39.テセアラベース
空からも目を惹く水柱が、大海の真っ只中に現れたことに気づいたものは多くはなかった。
例えばそれを見ていたのがロディルであり、コレットでもあった。
軽くなったのか飛竜は更に高度を上げて南下をはじめている。
その足にはさきほどまで捕まっていた
の姿はない。
神子以外は不要と思ったのか大洋の只中で
は放棄されていた。
その東には冠雪にけぶる山々があった。
人が落ちて助かる高度というのはどれほどのものだろう。
常に疑問には思っていた。
高さによってはコンクリートに打ち付けられるのと同様の衝撃があるらしい。
だからいくら高い場所で危険を感じたからといって、下が水だからと安直に身を投げ出すのは自殺行為というものでもある。
ベッドに横たわって美しい文様の描かれた天蓋をぼんやり見ながらはそんなことを考えた。
『
、
?目が覚めた?』
ベッドサイドから声がした。
少しあせるような、けれど目覚めたと知って安堵したような「彼」の方を見ると存外近くに銀の片手剣は置かれていた。
『大丈夫?』
「ん、何か疲れた」
話しやすいようにうつ伏せになるとどっと疲れがやってくる。もう一度眠れそうなくらいだ。
『もう、心配したよ。まさか自分から飛び降りるとは思ってないし!』
「だってとりあえずコレットの身柄は大丈夫そうだけど、私は連れて行かれても飛竜の餌にされるだけだし」
なのであえて拘束している竜のカギ爪を振り切って投身したというのが現状である。
むろん高さを考慮しなかったわけではない。
海面にぶち当たる瞬間、ウンディーネを呼んだというだけだ。
「それよりリオンが心配してるんじゃない?とっさにシャルを預けてくれたものの下手すれば二人とも海の藻屑だったかも」
『まぁねぇ…その当たりはどう思ったのか後で坊ちゃんに聞いてみよう』
今頃彼は代わりに水月でも振るってるだろうか。
暖かな布団の中で
は寝返る。
途端にシュン、と扉が開いてレネゲードが現れた。
そう、ここはレネゲードの基地だった。
ここが基地だとわかるのは、以前シルヴァラントで見た部屋と装飾などが酷似していたためだ。
尋常ならざる水柱に偵察に来たのが彼ら。
ロイドの仲間だと知っているので彼らなりに何か役に立つと思ったのだろう。助けてくれた。
そこには幸いというべきかあのボータの姿もあった。
『女性の部屋にノックもなしに入るなんて無粋だなぁ もう』
シャル、君は一体何のために預けられたんだい?
暇つぶしと会話相手にはもってこいだけど。
ぼやいたシャルティエの声に
は苦笑する。今の状態でなんらかの戦闘になるとは思えもしなかった。
「お目覚めですか。いつでも構わないそうですが、ユアン様が呼んでおられます」
「はい、もう少ししたら行ってみます」
部屋の場所を聞いてまたベッドにもぐりこむ。
彼らなりのメリットを自分に期待しているのだろうが、一体何を期待されているのかまではわからなかった。
もっともこの間の話が途中だったことを考えるとにとっては聞いてみたいこともある。
『敵だか味方だかいまいちわからないけど助けてくれたのは幸いだったね。怪我とか痛いところはない?』
「シャル、心配性だなぁ」
『一応坊ちゃんから頼まれた身だからね。あんまり無茶は避けてよ』
はいはいと返事をしてサヤに入ったままの刀身を引き寄せる。
そうして話している方がなんとなく安心だった。
結局ベッドから出たのはそれから30分ほど経った頃だ。
造りはほとんどシルヴァラントの基地に似ていて、中では異色とも言える生活観を漂わせる部屋がユアンの部屋だった。
「率直に聞こう」
彼は部屋に入ってすぐにそう声をかけてきた。
「なぜお前はあんなところにいた。それも精霊と契約をしているなど」
ウンディーネのことはお見通しらしい。
むしろそれがあったから助けてもらえたのだろう。
も率直に経緯を話す。それが終わってもユアンはただ黙していた。
それが終わると
「もう行っていいぞ」
あんまりなお言葉だ。
「ところでボータさんはいませんか?」
「何の用だ」
「二度も助けられたからお礼を言おうと思って」
「…。そちらの部屋に行ってみろ」
言われたとおり続きの部屋に行ってみる。
そちらも執務室で、ただ他のレネゲードもいることでユアンの部屋よりは雑然として見えた。
「お前は…」
「
です。ボータさんがこっちにいるって聞いて…」
「何か用なのか」
近くで見ると本当にハーフエルフなのか?というほどごつい人だ。
よほど人間の親が体力派だったのだろう。などと余計なことを考えてみる。
「助けてもらったのでお礼に」
「…」
こちらの沈黙は多少驚きを伴っていた。
目をしばたたかせると頭を振るように視線をそらす。
こういうことはあまりないだろう。照れているのだろうか。
「礼はいらん。代わりにユアン様に必要な情報を提供するんだな。」
そうでもなかったらしい。
「…一応私はロイドに対する捕虜なんですか」
「まぁそんなところだ」
待遇が悪くないのでいまいち自分の立場がはっきりせずに釈然としない。
『ねぇ、戻った方が良くない?』
他のレネゲードの目を気にしたのかシャルティエに言われては元の部屋に戻った。
するとこちらには仏頂面のユアンがいる。
何をそんなにカリカリしているのだろうか。
それとも生まれつきそんな感じだろうか。謎である。
「ユアンさん、前の話の続きを聞かせてもらえませんか」
『またこんな時にそんな話し始めて』
シャルティエの声は諌めというよりあきらめに近かった。ため息が聞こえてきそうだ。
「どこまで話した?」
「クルシスは表でマーテル教を操って裏ではディザイアンを統べている、みたいなところで終わったような…」
『マーテル教はクルシスが世界を支配するために生み出した方便、って何かアタモニ神を思い出させるね』
久々に二人で話せて嬉しいのかしゃべりすぎなシャルをは軽く小突いた。ジューダスの気持ちがちょっとわかった瞬間だった。
「そう、天使とはクルシスの輝石という特殊なエクスフィアを用いて進化したハーフエルフのことだ。」
「そういえば、この間山頂でユアンさんにも羽がありましたね。天使なんですか?」
率直に聞いてみる。神経質そうな男にも見えたがそうでもなかったらしく気分を害することもなくユアンは持っていた書類から目を離した。
「そうだ、といったらどうなのだ。」
「別にどうも。でもクラトスさんの言葉から察するにユアンさんはクルシスの一員でもあるのでは?」
「だから?」
とすれば彼はクルシスでもあり、レネゲードの頭でもある。
獅子身中のなんとか、というやつだろうか。
考えてみればプロネーマといいロディルといいクルシスのメンバーはまとまりに乏しい気もする。
互いのことなどそっちのけなのだろう。
「クルシスの目的は…世界を支配するためだけじゃないですよね。
そうそう、前回はマーテルの話で終わったんでしたっけ」
マーテル、と聞いてぴくりとユアンの眉が動く。
書類を机に置くと両肘を机について組んだ手にはあごを乗せた。
「このいびつな二つの世界を作り上げたのがクルシスの指導者ユグドラシルだ」
しかし返ってきたのは予想外の答えだった。
世界を作り上げた者、それがユグドラシルその人だったとは。
世界を作るという大それたことなど普通ならば信用しないだろう。
しかし
にはこれらの世界においてあながちばかばかしいことではない。むしろ信じがたいことほど大切な事実であることも多々、あるのだ。
「そんなことができるんですか」
「信じないならこの話は終わりだ」
「どうやってやったか、という話です」
「…」
途端に沈黙するユアン。答えてよいことと、そうでないことを選んでいるらしい。
「精霊に干渉させる。私の答えられるのはここまでだ」
そして先に会話を打ち切られてしまう。
しかし他の話題については続けるつもりか先を継いだ。
「我々はマーテル復活を阻止するために動いている」
「そのために必要なのがロイドのエクスフィア、ということですか」
「まんざらな頭ではないようだな」
失礼なことを言われた気がするがため息だけではそれに答えた。
つまりやはり自分はロイドをおびき寄せるために使われかねない、ということだ。
まぁ裏を返せばそれまで安泰と思ってもいい。
現に手荒い歓迎は受けてはいないようだから。
「クヴァルもテセアラの研究機関も「エンジェルス計画」という共通のプロジェクトを行っているようでしたが、それについては?」
「クルシスとしての我々は互いの動向を監視してはいるが、関知はしていない。他に質問があるならそれだけ覚えた上でするんだな」
なんとなくピースが集まってきた。
ユアンも会話をする気がでてきたのか、聞く姿勢としては前向きになっていた。
といっても今はピースを組み合わせることに専念したいのでもう質問らしい質問はないのだが。
その時ユアンが立ち上がって…なぜか苦悶の表情を浮かべた。
腕を押さえて片手をマホガニーの机につける。どうやら怪我をしているようだ。
「くっ、クラトスめ…」
独りごちる。フウジ山岳で見たときは傷つけあうような仲には見えなかったが一体いつの怪我なのだろう。
は服の裾にのぞいている包帯を見た。
「…レネゲードって回復の魔術を使える人はいないんですか?」
「残念ながら。クルシスにならいないこともないが…」
「怪我をしたことを知られたくない、ということですか」
あれ?そうすると今の「クラトス」という言葉には矛盾が感じている。
クラトスもまたクルシスの一員で、隠しておくにしてはその名前が出てくること自体がおかしい。
「いつクラトスさんにやられたんですか」
「そんなことを貴様に話す必要はない」
「そうですか?ひょっとして私もその場にいたとかじゃないですか」
「!」
顔色を変えてユアンは
を見た。
それから記憶を引き出したのか「あの時の女か」とその口元が漏らした。
「やっぱりハイマで返り討ちにされた暗殺者はユアンさんだったんですね」
返り討ち、という言葉が彼のプライドに抵触したらしくますます苦々しい顔になる。
はシャルティエを抜くと、手持ちのディスクから1枚選んでそれをセッティングした。
「?」
「回復系ってあまり得意じゃないんですが」
入っているのは「わきあがる力」。もれなくファーストエイドが使えるようになる。
ただ、相性があるのかあるいは修練不足か戦闘に使えるほど簡単には使いこなせない。
なので、普段はリフィルたちに回復を任せ、滅多にお目にかからない逸品でもある。
「ファーストエイド!」
晶術は文字通りこの世界にはない。
マナの流れを捉えることのできるユアンにとっては不思議以外の何者でもないだろう。
マナを必要としないその技術をしげしげと眺めて結果、おとなしく施術が済んだ。
「その魔術は何なのだ?それとも魔術ではないのか」
「あ、これは晶術といってこういうレンズを通して精神波を増幅させるものです」
『
、またそんな簡単に教えちゃって…』
にしてみれば教えても害のない情報である。
どの道レンズはこの世界にはないのだ。
知識として残っても実用できるのはシャルティエ、水月に加え後はわずかな手持ちのレンズだけだ。
ふと、…
は整ったユアンの顔を見て思い出したことがあった。
「…ユアンさん」
「…なんだ」
「指輪、落としませんでした?」
それはほとんど直感だった。ハイマで拾ったイニシャルの入った指輪。
そのうちのひとつが「Y」だったことを思い出したのだ。
「!!?」
図星だったのか彼は表情だけで「なぜ知っている」といわんほどだった。
柔らかい用紙にくるまれたそれを出してみせると、次の瞬間言葉として発せられている。
「そ、それをどこで!」
「ハイマです」
「…そうか、やはりあの時…」
返り討ちをされたときに落としたのだろう。
もう痛まないだろう腕を無意識にユアンはさすっている。
「その指輪を返せ! 」
『意外と言葉の使い方を知らない人だねぇ…
それが人にものを頼む時の態度かな』
突然どなられて目をぱちくりとした
の態度にはっとしたのか、ユアンは一瞬自身を抑えるともう一度言い直した。
「…その指輪は私にとってかけがえのない物だ。返してくれ」
「いや、言われなくても返しますが」
「ありがとう」
そしてとたんに改心したように礼まできちんと述べられることになる。
Mというのが何を指すかは
にはわからない。
けれどそれを聞こうとするほど
は無粋ではなかった。
ともかく持ち主の元へ戻って安心だ。
それから3日ほど経ったろうか。
シャルティエもそばにいることからすっかりここでの生活にも慣れようと言う頃。
ユアンの執務室で今日も短い問答を繰り出していた二人の前に突然精霊が現れた。
「ウンディーネ?」
少し見上げる位置でウンディーネは浮遊しながらこちらを見下ろしている。
「二つの世界の楔は放たれました」
「世界の楔?」
「相反する二つのマナは今。分断されたのです」
水と反するのは…地、といいたいところだがここはヴォルトのことだろう。
レアバードを利用するにはヴォルトの力が必要で、おそらくコレットを救出するために他のメンバーはヴォルトとの契約に臨んでいるはずだった。
「マナが分断しただと!?どういうことだ」
ユアンが質問をする、というよりも何かを確かめるように叫んだ。
「マナは精霊が眠る世界から目覚めている世界へ流れ込みます
二つの世界で同時に精霊が目覚めたのは初めてのこと
これにより二つの世界をつなぐマナは消滅しました。」
返ってきたのはあまりにも事実に即した返答。
なので、彼にとって参考になったのかはわからない。
しかし
にとっては重要なことでもあった。
「それって互いの世界のマナの搾取が止まったってことだよね」
「そう二つの世界はやがて分裂するでしょう」
封印には二つの世界をつなぐという役割があるようだ。
それを知ってか知らずかユアンは厳しい面持ちをしていた。
ウンディーネは告げるべきことだけつげ、姿を消した。
「お前たちは精霊を解放するつもりなのか」
「今はまだ必要な精霊だけだけど…今の話を聞いちゃうとそうすることになるのかもしれないですね」
二つの世界をつなぐ、4対の楔。
少なくとも衰退と繁栄を繰り返す天秤を、ロイドたちは壊したがるだろう。
だとすれば、他の封印もとこうとする可能性は高い。
その時、低い振動があたりを揺らした。
家具から物が落ちるほどでなかったが棚の上にある装飾品はガタガタとかなりの勢いでゆれ、倒れかけていた。
「今のは…」
「楔のひとつが抜けたことで不安定になっているのだ。下手に開放をすればもっと激しい地震が起こるだろう」
「じゃあ全部抜いたら?」
「…地震は収まる。だが実際のところ、どのように「世界が戻る」かはわからんな。4千年も続いてきたバランスが崩れた挙句だ」
「でも…」
それはおそらくロイドたちは気づいていない事実。大切なことほど簡単で、見えないものなのかもしれない。
「楔でバランスを保っていた、ってことはマナはどっちの世界にもありったけ溢れるんでしょうね。それでいいのかな」
「……」
そもそもどうして分けられなければならなかったのか。
それも考えるべきなのだ。確かに今の世界の「仕組み」もおかしなものがある。
けれどどうして分けられたのか、そもそもがそこに答えの全てがあるはずだった。
ユアンは何も答えてはくれなかった。
