35.天使と
エレカーを使えば馬車を使っている騎士団には追いつくはずだ。
けれどエレカーは橋の袂。徒歩からそこで乗り換えて飛ばしていくとちょうど跳ね橋が上がるところだった。
「あいつらっ足止めする気か!」
傾斜が始まった橋の上でエレカーを降りて地団太を踏むロイド。
しかし彼はすぐに駆け出した。
「待てよ!どうするつもりだ!」
「追いかける!」
「橋から落ちたら死ぬぞ!」
「先生たちも間に合わなかったら死んじまうよ!」
「追跡します」
止めるゼロスを尻目に駆け出すロイド、プレセア、そしてしいな。
「熱いねぇ」
ゼロスははぁ、とあきらめたように嘆息した。
「で、どうするんだい?お二人さんは」
残ったジューダスと
にのんきに聞く。
は開きっぱなしのエレカーの扉に腕をかけながら少々考える。
「エレカーで飛べば間に合いそうだったけど…」
「今からでは無理そうだな」
「エクスフィアつけてるロイドたちなら飛び越えられるかもしれないけど、私たちには多分無理」
「おいおい、助けに行くって言った割には随分平静じゃないか」
けれど何を思ったのか
も駆け出した。
すでに跳ね橋は駆け上がるにはきついくらいあがっている。その先端でロイドたちがジャンプして…
羽のあるコレット以外が落ちるのが見えた。
ある意味バカである。
「清廉より出でし水煙の乙女よ…契約者の名において命ず。いでよ、ウンディーネ!」
呼び方を教わっておいて良かった。
落ちかけたロイドたちの下方から水柱が上がり彼らは無事(?)着地できたようだ。
しかし教皇騎士団はもう橋を渡りきっている。
はウンディーネにそのまま騎士団を止めるよう指示を出すと混乱が巻き起こり、どうやらロイドたちも間に合ったようだ。
「やるねぇ〜俺様惚れそ〜v」
「ゼロスはいつも一言余計」
「で、僕たちはどうするんだ」
「…感動の再開を見物かな……」
いずれ跳ね橋が戻らないとどうしようもない。
尖塔のようにとがった跳ね橋の上から、三人は遥か下方で合流する仲間たちの姿を見た。
* * *
侮蔑されるハーフエルフに
天使の血を引くと言われる神子
感情を失った少女に
村を追われた少年。
和解の後は意外にバリエーション豊富なパーティができあがっていた。
ともかく次に進む道を決めなければならない。
その為にはレアバードを回収する必要があった。
レアバードが墜落したのはメルトキオよりわずかに南東。
フウジ山岳と呼ばれる山の頂だった。
風が吹き上げている。
寒くもないが、暖かくない。心地よい涼しさだった。
「おいゼロス。どうやって運ぶんだ?」
そもそも何も持たずにここへ来たのはゼロスの「まさせなさい」の一言だった。
「おう、とりあえずこっちこっち」
ゼロスは墜落して傾いている一番奥のレアバードに歩みを寄せた。
言われるままに近づく。
思えば仲間の言葉に対しては反応は素直だな、などとは自己分析をしてみたりする。
しかし、なぜかわずかに悪寒が走った。
「うわっ!何だ!?」
途端、オレンジ色の光が格子となって円状に全員を囲んだ。
いや、違う。冷静に見ればコレットは人形のように他のレアバードの横に立ち尽くしたまま、一人難を逃れている。
だからといって彼女が動いてくれるはずもなく。何の期待も出来そうになかった。
「まんまと罠にかかったな、愚か者」
ふいに響いた声。確かに近くから聞こえる肉声だ。
振り返るとそこにはいつのまにかレネゲードの施設でであった男が立っていた。
ユアン、といったろうか。
深い青い髪をひとつに束ねた細面は印象的だった。
「愚か者、だとさ」
ロイドの皮肉げな一言で一点に咎めるような視線が集う。
そんなことを言っている場合だろうか。
ともかく視線の先は無論、ゼロスである。
「…ゼロスくん…ドジです」
「…俺さま、しょんぼり」
しょんぼりといいながらあまりしょんぼりしていないように見えるのは気のせいだろうか。
「お前たちはレアバードを調べろ」
「はっ」
ユアンが声をかけるとたちまちレネゲードたちは散ってそれぞれ機体の確認を始めていた。
視線だけでそれを確認してユアン。
「今度こそそのエクスフィアをもらいうけるぞ、ロイドよ」
「くそっ」
その時だった。
すぐそばの空間が歪むと見慣れない女が姿を現した。
見慣れない?いや、あんな奇天烈な格好で忘れるわけがあろうか。
いくら人覚えの悪い
でも一発で覚えた。
カギ爪の付いた浮遊するマント。露出した肌。それにまだ十分あるであろう若さを無駄にした化粧の施された顔。
クヴァルの人間牧場で、プロジェクターを通して語っていた女だ。
ジーニアスも覚えていたのだろう。「あのおばさんどこかで…」などと本人に言ったら怒られそうな呟きを落としていた。
「おや、ユアン様ではありませんか。なぜこのような場所に?」
女は紫の唇を笑むように歪めてユアンの方を見る。
まるでわかってやってきたかのような口ぶりだ。
ユアンは動揺ひとつすらせずに視線だけで彼女の姿を見た。
「プロネーマか…なぜここにいる?貴様らディザイアンは衰退世界を荒らすのが役目だろう」
それにプロネーマと呼ばれた女は淡々と答えた。
「私はユグドラシル様の勅命にてコレットを追っておりました。こちらにお引渡し下され」
本人たちの意向はまったく無視か。
つっこみたいところだが、二人はそれどころではないらしい。
「…よかろう。だが神子を渡す代わりにロイドは私が預かる。それでよいな?」
「ちっともよくねえよ!」
ついにロイドは業を煮やして結界の中から拳を握って身を乗り出したがやはりというべきかはじかれてしまっただけだった。
「そやつに関しての命令は受けておりませぬ故、ユアン様のお好きになされませ」
じゃあ他のメンバーも逃がしてよ。
とすっかり蚊帳の外のほぼ全員。
「コレット!行くな!」
「ホホホ、無駄なことよのう、心を失った神子におぬしらの言葉など届かぬぞえ」
プロネーマはすいっと滑るようにコレットに近づくとそのあご先をあげさせた。
そして、みつける。
「…なんと、クルシスの輝石にこのような粗雑な要の紋とは?
おろかじゃのう、このような醜きもの取り除いてくれようほどに」
要の紋へ手を伸ばす。みしり、と音がして破壊の予感が広がった。
「や、やめて!これはロイドがわたしにくれた誕生日のプレゼントなんだから!」
「…声が…出た!」
「戻った?戻ったのか!?コレット!!」
瞳にも光が戻っている。
ようやく小さな一歩ながらも「救えた」喜びをロイドは満面に表した。
そんな彼女が放った第一声は
「あれ?みんな、どうしてそんなところに入ってるの?」
だった−−−−−
「馬鹿な!あんな子供だましの要の紋でクルシスの輝石がおさえられる訳がない!」
「へぇ〜やるじゃないの、ロイドくん」
いや、馬鹿な!じゃなくて…もう少し他に言うことはないのだろうか。
五聖刃プロネーマは意外にマメで真面目な性格らしい。
「なんということ…しかし所詮は粗悪品。長くは持つまい。
さぁ、とにかく来やれ!」
「はなして!」
無理やり腕をつかまれ、チャクラムを構えるとともにコレットの羽から光が放たれた。
エンジェルフェザーの応用技だろう。そして勢いあまって
「あっあっ…あっ!」
尻もちをつく。
お約束だ。
しかも尻もちをついたところには何かいかにも怪しい物体があって煙をぶすぶすと上げはじめていた。
「ど、どうしよう〜!壊しちゃった〜!」
いや、今のはグッジョブ。
きっと誰もがそう思ったろう。
どうやら格子を発生させる装置だったらしくそれらは消えて、ようやく全員が解放された。
「おぉ〜やるねぇ〜、コレットちゃん!俺さま、惚れちゃいそう〜♪」
「あはは、それでこそコレットだよ」
「あいかわらずねぇ」
喜ぶ一行とは別に、なぜかしいなだけが暗い顔で
「…悪夢が蘇るよ…」
と、肩を落として嘆息した。
オサ山道でよほどロクでもない目にあったらしい。
「ロイド、あのね、プレゼントありがとう!うれしかったんだけど、本当に嬉しかったんだけどあの時はどうにもならなくて」
「いいよそんなの」
「二人とものんびりしている場合じゃなくてよ!」
そう、まだユアンもプロネーマもいるのだ。
ユアンは冷たい視線でじっとそれを見ているだけだが、プロネーマの瞳には明らかに怒りが燃えていた。
「小癪な…こうなったら力づくにするまでよ。覚悟おし!」
プロネーマは中空を移動するが翼はない。
察するに、ディザイアン…もしくはクルシスの幹部のハーフエルフといったところだろう。
ユアンはといえば、怜悧なまなざしで一挙手を見守っていたが、プロネーマと戦闘が始まるとおもむろに宙に浮いた。
羽だ。クラトスと同じように光の羽を持っている。
四対の羽はゆらりとゆれる度に光の粉を降らせて目を奪わせた。
無論、そんなことをしている場合ではない。
さすがにクルシスの幹部二人では分が悪いではないか。
一方で監視するもユアンは動こうとはしなかった。
「くああぁっ!」
聞いたことのない悲鳴が響く。
仲間のものではない。
気づけばジューダスがプロネーマを守る盾を突きぬいていた。
それが浮遊機関であったのかプロネーマはがくりと膝を突く。
「やったか!」
「ロイド!危ない!」
ユアンが動いた。
横からロイドを突き飛ばすと風だけが飛び退る。
あくまで彼の狙いはロイドだけらしい。
空に浮いたままユアンは文字通り
とロイドを見下ろした。
と、と音もなく地に降りる。
羽がある…ということは彼も天使なのだろうか。
レネゲードはアンチクルシスの組織なので信じがたいといえば信じがたいことであるが…
なぜか
は彼に対して剣を向けようとは思えなかった。
向けたとしてもせいぜい牽制だろう。
彼らはロイドのエクスフィアを欲しているだけでいまいち敵対している実感がないのである。
しかし、牽制せざるを得ないので水月を片手で真一文字に握るとユアンはふ、と口元だけほころばせた。
お見通しとでもいうのだろうか。
ロイドはいましも切りかかりそうだったが、それは未遂に終わった。
双剣をふりきろうとした正にその時、一振りの剣がその間に割って入って止めたのだ。
音もなく降り立ったのは、青い羽の天使。
クラトスだった。
見慣れた燕尾ではなく、黒と白を貴重とした生地に青い装飾が入っている。
幾重にも革のベルトを重ねた正装のようだった。
「貴様…何をしに来た?」
先に声をかけたのはユアン。
レネゲードの司令塔とクルシスの天使が顔見知りというのも腑に落ちないがなじみの者であるらしい。
「退け、ユアン。ユグドラシル様が呼んでいる」
なんとも端的な伝言。
それにユアンは顔をしかめた。
「…く、神子は連れて行かないのか?」
ローブの下でひそかに携えていたダブルセイバーを収め、静かに聞く。
「いや一時捨て置く。例の疾患だ」
それにユアンは納得したようにうなずいてひとり、山頂を蹴って空の向こうへ消えた。
傷つき、動けなくなったプロネーマにはその場で待つよう指示を出し、クラトスは人目をはばかるでもなくロイドをまっすぐにみつめ、問いかける。
「…お前は何をしているのだ?」
「えっ?」
「わざわざ時空を飛び越え、テセアラまで来て、何をしているだと言っている」
「それは…コレットを助けるため…」
よどんだ口調にクラトスの口調は皮肉そうだった。
「神子を助けてどうなる。結局、二つの世界がマナを搾取しあう関係であることに変わりはない。再生の儀式によって立場が逆転しただけだ」
「テセアラは衰退し始めているのかい?」
しいなの心配そうな顔にクラトスははるか東の空を振り仰いだ。
雲海の向こうに白亜の塔がそびえている。
まるで世界の中心を示すように。
「まだこの世界からも救いの塔が見える。
あれが存在する限り、ここはまだ繁栄時代にあるということだ。
もっとも神子がマーテルの器となった暁にはテセアラも繁栄時代に別れを告げることになるだろう」
果たして見ているのは塔なのだろうか。
遠い目をしながらクラトスは教えてくれる。
「くそっどうにもならないのか。この歪んだ世界だって元はこんなじゃないんだろう!?」
「ユグドラシル様にとっては歪んでなどいない。どうかしたければ自分で頭を使え。
お前はもう間違えないのだろう?」
「あぁやってやる!互いの世界のマナを吸収しあうなんておろかな仕組みは俺が変えさせてやる!」
「フ…せいぜい頑張ることだな」
傷ついたプロネーマに肩を貸し、クラトスもまた、去っていった。
の抱いた疑問には、まだ誰も答えてくれる者はいなかった。
