32.もうひとつの世界へ
コレットは人としての感情を、ロイドはまだ気を失ったまま…
シン
たちは「レネゲード」と自らを称するハーフエルフに助けられていた。
彼らはクルシスと対立する組織で、どういう理由かディザイアンと非常によく似た格好をしていた。
ルインの牧場で出会ったボータと呼ばれた男もこの組織の者だった。
現在地はレネゲートの拠点、「シルヴァラントベース」と呼ばれる人間牧場に似た技術を持つ施設だ。
やはり技術的には人間を遥かに上回っている。
トリエット砂漠の中にあるとは思えないほど快適な温度だった。
とても無機質なつくりのようだが連れてこられた部屋はゴシック調で、どこか生活感があった。
「シン
、どこいくの?」
「散歩」
黙って部屋にたむろっているにも飽きたので、扉の前に立つとロックはかかっていなかった。
いまいち外に出る気がないのか仲間たちは動かない。
「ちゃんと戻ってくるから」
そこにいても埒が開かないのでシン
は一人でうろつくことにした。
もっとも、出歩くことに平気な人間はもう一人いたのであるが。
「僕が見てくる。お前らはここにいろ」
シュン、とスライドする扉に違和感もなくジューダスが部屋をあとにする。
ジーニアスは途方にくれた顔で姉と顔を見合わせた。
外に出ると意外とつまらなかった。
人間牧場のように廊下は無機質だ。無機質なことが悪いわけではないが、なんとなく「何もない」様が面白みに欠けると思いながら2つほど隣の扉の前に立つ。
そこを選んだような理由は特になく、単に足を止めただけだ。しかし、扉は開き、しかも「当たり」であるようだった。
「何か用なのか」
いきなりそこに人がいたので少々驚く。人がいても、司令塔や工場のような無機質さ加減の続きならなんとも思わなかったろう。そこは入れられた部屋と同じように緑の緞帳と、美しい木目の家具が据え付けられた個室という名の「部屋」だった。
「あぁ、ごめんなさい」
とりあえず謝罪は入れるが今更失礼しました、と去ろうとは思わなかった。
彼はその後から来たジューダスともども部屋に入ることを咎めはしなかった。
「あなたは?」
「人に名乗るときはまず己から、と教わらなかったか」
「もう知っているかと思って」
「知らぬ」
よく見ると青い髪の合間にとがった耳が見えた。ハーフエルフ、だろうか。
まだ若く見える面はどちらかといえば細く、長い髪をひとつにまとめている姿は剣士というより魔術師だった。
ふい、と視線をそらすと前髪が表情を隠す。
「私はシン
、こっちはジューダスです」
こっち呼ばわりされたことに神経質そうな眉を動かすがジューダスは何も言わなかった。
男は「ユアン」と短く名乗ると執務室…なのだろう。立派なマホガニーの椅子に座ったまま、机にある書類に目を落とす。
「…」
「…」
そのまま仕事に戻ってしまったのでシン
は辺りを見回した。
大きな執務机、カーペット、並ぶ本棚、それに花瓶には鮮やかなグリーンまで活けられている。居心地は悪くなさそうだ。
「ユアンさん、助けてくれてありがとうございます」
「助けたのはボータだ。礼ならボータに言うがいい」
いまいちざっくりと会話がきられてしまうのだがめげなかった。
「ここの本、見せてもらっていいですか」
「駄目だ」
「…じゃあ教えてください。ここはどこであなたたちは何なんです?」
「少しは自分の頭で考えないか」
ジューダスと顔を見合わせる。
十分考えたつもりだったが、言葉が足りなかったらしい。
「ここはトリエット砂漠であなたたち「レネゲード」の拠点。どうやらクルシスという天使軍団…もとい、ディザイアンたちにも対抗する組織?」
「だとしたら何なのだ」
にべがない。
ある意味ジューダスより手厳しそうだ。
「マーテル教はクルシスが作った都合のいい宗教で、マーテルの器になるマナの神子を作り上げるための仕組み。ディザイアンは反面教師的機関で勢力のバランスを取る、ってとこかな」
「…」
核心に近づいてきたらしい。
「でもそうするとディザイアンはなんでマナを消費させるの?世界を疲弊させるだけなら自分たちにとっても不利だよね。エクスフィア製造には他の目的もあるってこと?」
「僕に聞くな」
自問自答になってくるとついにユアンと名乗った男は顔を上げた。
答えてくれる気になったらしい。
「そうだ。我々はクルシスに対抗する地下組織だ。エクスフィア製造の目的はともかく概ね今の推論は間違っていない」
大分見えてきた。ディザイアンも天使もマーテル教も、ひとつの組織に過ぎない。
もっともマーテル教の人間は何も知らないだろうが。
アタモニ教を思わせる成り立ちだった。宗教はいつも、神ではなく人の心から生まれている。
「じゃあクルシスの…あなたたちの目的は?」
「我々の目的はマーテル復活の阻止だ」
結局そこに収束するらしかった。マーテル復活の阻止、ということはクルシスはマーテルを復活させたいがために全ての仕組みを作り上げているのだ。
「マーテルって何ですか」
「マーテルは──」
核心に触れようとしたその時、背後の扉が開いて入ってきたのはロイドたちだった。
大勢の気配に気づいたのか続きの部屋から大男が顔を出す。ボータだ。
そして似たような問答を何度か交わし、たどり着いたのは決裂だった。
「もう!もう少しだったのに!!」
「何がもう少しだよっあいつら結局俺たちをいいように使いたいだけじゃないか!」
とりまいたレネゲードをひきずり倒して活路を開く。
「大体、今まで俺たちの命を狙ってきたんだ!そんな簡単に善意で助けてくれるわけねーだろ!」
ロイドはどうやら馬鹿ではないらしい。
結局、先ほども会話を破綻させたのはその一言だった。
ユアンたちは、繰り返された問答の中でマーテル復活阻止のために今まで神子の暗殺をしてきたのだと言った。
今のコレットは完全に天使化してしまっている。防衛本能のみで破壊をする人形だという。
そんなコレットに手を出せず、今度はロイドが必要だと言い出したのだ。
力ずくで捕らえられそうになって必死に逃げている次第である。
「話せばわかりそうなところもあったけど…」
「こんなところで悩むな。とにかく脱出することを考えろ」
うむむ、と悩みながら走っても誰も味方してくれなかった。
防衛本能があるならレネゲードが避けているコレットに頼めばいいではないかとも思ったが、それで彼らが全滅するのも嫌なので口に出すのをやめておいた。
レネゲードも手が出せない辺り、完全天使の破壊力は凄まじいものらしい。
「くそっレネゲードの連中め、敵か味方かはっきりしろってんだ!」
「とりあえず、今味方でないのは間違いないようね」
バタバタと足音が通りすがるのを待って一同は息をつく。
コレットはついてきているが、相変わらずだった。
紅い瞳は何も映さないし何もしゃべらないがそれでもただ、黙ってついてきている。
「ねぇこれからどうするの?」
ジーニアスが辺りを伺いながら声を潜めた。
「そうだな、なんとかしてコレットを助けよう。
マーテルの器にされちまったらコレットが死んじまう」
「でもどうしたらいいのさ?」
ようやく遠ざかった足音に、体ごと振り返ってしいな。
ここは何の取りざたもない部屋だ。
おかれているコンテナにもたれながらジューダスが視線だけをしいなに向ける。
「お前のエクスフィアはどこで手に入れたものなんだ?」
「な、なんだよ急に。これは…こっちに来るときに王立研究員でつけられたんだ」
「テセアラではエクスフィアを装備するのが当たり前なのかしら?」
今度はリフィルだ。
しいなは首を振って否定を示した。
「そんなことはないよ。もともとはレネゲードからもたらされた技術なんだ。
それを研究して今じゃ機械にエクスフィアを取り付けたりするのが一般的だよ」
「ちょっと待て。じゃあテセアラとレネゲードは仲間なのか?」
「仲間かどうかはしらないよ」
次々に質問を浴びせられてあせったようにしいなは答える。
「ただ二つの世界の仕組みについて情報をもたらしたのがレネゲードだったんだ。
神子の暗殺もあいつらの提案だよ」
それはわかる。彼らはマーテルの復活を阻止することを目的にしているといった。
だとしたら、シルヴァラントの再生をされては困るという意味で、繁栄を望むテセアラとの利害は一致している。
「あいつらが陛下と教皇に吹き込んだんだ」
案の定だった。
「陛下と教皇…ってことは、テセアラは王家も教会も大きな権力を持ってるんだね」
「当たり前だろ。こっちとは文化は天と地のさ」
聞いたシン
にどこか誇らしそうにしいなは胸を張って見せた。
「ロイド、わたしはテセアラに行くことを提案するわ」
「姉さん、どうしてテセアラ?」
その理由は簡単だった。
エクスフィアの研究をしているテセアラならクルシスの輝石についてもわかるかも、ということだ。
いずれにしてもシルヴァラントではこれ以上の手がかりをつかむには難しいだろう。
しいなも大きく頷いて同意を示した。
「そいつはいい考えだ。
確か王立研究員ではテセアラの神子の持っているクルシスの輝石も研究してたはずだよ」
「テセアラにも神子がいるの?」
「あたりまえさ、世界再生はテセアラでも行われている儀式だ。
あっちにだってマーテル教はある」
「でもそうなると、そんなに再生を繰り返されるのにどうしてマーテルの器は完成しなかったんだんだろうね」
「それについては私も疑問なの。あるいは、あの救いの塔に並んでいた遺体は…
いえ、今はやめましょう。」
「そうだな、それでなくともわからないことだらけなんだクルシスの目的も、レネゲードのことも、コレットを救う方法も。だから今、できることからはじめないと」
「テセアラに行くんだね」
「あぁ今はそれしか道がない。それに今度こそ俺は俺の責任を果たしたいんだ。
もうコレットにすべてを押し付けたりするもんか」
ロイドは物言わぬコレットを横目に苦々しく言い切った。
「待ってよ。盛り上がってるけどテセアラにはどうやって行けばいいのさ」
「それについてはしいなが知っているでしょう?」
「テセアラへ行くには次元のひずみをとびこえるらしいんだ。あたしが知る限り、それができるのはレアバードって乗り物だけだね」
レアバード…またどこかで聞いた名前。
パズルのピースのひとつにするには尚早といったところだろうが、覚えておくことにする。
「それはどこに?」
「レネゲードの連中が持ってるはずだよ。この基地にもあるはずだよ」
そして捜し歩いてたどり着いたのがその場所だった。
制御のためのコンピュータ、空に投影されているモニタ。
それだけではとても格納庫には見えない。
まるである種の実験システムのような様相のフロアでリフィルが巨大な円筒形のシステムを稼動させると、中央の床にあった円形のシャッターが開き、赤い機体が競りあがってきた。
正面のハッチも同時に開く。こちらは射出口だろう。
機首の向かう先は暗く長いトンネルだった。
「こいつがレアバードか」
「急いで!追っ手が来るよ!」
それぞれがレアバードの機首に手をかける。
大きさは1人か2人がせいぜい乗れるくらいだが、形はイクシフォスラーを連想させる。
たたんでいた翼を広げると鳥というより魚を思わせるフォルムで、全体が鋭くも流線型だった。
「おっしゃあ!待ってろよ、テセアラ!」
仁王立ちになってスロットルを握る。機体は一瞬不安定に揺らいだが、オートバランサーでもついているのだろう。それもはじめだけだった。
浮遊感にスピードが加わるとレアバードは射出口を次々とくぐった。
どうやらレネゲードがここへ来る前に脱出には成功したようだ。
空を切って重過ぎない闇から外界に射出されると目前に広がったのは大空だった。
「空間の壁を突破する」という言葉は例えでもなかったのだろう。
速度が十分に達したところで正面に広がった黒い亀裂に躊躇することなくレアバードは突入した。
亜空間は暗い水の中を思わせる。
雲がたゆたう水面のように上方に漂い淡い光の筋が落ちている。
うっすらと大陸棚のように左右に見え始めた岩棚はやがて光を得てはっきりとその姿を浮き彫りにした。
テセアラ、なのだろう。とりまく世界は幻の水から空と風へと変わっている。
しかし、途端に。
「ちょっ、ちょっと何?!」
機体は不安定に上昇下降をはじめた。
自分だけではないらしい。振り返ると全員が…怪しい雲行きに包まれている。
「なんだ!!」
「わかんないよ!突然」
「見て!燃料がゼロになってるわ!」
リフィルが逼迫した声を上げた。
…燃料。
レアバードの燃料は…なんだったっけ。
考えている間はないのだがそんなことを思う。
今リフィルがあわてているということは出るときはみんなチャージされていたわけで。
「そうか、あんたたちがシルヴァラントで封印を開放したから…」
「あ、マナか」
「そうだよ!こっちのマナが足りなくなってるんだ!」
「だから!?」
嫌な予感。
「落ちるってことさ!」
しいながすっぱりきっぱりすがすがしいまでに言い切るその眼前に、切り立った岩肌がそびえていた。