38.襲撃する者
「駄目だ。このあたりにもエクスフィアはない」
奥深い闇に程近い場所で、視線の先にいる人影のひとつがそう言った。
「ヴァーリ…」
ランプを下げた中年の男がその声に振り返る。
掲げられたランプから相手の人相の悪い小太りした顔が見えた。
向こうからもこちらの顔は見えているのだろう。自分を呼んだ人間が誰かを認めて驚いたように眼を丸くする。
ジジッと炎がゆれて坑道に移る影を大げさに揺らした。
「リーガル!そうか外のガードシステムを破壊したのはお前だったのか」
「あれ、誰?」
「あいつはエクスフィアブローカーのヴァーリだ。なぜこんなところに…」
そういえば、メルトキオでプレセアと話していたのはその男ではなかったか。
遠いシルエットにそれだけ思う。
突如リーガルが吼えるように一喝した。
「貴様、なぜここにいる!教皇はなぜお前を野放しにしているのだ
私との約束が違うではないか!」
「ははは、教皇様が人殺しの罪人と本気で約束をなさると思ったか?
お前こそコレットを連れてくる約束を忘れて仲間に成り下がってるじゃねーか」
「黙れ!教皇が約束を果たさぬと言うなら私みずから、きさまを討つ!」
「冗談じゃねぇずらかるぞ!」
つれていた甲冑を着込んだ男に声をかけて、見た目からは想像がつかない速さでヴァーリは闇に消えた。
リーガルも追おうとしたがジーニアスにプレセアのことを言われてどうにかとどまったようだった。
「リーガルさん今の人は何ですか?」
「それに人殺しの罪人って言ってたけど…」
「私は人を殺めた罪で服役中の囚人だ。軽蔑してくれてかまわない」
「何があったんだ」
誰もが気にかけていたことだろう。
ようやくロイドが聞いたが、返ってきたのは誰もが予想していない答えだった。
「言えば言い訳になる。私は罪を背負ったのだ。それでいい」
自分を軽蔑しても良い、などという人間が簡単に罪を語るとは思わなかった。
どんな大罪を負っても許されてもよいのでは、という人間ほど、こうであることをは身をもって知っている。
「俺さ、馬鹿な行動でたくさんの人を殺しちまった。
あんたが何をしたのか知らないし、罪は消えないけど苦しいときに苦しいって言うぐらいはいいと思うよ」
ロイドも罪を背負っている。
聞いた話でしか知らないが、彼は人間牧場に手を出してしまったがために神託の村の家々を焼き、大勢の人を死に追いやってしまったという。
それでもここまでやってこられたのはコレットやジーニアスがいたからだろう。
コレットも頷きながら胸の前で手を組んだ。
「あのね、上手くいえないけど人の心の中に神様はいるんだと思うの。
だからリーガルさんが背負っている罪は神様も一緒に背負ってくれてると思います」
「いずれ機会が来ればその時には…
すまない。罪人と旅をするのはつらかろうが、しばし我慢して欲しい」
「僕は…僕も人殺しだ」
ジーニアスが自白するように押し殺すような声で呟いた。
「身を守るために沢山の人を傷つけた
あんたがやったことがどんなことかは知らないけど、でもあんたが人殺しだからここから出て行けとは言わないよ」
「そうか…」
「でも!ボクはあんたのこと好きじゃないからね!」
その勢いに目を丸くしたのはリーガルその人だけではなかった。
いきなりの敵対宣言。
ジーニアスにしてみれば本気だったのだろう。
しかし、プレセアのこととなると違う意味であるのは明白であり
「…」
「あっ!何笑ってるんだよ!」
声もなく口元に手をあてがったもののばれてしまった。
エレカー内にしばし平穏な苦笑が満たされた。
「これはこれは神子様。ご無事でしたか」
オゼットに付くと迎えたのは教皇騎士団だった。
手配書にある自分たちを売ったのだろう。
彼らが槍を突きつける前に、その後ろに隠れていた男がこそこそと家の中へ入っていくのをは見た。
「うへ〜またお前らかよ」
「何だってこいつらあたしたちの行く先に先回りしてるんだい」
聞く耳持たずに騎士たちはあっというまに彼らをとりまき、長い手槍を囲うようにして突きたてた。
「皆のもの!コレットは生け捕りにせよ!」
「…また私のせいだね。ごめんね、みんな」
じりじりと狭まる円の中心でまた、謝る。
それは癖のようなものだろうが、あまりにもことあるごとに連呼されると時々は神経に触れる。
こんなときであればなおさらだ。
はいち早く水月を引き抜いて眼前に構えた。
「俺様だって命狙われてる。先生とジーニアスはハーフエルフ、
しいなは裏切り者のミズホの民、リーガルも裏切り者扱いだ。」
「そんなことを言っている場合か?」
「じゃないがよ、かわいそーだろ?コレットちゃんも苦労してんのよ〜」
緊張感に欠ける声でゼロスは言ってそれでも剣を抜く。
その時だった。
小さな影が騎士の背後から割って入るとあっというまに円は崩れた。
「どいて、私に…任せてください」
「プレセア!」
走りこんできた影は大きな斧を遠心力で振るうと騎士たちを吹き飛ばす。
「ありがと… っ痛いっ…!くぅ…うう!」
「先生!コレットが!」
「熱があるわ、でもこの痛がりようは…」
突然に痛みを訴えかと思うとコレットは、自分の肩を抱くようにしてその場にしゃがみこんだ。
騎士を一掃するとプレセアが前に出てくる。
リフィルと入れ替わってコレットを見たと思われたその瞬間、少女は再び円を描くように斧を振るった。
「っ!!」
全員が反射的に後ろに退いて取り巻く形になる。
怪我はないが一発でもあたれば致命傷なのは重々承知。
なのに、プレセアは斧を自分たちに向けて振るったのだ。
「よくやったプレセア」
声に振り返るといつのまにか赤眼鏡の男が家の横の丘陵に立っていた。
その見上げる空の遥かから二頭の何かがこちらへ近づいてきている。
すぐ近くでホバリングをはじめる姿はシャープな陰影を地に落とす紫色の飛竜だった。
「コリン!」
しいなが叫ぶと煙とともにコリンが現れ、飛竜に向かったプレセアを突き倒した。
乗せる者をなくした飛竜の一頭は、気絶させられたコレットを鷲づかみにすると空へと舞い上がる。
もう一頭の飛竜には、赤メガネの男が乗って一同を見下ろしていた。
「わしの名はロディル!ディザイアン五聖刃随一の知恵者!」
自分で知恵者とか言うか。
見当違いな方向であきれている間にロディルは満足そうにとなりにぶら下げられている神子を見た。
「再生の神子はいただいていきますぞ!ふぉっふぉっふぉっ!」
「ディザイアン?どうしてテセアラにディザイアンが!」
「つっこみたいところは多々あるけど」
ぼんやりしている暇はなさそうだ。
は水月を抜き放つと飛竜の足元に駆け込んで剣を差し上げた。
といっても届く高さにはない。発動させたのは晶術だ。
「ギャワッ」
コレットを捕まえている飛竜が悲鳴を上げてふらりと中空でよろめいた。
危うくコレットを落としかけるが片足だけでもしっかりとその体を握っていた。
「なんということを、私のかわいい飛竜を…っ」
「っ!!」
「
!」
その背後から新たな影が
を襲う。
ふいの衝撃に水月を取り落とし、気づいたときには自分も肩口から捕まってしまっていた。
仲間たちが叫ぶがすでに高度が上がっている。
仮に魔術で救出されてもこの高度ではエクスフィアを持たないには致命傷になりかねない。ただてぐすねを引くしかなかった。
にしても、レンズの残る左腕はカギ爪に拘束されていたし丸腰ではどうしようもない。
「神子以外は用はないのですがね。お礼にこのままこの子たちの餌にするか、海にでも落としてあげましょう」
「おいおいマジかよ」
一気に高度が上がる。この場から離れようとしているのだ。
ジューダスが駆け寄ったが真下に廻ることももはやかなわなかった。
「
!持っていけ!」
何かを投げてよこす。危うく落としそうになったが開いている右手でなんとかはそれを握り締め、
はただ焦燥とともに見上げる仲間たちの顔を見た。
「ロイド、プレセアを頼めるか?」
「……あぁ」
とコレットが連れ去られてからまもなく。
どこか気が抜けたような返事をして、ロイドはプレセアに歩み寄る。
ポケットから取り出したのは抑制鉱石にまじないを刻んだものだった。
「これで正気になるはずなんだけど…」
「?」
「プレセア、大丈夫?」
はじかれたようにプレセアは周りをすばやく見渡した。
「私…?何をしているの?」
コレットに習うとすれば何をしていたかは朧には覚えていたはずだった。
「パパは!?」
それでも確かめるようにプレセアは走り出す。
誰も止める暇はなかった。
追った先で待っていたのはほこりの積もったベッドサイドで立ち尽くしているプレセア。
リーガルがそばによってプレセアに声をかけようとするが…
「私、何をしてたの?」
改めて気づいた現実は彼女に消えようのない傷を刻み込もうとしている。
「…いやぁーーーーーーー!!!」
誰でも良かったのだろう。
彼女はすがるようにリーガルにしがみついて嗚咽した。
元に戻すことが必ずしも彼女のためにはならない、といったタバサの言葉の意味をロイドたちが理解しかけた瞬間でもあった。
父親の埋葬が終わると、プレセアは墓前でぽつりぽつりと昔のことを話し出した。
父親が病気になって、代わりに働こうとしたこと。
斧を使えるようになりたかった彼女にロディルを紹介したのがヴァーリだったこと。
それから研究が始まったこと。
リーガルは彼女の家族を知りたがっていたようだが、わかったのは求めていた「姉」ではなく「妹」がいたとのことだった。
それも奉公に出たままどこにいるのかわからない、と。
プレセアは罪滅ぼしにコレットを救いたいと言い、リーガルもまた因縁の相手が同じ敵であることを理由にともに戦うことになった。
二人もさらわれて救出するのに手はあって足りないことはないのだ。
飛竜の巣は東の空。
そのために必要なのはレアバードと、この世界において1番目の精霊、ヴォルトの力だった。
