37.神子と囚人
しいなは監視役から連絡役としてパーティにとどまり、リーガルと名乗った囚人もまたともに戦うことになった。
リーガルはプレセアに用があるようだが、この状態ではまともに話もできない。
手の戒めにかけて裏切らないことを誓われてもしょうがないが、そんなわけで遂に10人という大所帯になってしまったパーティだった。
既に追手は森から撤退したと知ってオゼットへ向かう。
オゼットは橋を渡ったすぐ先で、難なくたどり着くことができた。
しかし、村に入った途端。プレセアは何も言わずに走り去ってしまった。
「ロイド!追いかけよう!」
あせったようなジーニアスに急かされ巨大な木の中ほどにできたような村を廻る。
しかし、静かな村の空気に対して、やがて隠遁とした人々に気づく。
よそ者には明るくないのだろう。
あからさまにこちらを見て、聞こえるようにひそひそと話しだす者もいた。
「せっかくのろわれた娘がいなくなったと思ったのに…余計なことをしてくれたもんだ」
「なんだとー!誰がのろわれた…」
「ジーニアス!」
耐えかねてくってかかろうとしたジーニアスの後頭部をリフィルが容赦なく叩く。
それが誰のことかは、言わずもがなだった。
この村でプレセアは疎まれているらしい。
プレセアの家など聞くにも聞けず結局村の一番奥に来るとそこにようやくプレセアの姿を見つけた。
「助かりますよ。おや?あちらもお客様ですかな?」
青い撫で付けた髪に赤いメガネをかけた細長い瞳。
どこか狡猾そうな初老の男がプレセアと話し込んでいた。
「運び屋…」
「え、私たちってそんなポジション?」
こちらを見て答えたプレセアに思わずそんな感想がもれてしまう。
一体誰が何をいつ運んだというのだろうか。
「ほぅ?運び屋さんですか」
納得するなよ。
「プレセア!要の紋を作らないと!」
「仕事…さよなら…」
ぽつりぽつりとそれだけ答えてプレセアは古びた家の中に入っていってしまった。
「教会の儀式に使う神木はプレセアさんにしか取りにいけないんですよ。
彼女がやっと戻ってきてくれてこちらも大助かりです。ふぉっふぉっふぉっ」
多分次は忘れないだろう笑い方をして、男は去っていた。
「あの男、やっぱりハーフエルフだわ」
リフィルが鋭く察する。
「なんだか気持ち悪い人だったね」
コレットにまで言われるようではおしまいである。
とにかくもう一度、プレセアと話した方が良いとロイドたちは彼女の家らしい扉をくぐった。
自分たちが現れたにも関わらず、黙々と何かをしているプレセア。
台所、なのだろう。
家の中はひどく荒れ果てていた。
外見からもある程度は察していたが、荒れ方が人の住んでいるそれとは違っていた。
廃屋のような壁の色につもったほこり、戸棚に張られた蜘蛛の巣はそのままで今使ったであろう机回りだけが人のいじった痕跡を残している。
プレセアはせわしなく何かを作ってわずかばかりの食料をトレイに乗せると奥の部屋へ行ってしまった。
「この匂いは…」
湿った匂いと、ほこりの匂い。それに加えてわずかに漂っているのは…死臭。
プレセアは気にもかけずに奥に据え置かれたベッドサイドへトレイを置いた。
ベッドの中には誰かいるのかわずかにふくらみが見えた。
「あれ…っ」
「……なっ…なんてこと!」
また同じ場所に戻って機械の様に作業を始めたプレセアをよそに、ベッドに近づいたリフィルが思わず後ずさる。
見てしまったのだろう。
ジーニアスは顔をまっさおにして外へ駆け出していってしまった。
あまり見たくない気分の
の代わりにジューダスが確かめる。
「死んでいるな」
そこにいたのが誰だかはわからない。
漂う死臭から、最近ではないだろう。
死臭といっても腐ったものというよりは既に何年も放置されたものがそこにある、といったまとわりつくような空気だった。
「おいおいシャレになんねーぞ」
「どうしてこんなことに」
「おそらくエクスフィアの寄生のためよ。ベッドの中の人間がどうなっているのかプレセアにはわからないのね」
「…私も…戻らなかったらそうなってたのかな」
コレットがかろうじて胸の前で手を組んで肩を震わせる。
「プレセア、一緒に来ないのか?」
リーガルが訪ねるとはじめてこちらに気づいたようにプレセアは振り返る。
「仕事…しないといけないから…」
「プレセアは置いていきましょう」
「こんなところにか!?」
ロイドは荒れ果てた室内を見て声を荒げた。
無理もない。到底誰かが住んでいるという環境ではない。
それも年単位で、だ。
抜けかけた床も、壊れた棚さえそのままだった。
「今のまま連れて行こうとしてもたぶん彼女は暴れるだけよ。
私たちだけでアルテスタのところへ行きましょう」
そしてオゼットの村を出て、明るい日差しの下ドワーフの居住へと向かう。
それほど場所は遠くなく、すぐにたどり着くことができた。
ロイドの家がどうかは知らないが、こちらはドワーフらしく岩窟の居住であった。
ごつごつした岩肌の山すそに小さな入り口が開いている。
岩の扉を押すと思ったよりも軽く開いた。
「どちらサまでスか?」
ノックもせずに開けたことは無粋に思う。
しかしそこで迎えてくれたのは屈強なドワーフではなく、薄いモスグリーン色の長い髪をみつあみにした華奢な少女だった。
「あの、ここにドワーフが住んでいると聞いたんですけど会えますか?」
「マスターアルテスタへご面会でスね。どうゾ」
どこか抑揚のない声はサ行が不得手なのかカタコトで、それでも丁寧に少女は案内をしてくれた。
着いていくと更に奥へ案内される。
思ったより広いつくりでその行き止まりは工房らしかった。
さまざまな道具が壁にかけられ、奥へ進むほど雑多としたものが転がっている。
工房の主にすればそれらは転がっているのではなく、順序良く並べられているのかもしれないが、にはそれはよくわからなかった。
少女に声をかけられ、その肩ほどしかない身の丈の、小さい割には頑強な雰囲気を持つ老人が振り返った。
長いひげにその体格。
の知っているドワーフのそれである。
「なんじゃ、お前たちは」
「俺、ロイドって言います。サイバックのケイトから教えてもらってプレセアのことできました」
「帰れ!」
ロイドが名乗るがしかし、開口一番で拒否されてしまう。
岩のようだが小柄な身からは想像ができないくらいの一喝だった。
「え?」
「あの子のことはもうたくさんじゃ。出て行ってくれ!」
疑問すら持つことを許されずそのまま言葉にたたき出される形で玄関先まで戻されてしまう。
「何なんだよ!」
そこに来てはじめてロイドは不満の声を上げた。
「スみません」
素直に少女は謝ってくれた。
「そんな声出さないでよ、ドワーフの頑固さはロイドの方が良く知ってるんじゃないの?」
「それはそうだけど…!」
養父のことを思い出したのだろう。
の言葉に確かにたった今見た頑固さ加減はそこに重なるものがあるのか、ロイドは黙って口をとがらせた。
は小さくため息をつく。
室温は岩窟だけあって、熱くも寒くもない。湿度も適度に保たれ居心地は悪いものではなかった。
「マスターはプレセアサんに関わるのを嫌がっておられるのでス」
「そんなぁ!じゃあプレセアが死んじゃってもいいっていうの!」
ジーニアスが悲観的にわめくと少女はかぶりを振って即座にそれを否定した。
「ソうではないのでス。マスターは後悔シているのでス」
「だったらプレセアを助けてください。
要の紋さえできればどうにかなるのでしょう?」
コレットが懇願すると少女は本当にわずかに表情を動かしてまた、抑揚のない声で答える。
「…ソれが本当に彼女のためになるのか私にはわからないのでスが」
「どうして!死ぬとわかっていてあんなむごい暮らしまでしててそれがいいことなもんか」
「ソこまでおっシゃるのなら抑制鉱石を探スといいでス」
「プレセアの要の紋は抑制鉱石じゃないのか?」
「はいあれは…」
「タバサ!何をしている。奴らを追い返せ!」
協力的な少女の声をさえぎったのはアルテスタの一喝だった。
マスターと呼ぶからには逆らう理由がないのだろう。
「スみまセん、もどらないと!」
語尾にあわてた様子だけ感じさせながら少女はきびすを返した。
「また今度来てくだサい。アルテスタサまを説得シてみまスから」
* * *
「抑制鉱石ってどこにあるの?」
「アルタミラからユミルの森へ向けて斜めに続く一連の高山地帯で採れる。……と聞いた」
外に出て開口一番。問題はそれだった。
しかしリーガルが答えてくれる。
どうやらそちらの方面に詳しいらしくリーガルは案内を申し出てくれた。
「あんたプレセアとどんな関係なんだ」
「関係は…ない」
あまりに親切、そして押し付けがましくもない申し出に疑問を抱いてロイドが尋ねるとと返ってきたのはぶっきらぼうな答え。
どう考えてもないわけはないと思うのだが。
「ないって…」
「まぁそれがはっきりしてたらリーガルさんだってこうやってついてきてないよね」
の言葉にリーガルは大した反応も見せない。
だが、どうにも図星のようなのか、反論もせずに話を続ける。
「抑制鉱石はエクスフィア鉱山の比較的表層で採掘される。
私が知っている鉱山はここから海を越えた南の大陸だ」
「アルタミラの方だよな。
いいなぁアルタミラ!ついでに寄ろうぜ」
「あんなちゃらちゃらしたリゾートに寄り道してる暇はないよ」
ゼロスが観光気分でへろりと言ってとしいなに釘を刺されている。
こんな世界で「リゾート地」などというと一体どんなものなのか興味をひかれないでもない。
「海…また海なのね」
そんな思惑飛び交う十人の中で一人だけ遠い目をした者がいた。
* * *
鉱山へ向かうにはエレカーを再び使う。
リフィルがうんざりしているのもそれが理由であろう。
近場の湖から川を下って、湾へ出る必要があり、一行は徒歩で道なき坂を下っていた。
「ところでずっと気になってたんだけどアンタと俺どっかで会ったことないかなぁ」
十人もいると全員の会話は聞いていられない。
結果、3,4人が固まって何気ない話をしたりと言った具合になんとなく小グループに分かれていたが、その最後尾にいるゼロスがそう問うたのが聞こえた。
はその前を歩いていて直後にリーガルは無言でその横を通り抜け、先頭を行くロイドの隣で陣頭をとることにしたようだ。
ゼロスがひとりごちている。
「無視かよ、冷てーなー」
隣にいたリーガルがいなくなったため、一人遅れる格好になったゼロスはひそかに肩をすくめる。
けれどその口元には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
「どこかで会った覚えがあるの?」
誰と話していたわけでもない
は振り返って声をかける。
ゼロスは笑みを愛想の良いものにいったん戻してからまた元の表情に戻って両手を頭の後ろで組んだ。
「いや、エクスフィア鉱山ねえ…と思ってさ」
「なんだい胡散臭そうに」
あんたのほうが胡散臭いよ、といわんばかりにしいな。
ゼロスは黙って一度だけかぶりを振った。
「しいなだって知ってるんでしょーよ?アルタミラの方にあるエクスフィア鉱山といえば」
「トイズバレー、かい?それがどうしたっていうんだい」
「で、その付近の山の持ち主って?」
「レザレノカンパニーだろうねぇ。だからそれがなんなんだい」
質問に質問で返されてゼロスはがっくりとわかりやすく肩を落とした。
「…ちぇっ、しいなが立派なのは胸だけかよ」
「殴るよっ!」
言うより先にバコっと嫌な音がした。
ぎゃっという悲鳴はよそにリーガルに続いてしいなもすたすたとの横を抜けて先頭のほうへ行ってしまった。
「で、それがゼロスとリーガルさんが会ったことがあるかもってことに関係あるわけ?
神子と囚人の接点にしては…」
「そう、そうなのよ。いやぁさすが
ちゃんは胸だけじゃないね」
「私、ゼロスに後ろ歩いてほしくない。前に行ってくれない?」
「そりゃないぜ」
明らかに侮蔑のまなざしにゼロスはまたしょんぼりとしている。
慣れてくるとこの道化具合は嫌いと言うわけでもない。
が、あからさまにいやらしい発言をするのもどうだろう。
慣れるのにまだまだかかりそうだ。
そのまま残りの9人を押し詰めるようにエレカーに乗せては最後に扉をしめた。
エレカーは「ウィングパック」と呼ばれる圧縮型のパックで普段は持ち運びをされている。
ゼロスも当初、これでレアバードを運ぶ予定だったらしい。
仕組みはわからないが、とにかく小さなパックに入ってしまう。
こういうものを見てしまうと
の世界でもなしえないものすごい文明でありそうだが、なんとなく「ファンタジーはわからない」といいたくなる現象にも近い。
それも精霊の力を使っているのだろう。
そもそもこれだけの物質をもつものが片手に乗るサイズに圧縮されるとは…
……つきつめるといとまがなさそうなのであまり考えないようにしていた。
エレカーは滑るように海洋を移動し、世界地図で見るなら南東の大陸へと上陸した。
* * *
「すっげーここか!閉鎖された鉱山てのは。
ひゃー何か出てきそうだな〜なぁ、なぁ?」
「あーもう!あんた少しは黙っていられなのかい?」
はしゃいでいたのはゼロスばかりではないのだが、口数が桁違いでゼロスはまたしいなに怒られていた。
それについてもめげずにゼロス。
「何だよ、怒るなよ、しいな〜」
「はい、私からひとつ提案。」
が振り返らないまま手を挙げた。
「?」
「語尾を延ばすな」
「…」
ぷっとわずかな間の後に吹いた者がいる。
誰もが同感なのだが、代表してしいなが「そうだね、それいいね」と決行されることになった。
「なんだよそれ、そんなの破ってもどういうもならないだろ〜」
「はい、1回目。おめでとうございます。初回はリフィル先生得意のキックとなります」
「ちょっと、私はそんなことはしなくてよ?」
「ちなみに10回になったらリーガルさんに任せよう。キック力は10倍くらいありそうだけど」
「
ちゃん聞いてよ、俺様の話」
「ところでそこの扉のガードシステムが暴走しているがそれはかまわんことなのか」
「構えよ!!」
ジューダスが飄々と指摘するとはっとして全員の注目が前方に向かう。
何者かが無理に侵入しようとして破壊したのだろう。
こちらからこれ以上近づかなければ問題なさそうだが、そこを通るには問題がありそうだった。
「管理不行届で壊れてしまったか…」
「だったらもっと壊しちゃおうぜ」
「さっすがロイド君。それわかりやすい」
「ロイドが言うなら私もそれでいいよ〜」
コレットのロイドに従ずる意見の仕方には不安要素がつめこまれているいが、今はも賛成だった。
「あのガードシステムは、近づく者を排除するんですよね?」
「そうだ。これ以上進むのは危険だが…やむをえまい」
「じゃあ術の使える人、ここから一斉攻撃しよう」
「賛成〜!」
というわけで戦うまでもなく不戦勝を勝ち取った一行はさらに奥へと向かう。
しかし遺棄された鉱山の中は魔物の巣窟となっていて、小さな鉱石を探すのには苦労した。
「天月旋!」
薄暗い鉱山の奥でリーガルの長い足が三日月の軌跡を描く。
すばやくモンスターに叩き込まれた蹴りは、一度で触手を伸ばす魔物の肢体を引き裂いた。
「リーガルさん、手かせはずさないんですか」
「これは、自らを戒めるためにはめているものだ。このままでいい」
つい聞いてみたらそんな答えが返ってきた。
彼は故に足だけで戦っているのだ。それで自分は傷つかないのだからある意味、バトルアーティストでもある。
「…何か誰かと似てるね」
「誰の話だ」
自らを許さないがために仮面を頑としてとろうとしなかったジューダス。
今は幸い素顔をさらしている。
でなければ仮面に手枷、羽の生えた神子となんだかもうわけわからないパーティになること必至だったろう。
それはともかく、そういう人間は呆れるほどの頑固さを持っているものだ。
はとやかく言わずにリーガルの戦いぶりを眺めている。
ゼロスは閃いて叩き込まれる次の一撃に口笛を吹いて賞賛した。
「やるねぇ、とても囚人とは思えないね」
言いながらゼロスも片手剣を短く振るい、迫った魔物を切り伏せた。そのまま剣に炎が宿ったかと思うとマナの塊は魔物を焼き尽くした。
彼も魔術が使える。
クラトスが使えるのは天使だったから、という理由が後についたがゼロスの場合はどうなのだろうか。
未だ聞くときではないような気もする。
「あった!あったぞ!!」
ロイドは転がっていたなんでもない石の中から抑制鉱石を探し出せたらしい。
戦闘もそこそこに、行ってみると
には残念ながらただの石にしか見えなかった。
職人として名高いドワーフの元で育ったロイドには見分けるのはたやすいことなのだろう。
「こっちも済んだぞ」
数多のモンスターをさばいてジューダスはシャルティエを鞘に収める。
リーガルやゼロスもいったんロイドの元へ集い、その手の内の抑制鉱石を見た。
「助かったよ、リーガル」
「そだね、リーガルさんがいなかったらもっと手間取ってたもんね」
「あぁ、…でも詳しいんだな。この鉱山のこと」
「昔、ここで働いたことがあるのだ」
「…なんか想像つかないなぁ」
がぽつと述べるとなぜかゼロスがうんうんと頷いた。
「全く…んなわけないでしょーが」
聞こえたのかリーガルはじっとゼロスをみつめたが、それだけで何も言わずにきびすを返した。
引き返しかけたその足がふいにひたと止まった。
待っているのかと思えばそうではないらしい。
その視線は坑道の奥を見据えていた。
