33.神子の視線
ゼロス=ワイルダーはその日もいつもと同じようにメルトキオの街を歩いていた。
いつもと同じ…なのは周りにいる人間も一緒だ。
豪華だが、外出用のドレスに身を包んだ貴族の娘、その取り巻き。
女性からもてるのはいつものことだが、そうなると近寄りがたいのか庶民の娘たちは遠巻きにそれを見ている。
けれど誰もが同じように振り返るのは彼がいい男だからか、それとも権威あふれる生まれ育ちだからかは、定かではない。
彼に聞いたなら無論希代の二枚目だから、などというのであろうが。
「おっと」
しかし、いつものように歩いていると正面近くから彼にぶち当たるものがあった。
大抵これだけの取り巻きがいると相手がよける。
人にぶつかること自体なかなか珍しい体験だ。
「あ、危ないわね」
「何ぼーっとしてるのよ!」
案の定、声高に騒ぎ始めた取り巻きよりも自分にぶつかってきた者を見てゼロスは口笛でも吹きたくなった。
紅い瞳に白の法衣。何より目立つのはその背中の羽。
それよりも先に彼は彼の取り巻きの女性をなだめる羽目になるのだが。
「まぁまぁおさえておさえて。俺様のかわいいハニーたち。
そこのクールな彼女、怪我はない?」
ぶつかってきた少女は、じっとまばたきすらしないかと思ったが、それを確認する前にまた周りが一層声を荒だてた。
「んまああぁぁぁぁゼロス様がお声をかけてくださったのに、なぁにこの子!?」
「お祭りでもないのに天使様の仮装なんかしてバカじゃないの」
その時、そばにいたのが黒髪の少年と女性だった。
野郎はどうでもいいが女性とあらば彼の目が向かないわけはない。
おっ、と短く切った黒髪の女性を上から下まで流し見ると彼女はぽつ、と口を開いた。
「ジューダス」
それは少年の名前だろう。
少年はこちらに向けていた視線を女性に転じて次の言葉を待つ。
「?」
「私、馬鹿な女って嫌いだな」
「そうだな、我侭で馬鹿な女はどうしようもないな」
これは面白い。
と思ったもののゼロスが馬鹿と呼ばれた女性方々の前でそんなことを言うはずも無く……
「信じられない、このブス」
「しかも救いようがない」
少年がとどめとばかりに言い放つ。
しかし、ヒートアップしている取り巻きの女性たちの耳には入っていない様子。
代わりにクールダウンしっぱなしのような二人の横に、その時駆け込んで来るものがいた。
鳶色の髪に紅い服、二本の剣を脇にさしている。
もうひとりはまだ子供という以外の何者でもない銀の髪の少年だった。
「なんだって!?」
「よせよせジーニアス。あの人の家には鏡がないんだよ」
連れなのだろう。
真っ赤な服を着た鳶色の髪の男の横で、小気味良さそうに黒髪の女性が笑った。
優しい、というより涼しそうな笑いだった。
「なんですって!」
「もう、バカな子達ね」
その後ろから、銀の髪のこれまた美女がやってくる。
安直なものの見方だが、銀髪の少年の姉だろう。
面差しはよく似て見えた。けれどゼロスの中ではただのガキと美女といったくらいの差でもって印象付けられている。
焼け石に水でもかけた勢いで沸騰していくだろうガキども…おそらく一人は彼とはそれほど変わらないがそう思う…と取り巻きのやり取りが熱戦になってきそうなところでゼロスは黒い手袋をはめた手をひらひらと振った。
「まーまー落ち着けって。彼女、怒ってるの」
ようやく視線が法衣の少女へ戻す。
「君って笑ったらきっとひまわりみたいにかわいいんだろうな」
ゼロスはその左手で、黒髪の女性の顔が言い表せない歪みを見せたことに気づかない。
しかし、少女に手を差し出した瞬間だった。
「きゃああ!」
ゼロスさまー!と取り巻きの女たちが声を合わせて叫ぶも、彼はかるく体勢を立て直して下段の前に着地した。
何が起こったのか、一瞬わからなかったがどうやら少女にふっとばされたらしい。
「いや〜驚いた。天使ちゃんつよいね〜俺様、超びっくり!」
「あ、あんたは一体…」
「野郎はどうでもいいや」
「いやなやつ」
本当にどうでもいいので声音まで違う。
我ながらこの変わり身はどうなのよ、とは思いもせずにゼロスは改めて少年たちと同行しているであろう女性たちを見た。
「おおお!ゴージャス!美しいあなた。お名前は?」
「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るべきではなくて?」
「あ、ロイドのまねっこ」
すかさず切り替えしている銀髪の美女。
隣にいた女性は興味を失ったのだろう。人ごみへまぎれようとしたところを一蓮托生のつもりか銀髪の女性がしっかり捕まえて微笑むのを彼は見た。
「おっと俺様をご存じない。これはこれは俺様もまだまだ修行不足ってことか。じゃあそちらの…」
「ゼロス様、行きましょうよ!」
一人ずつ挨拶をしようと思ったがそれもできないらしい。
天使の姿をした少女。
あれだけ目立つならまた会うこともあるだろう。
なんとなく予感を覚えながらゼロスは取り巻きの女性陣を振り返った。
「おっと、そうだなぁ。じゃ、またどこかで。
美しいお姉さまvとクールな天使ちゃんと、美少年系のお嬢さん、
その他大勢さんよ〜」
「ヤなやつ」
ゼロスは背中で一番年下と思われる少年の声を聞いた。
* * *
メルトキオの街はシルヴァラントにはない栄華を誇っていた。
街を囲む外門は重鎮で、それをすぎると石畳になる。
高低差を利用して建物は建てられており、いくつかの階段を上った広場で、彼らは先のことを話し合っている。
今はしいなはいない。
神子暗殺の失敗のために彼女はミズホと呼ばれる自分の里へ帰っていった。
その前に王に宛てた書状を持たせてくれたが、王は病に付しているとのことでとりあってはもらえなかった。
その矢先だった。
「あっ、あーー…っ!」
「?」
ジーニアスがふいに声を上げて視線を花壇の向こうへと転じた。
何があったというわけではない。
その視線の先には少女がいた。それだけだ。
ジーニアスと同じかそれより上か。
微妙な年齢の少女はピンクの髪を頭の高いところで無造作に二つにまとめている。
ただ、花の陰でわからなかったが、異様なのは少女が丸太を運んでいることだった。
切り出したままの姿でずりずりと跡を残しながら片手で重そうな丸太を運んでいる。
「かわいい…」
なんだ、そういうことか。
ジーニアスが上げた声の意味を悟って
はふい、と興味を逸らした。
「あの子もエクスフィアをつけてるな。こっちにはそんな習慣があるのか?」
「そうだね、かわいいね」
「人の話、聞いてねーな」
一目ぼれ、というやつだろうか。
漫画的に表現するなら少年の瞳にはハートマークが浮かんでいるに違いない。
けれどそれとは違う意味で
は思い直したように少女に興味を向ける。
あんな異様な光景が他にあるだろうか。
小柄な少女の腰には巨大な戦斧がくくりつけられているのが見えた。
木を切り出すためのものなら戦斧ではないだろう。
だが、普通の斧にしては大きすぎる。それは子供の身の丈はあろうかというほどのものだった。
現に腰についているその先は地面をこすりそうだ。
「プレセア!」
「ヴァーリさん」
声は遠いが植栽された花壇越の向こうなので聞こえない距離ではない。
少女ははげて小太りした典型的な悪者のような目つきの悪い男に呼ばれて足を止める。
ごりごりと響いていた音もつられてぴたりと止まった。
「その神木をそのままこっちに運んでくれないか」
「駄目です。これは、国王の病気の祈祷に使うためのものなので…」
「そうか、じゃあ無理だな。次は空いているか?」
「はい」
「じゃあ、頼むぞ。いつものところでな」
はい、と素直に…というよりは無機的に頷いて再びプレセアは城に向かって丸太を引き出した。
「あっ、あっ…行っちゃう…」
「そっか、今祈祷って言ったもんな。一緒に連れてってもらうか!」
ジーニアスはそういう意味で言ったのではないと思うが。
ロイドはぱちりと指でもならす勢いで(当然手袋の上なのでならなかった)言ってから「おーい」と少女の後を追った。
「待ってよプレセア!…だよね」
それを追い越してジーニアス。
少女は一瞬だけ足を止めて振り返る。
「…」
だが、再び歩き出す。
笑えるくらいとりつく島もない対応だ。
「待ってくれよ!」
今度はロイドが呼び止める。
「ごめんなさい。怪しいものではないのよ」
すかさずリフィルが声をかけた。
「実は私たち、陛下にお渡ししたい手紙があるの」
「仲間の命がかかってるんだよ。
でも王様は病気で謁見してもらえないから困ってるんだ」
「……」
「俺たちを運び屋として使ってくれるだけでいいんだ」
「わかりました」
プレセアはそれだけいうと今度は神木とやらを持たずにすたすたと城に向かって歩き出す。
あわててロイドとジーニアスが残された丸太を運ぼうと手をかけた。
しかし。
「ちょっ…ちょっと待っ…」
「これ重っ…」
二人がかりでもびくともしないようだった。
その様子にプレセアは黙って戻ってくると再び神木を難なく引きずっていった。
「男として…自信、なくなってきた」
「僕も…」
エクスフィアで強化しているあたりどうかと思うが傍目に見ていてもプレセアの力は尋常ではない。
の体よりも太いであろう神木を片手でひきずっているのだから。
結局運び屋としては役立たずで、護衛、ということに話は収まった。
城の門兵にも今回は特別、というように話を通し、なんだかんだで寝所まではなんとか入り込むことができた一行。
そこで待っていたのは意外な人物だった。
「あれ?お前ら…」
「神子、知り合いですかな?」
「神子ぉ!?」
ジーニアスのすっとんきょうな鸚鵡返しにはまったく同意だった。
そこにいたのは、つい先ほど街であった赤毛の男だったのだから。
「知り合いつーかなんつーか…なんでこんなところにいるんだよ」
「しいなから手紙を預かってきたんだ。国王に読んでもらいたい」
「ミズホの民からか」
向き直って片手で書状を突き出すように渡すと王は筒から手紙を抜き出して目を通しはじめた。
* * *
「随分かかるな…」
「僕たちを殺す算段をしているのかも知れんぞ」
ジューダスたちは今、別室で時を待っていた。
王は手紙を手にはとったがにわかには信じられないことが多く書かれていたのだろう。
隣の部屋に通されてから結構な時間が経っている。
壁に背を預け、腕を組んでなんでもないように言ったジューダスをロイドは眉を寄せて振り返った。
「なんでそんなことになるんだよ」
「シルヴァラントの神子はテセアラにとって邪魔な存在でしかない。
もっともレネゲードの言っていたことが事実なら殺すことなど無理なのだろうが」
防衛本能で攻撃をする人形。
コレットは何も言わない。
むろん未だに食事も睡眠も必要ない。
人形という以外の何者でもない雰囲気をまとったままだった。
「そんなことになったらプレセアはどうするのさ」
「なんとかして逃がすしかないな」
その時、ノックもなしに扉が開いてアンクをかたどった杖を手に教皇が現れた。
同時に、待っていた答えはNOだと知る。
狭い部屋に兵士が大挙した。
すでに彼らは槍を構え、その切っ先を自分たちに向ける勢いだった。
「待たせたなシルヴァラントの旅人よ」
「手紙は読んでもらえたんだな」
「そっちの神子を助けるために俺たちテセアラ人の技術を借りたいってか」
教皇の騎士団の後ろからのらりくらいといった具合で「テセアラの神子」ゼロスが現れる。
「コレットは心を失っている。このままじゃ人間としての命を失っちまうんだ」
「しかし、シルヴァラントの神子が生きている限り我々の世界は滅亡と隣りあわせだ」
教皇が合図を送ると兵士たちがよろいの音を響かせて動いた。
後退するがすぐ後ろは壁。動こうとしないコレットだけは部屋の中央に取り残される形で囲まれてしまった。
「待って、危な…」
の警告は及ばなかった。
一撃だ。たった一撃でコレットをとりまいた兵士たちは壁際まで吹き飛ばされることになった。
「あーあ、だから言ったのに」
呆然としているのは教皇のほうだ。
蓄えられた茶色い口ひげの下の口はあんぐりとあけられていた。
それをあきれた様にみていたのは
だけではなかった。
「ほらみろ言ったとおりだ。そいつらはエクスフィアをつけているんだ。弱いわけがない。
それにもう神子は天使ちゃんになってるみたいだしな」
もうひとりの神子だった。
とぼけた顔をしている割に賢明な判断だ。
はちらとそのまだ若い横顔を見た。
「そう、天使化している神子を殺すなんてできないんですよ。テセアラにとってもこの状況は不利のはずです」
「なんだと?」
教皇が目をむく。
の意図に気づいてリフィルが形の良い唇の端をふっとほころばせた。
「そうね。どうかしら取り引きをするのは」
「取引…だと?」
「コレットが心を失ったのは天使として生まれ変わり、シルヴァラントを救うため」
「言い換えれば彼女が天使にさえならなければシルヴァラントは救われない」
ぴんと来たのか赤い髪の青年はリフィル、コレットに続いて笑みを浮かべながら結論を述べた。
「は〜ん、だから俺たちが神子を助ければテセアラも救われるってことか」
本当に極論ではあるが。
頭は悪くないようだった。
「それはお前らがシルヴァラントを見捨てることになるのだぞ」
「かまわなくてよ」
あまりにもあっさりいったリフィルに今度はロイドがひどく驚きを隠せず振り返った。
「先生!何言ってんだ!」
「今、最優先すべきはコレットを助けることではなくて?」
「…」
迷ってはいたが、そのためにテセアラまで来たのだ。
ロイドは渋々リフィルに向かってうなづく。
「どうせ元の世界に戻らなければ生きていようが死んでいようが再生の儀式はできないんだ。
俺様がこいつらの監視役になる。それでいいだろ?」
「…どういうつもり?」
「どういうつもりとはどういう意味だい?かわいこちゃん」
その呼ばれ方に嫌悪を覚えたのか
は神経質に表情を動かし眉をひそめる。
「俺様が味方する、って言ってんだぜ?
ちっとは喜んでくれてもいいんじゃないの?」
「…」
「神子様がそこまでおっしゃるなら……いいでしょう」
あまりにもうまく話が運びすぎて逆に不信感を持ってしまうのだが、教皇の方からそれを承諾することになった。
ロイドたちも素直に喜色を浮かべる。
だが
にはどうにもこの神子、というのが信用ならなかった。
単なる相性の問題かもしれないが。
とりあえず人を見かけで判断するなら、まっさきにおつきあいは避けたい人種であることには違いない。
「できるだけのことはしてやるぜ、神子ゼロス様の名にかけて」
「お前たちにテセアラを旅する許可を与える。ただし、神子様の監視の下でな」
