命にとってマナは水よりも大切なもの。
それがなければ、大地は死ぬ。
全てを構成する源がマナ。
世界はそう、学ばせている。
31.救いのきざはし
乾いた風が吹いていた。
冒険者の町、ハイマ。
ここは北西の大陸の森の中に突出した、切り立った台地の上にある町だった。
赤茶けた大地が西に沈む太陽に赤く輝いている。
は吹き上げる風を受けながら雲海に沈む「塔」を眺めていた。
一旦、ルインに戻り約束どおりピエトロを回復させた一行は遂にシルヴァラント最後の町にたどり着いていた。
明日、この町にいる飛竜を使ってあの救いの塔へ行くのだ。
危険ゆえの片道切符だったが問題はないだろう。
きっと何も終わらない。
仲間たちは既に解散し、明日に備えて各自時間を過ごしているが、にはそんな確信があった。
何も終わらないだろう。
テセアラという存在が浮かび上がり、世界の仕組みが見え隠れしてきた今、終わるはずもない。
けれど他に道もなく、コレットはなんとしても天使になるつもりでロイドたちも迷いはあるもののそれが自分たちにできる最善のことと信じていた。
それは幸か不幸であることかはわからない。いずれにしても、塔へ行くしかないのだ。
金色の雲海はあっというまにトーンを落として冷たい風をつれてきた。
は残光が沈んでしまう前に町を抱く大地の頂きから宿へと歩を向けることにした。
クラトスとノイシュの姿をみつけたのはその時だ。
距離はあったが風が声を運んできた。
「…これからもおまえには──を見守ってもらわなければ──」
ノイシュはクラトスに長い鼻面を押し付けるようにして鳴いていた。
なんとなく聞いてはいけないような気がして
は思わず足を止める。
「 私には…やらなければならないことが──」
向かい合っている、というより会話をしているようだったのでは歩を返そうとした。
その時だった。
黒いローブを頭から覆った男──だろう、が唐突に空間を割って現れ、両手をクラトスにつきだしたのは。
マナが目に見える光になって収束している。魔法だ。
「クラトスさん! 危ない!」
すばやく反応してクラトスは剣を抜き、振り向きざまに男の両の手を切りつけた。
クラトスの制止の声に止まるはずもなく、男はうめき声とともに再び忽然と姿を消した。
が駆け寄ったそのときには文字通り、既に影も形もなかった。
「大丈夫かですか? クラトスさん」
ノイシュが毛を逆立てて興奮している。
は立ち尽くしているその大きな頭をなでてからクラトスを仰ぎ見た。
「
、か。助かった。ありがとう」
「いえ、それはいいんですけど…」
思いがけず礼を言われたのでしどもど答える。
「今のは」
「しいなの他に我々を狙う者もいた。おそらく、その暗殺者だろう。
…深手は負わせたはずだが逃げられてしまったな」
クラトスの方は無事そうだ。もう沈んでしまった夕日の残光に薄く輝き続けている空を見上げ、クラトスは何事もなかったかのように口を開いた。
「この旅ももうすぐ終わるな」
「え?えぇ…ロイドたちはこんな終わりを望んでいたわけじゃないでしょうけど」
東の空…今は影となりつつある空を貫く白亜の塔を、どこか遠くに眺めていたクラトスは、ノイシュの背に手をおくとゆっくりと首だけで振り返る。
「当然の結末だろう。神子にすがって始まった者の旅だ」
「神子に…確かにすがってますね」
自分たちには神子がついている。
世界を再生する救世主が。
その言葉は
の中では後味の悪い違和感をともなって残っている。
まるで子供が寝物語を信じたまま、盲目のまま大人になってしまっているかのようで。
あっさり肯定したことが想定外だったのかクラトスはただ苦笑をもらした。
「
一番大切なところで神子の力にたより、すがることが守るということなら私の知らない間に言葉は随分とさまがわりしたのだな」
それは自分にふと、呟いただけのようで。
クラトスはまた、塔の方を振り仰ぐ。
遠い空は、更に暗く夜を駆け足で連れてくる。
「お前は違うのだろう?抱いた疑問の答えはどうなったのだ」
正面に向き直ったその姿は、妙に大きく立ちはだかるように見えた。
* * *
翌朝、それこそ朝日が生まれるよりも前──飛竜の営場に集合すると竜の準備は既に整っていた。
「それ、何?」
眠そうにあくびをかみ殺したロイドの姿はこれから最後の塔に向かうとは思いがたい。
彼は自ら気合を入れるように両頬を自らたたいて目を覚ましていた。
朝に強いのかジーニアスがもう覚めきった大きな瞳での手元を覗き込んでいる。
そこには古そうだが手入れの良くされた指輪があった。
「昨日、向こうの崖の前で拾ったんだ。誰か持ち主がいると思うんだけど…」
「何か彫ってあるな」
それは記号だ。天使言語、ということだけはわかった。けれど読めるはずもない。
するとコレットが近づいてきて指輪を見…
「M…Y…?イニシャルかな」
の手をとって掘り込まれた言葉を読み取ってくれた。
あとで返してあげないとね、と話しかけるとにっこり笑ってこくんと頷く。
その後ろからクラトスに呼ばれて、コレットは彼の準備した飛竜に乗り込んだ。
「あ、待てよ」
まだ準備中のロイドたちを容赦なく置いていく。いくら護衛でもちょっとひどい扱いだ。
「結構距離あるよね、どれくらいでつくのかな」
『
、楽しそうだね』
シャルティエが囁いた。
それぞれ二人ずつ飛竜に乗って飛び立つ。
救いの塔は世界の中心あたりに位置している。
朝日が雲海からのぼってくるとそれは艶やかな朝焼けが一行を空に迎え入れてくれる。
「随分離されたな」
耳元で切られる風の音にジューダスが呟くような声が聞こえた。
無論、彼が浮かれ気分なはずもなく、だがその声には何か危惧しているような韻があった。
「何?クラトスさんのこと?」
少し声を張り上げるようにして聞き返す。
手綱は彼に任せている。飛竜は元々観光用らしく、よく慣れていたが馬を扱える人間のほうが良いと言われたからだった。
頷かれて見ると確かに彼とコレットの飛竜だけが大きく距離を離して先行していた。もう米粒ほどの大きさにしかみえない。
「少しスピードを上げるぞ」
ゴッ、と風がうなって前にいたリフィルとロイドの乗っている飛竜を追い越す。
何事かと彼らも追ってスピードを上げた。
「ジューダス!」
「なんだ」
また予感がする。今度はいつものそれよりあまりよくない。
それはクラトスの動向だ。
ただの予感であるがもし彼と対峙するようなことがあったらどうすべきか、にはよくわからない。
「もしも天使と対立するようなことがあったら…全力で行こう」
それをどういう意味で取ったかはわからない。
だがジューダスは確かにしっかりとひとつ頷いた。
塔へ降り立つと既にクラトスとコレットの姿はなかった。
飛竜だけが残っているので先に入ったのだろう。
結局、ロイドたちを待って中に入ることにする。
切り立った崖の中にある塔の最下層は、入り口以外は人の踏み入れる状態ではない。
天使と同じように翼を持つ者だけが踏み入ることができる、ということなのだろうか。
「 あれは何だ?」
意外にも、塔を入ってすぐの場所は吹き抜けだった。
最下層と思っていたがここがどれくらいの高さにあるのかわからない。
一本だけ透明な通路が正面に向かって延び、正面に何か方陣のようなものが光を発している。
そこへ行くまでの間はただの何もない空間だった。
上も下も見えない、外の塔の内壁以外はそそりたつ壁すらないただの亜空間。
そこに膨大な数の何かがゆっくりらせん状に渦を巻いて天へ向かって動いていた。
「死体だ!?」
一様に布に巻かれた人型のそれは古代の墓を思わせる。その布が破れ、はみ出た衣服からそれが何であるのかはっきりとわかった。
気分が悪くなりそうだ。
「どうしてこんなにたくさん死体があるんだよ!」
「今まで世界再生に失敗した神子かもしれないわ」
はみ出ているのはどこか見覚えのある神官服だ。黄色く変色しているものも多いが、その色は一様に白だった。
「コレットも失敗したらここに並ぶのか。くそっ!」
「コレットが心配だよ。急ごう!」
方陣に踏み込むと途端に景色は祭壇へと変わる。
ここが塔の内部だろうか。
今までの祭壇と違い巨大な建造物の中であるのは間違いないことだった。
白い巨大な柱、輝く宝石、そして高い天井。
コレットはその一段高くなった場所で膝を折り、祈りをささげていた。
なんのことはない、またそれでレミエルが降臨する。
光の羽をあたりに散らしながら天使は言った。
けれど今までにはなかったことを。
「さあ、我が娘コレットよ。
最後の封印を今こそ解き放て。そして人としての営みを捧げてきたそなたに最後に残されたもの、すなわち心と記憶を捧げよ
それを自ら望むことでそなたは真の天使となる! 」
「 な、なんだって!? 」
「心と記憶を捧げるだと 」
しいなとロイドが不吉な予言を聞いたかのごとく叫ぶ。
心と記憶を捧げる、彼女は真の意味で人間ではなくなるだろう。
天使になるということ、それはそういうことだったのか──
リフィルからひとつため息のように細い息が漏れた。
朗々と、詩でも詠うように瞳を閉じて声を発した。
「コレットはここで人としての死を迎え、天使として再生する」
「どういうことだよ、先生! 」
「ごめんなさい、ロイド。
コレットに口止めされていたの。
世界を再生すればそれと引き替えにコレットが死ぬ。
死ぬことが天使になるということなの」
はじめから、知っていたのだ。
おそらくクラトスも、だろう。
だからコレットがどれほどに苦しんでも彼らは旅を優先させた。結末を知っていたから。
旅の最後に待つものは、どうしようもないものだったのだ。
「それは少しちがう。神子の心は死に体はマーテル様に捧げられる。
コレットは自らの体を差し出すことでマーテルさまを復活させるのだ」
レミエルだった。はじめて天使は嬉しそうに、そして何かに心酔するような声音をひときわ大きく張り上げる。
「これこそが世界再生!
マーテル様の復活が世界の再生そのもの!」
「そんな…そんなのって」
一身に祈りを捧げ、振り向きもしないコレットの背を見ながらリフィルが一歩踏み出す。
カツン、とヒールが何の金属かわからない光沢のある床を打った。
「レミエル様、シルヴァラントには隣り合うテセアラという世界があるそうですね」
「そなたが知るべきことではない」
「ことさらに隠すのは本当だからね?」
「そのような話、誰から聞いたのだ」
「クルシスでも両方の世界を平和で豊かな世界にすることはできないのかい!」
質問には答えずにしいなが拳を握る。
レミエルは不愉快そうにしかめていた表情を再び穏やかな…けれど感情のない表情へと変え、空から一行を見下ろした。
「神子がそれを望むなら、天使となって我らクルシスに力を貸すといい。
神子の力でマーテルさまが目覚めれば、二つの世界は神子の望むように平和になろう」
その時、いままで祈りに没頭していたコレットの背が跳ねた。
レミエルは呼び止められたように視線を更に足元に転じて、
彼女の言ったらしいことを復唱する。
「本当か、だと?何故自分がここに来たのか神子は分かっておろう?」
「…」
見上げるコレットの瞳が一瞬だけ悲しみに沈み、強く閉ざされた。
「まさか本当に死ぬつもりかい!?」
振り返るコレットをロイドが制止しようと駆け出すが、リフィルにとがめられ、彼は足を止めた。
けれど言葉だけは止めるすべを知らず…
「駄目だ! コレット!
お前が犠牲になったらお前のことが好きな仲間も家族も友だちも、…俺も!
みんなが悲しくて犠牲になるのと同じだ! 」
また駆け出そうとするのを今度はジーニアスが体を呈して止める。
「はなせっ! ジーニアス! 」
「駄目だよ!ぼくだって、コレットが変わってしまうのはイヤだけどそれならどうすればいいの!シルヴァラントのみんなも苦しんでるんだよ!」
彼は選んだようだった。
神子が犠牲になりシルヴァラントが繁栄する未来を。
少年としては諦めの早すぎる決断だった。
けれど、もう前から暗に世界中がそうと決め続けてきた未来でもあるのだろう。
「それは…!」
「神子一人が犠牲になれば世界は救われる。
それともおまえは世界より、神子の心だけが救われた方がいいというのか?
さあコレットよ。父の元へくるのだ」
コレットの足取りにもう迷いはない。
立ち上がるとゆっくりとレミエルの元に歩みを寄せる。その背に淡い紅色の光の羽が浮かんだ。
「待てよ! レミエル!本当に他の方法はないのか?
コレットはあんたの娘なんだ。あんただって、本当はコレットが死ぬことなんて望んでないんだろ!」
「ロイド…本当に子供だったら、あんな顔をしないよ」
「え…」
思わぬところから言葉が入り、ロイドは絶句して振り返る。
その視線の先には瞳を伏せた
の姿がある。
ぬばたまの瞳には何が移っているのか、彼には伺い知れはしなかった。
「そのとおりだ。おまえたち劣悪種が守護天使として降臨した私を勝手に父親呼ばわりしたのだろう。父親などと笑わせる」
そんなことはもはやコレットだとてわかっていることだった。
レミエルの元で振り返ると彼女は静かに微苦笑した。
変化は緩やかに訪れる。
表情から光が失われ、瞳はただ遠くを見つめる。
口元は微笑を忘れ、
そして彼女は人形になった。
「ふははははは!どうだ! とうとう完成した!
マーテル様の器が完成したぞ!
これで私が四大天使の空位におさまるのだ!」
「待ちな! コレットをどうするつもりだ! 」
更に高みへ導くように翼を広げたレミエルをしいなが追おうとするがリフィルは静かにそれを見上げるだけだ。
「天に導くつもりなのよ」
「貴様! ゆるせねぇ!
何がクルシスだ! 何が天使だ!
何が女神マーテルだ!コレットを返せ!」
「そうは行かぬ。
この娘はマーテル様の器。長い時間をかけてようやく完成したマーテル様の新たな体なのだから!きさまたちにはもう用はない!
消え──…っ!」
「!!!」
ごふり、と半透明な液体を吐き出したレミエルの表情を彩るのは驚愕。
その胸元、法衣の真ん中から銀光をたゆたえた刃が突き出ていた。
「ジューダス…いくら本気でって言ったからって早すぎ…」
「ふん、まるで僕のほうが悪役だな」
どさり、と床に落ちたレミエルの前に軽く下りたのはジューダスたった。
シャルティエを一振りすると鞘に収める。
呆れた
はその足元でまだ動いている天使の白い指先を見た。
「馬鹿な…。
最強の戦士である天使がこんな人間に…」
しかしコレットは中空にとどまったままだ。
レミエルの動向はおろか、今の事態にこちらを振り向きすらしなかった。
ロイドが仰ぐようにして叫んだ。
「コレット。もどってこい!俺が必ず元にもどしてやるから」
それでも微動だにしないコレットに、失望の色を浮かべるロイド。
「本当に俺のこと忘れちまったのか?」
その声を打ち消したのはクラトスの声だった。
「無駄だ。その娘にはおまえの記憶どころか、おまえの声に耳を貸す心すらない。
今のコレットは死を目前にしたただの人形だ」
振り来る声はコレットの浮かぶそれより上の段からだった。
クラトスはゆっくりと一同を見回し、最後に神子と同じ高さまで階段を下りてくるとそちらを見やる。
「神子は世界の再生を願い自ら望んでそうなった。
神子がデリス・カーラーンに召喚されることで初めて封印はとかれ、再生は完成される」
「デリス・カーラーン…?」
また聞き覚えのある言葉。
けれど知らない物語。
はそれらのキーワードを手繰り寄せるが現状とは決してつながりはしなかった。
「どういうことだ…!? 」
「おまえたちもそれを望んだ。神子はマーテルの新たな体としてもらい受ける」
「どういうことなんだ!クラトス…答えろ!」
ジューダスが冷たい目でロイドを見ている。
ルインの牧場の一件以来、ジューダスのクラトスに対する不信感は拭えるはずもなかった。
こんな事態があったとしても動じないつもりではあったのだろう。
にとっては、「悪い予感」が的中してしまった、というしかない。
「クラトスさま、慈悲を…。私に救いの手を」
「!」
「忘れたか、レミエル。私も元は劣悪種…人間だ。
最強の戦士とは自身がもっとも蔑んでいた者に救いを求めることなのか」
クラトスもまた、レミエルに対して憐憫すら抱いてもいないのか伸ばされた手を取ろうとはしなかった。
「おまえは一体何者なんだ?」
「…私は世界を導く最高機関、クルシスに属する者」
ロイドの問いを受けて答えるその背に光が集った。
それは刹那だ。光はまばゆい金色の色になってコレットと同じ羽が具現化した。
「神子を監視するために差し向けられた四大天使だ」
「クラトスさんも、天使なの!?」
そう、それで合点がいった。
過去を語ろうとしない傭兵が救済の旅を推し進める理由。
レミエルが知りながらも知らぬ振りをしていたこと、それからルインの牧場であったディザイアンの取った態度。
どうしてなのかはわからない。けれど
たちに明かされないものはおそらく全て彼の過去と正体に繋がっていたのだろう。
でも。
「あたしたちを騙してたのか!」
「騙すとは?神子がマーテルと同化できればマーテルは目覚め、世界は救われる。
それに不満があるのか? 」
マーテルは神なのだろうか。さきほどから繰り返される問答は新たな疑問も伴っていた。
天使、器、そしてエンジェルス計画。神などではなくそれはもっと実に迫ったものであるような──
「そして女神マーテルに体を奪われることで、コレットは本当の意味で死を迎えるのね」
「ちがうな。マーテルとして新たに生まれ変わるのだ」
「くそ!させるか!コレットは、俺たちの仲間だ!」
「ロイド!待って!」
ロイドを止めたのは
だった。
なぜ止める!と目で非難しながらもその意外さからか彼は足を止めている。
「かかってこないのか?」
「どうして戦う必要があるんです?だってロイド、あなたが選んだんでしょう?」
「な…」
思わぬ問いにロイドは絶句する。
そう、昨日、クラトスが言ったことだ。
神子の旅を進めてきたのは、コレットが天使疾患を併発していっても続けてきたのはクラトスだけではない。
リフィルもコレットも知っていた。ジーニアスも先ほどそれを選んだ。
ロイドは…極端な結末を選んではいないが、それでもここで戦うのは不条理以外の何者でもない。
「コレットがどうなるかは確かに知らなかったよ。けど選んだ結果が自分の望むものと違うから、やめるというのはあまりに無責任じゃないの」
「それは…っ!じゃあ
はコレット一人が犠牲になってそれでいいって言うのかよ」
「よくない」
「へ」
そうして初めて
は体ごとクラトスを振り返った。
赤い髪ごしに
を見下ろす目は暖かくもないが冷たくもなかった。
「私は初めからそう思ってる。クラトスさん、だったら私にはあなたと話す権利がありますよね?」
その時初めてふっ、とクラトスは笑った。
「だからどうするというのだ。神子を取り返して、それで人間に戻すとでも言うのか?」
「さぁ?でも昨日言ったはずですよ。「終わらない」って」
チャキン、と鞘鳴りがする。剣を抜いたのはジューダスだった。
は視線だけでそれを捕らえて再びクラトスと対峙する。
「何も終わってない。でもここであなたが何者なのかを知ったから…たぶん、これからが始まりです」
「今は歯車のひとつでしかない。はじまりはもう何千年も前に訪れているのだ」
クラトスが柄に手を添えた。
は戦うつもりはなかったが…仕方がないのかもしれない。
そうして水月を手にしたその時。
「いかなおまえでも本気で対峙するには至らないか…」
天からの声にクラトスは瞳を細め、やがて祭壇の上に向かって膝を折った。
「ユグドラシル様」
「ユグドラシル…?」
現れたのは、みたこともない青年だった。
全身を覆う真っ白な服に七色の光の羽。
金の髪は長く、まっすぐに背を覆っていた。
「なんだ?あいつ」
「また天使かい!」
しいなが金切り声を上げた。
しかし青年は切れ長のブルーの瞳を更に細くして…
「おまえが、ロイドか…?」
「人に名前をたずねるときはまず自分から名乗れ!」
「ハハ…。犬の名前を呼ぶときにわざわざ名乗る者はいまい」
愉快そうに笑うとそう言って見下した。
「何だと」
「哀れな人間のために、教えよう。我が名は、ユグドラシル。
クルシスを…そしてディザイアンを統べる者だ!」
刹那、光の本流が塔内を覆った。
マナだ。
直感的に思う。
マナが目に見えるほどに膨大な集積力で一箇所に集められていた。
弾けるそれは、魔法。
「うわぁああぁ!」
ロイドが直撃したようだった。悲鳴が遠ざかるとあたりが静かになって、倒れ伏す仲間の何人かを見た。
ジーニアスが膝を震わせながらアイスニードルを放つ。
しかしそれもあっさり霧散させられてしまう。
「無駄だ。マナの枯れゆくこの世界で魔法は使いづらかろう?返すぞ」
「ぎゃあっ」
はじかれた様にジーニアスも吹っ飛ぶ。その時は階段を駆け上がる黒い影を見た。
「臥龍閃!」
「何っ」
ジューダスだ。
も床を蹴る。いくらジューダスでも独りで戦線に立たすには状況が危険すぎる。
案の定クラトスが立ちふさがるようにその間に割って出た。
「っ!スラストファング!」
後方で魔法を発動させようとしたユグドラシルを妨害すると注意はこちらに向いた。
「まだだよっヴォルティックヒート!!」
「くっ!?」
水月のレンズが鋭く光り、追加晶術が激しい空気の奔流を巻き起こしてユグドラシルの体を浮かした。
次の晶術の詠唱に入る。
マナがなかろうが関係ない。ジューダスもシャルティエの晶術を織り交ぜ始めている。
上級晶術であればとりあえずこの場は切り抜けられる予感はあった。
「この劣悪種め…」
「何をしている、早く退け!」
腰を落としたまま動けないリフィルたちをジューダスが叱責する。
彼にとってもこれだけの足手まといを抱えながら勝とうなどとは思っていないようだった。
時間稼ぎにしても場所が悪すぎる。
とにかく塔を出なければ。
リフィルは我に返ったように弟を引き起こし、そしてジーニアスはロイドを、リフィルがコレットを連れて塔を出ようとする。
見逃すはずもない、がその時、現れたのは意外すぎる助っ人だった。
