今までも…これからも
きっとそうなんだろう。
何一つ変わらないまま、世界は再生伝説を繰り返す。
じゃあ、変わるのはどこで?
29.ユニコーンと神子の系譜
人々は虐殺ではなく「収容」されていたのは幸いだった。
廃墟と化してはいたが、死体があるわけでもなくルインの湖畔の夜の散歩から瓦礫と化した教会に戻ると何かあわただしい気配がしていた。
「どうかしたのかい?」
「あ、しいな!ジューダスと
も…」
小さいながらも人だかりの最後部からジーニアスが振り返って彼らを呼んだ。
その先で対峙しているのは女性とロイド。
「ミコ…ホウセキ…ニンゲン、ボクジョウ…チカ」
「あのな!
アンタはピエトロを守っていればそれでいいのかもしれないけど
こいつのおかげでルインはこんなんなっちまったんだよ。
少しは協力してくれよ!」
「ピエトロだって…彼だって伝えたいことがたくさんあったはずなのに
呪いのせいでこんな風になってしまって…」
「でもその人はまだ生きている
亡くなった人は怖かったことすら伝えられないんだ。
頼む、協力してくれ!」
女性が立ちふさがるようにして隠しているのは男だった。
瞳から生気は消えうせ、明らかにタガがはずれてしまっているようだった。
一見、ちぐはぐなことを口走りながらふらりふらりと体を揺らしている。
「なんだ…?」
「それがさ、次の封印らしいマナの守護塔の鍵をあの人が持ってるんだ。
でも、あの調子でさっきから鍵を渡してくれそうになくて…」
ずいぶんと気の強そうな女性だった。
ロイドの言葉に言葉は詰まらせたものの眉を寄せて今度はだんまりしてしまっただけ
男はルインがこうなる前に牧場から逃げてきた人間だといった。
「呪いって…なんのこと?」
「わかんないよ。だけどエクスフィアが関係あるんじゃないかな」
「じゃあ直してあげるってのは?」
「!」
声を大きくしていたつもりはないが、彼女の耳はその言葉を聞き逃さなかったようだ。
ば、と
の方を向き直ると距離を詰めてきた。
「あなた!彼を治すことができるの!!?」
「いや、私が直すんじゃないんだけど…」
「ミコ…シヌ、テンシ…シヌ」
「…似たような病気の人を治す方法探してるから」
「本当!?」
クララのことだ。
彼女もエクスフィアが暴走したためにあんな姿になってしまった。
その寸出で目の前にいるピエトロが逃げおおせてきたなら治療法は同じである可能性が高い。
つかみかかってきそうなまだ若い女の後ろから凛と続けたのはリフィルだった。
「本当よ。マナの守護塔にはボルトマンの残した書物もあるのでしょう?
だったらそこに行くのが先になるわ」
「……」
考え込むような間。
「ボルトマン?誰」
「マスターボルトマンは治癒術の第一人者といわれている。今は失われた術も研究していた人間だ」
「ふーん、じゃあどっちにしても塔にいくのが先決だね」
クラトスの説明に
が答える。そのつもりはなかったのだが、たたみこみにはなったようだった。
「わかったわ」
再び女に視線が集まった。
「約束して。ボルトマンの治癒術を探して彼の呪いを解くって」
「善処はするわ」
のろいがとける保証はない。
リフィルの事実を踏まえた言い草に、少々不満そうであったが女は黙って頷いた。
「ありがとう、きっとまた来ます」
「お願いね」
コレットが微笑むとようやく口を尖らせながらもそう古びた鍵をロイドに握らせた。
水面から覗くことのできる幻のような白い体躯は見事なものだった。
ルインの南東、ユウマシ湖へ寄ろうと言い出したのは珍しいことにリフィルだった。
その理由が今、目の前にある。
ユウマシ湖は世界で最高の透明度を誇る湖。
確かに水は美しく、そこまで見晴るかす湖中はまるで透明なもう世界の空だった。
そしてもうひとつ有名なのは、「水牢のユニコーン」。
まるで鏡の奥に移った幻影のように湖底にはその姿があった。
「怪我…してるのかな」
がそう思うのはユニコーンがぴくりとも動かないからだ。
倒木と、石柱が幾重にか折り重なって湖に沈んでいた。
ユニコーンはその間に挟まれるように横たわっているだけだった。
「さて、どうしたものかしら」
「どうしたもの、って…何?」
「ジーニアス、私がただ見学のために寄り道をしたと思って?」
「ユニコーンの角にあるという治癒の力を使うつもりか」
クラトスの言葉に頷いて、リフィルは組んでいた腕を解く。
「ええ。そのとおりよ。
ユニコーンの角さえあればコレットやクララさんを助けられるかも」
「そうなのか?」
「治癒術はユニコーンの角を研究したことから始まったと聞く」。
つまりボルトマンの術書にも、ユニコーンのことは載っているだろう。
はちらと湖底の白い影を見た。
「それならなんとかしてユニコーンに近づかないと」
湖底までざっと10mはあるだろうか。ないかもしれない。
けれど、息を止めて近寄るには少々遠い。
向こうから…は、来られないだろう。
やはり動かないユニコーンの身をむしろ案じる。
「でも、どうやってあそこに近寄ったらいいの」
「潜れないかな?」
「潜れてもすぐにあがって来る事になると思う」
の的確な指摘にうぐ、とロイドは口をつぐむ。
沈静状態でざっと2分。普通の人間なら1分がいいところだろう。
それでいったい湖底に潜ってどうするというのか。
不毛な行動に
はため息をついた。
「…方法は、なくはないよ」
手を挙げたのはしいなだった。
みずぐもだったら水上歩きだしな。と少々お門違いな発想に自分で笑ってみる。
「どういうこと?」
「精霊の力でも借りて、水のマナを操ればいいのさ」
「精霊の…」
いやな予感。
そして果たして、予感は的中してしまう。
「この世界にはウンディーネがいるだろ?ウンディーネを召還──」
「
!!ウンディーネだって!!召還!召還!!」
「良かったぁ。なんとかなりそうだよ!」
「うん、あの時契約しておいてよかったね」
幼馴染トリオの締めはコレットのおっとりマイペースな笑顔だった。
うるさいほどせっつかれてしまったわけだが…
しいなはといえばきょとんとはとが豆をくらったような顔をしている。
「あんた…召還士だったわけかい?」
ふるふる。
否定。
「じゃあなんでウンディーネと契約してるのさ!」
「色々あったんだよ。紆余曲折が」
そして悟る。
彼女と契約を結ぶのはしいなだったのだ。
ここで大きく予定が変わった…というか戻った、というべきなのかもしれない。
あのユニコーンをなんとかしなければならないのが今は自分だとしても。
「しいなは?符術使ってるけど召還士だったわけ?」
「違うよ。符術士だよ!…召還もできるけどさ」
「へぇすごーい!絶えて久しいって言うけどそれがここに二人もいるなんて」
だから召還士じゃないって。
ふと、ジューダスを見ると…
珍しいことに彼は薄く笑っていた。
何がおかしいか。
「どうするんだい?やってくれるのかい?」
「っていっても、どうやって呼び出そう?」
なんとなく、フィーリングはわかるのだが呼び出しとなると何か手順もあるのだろう。
いままで使おうとも思わなかった理由でもある。
契約をしているのに呼び方がわからない。
しいなは一瞬ぽかんとした顔をした。
「あんた…」
「いいたいことはわかるんだけどね。それと一緒でわかるんだけどわからないわけ」
「そ、そう」
そういうわけで、今日はここで一休みして
はしいなにみっちりレクチャーを受けることになった。
ソダへもう一度行く、などという遠回りはしなくても済んだのだからそれで良しとしよう。
まさかここまできて「お勉強」する羽目になるとは思わなかったが。
「そう、マナの流れを感じ取るんだ。ここは豊富みたいだからやりやすいだろ?」
「…どう?いけそうかしら」
小一時間もレクチャーされて、感触はつかめてきた。
資質の問題だろう。
習うより慣れろという感じでここから先は実践でつかんだほうが早いと思う。
リフィルが覗きに来ると
はしいなの前から立ち上がって湖へと移動した。
「今度の肩書きは召還士か」
「有り得ない。次の精霊はしいなに譲る」
木の幹に背中を預けたままジューダスがとおりすがるに戯れを投げかけた。
「よし、ウンディーネに俺たちを運んでもらってくれ」
「無理」
きっぱりと言われ、出鼻をくじかれるロイド。
どういうわけか同意を示したクラトスに納得いかないとロイドは口を尖らせる。
ジーニアスがどうしてと聞くと返事をしたのはリフィルだった。
「ユニコーンは清らかな乙女しか近づくことができないのよ」
「少なくとも私とロイド、ジューダスにジーニアスも無理だ」
少なくはないだろうが。それは「半分」という。
自分の中で言葉遊びをしてみても現状はなんら変わりない。
「ふーん。それなら女だけで行くしかねぇのか?」
わかっているかどうかはともかく、納得はしたようだった。
「じゃあ姉さんたちだけで… 」
「私は…いいわ。それにしても困ったわね。
コレット一人で行かせるわけにも…」
一人で行かせる気だったのか。
自分がキヨラカな乙女かどうかは怪しいのであえてつつかないことにする。
いざ近寄って拒絶されたら哀しいことこの上ない。
しかしそんなローテンションな
とは裏腹に、抗議したのはしいなだった。
「あ、あたしは資格なしだっていうのかい!? 」
「「資格?」」
ロイドとジーニアスが首をかしげた。
「二人して声を揃えるんじゃないよ!」
「…ではコレットとしいなで行けばよかろう 」
「クラトスさん、私は除外ですか」
「…………すまんが自分で選んでくれ」
微妙だったらしい。(聞くほうがどうなのだ)
「何で先生はダメなんだよ 」
「大人、だからよ 」
「ふーん?」
リフィル先生が大人か単に水が怖いのかはそっとしておいて、またもやそれで納得するロイド。
理解力というより判断力に問題があるのではないだろうか。
「じ、じゃあ
、頼むよ」
「はい」
やる気があるのかどうか微妙な返事で
は湖畔に立つ。
水辺では軽やかな風が踊っていた。
断崖のように唐突に深場になっている湖底を見てからは瞳を閉じてひとつ大きく呼吸をついた。
「清漣より出でし水煙の乙女よ…契約者の名において命ず」
言葉自体は難しくはない。いきなり実践ではなくこういった場で「試す」ことができてよかったのかもしれない。
「いでよ、ウンディーネ!」
静まり返った湖に一陣の風が吹いて、マナが動いた。
目に見えたわけではない。
ただそう感じただけだが、確かにマナは形をとって青い乙女の姿を湖上に現した。
「コレットとしいなをユニコーンのところに連れていってくれますか?」
「お前は行かないのか」
いやな突込みを入れるジューダス。
渋々いくことにする。
──わかりました。湖へ…
言われるままに足を湖面につける。
トプン…、と水音がして浮遊感とともに体は透明な水に沈んだ。
普通、水に落ちれば急激に沈み、そして上がるものだが今は緩やかに湖底に降り立つ速度だった。
呼吸もできる。
沈むよりも舞い落ちる、といった表現のほうがあっているだろう。
触れる水も冷たさよりも暖かい空気のような感触だ。
コレット、しいなと顔を見合わせ三人が同じ状況であることを確認する。
見上げれば透明な光がたゆたっていた。
覗いているロイドたちの姿も見えた。
--マーテル…か?
湖底に立って歩を進めるとユニコーンが不意に馬首を上げた。
瞳は深い、けれど淡い青。
透明な輝きがどこか遠く、こちらを眺めていた。
「マーテル?」
はその名に巨木とそこに宿る精霊の姿を不意に思い出した。
けれどしいなたちは違うらしい。
「女神マーテルかい?」
「ちがいます。私はコレット。こちらがしいなとです」
自分が話しかけられたと判断したのだろう。
コレットはかぶりを振って二人を指し示した。
ユニコーンはそのまま瞳を細めるようにする。
盲しいているのだ。
焦点の定まらない不思議な視線にそう悟る。
「マーテルではない…と?
その気配、そしてこのマナ。
そしてその病…
盲した私にもはっきりとわかる。
おまえはマーテルだ」
「……」
ごぼり、とひときわ大きな水泡を吐いてユニコーンは上体を持ち上げた。
「私が生かされていたのは目覚めたマーテルの病を救うため…
おまえと同じ病を救うため」
「だったらコレットを助けてくれ。ユニコーンの角には
そういう力があるんだろ?」
「私はいいんです。それよりピエトロさんの…約束をした人のためにその力を貸してください」
「そうか、おまえは再生の神子、か」
しいなに続いてコレットがユニコーンに訴える。
そのことよりも別の件にユニコーンは得心したようだった。
「持っていくがいい」
倒木の陰から自力で立ち上がったユニコーンは頭を下げ、角をたちの目の前に捧げて見せた。
刹那、角が光り、光そのものとなったユニコーンの体ははじけ、コレットの元に再び終結する。
目の前には既にユニコーンの実体はなく、だが変わりに溶けるような弱さでその存在はそこにあった。
「どうしたんだい!?」
「我々にとって角は命そのもの。私の役目は終わった」
「!」
そう、知っている。
だからあまりここへ来たくなかったのだ。
けれどそれを察したようにユニコーンは変わらぬ口調で先を続けた。
「案ずるな。
私から新たな命が誕生する。
その新しい命が終わるとまたそこから新しい命が生まれる。
そうやって我々は生き続ける。
…永遠に」
「本当?」
の問いに白い影となったユニコーンは答えなかった。
青い水に、影は泡沫となって溶けて消える。
その影すらなくなったとき、
はウンディーネに岸に戻すよう頼んだ。
「三人とも大丈夫だったか?」
「…しいな泣いてる?」
3人ともぬれてはいない。けれど、ジーニアスがしいなの瞳の端に光るものをみつけて心配そうに彼女を見上げた。
本当に、素直な暗殺者だ。暗殺者としてはおそらく、失格であるくらいには。
「ユニコーンが…角をくれたよ」
地面を見つめながら呟いたしいなにクラトスが頷いた。
「…そうか。
ではユニコーンは死んだのだな」
「しってたのかい!? 」
「ユニコーンは角を無くすと死んでしまう。
死ぬことでまた新しいユニコーンが誕生する。
だからユニコーンは死と再生の象徴なのね」
治癒術士であるリフィル。
自らのつかさどる術の象徴でもあると言いながら彼女もまた、頷いた。
「…新しいユニコーンが生まれるのか?」
「ええ。そうね。生まれているわ、きっと」
リフィルはコレットからユニコーンホーンを両の手で受け取って、確かめるように白亜の角を見た。
「そっか。せっかくユニコーンが命と引き替えにくれたんだ。大事に使わないとな」
ロイドの横でコレットがにっこりと微笑む。
ユニコーンはマーテルと同じ病、と言っていた。
ということはコレットの天使疾患も治るのだろうか。
その疑問にはかぶりを振って、コレットはピエトロやクララに使ってくれとリフィルに約束する。
残るはボルトマンの術書。
彼らはユウマシ湖を後にして、マナの守護塔へ向かうことにした。
