27.侵入
牧場の壁の向こうには右手に大きなコンテナ、左手に高い鉄線に囲われた「放牧場」があった。
グラウンドのような整地された土地の中で、囚人服を着た人間たちが老若男女いとわず働かされている。
「何をだらだらしてるんだ!お前たちは大人しく仕事をすればいいんだよ!」
ぴしゃりと鞭を片手に持ったディザイアンに恫喝されて一度は萎縮し、人々はまた動き始める。
「ロイドを連れてこなくて正解ね。余所見しないで歩けるかも怪しいわ」
ルインの取りこぼしとして
を捕らえた、ということにして既にディザイアンの格好をしたリフィルはの服の端を引いて奥へと進んでいく。
人間牧場の中は空調がきいていて風は流れていなかった。
つまりそれくらい密閉された空間と、その空間を人為的に調整する技術があるということだ。
それこそリフィルが遺跡モードにならないかと今更思ってみたが、その心配もなさそうだった。
も着替えてしまえばなんのことはない牧場内をうろつくのは難しいことではなかった、
彼らにとって味方は絶対のものであるようだ。リフィルがそれとなく話しかけると他愛もない話ではあるが、いくらか情報も入ってきた。
「脱走するなんてバカな連中だ。クヴァル様は五聖刃の中でも特に残忍なお方だというのに」
「その脱走した連中の回収は全て済んだのかしら?丁度出かけていてまだ聞いてなかったのだけれど」
「あと一匹だけらしい。まぁ逃げ延びたところで生き延びはできんだろう。エクスフィアが暴走するか、吸い尽くされるかで終わりだな」
さすがリフィルというべきか、探りいれは彼女に任せては館内にある見取り図などを眺める。
牧場は東西二つのエリアに分かれていた。
東側はこれといっためぼしい施設がないので居住区か何かだろうか。中央に制御室を挟み西側には何かの生産施設、その奥に管制室がある。
「
、行きましょう」
「あ、待ってください」
見取り図はスクリーンとして投影されていた。
ご丁寧にも検索機能があるようだ。文明が進んでいるということはそれだけユーザフレンドリーの技術も進んでいるということで、仕組みを知らなくても特定の手順さえ踏めば誰にでも使うことができる仕組みになっているのも道理だった。
タッチパネルのように指で触れると情報が引き出される。
外部への出入り口がライトグリーンの光で明滅して示された。
「あら、ここ…作業用の経路かしら」
リフィルが目を留めたのは制御室に程近い細い通路の奥だった。
中央エリアに近いのに、出口とは…
「行ってみましょうか」
二人は堂々と通路を進んでいく。
むしろそうでないと怪しまれるからだ。
ただ、そのせいで周りはおいそれと見渡すことは出来なかった。
ふと。
は足を止めた。
その視線の先には巨大なスモークガラスがある。
「
、早く行きましょう」
目的の場所はすぐそこだ。
必ず何かある。
勘でそちらをのぞいてみたい気分に駆られたがそれは叶わなかった。
閑散としたフロア。
そこでもう一度、ディザイアンが来るまで地図を確認してから通路をひとつ挟んで、二人はひっそりと隠された通路へ侵入した。
通路の先はいかにも使われていない非常用の通路だった。
ひんやりとしたどこか湿気を含んだ通路に人影はない。
その行き止まりにあるのはオートロックらしき扉だった。
パネルのついた壁にはカードが刺さったままだ。
そのカードを使い施錠を外して、リフィルと
は外気を吸った。
そこはもう高い塀の外だった。
「…脱出できた人もここをみつけたのかも」
「そのようね」
ひとつだけまろぶようについている木の葉の下の足跡をみつけてリフィル。
まだそう古くはない。間違いはないだろう。
はその足跡をにじって消した。
「さ、みんなのところへ戻りましょう」
ヘルメットだけはずして足早に離れる。
しかし、大人しく待っているはずの彼らはどこか騒然と森と草原の境界でルインの方を見ながらせわしなくやり取りをして見えた。
「どうかしたの?」
「あっ先生!」
「今、クララさんが!!」
コレットが追わんばかりに草原の向こうを指差している。
ふたりもそちらを見るが、もう何も見えなかった。
「ルインに向かったようだな」
「ど、どうしよう」
ドア総督との約束の手前、なんとかしたいのもわかる。
けれど牧場への侵入は迅速に行わなければならない。
ディザィアンに気付かれては危険が増すばかりだ。
「どうしようもないだろう。お前たち、何もなかったか」
「うん。今ならすぐにでも侵入できるよ」
どうやら追おうとするロイドたちを制止していたらしいジューダスとクラトスが二人に向き直ると、残りの皆も本来の進路へと向き直った。
「すぐにでも?」
「えぇ、非常用の扉を開けるカードを手に入れたわ。この機を逃す手はなくてよ」
ちょっと悩むロイドの後ろでコレットが名残惜しむように草原を振り返っている。
もう、その時点で決は採られたようなものだった。
「よし、行こう」
太陽は、沈むにはまだ早いが暮色は西の空に薄く気配を出し始めていた。
「手薄だな」
「ルインを滅ぼしたばかりだから…敵なんかいないってことじゃない?」
鋭く目配せしながら辺りを把握するジューダスの声を聞きながらは彼を振り返った。
変装していたとはいえ外部のものがうろうろできるのだから、意外に外は鉄壁中は緩やかなのかもしれない。
さっそく出た場所はといえば、半時ほど前に通ったフロアの側面にあるのであろう場所だった。
広いが暗く人気のないフロアはどこからか聞こえてくる低い機械の稼動音の他は沈黙にほど近かった。
「ここはエクスフィアの製造所なのね」
「…そのようだな」
彼らの行く手には先ほど
が目をつけた大きなガラス。
先ほどは見られなかった、あの場所と同じ。
「これが全部、エクスフィアか。すげぇなぁ…」
ロイドは言うものの、隣室を隔てる一枚ガラスにはスクリーンのようにスモークがかかっていてそこにどんな形状のものがあるのか、後ろにいるにはよくわからなかった。
ただ、機械の合間に黄色の物体がごろごろと転がって山積みになっているような様子だけは見て取れた。
退いたので入れ替わりに近づいてよくみれば、ディザイアンたちが警備する中、ベルトコンベアの上に無数のブロックが乗っている。
クラトスとリフィルが入り口とは逆の低い階段向こう、更にフロアの奥へ続く扉の方へ進む。
と、ふいにコレットが声を潜めてひとさし指を口元に運んだ。
「…しっ。隣の部屋から、声が聞こえる」
「何も聞こえないけど…」
「いや、気をつけろ」
遅れてリフィルたちの方に駆け寄ると奥の部屋から、あわただしい気配で顔を露にした体格のいい男とディザイアン2人が現れた。
「ぬっ! おまえたちは!」
「やべ、こいつらトリエット砂漠で会ったディザイアンだ!」
「まだ我らをディザイアンだと思っているのか」
在外冷静な声で下っ端と思しきディザイアンと何ら区別のない服をまとった男が怜悧に言い放つ。
先頭に居た大柄なディザイアン…いや、今の一声を鑑みるにハーフエルフ、というべきか──は、構えを解いて片手を右の腰にあてがうと雄然と彼らを見渡した。
「しかしボータさまこれは好機です!」
もう一人のディザイアンの姿をした者が言った。
「…来るか?」
ロイドが鞘に手をかけて腰を落とすとボータと呼ばれた男は後ろから一歩進み出た。
ライトの下に出ると精悍な顔つきが照らされて露になった。
その薄い瞳がまっすぐに彼らを抜け、部下を制止する。
「待て。…クラトスがいる。ここはいったん退くのだ」
「…知り合いなのか?」
「さあ?…イセリアとトリエットで顔を合わせただけだが」
明らかに白々しい。
しかし、ロイドたちはそれを取り合おうとしなかった。
妙な心地悪さの違和感に知らず眉を顰める
。
「ここは、お互いのため引きましょうぞ」
「勝手にするがいい」
ボータとクラトスはひとたび真っ向から向き合うと、それだけ言葉を交わし今たちが通ってきた扉へ向かった。
しかし。
「!」
その行く手にある扉がふいに開いた。
「コレット!」
振り向けば一番後ろにいたコレットの正面にディザイアンのアンクショナーと呼ばれる兵士が3人。
待ち伏せていたかのように魔術が放たれたが素早く向き直ったクラトスの剣がそれを阻んだ。
「私なら、だいじょぶ」
「それより、後ろだ!」
「え?」
こちらも狙ったように開く。
コンベア側の扉がスライドし、痩身の男が一人現れる。
「ほう、これは驚きました。ネズミと言うからてっきりレネゲードのボータかと思いきや、手配書の劣悪種とは…。
今の魔法を喰らって生きているとはさすがと言っておきましょう」
よくしゃべる。
忌々しそうに眉を寄せたジューダスはある種の嫌悪感を抱いたようだ。
にやりと上がった口角はどこか狡猾そうな雰囲気を男の顔に漂わせていた。
同時に、一般兵とは格が違う風格すらも。
「おまえは何者だ!」
「人の牧場に潜入しておいて何を言うのかね」
「…いつもと逆だね、ロイド」
この期に及んで余裕綽々な口を聞いているジーニアス。
「おまえなー!こういうときになー!」
意外にもまじめにロイドに怒られた。
「ひょっとして、ディザイアン五聖刃…」
「そうだ、この牧場を掌握する五聖刃、クヴァルだ」
自分の牧場、といったからにはこの牧場の主だろう。
の呟きにクラトスが視線をひたと動かしもしないでそう継いだ。
「はは、さすがに私の名前はご存じのようですな。
なるほど。フォシテスの連絡通りだ。
確かにそのエクスフィアは私の開発したエンジェルス計画のエクスフィアのようですね」
後半は独りごちただけなのだろう。
意味は理解できなかった。
ただ、線のような細い視線はロイドのエクスフィアに向いていた。
じり、と背後からディザイアンが彼らを包囲すべく距離を縮める。
「…どうする?」
「強行突破だな」
言うが早いか、ジューダスはひらりと身を翻し背後のアンクショナーに一太刀浴びせる。
まさかこの状況で斬りこまれるとは思っていなかったのだろう。
あっけなくディザイアンの術士は倒れた。
は正面のクヴァルに向けて晶術を発動させる。
クヴァルが避け、扉から離れるとしいなも一撃お見舞いする。
戦闘開始への適応の早さはロイドたちを凌いでいた。
「ナイスだ、
!みんな、急げ!」
隙を突いて一気にクヴァルの背後のフロアへ抜ける。
長い通路を走りながら振り返ったが、追っ手は来なかった。
あのクヴァルという男の垣間見えた性格からこのまま進めばとりあえずは振り切れるだろう。
あくまで
から見えた側面であるが、ことを早急に進めるタイプには見えない。
その先にある扉を抜けると、先ほど見た製造ラインの上に出た。
「これからどうしよう?」
「戻るわけにはいかんだろう。とにかくこのまま進むことだ」
先ほどははっきり見えなかったベルトコンベアは蒼い透明なケースを載せて流れている。
その向こうにはレンズにも似た光をたたえた円柱状の光源装置がある。
見張りの視線をかいくぐり、コンベア間の通路の先にある階段を一気に駆け上って、一度上に出ると反対側から折り返すように駆け下りる。
対照的に作られているこのフロアを抜ける扉はその先にあるようだった。
けれど、また階段を上って出たその先には…
ベルトコンベアの上に、無気力に立ち尽くす人間たち。
それが一枚ガラスの向こうで一度柱の向こうに消えるとそこからケースが次々と送り出される。
そんな光景があった。
「な…何だ、これは…」
「エクスフィア、…でしょう?」
の言葉に視線が集まった。
それをちらと見てから
は少し瞳を伏せ、すぐに顔を上げた。
ガラスの向こうの光景は、振り仰ぐ先にあった。
「「人間牧場」。人間を収容して働かせて、エクスフィアを作る。でもエクスフィアの材料って?」
その名の意味は前から疑問であった。けれどそれが晴れた瞬間でもある。
「「牧場」は何かを生育するためにあるものだよね。
──私、見たんだ。クララさんの右手にも
はめられてた。あれはエクスフィアだと思う」
それを考えたら。
必然的に行き着くのはこの牧場の意義。
培養されているエクスフィア、そして、培養の苗床となるもの。
「そ、そういえばマーブルさんも…!」
ジーニアスが顔を青ざめさせながら声を浮づらせた。
マーブルはショコラの祖母。
ショコラは誤解したままだがイセリアの人間牧場でジーニアスと知り合い、そしてクララと同じように化け物と化しながらも最後はディザイアンから彼らを守り、死んだのだ。
ジーニアスの身につけているエクスフィアは彼女の亡くなった跡に残されていたものだという。
「人間牧場、の名たる由縁だな」
「まさか、エクスフィアは人の体で作られているの!?」
目の前の光景から、否定は出来まい。
溜息と共に結論を述べたジューダスの言葉に愕然とリフィルが叫ぶ。
ベルトコンベアは低く一定のうなりを上げながら、人々の悲鳴すら響かせないまま動き続けていた。
「少し違いますね。エクスフィアはそのままでは眠っているのですよ」
「!」
カツ、と音がして通路の影から現れたのはクヴァル自身だった。
相変わらず、その痩せた頬には張り付くような笑みが浮かんでいた。
コンベアを見上げたその瞳は満足そうな光を宿してすら思える。
「奴らは人の養分を吸い上げて成長し、目覚めるのです。
人間牧場はエクスフィア生産のための工場、そうでなければ何が嬉しくて劣悪種を飼育しますか」
「ひ…酷い」
「酷いだと?酷いのは君たちだ。
我々が大切に育て上げてきたエクスフィアを盗み、使っている君たちこそ罰せられるべきでしょう」
一瞬にして瞳から色が消えうせる。
ひんやりと冷たい空気があたりを取り巻いた気がした。
その背後に控えた兵士がざっ、と靴を鳴らして命令を待っている。
「ロイド、君のエクスフィアはユグドラシル様への捧げ物。返してもらいましょうか」
「ユグドラシル…それがあなたたちディザイアンのボスなのね」
「そう。偉大なる指導者。ユグドラシルさまのため、そして我が功績を示すため
そのエクスフィアが必要なのですよ!」
「またか…!俺のエクスフィアは、一体…」
「それは私が長い時間をかけた研究の成果…
薄汚い培養体の女に持ち去られたままでしたがようやく取りもどすことができます」
「ど、どういうことだ?培養体の女って、まさか…」
「…そうか。君は何も知らないのですね
そのエクスフィアは母親である培養体A012
人間名アンナが培養したものです。アンナはそれを持って脱走した。
もっともその罪を死であがないましたが…」
「おまえが母さんを…!」
「勘違いしてもらっては困りますね。アンナを殺したのは私ではない。
君の父親なのですよ」
「うそをつくな!」
相変わらず、薄い笑みを浮かべるクヴァルにロイドは大きく手を振り否定する。
けれどその否定も事実の前には気休めにもならなかった。
告げられる真実。
クヴァルの声は淡々と、続ける。
「うそではありません。要の紋がないままエクスフィアを取り上げられアンナは怪物となった。
それを君の父親が殺したのです。
愚かだとは思いませんか」
この牧場の主は誰に同意を求めているのだろう。
もとよりそのつもりなどないに違いない。
壁際に並ぶロイドたちに、それぞれ形は違えど不快な思いの外はない。
しかし、意外なことにそれを咎めたのはクラトスだった。
「…死者を愚弄するのはやめろ」
唸るように、けれど確かな鋭利さを感じた。
それはまるで獣が敵に飛びかかる前の威嚇のような。
それも残忍と称されるクヴァルには歯牙にもかからぬようではあるが。
「くくく…!所詮は二人とも薄汚い人間。生きている価値もないウジ虫よ」
「…父さんと母さんを馬鹿にするな!」
まだ見ぬ父に、そして母を貶され対する勢いだけはあるものの、ディザイアン兵は包囲を狭めただけだった。
「ここはあたしにまかせな!」
しいながじりじりと狭められる方位の側へ一歩踏み出し、札を胸元から取り出した。
「…おじいちゃん。
最後の一枚、使わせてもらうよ」
ぽつ、と呟くと式神が現れ、眼前を白い煙が覆う。
早く!というしいなの声に連れられ通路に走る細い溝へ飛び込んだ。
喧騒と、しばらくして「消えた!?」というディザイアン兵の狼狽した声だけが後を追って遠くから聞こえた。
しばらくは誰もが沈黙を守っていた。
足音がいくつか遠ざかって何も聞こえなくなると高い青色の壁に囲まれた暗い空間がしん、と静まり返る。
通路、でもないだろう。
それより施設と施設の間に落ち込んだ場所と言った方が良いのかもしれない。
そんな場所で顰めるように最初に声をあげたのはコレットだった。
「しいなありがとう 」
「いや。そんなことはいいけどさ。…どうするんだい?」
「このままひきあげる訳にはいかないだろう。それよりも進むべきだ」
警備も厳しくなっているはずだ。
いまさら脱出するより牧場ごと破壊した方がいいのかもしれない。そもそもそれが目的だ。
はいつもより低く、どこか暗いクラトスの声音に無言で頷いて同意を示す。
反して、たった先ほど見た光景に意気消沈したようにジューダスを除く全員が、今しも壁に寄りかかって座り込んでしまうような疲労の色を浮かべていた。実際、ロイドがずるずると腰を下ろすと皆、思い思いに体を休める態勢になる。
どこからかコンベアの稼動する低い音が響いている。
薄暗い空間が、更に青暗さを増したようだった。
「それにしても…エクスフィアが人間の命からできてたなんて」
口火を切ったのはやはりしいなだった。
ジーニアスが自らに刻まれた要の紋に視線を落とす。
その真ん中にはきらりと光を放つエクスフィアがあった。
「これ、マーブルさんの命なんだ…」
「こんなもの…こんなもの!」
突然に。
ロイドが立ち上がってグローブごしにエクスフィアを握りしめた。
引きちって床に叩きつけらんばかりのその手をコレットが止める。
「待って、ロイド。これを取ってどうするの?
このエクスフィアはロイドのお母さまの命でもあるんだよ」
「でもこんな、人の命をもてあそぶようなもの…」
「しかしこれがなければ我々はとうに負けていた」
とジューダス以外の全員が身につけているもの。
それは大きく彼らの身体能力を増強させている。
人二人分の力と思えば当然と言えば当然の効果なのかもしれない。
しいなはどうかわからないがおそらく彼女も身につけているだろう。
今までの口ぶりから、エクスフィアに疎いようには思えなかった。
「わかってるよ、そんなの!
でも確かにエクスフィアは誰かの命を喰らってここに存在してるんだ!」
「それがどうした。犠牲になったものだって好きで犠牲になったわけでも
エクスフィアとなった挙げ句捨てられることを望んだわけでもないだろう
」
クラトスの発言に握られた手が止まる。その隙を縫うようにコレットがそっとグローブに手を重ねながらロイドの瞳としっかりと捉えていた。
「私、自分がエクスフィアを使っていないからこんなこと言うのかもしれない。
でも聞いて。今、私たちがエクスフィアをすてればディザイアンに殺されちゃうと思う。
そしたらこれからもたくさんの人たちが、こんな石に命を奪われちゃうんだよ
私、そんなのいやだよ。
何のために世界再生の旅に出たのかわからないもの」
「コレットの言う通りだ。
エクスフィアを捨てることはいつでもできる。
しかし今はエクスフィアの犠牲になった人々の分まで彼らの思いを背負って戦う必要があるはずだ。おまえはもう迷わないのではなかったのか?」
「だめだ…!理屈ではわかってるんだよ。でも今は…」
「いいんだよそれで」
ロイドの、だけではないだろう誰もかもの意表をつく声を上げたのは。
「え…」
「言われて「はいそうです」、なんて言うようじゃまたいつだってぐらつく。納得行くまで考えたほうがいい」
「
…」
火が消えたようにロイドの顔から怒気が消えた。
かわりに消沈した疲労の色が眉間に浮かぶ。
本人が本当の意味で「わかって」いないのに周りが行く先を押し付けても同じことが繰り返されるだけだ。
しかし、残念ながらあまり悠長に考えている時間はない。
それはロイドにもわかっていることだった。
彼はエクスフィアに視線を落としたまま、何かを問いかけているようだった。
「お前ならどうなんだ」
「え?」
沈黙を破ったのはジューダス。
薄い闇の中で紫色の怜悧な瞳が僅かな光を捉えて正面から見据えた。
「もしもお前がエクスフィアに命を取られたとしたらお前はどうしてもらいたい?」
「…俺は…」
迷うように再び視線が落ちて、その顔からふと、戸惑いが消えた。
次に上げられた顔には、自分なりに答えを導き出したように落ち着いて見えた。
「もっと生きたい。せめて、生きている人の…力になって」
「ならそれが答えだろう」
「…」
人はそこに思いを投影する。
それがただの石であったとしても、そう思った時からそれは意味を抱くものになるのだろう。
「この左手に宿る母さんの分まで、俺は生きてやる」
「それは、戦うということだな」
クラトスが念を押すように低く確かめた。
「ああ。そしてこの連鎖を断ち切る。
母さんやマーブルさんみたいな人を増やさないためにもコレットの世界再生を手伝う」
「…うん。そうだね。ボクもマーブルさんの分まで頑張る」
「私も。私も早く世界を再生する」
「生命は生命を犠牲にする、か。うまく言えないんだけどエクスフィアを作るために犠牲になった人たちはそれとはちがう気がするよ」
新たな決意を込めてジーニアスが、そしてコレットがロイドの手を取った。
それを眺めながらどこか遠い目でしいなが呟いた。
