40.飛竜の巣
テセアラベース、と呼ばれるこの場所が騒がしくなったのはそれから更に数日後。
レネゲードたちは指示待ちで右往左往して見える。
実際は指令を受けて何かを構えているようだが、にはそれが何だかわからなかった。
わからなくてもなんとなく気づく。
レアバードを扱うためにヴォルトと契約したのなら彼らが次に来るのは…
ここだ。
この氷の山間に埋もれるように建てられたテセアラベースでは
さすがに向こうから来ることに対しては想定外なのかは軟禁もされていない。
『
、じっとしてた方がいいんじゃない?』
「じっとしてたら置いていかれちゃうよ。とりあえず格納庫に行こう」
それはビンゴだった。
レアバードの格納庫にたどり着くと既にユアンとロイドたちが対立している。
「相変わらずふざけた奴らだ。少しは話し合いの余地もあろうかと思ったものの…
減らず口もここまで!覚悟しろ」
どうやらユアンを怒らすようなことを言ったらしい。
せっかく話し合えるくらいにはなったのに…誰だかわからないけど破綻させた熱血バカを殴ってやりたい。
は彼らからは見えないように機器の合間を抜けるとレアバードを格納庫へ上げるためのバーをひいた。
「何だ!?」
突然せりあがってきた機体にどっちも驚いたらしい。
声がいくつかかぶっていた。
そしてバ、と視線が
に注がれた。
「
!?」
「良かった、無事だったんだね!」
こっくりと頷く。
にしてみると軟禁というよりなかなかおもしろおかしい居心地だったので恩を仇で返すようだが、恩はといえばこの間の治癒術で返せたことにしておこう。
そのまま射出モードにするとレアバードが勝手にマナを排気しはじめ光がともった。
「お前はこんなところで何をしている」
『…なんか怒ってますね、坊ちゃん』
「話せば長いことながら…後でねっ」
駆け寄ると一機のレアバードを確保する。
ロイドやジーニアスもそれに続いた。
「何だ、この揺れは!」
再び揺れが襲う。
それは精霊の楔を抜くことによって起こった世界分断への予兆。
「ロイド!これぞ神の好機!今のうちにレアバードを奪おう」
「あ、あぁ」
「ユアンさん、ごめんなさい」
ドゥっとレアバードが光の帯を発し、浮上した。
以前のようにシルヴァラントへ戻ったりすることはなく、雪国の冷たい風が頬を切るように過ぎ去っていった。
* * *
テセアラベースは北東の積雪地帯の山間にあった。
そこから左手に海岸線を見て南下すると雲の中に浮島を見つける。
島は左右にパイプのような岩がそそり立ち、あとは平坦でこれといったものはなかった。
その中央にコレットがいた。
その周囲に浮いているのはフウジ山岳で閉じ込められたのと同じケージだ。
オレンジ色の楯状の物体がゆるゆると回転しながらコレットを覆っていた。
「来ないで!罠だよ!」
の姿を見つけ、一瞬笑顔になるも、コレットは深刻な表情でそう叫んだ。
そこへ音もなくロディルがあわられる。
「まさかあれほどの高さから落ちて無事とは…悪運が強い、というのですかねぇ」
「今まで私を利用してきたこと、許せません。コレットさんを返しなさい!」
に向かって話すロディルにプレセアが敢然と斧を振り下ろす。
が次の瞬間、そこにロディルの姿はなかった。今いるのはその左手後方だ。
それからロディルはコレットを見て、馬鹿馬鹿しそうに笑った。
「フォッフォッフォッ、そんな出来損ないの神子などくれてやるわい。
どうりでユグドラシル様が放置しておくわけじゃ」
「でき損ないだと?」
「そうじゃ、その罪深き神子では我が魔導砲の肥やしにもならんわい。
世界も救えぬ。マーテル様にも同化せぬ。挙句こうして仲間を危機に陥れる。神子は正に愚かなる罪人というわけですなぁ」
「コレットさんに…ありもしない罪をなすりつけないで!」
プレセアをつき動かしているのは自責。
心を失っていた時とは言え、自分のせいでコレットが攫われた。
いつにない感情の高ぶりは彼女がクルシスの輝石の寄生から開放されつつあることを教えている。
「そうだ、罪を背負うのは私だけでいい。
愚かなる者よ、私とともに地獄に落ちるがいい」
「わしが愚かだと?ふざけるでない。この劣悪種どもが」
「みんな逃げて!」
「わしのかわいい子供たちよ、劣悪種どもを食い散らかすがいい」
結局、飛竜の餌にするつもりらしい。
また二頭の飛竜がどこからともなく現れ羽ばたきは土煙を攫っていった。
「この狭い足場において、逃走の確率は1パーセント」
どこか無機質な調子でプレセアが告げる。
逃げてといわれても逃げようもない。
「冗談だろぉ!死ぬのはごめんだぜ!」
「ちょっともったいない気はするけど…」
シャルティエのレンズに精神を注ぎ込む。
振り上げるとともに「グレイブ!」と叫ぶ。少ない大地が隆起した。
「ギャアッァッツ」
その片翼を石柱が貫く。
それだけで飛竜の動きは止まった。
「少しは役に立ったか」
「ん、今はじめて?」
『酷っ』
はジューダスの持つ水月とシャルティエを交換してもう一体の動きをけん制する。
のやり方を見てジーニアスとゼロスの魔術が、ロイドの剣が翼を狙う。やがて片翼を落とさんとされたその時。
「な、なんだ!?」
足場の横にある大穴からドラゴンが頭を出した。
「ひょっとして…こっちが成竜だったり…」
「まずいって。早く逃げようぜ!」
「でもコレットはっ!!」
「もうだめ、間に合わない…」
更なる振動が襲ったのはその時だ。
コレットを中心にマグマが湧き上がるように燈紅色の光が広がる。
空中ではあるはずのない地響きに驚いたのか危機を感じたのか、ドラゴンは巣の中へ退避してしまう。
幸い、というにはこちらにも不利な状況のようだった。
「このまがまがしい光は一体…」
液体が沸点に達したように燈色の光が空に沸いては消え、消えては沸いている。
誰もが異変を感じたのはその時だった。
「か、体が…動かないよ!」
「コレットだ!コレットの体内のマナがボクたちの方に逆流してきてるんだよ!」
揺れは更に激しさを増し、光もまた鋭く影を縫われたように動けなくなっていた。
それにしても人一人がこれほどのマナを持っているものなのだろうか。
それは彼女が既に「天使」だからには違いないようだった。
「コレットの下にある魔方陣の影響だわ」
「コレットそこから何とかして逃げるんだ!」
「だめ、鎖でつながれていて動けないの。
ごめんね、みんな。私、世界を救うこともみんなを助けることもできない。
中途半端な神子だったよね。
ロディルの言うとおり…罪深い神子なのかも」
「罪深い神子?くだらない」
確かに体は動かないが
は憤りをこめてコレットを見やった。
「コレットは「何もしてない」でしょ。それが罪だって言うならそれでもいいけど、……ウンディーネ!」
他の仲間たちにはまったく意図が読めなかっただろう。
しかし、その場にウンディーネがあわられると暴走するマナが巻き起こしていた磁場の重さは軽くなり、体は動くようになった。
マナにあてられているなら、それを消費して相殺すれば良い。
それだけの話だ。
「あなたは悪くない」
プレセアが弱くなったプレッシャーの中を、それでも重い足でコレットのいるケージへと近づいた。
「悪いのは神子に犠牲を強いる…仕組みです!」
斧を振り上げる。
気合とともに振り下ろすと、結界が爆ぜてロイドたちを襲った。
「いやあぁあ!」
「プレセア!」
ウンディーネは姿を消し一番近くにいたコレットが倒れた少女を支えた。
地鳴りがますます強くなる。
それは空中に浮かぶ飛竜の巣の崩壊を意味していた。
* * *
それから数ヶ月が過ぎた。
世界をひとつに統合する。そういった意味で精霊の楔を抜くために一同は封印をとくことを決めていた。
その間、開封できた封印は2つ。
ひとつは坑道に住まうノーム、そしてひとつは現在地である雪渓の町フラノールの近くにある氷の精霊セルシウスである。
「セルシウス様って美人だよな。なぁなぁしいな、召喚してくれよ」
「バカいってんじゃないよ!」
目にハートを浮かべながら手を組んだゼロスを切り捨てる。
しいなは悪寒を覚えたように両の肩を自分で抱いた。
時折パチリ、とストーブに入れられたまきが爆ぜる音がする。
「私はセルシウスよりノームの方が好きかも。あのリボンがかわいいよね」
「えぇー!?でも口が悪かったじゃないか」
しいなの正式な契約の文句を「随分かたっくるしいしゃべりかた」などとあっさり流したノームを見るからに、内面もかわいいとは言い難かろう。
しかし、察するに契約の儀式はある意味言葉には縛られていないということにもなる。
道理で
も契約できたわけだ。
「あのリボン…リボンじゃなくて削岩機だよね。まわってたし」
「え、マジ!?」
「ぜんぜん気づかなかった…」
頭の上に大きな赤いリボンをのせたもぐらのような二頭身にデフォルメされたノームはいろんな意味でイレギュラーだった。
ともかくコレットはその愛くるしい姿(?)を気に入ったらしい。
「残るはあとひとつ、ね…」
リフィルが深く息を吐く。
部屋は十分暖かくなっていたので吐息が白くなることはなかったが外はしんしんと雪が降り続いていた。
シルヴァラントの精霊の祭壇が4つだったことを考えると、相対するテセアラに残る封印はあとひとつ。
シルヴァラントには未だ手付かずの封印があるものの、二つの世界にうちこまれた楔の一方がすべて抜け落ちるのだ。
はたして何が起こることやら。
はストーブの前のラグに座って赤い火を眺めている。
仲間たちは概ね、世界が楔から放たれれば分かれてしまうと思っている。
だから、その後の処遇を考え始めているのだろう。
「シルヴァラントとテセアラは永遠に交流のない世界になっちゃうのかな」
「だとしてもやるんだろ」
「ああ」
「でも契約したとたんにレアバードが機能しなくなったら
僕たちどっちかの世界に残らなきゃならないってことだよね」
「そうね、最後の楔を切り離す前に
切り離した後の世界について調べておいた方がいいわね」
に言わせるとそもそもなくなってしまう次元の壁の突破は難しいとしても
レアバードが機能しなくなることの可能性は低いと思われる。
マナがどれほどどちらの世界に流れ込んでいるかも問題になるだろう。
と、その時コレットが悲鳴を上げて隣にいるしいなにしがみついた。
「きゃあっ」
ガタガタと部屋が大きく揺れている。
地震だ。
封印を開放する都度、その回数は増えていた。
精霊に言わせるとそれも楔の抜けた影響らしい。
「こりゃ早いところ残りの封印も解いた方がいいかもね」
「次は…闇の封印?」
セルシウスの住まう場所よりやや近く…雪景の街フラノールで十分な休憩を取った一行はそうして次の封印を目指すことになる。
その最中だった。
レアバードの上からでも震撼を浴びせられそうな、激しい光の本流がまっすぐに空から西の山向こうへと落ちるのをロイドたちは見た。
『**+*+++*+***!』
途端、脳裏に何者かの声が響く。
人語になっていない。だが、誰の何なのかはリフィルによって全てが理解できた。
「ヴォルトよ、オゼットに雷が落ちたらしいわ」
「今のが?」
「不自然なこと極まりないな」
レアバードの上で視線を交し合う。
空は雲ひとつなく雷の気配はもとより微塵もない。
まさしく晴天の霹靂に、顔色を僅かに変えたプレセアを慮り、急遽進路を変えて行って見る事になった。
「そんな…」
しかし、辿り着いたその時にはオゼットは炎の海に包まれていた
木造の家はあっけなく炎の前に崩れ去っていく。
凄惨な状況は雷が落ちた場所だけでないだろう。人々はどこへ行ってしまったのか人っ子一人辺りには見当たらなかった。
変わりに漂う木材以外の何かが焦げる匂い。
それが何の匂いかは考えたくもなかった。
「一体何がおきたんだ」
「見て!人が倒れている」
村の入り口のから離れるように奥へ進むと、すでに全焼してしまっている家の戸口近くに人影があった。
その隣に炭化した柱があって、それが倒れてきたのであわててロイドは少年?いや少女だろうか…のもとに駆け寄った。
「どうした、大丈夫か」
返事はない。
も駆け寄ってみるが村中をとりまく天を突くように燃える熱波は尋常ではなかった。
「ここも危ないよ、早く逃げよう」
「あぁ」
ロイドが意識を失っているその肩を引き上げる。
細い肩までの金の髪にかくれていた顔があらわになった。
白い頬は華奢な少女を思わせるが、それは少年だった。
コレットの法衣に似た白い服を着た金髪の少年。
ロイドたちは少年を連れて村はずれまで移動する。
ようやく落ち着ける場所にまで来て少年の頬を軽くたたくと「う…」とうめいて少年は瞳を空けた。閉ざされたまぶたの奥の瞳は淡い青だった。
「一体何があったんだ」
「よくわかりません。突然雷が落ちてきて天使様が村を襲ってきたんです」
「天使ですって!?」
考えたところでこんな晴天で雷が落ちるのはおかしいことだ。
しかし、少年の言うことが本当ならば不可思議なことでもない。
少年はおずおずとリフィルの顔をうかがうように続ける。
「羽が生えてました。羽が生えているのは天使さまなんですよね」
「くそっクルシスか」
「クルシス…村を滅ぼしたのは天使なんですね…」
自分の家の方を振り返ってプレセアはそう立ち尽くす。
もうそちらも手遅れだろう。
彼女は帰る場所も無くしてしまった。
「プレセア、大丈夫か」
「大丈夫です。でもこの釈然としない苛立ち… これが怒り…?」
戸惑うように胸に手を置いた。
少しずつであるが彼女にも感情が戻っている証拠だった。
「しかしよく無事だったなぁ生き残りはお前だけなのか?名前は」
「ボクはミトス…といいます。村のはずれに一人で暮らしていたから…」
「あれ。もしかしたらキミ、ハーフエルフじゃないの?」
「ボ、ボクは…ちが…」
途端に瞳の色を変えて、あとずさる。
浮かんでいるのは激しい動揺以外の何者でもない。
実にわかりやすい嘘だった。
「ハーフエルフは同種がわかるって言うけど、ミトス、君にはわからないの?」
「え…」
に言われてミトスは我に返ったように顔を上げた。
「安心なさい。わかるでしょう。あなたも私たちと同じ血が流れているのなら」
「!あなたたちも…ハーフエルフ…ですか!
でも人間と一緒にいるじゃないですか!」
「人間と一緒にいることがそんなに珍しいわけ?」
「
ちゃーん、箱入りみたいなこと言ってるけど制度や差別はわかるだろ?つまりはそういうことなのさ」
このパーティにもハーフエルフがいるせいか、それともが頓着しないだけか時折失念する。
それよりハーフエルフ自体が希少ではないか比べる基準もわかり辛いのだ。
それでもゼロスの言い分にああ、と納得してミトスを見返した。
「そうそう。だいじょうぶだよ。私たちみんな、二人の友達だから」
「人間がハーフエルフと友達!?うそでしょう!」
「うそじゃないよ、ボクと姉さんはこの人たちの仲間なんだ」
「安心なさい」
「う、うん でも」
「無理もあるまい。このオゼットはハーフエルフ蔑視の激しい村と聞く。この村に隠れ住んでいたのならつらい思いをしただろうに」
ハーフエルフだけではない。プレセアにすら呪われた娘というレッテルを貼っていたのだ。
田舎特有の相当の閉鎖根性であることは確かだったろう。
はその時、ぱきり、と背後で枝を踏む音を聞いた。
「これはどうしたことだ」
呆然としながらもそこに現れたのはタバサを従えたアルテスタだった。
「あんたは、確かアルテスタさんだったな。どうしてここに…」
「裁きの雷がこの村めがけて落ちたのを見て…しかしこれは一体」
「クルシスの…天使たちの仕業です」
裁きの雷。そういうからには誰が落としたのかはもうわかっているのだろう。
現にアルテスタはその事実よりも答えたプレセアにその小さな瞳をひげの上で目一杯大きくした。
「プレセア!正気に返っているのか!」
それは彼にとって喜ばしいことではなかったのか。
殊更、疲弊した顔を左右に振って彼はきびすを返してしまった。
「なんということだ。これは実験失敗の見せしめなのか…」
「どういうことだい?見せしめって」
「なんでもない。なんでもないんじゃ!」
早足で村を出て行こうとするマスターを追おうとしながらも思い直したようにタバサは踏みとどまって振り返った。
既に燃えてしまった家からはすすが、そうでない家からは炎が熱気を連れて村中に渦巻いている。
「マスターは自分のセいでオゼットが破壊されたと思っているのでス」
「アルテスタさんはオゼットと関係があるんですか?」
「はい。…スみません、マスターが心配です」
今度こそ振り返らずにタバサは去っていった。
「ミトス、お前も一緒に来た方がいい」
「はい、でもボクはハーフエルフで…」
「そんなこと関係ないと言わんばかりの人間がここにいるぞ」
この世界の基準でいうならハーフエルフを賞賛するなど異常ともいえるのかもしれない。
そんな
をみてまだそれを知らないミトスは首をかしげた。
「そうだね、君がなんなのかは関係ないし、また天使が来たら危ないから」
「一緒に行こう!」
ジーニアスが手を差し出す。おずおずと、それでもミトスという名の少年はその手を握り締めた。
