28 クヴァル
ロイドたちは人目をしのぶ経路をたどり、やがて、通路と通路をつなぐフロアへと出ていた。
真ん中に円形のプロジェクタ。
青い燐光が無機質な暗い天井に向かって延びている。
「これは…」
リフィルが駆け寄ってしげしげと眺めた。
黙って顎に指をあてがい考えていたが
「とりあえず牧場の全図を出しましょう」
そう機械の手前についているパネルを叩いた。
燐光の中にオレンジ色のブロックが現れる。見上げる位置だ。
そうしていると徐々に緑、黄色赤とポリゴンは増えて透明な積み木を積み上げたように建物の形になった。
「先生すげ〜」
「へぇ、こっちの人間にもまともに機会を使えるやつがいたんだね」
「こっちの人間?」
「あ、いやこっちの話さ」
迂闊だよ、しいな。
それは素直な感嘆だったが
はそれだけで確信を得る。
「こっちの世界」ということはつまり「あちらの世界」が存在するのだ。
何かしらの形でシルヴァラントに干渉し、かつシルヴァラントの人間にそれと知られない文明を持つ世界が。
しかし、彼女の姿を見るからに天地戦争時代のような高度な科学文明とは思えない。
シルヴァラントに似た世界だろうか。
未だ見ぬ世界に
は想いを巡らせる。
「ここが私たちのいる場所よ」
リフィルの声で我に返ると牧場の全図を移したその中央で、紫桃色のキューブが明滅している。
その右側に中央のホールを挟んで左右対称に奥の建物へと延びる通路を持つ長方形の建物、向かって左側にはその倍はあろうかという広さの建物と、その奥に2つのフロアがあった。
「そして、クヴァルはここにいるはず」
言わずもがな、一番再奥の緑色の建物だった。
右のエリアはこの間通った牧場、左は製造工場といったところだろう。
「どうやらクヴァルのいる部屋に行くにはガードシステムを解除する必要があるようね」
「がーどしすてむ?」
「あの手前の部屋ですか」
は広い黄色のエリアと、緑のフロアを繋ぐ薄ねずみ色の小さなフロアを見た。
「そう、ここよ」
ちょうど「申」という形をした部分が点滅する。
「このガードシステムを解除しない限りクヴァルには近づけない」
「どうすりゃいいんだよ」
「慌てるな。どこかに解除するスイッチがあるはずだ」
もう切羽詰ったような声を上げるロイドをクラトスが諌める。
黙って手元とポリゴンを交互に見つめていたリフィルの手が止まった。
「あったわ」
再び視線が集う。
それは右のエリア。
丁度人が両手を挙げたような形のその端に2つ仄白い光がついた。
「この左右の通路の先に2つのスイッチがあるでしょ」
ということは二手に分かれろ、ということか。
展開を知っていてもいなくても
は先読みをする。
「これが解除スイッチよ」
「それじゃ早速、解除しにいこうぜ」
「ちょっと待て。クヴァルのいる場所までルートを洗い出せないのか」
せっかくの技術の粋だ。利用しない手はないとジューダスが踏み出しかけたロイドを止める。
「うーん…ベルトコンベアで立ち入れなくしてあるようね」
「そんな子供じゃあるまいし、コンベアの使い方間違ってない?」
「…ま、まぁそうだけど」
の的確な、けれど方向性の違う呟きにリフィルは腕を組んだ。
「制御装置を止める必要があるわね」
「ベルトコンベアのか」
「えぇ、ベルトコンベアの」
そういわれると間抜けな間でジューダスも渋い顔をした。
「そんなもの壊してしまえ」
「ジューダス…お前、時々過激なこと言うのな」
必要とはいえ馬鹿馬鹿しいと思ったのだろう。
コンテナが運ばれている間は装置に近づけない。
そんな困った部屋に管理者がいるというのはどうなのだ。
「とにかくそれを止めるスイッチは…」
ヴィン、と電子音がして
「!!」
その時鮮烈な光がフロアを一瞬、赤く染め上げた。
全員が顔を上げるとまた、光る。
警報装置だ。
「ハッキングがばれたみたい」
「まずいよ、すぐディザイアンたちが来るよ!」
「くっそ」
焦りを浮かべたロイドを振り返りリフィルは小さく嘆息した。
「仕方ないわね。システムの解除班と侵入班に分かれましょう」
「またか」
「なんだい、そのまたって」
「別に。だったら僕は侵入班へ入るぞ」
珍しくジューダスが積極的に希望を述べた。
希望と言うか、もう決定事項か。よほどコンベアを止める役が間抜けに見えたのか。
「じゃ、私も」
「えっ
は駄目だって!」
「どうして」
「危ないだろ!」
…どっちに行っても危ないと思うが即答したのがまずかったのだろうか。
ロイドにさしたる理由もなく止められてしまった。
「クヴァルは一筋縄ではいかん。腕に覚えのない者は解除班にまわるべきだな」
「じゃあやっぱりクヴァル班」
「「
!」」
今度はジーニアスとコレットから。
この3人はどうも人が危ない方を選ぼうとすると反射的に止めようとするらしい。
今回はなぜか、ジューダスから反目はなかった。当然とばかりに冷ややかにお子様3人組を視線だけで見やっている。
「じ、じゃあ僕だって!」
「あたしもそうさ」
どう見ても強がり半分のジーニアスに続いてしいな。
けれど彼女の顔は本気そのものだ。
「コレット、あなたが決めて頂戴」
埒が明かないと思ったのかリフィルは神子に選択を任せる。
「え?えっと…じゃあ」
皆を見渡すコレットを必要以上に真剣に見ていないのはリフィルとジューダス、くらいのものだ。
「ロイドに任せます」
おい。
「え、オレ!?」
予想外だったのか大きく姿勢を崩したロイドだが、コレットがにっこり笑うと真剣な顔になった。
「オレはクヴァルのところへ行く。母さんの仇が打ちたいんだ」
「あとはどうするの?早く決めないと」
急かされてロイドはこれで決める、と言う目で仲間を見定めた。
「ジューダスとクラトスは一緒に来てくれ。後は解除班へ」
「嫌」
「「……」」
そういったのは他でもない
である。
「なんでだよ!」
「先生は解除班だよね。コレットとジーニアスも回ってもらった方がいいと思う。で、しいな」
「なんだい?」
「護衛ってことでいざと言うときはお願いできる?」
「…いいよ、あたしだったら尖兵も出来るしね」
「ほら、これで4対4」
「…」
「コレットはどうだか知らんが、僕らはお前に指示をされる覚えはない。諦めるんだな」
諦める、というほどのことではないのだが、う〜と唸ってロイドは眉をしかめている。
反論する理由がみつからないのか誰も味方しなかった。
「そうね、システムが動かせそうな人間もそっちに居たほうがいいわ。どちらにしても私たちを解除班に回すつもりだったのでしょう?」
「へぇ、ロイドって意外にフェミニストなんだねぇ」
「和んでる場合じゃない。決まったのなら行くぞ」
率先してクラトスが動いた。
西の棟へ。
その足取りはいつになく素早く、大きかった。
ポリゴン上では一際大きく見えた西棟は、おそらくは保存庫だった。
蜂の巣のような八角形のブロックが高い天井まで壁そのもののようにそそり立つ。
無機質この上ないそんな光景が何列かあって、無人の沈黙の中を時折巨大なクレーンが行き来していた。
人の大きさほどもある巨大なカプセルを持って。
それが八角形に区分けされた壁に収容されるのだ。
「…エクスフィア、か」
ジューダスが呟く。
あの大きさではまだ人間のままなのだろう。
そう思うと気分が悪くなった。
「この牧場の人も逃がせるかもしれない。止めよう!」
ロイドの言葉に
は手近にあった機械に触れて停止させる。
その先は、カプセルの流れる手入れの行き届いた広大な工場で、やはり収容所は制御室の方だと確信する。
衛生面でもそれはわかった。
ここでは人間の扱いの方がエクスフィアよりぞんざいだ。
やがて、似たような通路を抜け、ベルトコンベアを抜けるとそこは制御室だった。
ざっと見、マグニスのいた制御室と作りは同じだろうか。
曲面の壁に青い燐光。
天地戦争時代のような技術の粋を感じさせるフロアだ。
その奥のプロジェクター…ロイドたちからすればそれが何を意味するのかすらわからないだろう──の前にクヴァルと、その正面の淡い光の中に女の姿があった。
「それがロイドかえ?」
女はどこか艶のある独特のイントネーションで見渡してこちらに気づく。
その韻に滲むのは余裕、だろう。
妖艶ともいえる空気をかもしながら女はそれでもクヴァルと話を続けた。
クヴァルもまた、眼中にないというように自ら問いかける。
「話を逸らさないでほしいですね。
プロネーマ、あなたが私の元からエンジェルス計画の研究データを盗み出したことは明白なのですよ」
エンジェルス計画。
一番しんがりにいた
の目がすっと細く、遠くなる。
うかつではないだろうか。敵対する人間を前にそんなキーワードを披露するとは。
の中でいくつかのパーツが、推測ながらも何らかの確信を得て繋がり出した瞬間でもあった。
しかし、プロネーマと呼ばれた女は微笑みすらしてそれを否定した。
「しつこいのぅ。わらわは知らぬと言っているだろう」
「
…強情な。さすが、五聖刃の長の座をかすめ取っただけはある」
細い眉を不快そうに動かして、…もっとも、ロイドたちからそれは見えない──クヴァルは改めてホログラフを見上げる形になった。
「プロネーマよ。この劣悪種からエクスフィアを取り返せば五聖刃の長は私となるでしょう。その時に後悔しても遅いのですよ」
「寝言は寝てから…と申すな。
そなたこそロディルの口車に乗って何か企んでおるようじゃが」
牽制しあっている。
五聖刃といえど結束は固くないようだ。
黙って見守っていたがロイドの剣が鳴るとクヴァルの注意はようやくこちらへ向いた。
「ユグドラシル様の目、そうそうごまかせると思うでないぞぇ」
ピ。
通信が切れたのか、クヴァルの背にそれだけ低く投げかけると女の姿は消えた。
「……のことが漏れたのか?」
ふん、と鼻を鳴らして何事かひとりごちたが細い瞳を更に細めてクヴァルは撫でつけられたグレイの髪をその上から撫ですかして笑みを浮かべる。
「そのエクスフィアを取り返せば嫌疑など晴れるでしょう! 」
「来るぞ!」
片手に携えていた杖を捧げると部屋の三隅の壁からから青い結晶のような物体がスパークをまとって現れる。
エナジーストーンだ。ほかにディザイアンの姿はなく、無機質な相手にはひそかに安堵する。
「1人1体か」
「クヴァルはあのモンスター一体分のカウントか?」
「私がやる。あいつは五聖刃の長と呼ばれた男だ。侮るな」
むしろ回復役がクラトスさんしかいないんですが、とは言えない位、珍妙なほどクラトスの顔を占めているのは、むき出しの敵意だ。
何があったのだろう。
彼とクヴァルの間になんらかの因果があるには違いなかった。
もっとも相手は覚えていないようである。
クラトスが一足早く床をける。
「五聖刃の長、といったか」
「そうだね」
「五聖刃とやらがどれほどのものか知らないが…」
『今の坊ちゃんには敵わないですね』
絶妙のタイミングでシャルティエ。
クラトスも手誰であるが、相手が魔法使いでは不利だろう。
晶術でエナジーストーンを退けるとジューダスはその間に割って入った。
「止まりなさい。降雷撃!」
「…くっ」
杖をひたとすえると空間がホワイトアウトするほどの雷撃を下すクヴァル。
エナジーストーンの放つライトニングが増幅装置となって、その言葉どおりジューダスは足を止めることになる。
「逃げるか!」
隙を突いてクヴァルは背を向けた。
通路へ繋がる扉を抜けるその後を、今度はクラトスが一足早く追った。
三人も続くが更に両脇からエナジーストーンが現れ足止めを食らうことになる。
「ガードシステムの一端か?」
『きりがないですね』
「だったら、出元を壊せばいいでしょ。プリズムフラッシュ!!」
の声で虚空から槍のようにプリズムが壁面へ向かって降り注いだ。
エナジーストーンが出てきたと思しきパネルが破壊され、ロイドたちが残った敵をけちらし、クラトスを追う。
「クヴァル!」
両の手に剣を携えたままロイドはスライドした扉の正面に叫ぶが、果たしてそこで見たものは
「あ、あと一歩であったものを…!」
そうつぶやいて床に倒れるクヴァルの姿だった。
その正面には、ロイドたちから見て背を向けている形になるのはクラトス。
足元に大量の血痕が塊のように落ちていた。
「クラトス!」
一瞬あっけにとられたが、ロイドが駆け寄ってそれを確かめる。
とにかく目を離していた数瞬のうちに彼はしとめたのだ。
返り血のついた頬は冷たく、長身もあいまってひどく無表情に見下ろされるようでは思わず歩み寄りかけた足を止めた。
「やった、のか…母さんの仇を…」
半ば呆然と、いや、事実を確かめるための時間だろう。その結末にロイドの顔が次第に明るくなる。
「やったな!クラトス」
「あぁ…ありがとう」
「こっちこそ」
の感じたそれは杞憂だったか。
思いがけず彼は礼の言葉を口に微笑んだ。
ロイドが笑顔の後に左手にはめ込まれたエクスフィアを覗き込む。
「母さんの仇を…倒したんだ!」
その時シュン、と音がして通路の向こうに解除班が現れた。
駆け寄ってくる合間に彼らもここで何があったのか察したのだろう。
瞬きほどの笑顔をかわしあう。
けれどリフィルは短く意外な要点だけを述べた。
「ショコラの居所がわかってよ!」
「ホントか!」
思いがけない言葉にそちらへ踏み出すロイド。
だが。
「危ない!」
ロイドに向かってコレットが叫んだ。
とたんにコレットはロイドではなくその背後へと手を伸ばして滑り込む。
皆が振り返り、そこに膝で立ち上がるクヴァルの姿を認めた。
「コレット…!?」
「だいじょぶ?」
「あ…ああ…
だけど、おまえ… 」
「私なら、だいじょぶ」
どこに余力を残していたのか、舌打ちをして再び司令室へと退くクヴァル。
だが、その目前に突如、しいなが現れ往生することになる。
「…ゆるさねぇ!」
素早く剣を抜いたのはロイドだけではなかった。
それよりはなれたところから数瞬早く抜いていたクラトスとロイドの剣が時を同じくしてクヴァルを貫いていた。
「クラトス…この劣悪種がぁっ…!」
「その劣悪種の痛み…存分に味わえ!」
それこそ憎い敵を前にしたような形相で、クラトスは容赦なくクヴァルの体を袈裟懸けに斬りつけ、今度こそクヴァルは動かなくなった。
「…地獄の業火の中でな」
まただ。
見下ろす冷たい表情。
ロイドのように激昂した怒りではない。
いつも冷静な人間だからこそ、怒りは静かに、だがより大きく見えた。
けれど、機微は気づく人間にしか気づかない。
仲間たちの注意はコレットに向かっている。
「コレット!あなた、この傷…! 」
「コレット! 傷は…」
「心配してくれて、ありがと。でも、ホントにだいじょぶだから。
なんかね、痛くないんだ。エヘヘ、おかしいよね? 」
「無事な訳ないよ! 先生!
アンタ癒しの術を使えるんだろ!? 」
口々に心配をする声にコレットは気のない笑いを見せる。
こちらも袈裟懸けに近く見るからに大丈夫などというものではなかった。
「ええ…。だけど…! 」
リフィルですら戸惑うほどだ。
笑っているコレットにロイドは眉をしかめるとこぶしを握る。
「俺はもう我慢できないからな。
みんな、聞いてくれ!コレットには今、感覚がないんだ 」
「な、何?どういうこと? 」
まったく気づかなかったのか、それとも気づいているものもいたのか。
仲間たちを前にロイドは知っている全てを告げた。
