジーニアスやリフィルは同じ「人」だとは思うが、確かに区別されているのだと感じた。
こちらが区別しなくても、あちらが区別する。
そういうこともあるのだろうし、それは人間の中だって同じことだ。
「風に当たりに来たけど…夜の風は冷えるね。そろそろ入らない?」
「うん、そうだね」
はじめにみつけたのとは違う笑顔でぱっと立ち上がってジーニアスは軽い足取りで階段を上った。
扉を開けると暖かな空気が流れ出て、宿の受付嬢がおかえりなさいと声をかけてくれた。
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