コレットは天使に近づいている。
眠ることも、必要なければ
暑さも寒さも痛みも感じることができない。
涙すらも出ない。
天使になるのは、人間ではなくなるということ。
Interval 生きているということ
ロイドが語ってもおそらくコレットの「痛み」を語るには不十分だった。
なぜならそれでもコレットは笑っていたから。
牧場はアスカードのように自爆させることにした。
収容されていた人々はすでにリフィルたちが逃がしたらしい。
コレットのこともあり一番近いルインに戻ることになり、その夜。
「封印を解放して天使に近づく度に、人間らしさは失っていく、か。天秤にかけたら、それでもコレットにとっては天使化の方が重いんだね」
「使命を持って生まれた人間の宿命だろ」
『そうですかねぇ。僕なんてソーディアンになっても大して変わりなかった気もしますけど』
興味なさそうに答えたもののジューダスは、続けて聞こえてきた「三人目」の声に苦笑した。
食べること、涙を流すこと、それらを失ってもどこまでも人間らしいソーディアンがここにいる。
眠る必要すらないのに習慣で眠っているシャルティエを疑問にも思わなかったが、今は妙に笑ってやりたい気分だった。
「シャルは十分人間っぽいから。コレットはあのままだと、人間性もなくすのかもね」
今の言葉はよくよく考えないと捉えづらい。
けれどよく考えれば考えるほど理解しがたくなるのがまた奥の深い問題だ。
ジューダスは沈黙するより雑談として話を続けることに決める。
「お前の言う人間性とは何なんだ」
「シャルを見ていてわからない?」
結局同じことを考えているようだった。
「人間じゃなく人形になる。なんとなくそんな気がしてならない。考えすぎかな」
否定はできなかった。
けれどコレットはそれを承知で選んでいるようだった。
そうでなければとうに気が狂っているだろう。
神子として、幼いころから献身の教育を受けていたのかもしれない。
事実は計り知れないが。
『でも、今はちょっと大変だけど「完全に天使になったら過ごしやすくなるかも」、とは言ってましたよね』
「レミエルがそうだからだろう。あれが過ごしやすそうだとも思えないが」
「全くだね。結局、つらいってことも感じなくなるだけの話じゃないか」
『「「!」」』
意外な闖入者にジューダスも
も一瞬言葉を失う。
しいなだった。
シャルティエの声は…聞こえていなかったのだろう。
背後の暗闇から現れたしいなはそのまま話に加わってきた。
「疲れたら寝たいだろ。
好きだったものの味を懐かしく思ったりさ。
誰かと手を握ってもその人の温かさも感じられないなんて…
信じられないね」
気配を取れなかったのは、ジューダスが気を抜いていたからだけではあるまい。
感情的でありながら、やはり彼女は「忍」であるらしくそれを知らぬままに消していたようだった。
静まり返ったルインの暗い湖畔を見渡せる瓦礫の山に、彼らのすぐ後ろに腰をかける。
「誰かと手を握っても…か。しいな、けっこう意外なこというんだね」
「あ、あたしは別に…」
照れるようにそっぽを向く。
なんとなく彼女の明け透けな態度は、ナナリーを思わせた。
それよりはもっとお人よしな感じもするが、いずれ忍ぶ者に見えないことは確かだ。
は隣に腰を下ろしていたジューダスの手をとる。
暖かかった。
「そうだね、確かにこういうものはわかる方が幸せかも」
「あんたたちねぇ」
その意味をどう取ったのかしいなは頬をうっすら赤くしたまま、
「恋人なのかい?」
「ばっ馬鹿を言うな!」
ものすごい勢いで手を引き剥がされてしまった。
「そんな力いっぱい否定しなくても」
「じゃあ肯定しろというのか」
「いや、普通に言えばいいんじゃない?」
『ぷっ…くくく…』
お門違いなやり取りにシャルティエが耐えられなくなったらしい。
どんなに抑えても聞こえない距離ではないが、やはりしいなには聞こえていなかったようだった。
ジューダス、閉口。
「大体なぜそうなるんだ」
と思ったら、彼は矛先を変えることにしたようだった。
「黒髪って珍しいけど姉弟ってわけでもなさそうだし、ふとなんだろうって思っただけだよ。
ロイドたちとも少し違うみたいだしさ。で、どういう間柄なんだい?」
ここまで聞いたら引き下がれない、とでも思ったのかもう顔は湖の上を吹く風に冷まされていたがしいなは食い下がってきた。
「…」
「…」
ジューダスが視線だけで見てきたので黙って見返す。
だからといって、何があるわけでもない。
ジューダスは、言葉を選んでいたのだろう。少し考えるように瞳を伏せてからぽつりと言った。
「死線をともに越えてきた仲間だ」
そう、だからなのだ。
が彼の手をとってその意味を理解することができるのは。
しいなの言うように、冷たさもぬくもりも感じないのはどういうことか、おそらく二人は知っている。
「ふぅん?」
だからだろう。
全ての理解はできなくても、しいなは汲み取ってくれはしたようだ。
少なくともそれ以上は踏み入ってこなかった。
は話をコレットに戻す。
「コレットはわかってるみたいだったね。世界再生のために生まれたんだからって言ってたし」
「それが仕事だから、って言われるとまぁあたしにはそれもよくわかるんだけど」
どうしても「けど」で話が終わってしまう。
「けど」そうじゃない。割り切れない。
そういった事実がつきまとっていた。
「妙に諦めがいいのも神子としての教育の賜物なのかね?」
「さぁな」
湖面を渡る夜風が黒い髪を撫でる。
ジューダスは相変わらず、興味があるのかないか澄んだ深い色の瞳を、暗い湖へ向けた。
