44.天使の病
「ロイド!…無事でよかった!」
外に出るとまず迎えてくれたのはコレットだった。
その後ろにはショコラの姿もある。どうやら救出は成功したようだ。
「ああ!あとはしいなに連絡を…」
「ロイド!」
シン
の叫びは一瞬早かった。
背後から突如フォシテスが現れていた。ふらりと影のように揺れながらも左手をロイドに向かって突き出し…
「そうは…させん!」
その口径からほとばしった光はロイドを直撃…したはずだった。
「私も五聖刃と呼ばれた男…ただでは…死なん!
劣悪種どもも道連れにしてやる! 」
辛くも逃れたロイドは振り返り対峙するようにフォシテスとにらみ合う。
「ディザイアン一の英雄とうたわれたおまえがそのような末路をたどるのか。フォシテスよ」
クラトスの声は同情に近かった。
それを聞いてはじめて、フォシテスの怪訝な表情が何かに思い当たったように変わっていった。
「…そうか、わかったぞ。
人間風情でありながら魔力の匂いを漂わす者!
おまえがクラトス…か」
「それがどうしたと」
「ユグドラシルさまのご信頼をうけながら…
やはり我らを裏切るのだな!だから人間など…信用できぬのだっ!」
砲口がリフィルたちとともに居たショコラたちを狙った。
「駄目っ!」
フォシテスの攻撃をコレットが庇い受け、倒れる。
「こいつっ!ゆるさねぇ!」
ロイドの剣がフォシテスを貫いた。
「ユグドラシルさま!
我らハーフエルフの千年王国を必ずや…!」
それだけ言い残し、フォシテスは事切れた。
ディザイアン一の英雄…シン
の知らないその一面は結局最初から最後まで垣間見ることはできなかった。
「コレット、大丈夫か!」
怪我は深くはなかったのだろう。
彼女は自分で起き上がって、攻撃により破けた服の上から腕をかばうようにしていた。
しかしそこからのぞくのは鮮やかなライトグリーン。
「これは…」
「み、見ないで!見ないでーー!!」
明らかに肌のあるべき場所に不自然なうろこの様なひび割れがの覗く。
見られることをはっきりと拒絶され、ロイドは狼狽した。
「ロイド!早く連絡を!」
「…でもコレットが…」
「神子はまだ死なぬ!
しかしこのままでは大地は死ぬのだ! 急げ!」
「あ…ああ…」
生返事でロイドは預けられていた機器に向かってしいなに連絡を取っている。
「まだ」死なない。
クラトスのその言葉に言い知れぬ予感を抱きながらシンは大地が震えるのを聞いた。
大いなる実りは聖地カーラーンの地中に再び収束した。
ユアンから礼を述べられとりあえずは大いなる実りもこの大地も失わずにすんだようだ。
大いなる実りが無事ということは種子と融合しているマーテルも無事ということだろう。
クルシスにとっては喜ぶべきことでレネゲードにとっては残念な結末を迎えている。
体の異変を見られたことで取り乱したコレットを休ませるために一行はイセリアへと踏み入れていた。
「…そうじゃったか。
クルシスの天使さまが…ハーフエルフじゃったとは…」
コレットの祖母、ファイドラだけに事実を告げ、ロイドたちはそれぞれ休息をとることにした。
…救いの塔も消えてしまった。
コレットには世界再生に失敗した神子としてつらい居心地になるかもしれないが今は仕方がなかった。
大地震で大地が切り裂かれた上、救いの象徴が消えた。
シルヴァラントの民にとっては大きなダメージには違いないだろう。
…村の様子を見てくるというロイドにリーガルやゼロスもついていった。
追放されている彼らだけで歩くのは不安だったからだ。
シン
はクラトスやジューダスとともに残っている。
「クラトスさん、これからどうするんですか?」
「ファイドラ殿とフランク殿から依頼を受けた。
ダイクというドワーフの元へ神子を連れて行く」
「ダイクさんのところへ?」
「クルシスの輝石のことは、ドワーフの方がくわしいだろう。
それが終われば、クルシスにもどる」
「クルシス、か…」
ジューダスがぽつと呟いた。
瞳は遠くに透き通るように見え、何を考えているのかはわからない。
「フォシテスって人は…五聖刃の中でもちょっと雰囲気が違ってたね。気のせいかな」
思い出したようにシン
。
クラトスが首を振ってそれから言った。
「あれは…過去にテセアラで起こったハーフエルフの虐殺事件の際、首謀者の人間を一人残らず殲滅したディザイアンの英雄だ」
「ディザイアンにとっての英雄、か」
皮肉げなジューダスの声。
「…英雄…」
「騎士道精神に溢れ、同志には優しく敵には鬼神の如く対したという」
「英雄って言うのはそういうものなのかもしれないね」
誰にでも正義があり、主張が異なれば正義も異なる。
鬼神のごとき強さと歌われたバルバトスだとて考えようによっては地上軍の英雄になりえたのだ。
複雑だった。
「そうだ。だから戦いは悲しい。
勝つということは相手の犠牲と憎しみを生むことだ」
「お互いを認め合える世界にフォシテスが生まれていたら
もしかしたら分かり合えてたかも知れない…そういうこと?」
「…あるいは、そうかもしれぬ」
両の腕を組んでうつむくクラトス。
「それでクラトスさんは本当にクルシスへ帰ってしまうんですか
」
「…私はクルシスの天使だ 」
「だったらなぜユグドラシルの命令どおり大いなる実りの暴走を放置しなかった?」
ジューダスの問いに考える間があった。
「私には私の考えがある。…それだけだ」
結局返ってくるのはそんな言葉だけで。
「結果としてマーテルは失われなかった。これはユグドラシルの望みにかなっている」
まるで言葉遊びをしているようだ。
望みにかなっていてもやり方は求められたものではないであろうに。
「ロイドが居たら聞くと思いますよ「あんたはやっぱり敵なのか?」って」
「おまえたちがクルシスやディザイアンを敵だというのなら…
私は敵だろう」
「私は思ってません」
「シン
」
ジューダスの声はなぜか制止するように聞こえた。
「もとい。クルシスやディザイアンはともかくクラトスさんが敵だとは思ってません」
じっと真意を問うような間があった。
「クラトスさんはいつもこの世界のあり方に疑問を投げかけていたじゃないですか。
知っていながら何より世界の改変を求めているなら…敵だなんて思えません」
「お前は強いな」
クラトスの頬にふっと笑みが落ちた意味をシン
は一瞬理解できなかった。
「旅を始めたころの皆なら天使であるだけですべて敵だとみなしていただろう。
まるで人間やエルフがハーフエルフを、ハーフエルフがみずから以外を…憎むように」
「今のロイドたちならそんなことはしないですよ」
「人は誰しも自分と違う者を受け入れるのに抵抗がある。
神子が世界を救い、ディザイアンは全て悪で人間は全て正しいという世界にいればそれだけを信じる方がたやすい。
事実、ロイドたちはそれを信じて神子の旅についてきた」
「…そうでしたね。だとすればみんな強くなったと言うことでしょうか」
「そうだ。それがわかればこそ、強くなれるのだ。
人や周りの意見に流されず自らの見たものを信じる強さ、
そして自分が嫌悪する者への理解、
心の目でものを見てそれが不快であろうと受け入れようとする勇気が
あいつらの中にも芽生えはじめた」
あいつ、というのはロイドのことだろう。
なぜだろうか。クラトスはロイドのことを無意識に気にかけている。
「…コレットがよく言いますね。どうしてみんな仲良くできないのかなって」
「ふむ。あの神子ならそういうだろうな」
「でも私は、みんなが仲良くしなきゃいけないとは思わない。
どうしたって嫌いな人もいるし腹の立つ奴もいる
でもそれでいいと思う。
ただ、無理やり相手の領分を侵さないで、そこにいることを認めあえたら本当はいいんじゃないかと思います」
「……」
「もちろんクラトスさんも」
「…いや。私には成すべきことがある。
おまえたちと共に旅することは…できぬ」
「そうなんですか?」
苦渋の選択じみた声音にあっけらかんとシン
。
それはそれで仕方がないと早い見識だった。
「お前の成すべきこととはなんだ。
お前がずっとテセアラをうろうろしてたのはそれが原因なのか」
「……」
侵されざる領分。
それがまさにそうであるようにジューダスの問いに返答はなかった。
結局、ダイクでも事態の解決はできなかった。
手がかりになるのはあとは同じドワーフであるアルテスタだ。
再びテセアラに戻ってきた一行はアルテスタの元を訪れていた。
「お前さんたち!」
まず迎えたのは驚いた第一声。
「お前さんたちがテセアラに戻ってきたということは世界は…」
「実は…」
追って経緯を話すロイド。
険しいアルテスタの顔が徐々に得心したように落ち着いていった。
「そうか…それで先日の大地震というわけか」
「こっちにも被害があったのか!」
「他の地方は大したことはないようじゃ。ただ…」
「この辺りでは崩落や土砂崩れがありまシた。ソれでミトスサんが…」
タバサの声でミトスに視線が集う。
その顔を見て驚いた声を上げたのはジーニアスだった。
「あれ!ミトス、どうしたの?怪我してるじゃない!」
「あ、これは…もう大したことないから…」
「外の岩をご覧になりましたか?先日
大地震があってソの時あの岩が私のほうへ落ちて来たんでス。
危ないところだったのでスがミトスサんが助けてくれてかわりに怪我をサれて…」
「そうだったの…でも無事でよかったわ」
「あぁ、それにタバサを守るなんてしっかりしてるぜ、ミトス」
「ミトスさんは優しいです」
「そんなこと…ないよ」
賛辞に照れたように瞳を揺らすミトス。
「そうだよ、姉さんを探すときも一緒に来てくれたし、ボク、ミトスのこと大好きだよ!」
「ありがとう…」
「いい奴、か」
ゼロスだけがどこか皮肉げな声で呟くのをシン
は聞いた。
その後、全員がそれぞれの場所に落ち着きいよいよ本題へと入ることになる。
「コレットの病じゃがおそらく永続天使性無機結晶症じゃろう」
あっさり原因はわかったようだが、一度では聞き取れず覚えられない単語が並んでいた。
「えいぞくてんし…?」
「百万人に一人と言う輝石の拒絶反応じゃ。しかし治療法ははるか昔に失われたと聞いておる。古代大戦時代の資料をみればあるいは…」
「やっぱり古代大戦か…古代大戦の資料ってどこを探せばいいんだ」
行き着く場所にロイドがひとつため息をつくとリーガルが体ごと向き直る。
「確かサイバックにミトスの足跡を中心にした資料館があったな」
「あ〜そういやそんなものもあったなぁ」
「そうだね…そうみたい。ボク、知ってるよそこ」
ゼロスに続いてそう言ったのはミトスだった。
いままでオゼットに隠れ住んでいたミトスがどういう経緯で知っているのかわからないが…
「資料館、ね。役に立つのかしら」
「ボクでよければ案内するよ」
資料館なら安心と強いジーニアスの推薦もあって案内を頼むことになった。
「ちょっとこれをみとくれよ」
サイバックの資料室。うずたかく積まれた本の合間でしいながその記述を見つけたのはここにある本の数からすれば奇跡に近かったのかもしれない。
古いページを指差すしいなの周りに輪が出来る。
しいなは本文中の一文を確かめるように指でなぞった。
「ミトスの仲間に体中が結晶化する病になった人が居るらしいよ。」
「それってコレットと同じじゃない?」
「その人はどうなったの?」
しどろもどろコレットが聞く。
「治療されたみたいです。」
答えたのはミトスだった。
「それはアルテスタ殿の言うとおり治す方法があったと言うことだな」
「失われた技術でなければいいのだけれど」
「ユニコーンが乙女を救ったって書いてあるけど」
「あっ、そういえば…」
静かな書庫で声を上げると途端に視線はシン
に集まった。
「ユニコーンが言ってたよ。「私はマーテルの病を治すために生かされていた」って」
「マーテルの病?」
「推論だけどマーテルはミトスの仲間で、コレットが大樹に見た人と同じじゃないかな。
ユニコーンホーンが必要なことには間違いないと思う」
「でも私の術ではコレットは治せないことは既にわかっていることだわ」
「ほかに必要なものがあるってことじゃ…?」
もう一度本に視線が集まる。
けれどそこに求める答えは記されていない。
「クラトスの言ったとおりだ」
ぽつ、と呟いたのはロイド。
いつ会っていたのだろう。神出鬼没なクラトスのことだからいつ現れてもおかしくないがロイドに接触をとっていることは気にかかる。
そんな心中はよそにコレットが聞いた。
「クラトスさんはなんて?」
「ユニコーンの言葉を思い出せ、ってさ」
「クラトスさんって一体何者なのかな」
「何言ってんだよ。何者もへったくれも結局は裏切り者だろ?」
そう辛らつに言い捨てるのはゼロス。
「信用しちまってあとで痛い目見たらどーすんのよ」
最もな意見だった。
しかし、彼は裏切り者という言葉に対して何か含むものがあるのだろうか。
殊更こういった話題になると「反対」を述べるのはゼロスだった。
「俺はクラトスを信じる」
「うん、そだね」
いつもどおりにロイドとコレット。
その様子にゼロスは黙って肩をすくめる。
「ロイドって…強いんだね」
苦笑しながらそういったのはミトスだった。
「そうか?」
「一度は裏切られた人を信じることが出来るなんてすごいよ」
「あいつは…何か特別な気がするんだ。あいつが俺を見る目に敵意をかんじねぇから…」
「ボクは…ロイドがうらやましい。ロイドみたいになれればよかった…」
自分なりに探して手にしていた本を棚に戻す。
金の髪が頬にかかってうなだれる様に見えた。
「だめだめ。ロイドみたいになったらミトスが馬鹿になっちゃうよ」
「あのなーお前なー」
「あははは、うん。本当に羨ましいや」
くるりと振り返った顔には暗い影は微塵もない。
馴れ合う二人をよそにリフィルはため息とともにびっしりと本の詰まる棚を見上げた。
「でもこれ以上の資料をどうやって調べたら…」
「ボク、テセアラ王室が編纂して保管しているって聞いたことがあるよ」
また、ミトスだった。
「確かにカーラーン大戦では王室とミトスはいろいろ因縁があったみたいだな」
「メルトキオね。教皇の息がかかっていて危険だわ」
「この際、贅沢はいえないよ」
肩をすくめてジーニアス。
プレセアはせっせと今まで開いていた本を片付け始めている。
「そうだな。俺たちはメルトキオに向かうけどミトスは帰った方がいい」
その言葉にひとりで帰れるからとミトスは頷き、全員がそれぞれの本を片手に散った。
「みんな、…本気で信じてるのかよ」
ゼロスの呟きは誰も聞くことはなかった。
指名手配をされているだけにたとえ神子といえどメルトキオの正門をくぐることはできなかった。
王都に潜入するための下水道。
そこでヴァーリとであったのは偶然だった。
「あとどれくらいで国王はくたばる?」
誰も居ないはずの地下水路で声を潜めたのは十字を掲げた兵士。
教皇騎士団の者だろう。
「この毒ならあと一ヶ月ってところじゃねえか」
「気の長い話だな」
「病死に見えるようにという注文だからな。ゆっくりだが確実に死ぬ毒だ」
そういってちゃりちゃりと金子を受け取ったのがヴァーリ。
確かめるように視線を落としてから瞳を細めてほくそ笑む姿まではシンたちからは見えなかった。
「もう少し辛抱下さるよう教皇様にお伝えしてくれ」
だが、無造作に放たれる一言。
これで病床に伏している理由がわかった。
それは仲間たちにも同じようだった。
「ははーん、なるほど。あの健康優良体の国王が病気だなんておかしいと思ったぜ」
口火を切ったのはゼロスだ。同時に姿を彼らにも見える場所へと現した。
「どうするのロイド」
「決まってる、ここで国王を助けておけば…」
「恩が売れるわね。行きましょう」
いささか動機は不純であるものの納得の人助けだ。
多勢に無勢であっさりと彼らはヴァーリと神官兵の口を封じた。
「こいつがロディルと教皇をつないでいたんだな」
「教皇には…くちなわも通じてる」
「テセアラのエクスフィアはヴァーリからロディルに流れ、クルシスの輝石に関する実験もロディルからヴァーリを通じて教皇へ流れていたのね」
「大方教皇の奴、協力する見返りに国王暗殺を持ちかけたに違いないな」
全てがつながった。
「よし、教皇の奴をおいつめようぜ」
ロイドの一言で次に向かう場所は決まったも同然だった。
教会だ。
* * *
「遅かったな」
教会にある部屋に入ると迎えたのは教皇の背中だった。
「そりゃ、どーも失敬」
「!!」
振り向いたその顔が一瞬にして凍りつく。
大方、先ほど倒した神官兵が戻ってきたとでも思っていたのだろう。
気づけば10人に囲まれているという教皇にしては、の話──…惨状だった。
「く、お前たち…いつのまに」
「あんたに聞きたいことがあるんだよ」
「陛下に…毒をもっているな?」
「知らんな」
「本当にツラの皮が厚いよなぁ」
「解毒薬はないのか」
「知らん!」
「動かないで」
プレセアが斧のきっさきを真一文字に教皇に向けた。
小さな少女に無機的な声で告げられさしもの教皇の顔にも動揺が走る。本人としては冷たい汗も感じていたことだろう。
「じゃあこの薬、飲んでもらったらいいんじゃないかな」
それは先ほどヴァーリから神官兵の手に渡った薬。
証拠のために持ってきたが、こういう使い方もありだろう。
「賛成!」
「どうせすぐ効く毒ではないようだし、かまわなくてよ」
「わ、わかった!机の引き出しの中だ!」
セイジ姉弟からも同意が得られたが残念ながら当の本人が先に口を割ってしまった。
「ありました〜」
コレットがすかさず引き出しをあさって解毒薬らしきものを探し出す。
「ボクもあんたに聞きたいことがあったんだ。
どうしてハーフエルフの娘をもつあんたがハーフエルフを虐げる決まりを作るんだ」
酷い扱いをされても教皇への批判を肯定しないケイト。彼女は他でもない教皇の娘だった。
率直に聞かれて教皇は苦々しく笑みを浮かべた。
「ハーフエルフか…わしだって若い頃はハーフエルフを虐げる制度は間違っていると考えていた」
「だったらなぜです?教会はすべての人々に救いの手を差し伸べるためにあるのでしょう?」
「お前たちにわかるか?
自分だけが老いていき同じ血が流れているはずの子供は老いることはないという恐怖が」
「そんなのケイトのせいじゃない。ハーフエルフは…そういう生き物なんだ」
「そうだ!だからうとまれる!わしは…自分の娘がハーフエルフだからこそ彼らを虐げるものの気持ちがわかるのだ。
恐ろしいのだよ、娘が!!」
叫んで荒くなった息を吐く。ひとしきりの想いをぶちまけたのか教皇はそれから顔を背けた。
そのまま机の方へ行って手を引き出しの下あたりに触れさせた。
体だけ退かせる形で再び教皇は笑った。先ほどとは違う、狡猾な笑みで。
「今、兵を呼んだ。ここで神子が死ねば教会は名実ともに私の配下となる」
「根性まで腐れてるな」
「神子なしで教会が保てるものか」
「ふん、セレスがおるわ!」
「やっぱり妹を巻き込むつもりだったか。このひひじじいめ」
セレス、と言う名にゼロスが吐き捨てるようになじる。
しかし教皇は開き直りとしかいえない態度で手を薙いだ。
「神子がいけないのだ!お前のようないい加減な男が何故神子なのだ!
お前さえいなければ私のハーフエルフ追放計画を邪魔するものはいなくなったのに!」
「人間は…どうして僕たちを邪魔にするの」
ジーニアスがわからないというように俯いて呟いた。
それすらも教皇にとっては当たり前のことでしかなかった。
「異端の者は排除される。当然の結果だろう」
「ふざけるな!ハーフエルフだろうが何だろうがこの世に生まれてきたかぎり誰だって何だってそのままで生きていいんだ!」
「動くな!」
突如現れた兵士に気を取られている間にスライドした書棚の向こうに教皇は消えていった。
「おいおいおい、このままじゃ教皇に逃げられちまうぜ」
「私が払います」
プレセアが前に出て巨斧を薙ぐ。
足止めにはなったが兵士たちは退いてくれそうにもなかった。
「神子…すみません、ご覚悟を!」
コレットは詰め寄られた分だけ下がろうとしたが下がれずに回避するために空へ飛んだ。
羽が光の粉を散らしながら兵士の前にふわりと浮かぶ。
「天使だ…!天使が光臨した!」
それを見た兵士の一人が驚愕の面持ちで叫んだ。
「スピリチュアの再臨だ!」
それを聞いたゼロスがにっと口角を上げたことには誰も気づかなかった。
「見ろ!おまえたちの神をもおそれぬ行為がクルシスからの使いをもたらしたのだぞ」
「?」
唐突に。
何を言うかと思えば彼の口をついて出たのはそんな虚言だった。
「神子!ではやはり…!」
「そう。彼女こそ死と破壊の天使スピリチュアの再来だ!」
「お許しを…!天使様!」
「あ、あの…えっと…どうしよう」
いましもひざまずき、許しを請うている兵士たちを前にコレットはおろおろと見下ろすばかり。
「おいどうなってるんだ」
「いいから俺様に調子をあわせろ」
どうやら死の天使とやらの言い伝えを使う気らしい。
ゼロスは「しっ」とロイドたちを制すると堂々と胸を張って
「天使様、この者たちの処遇はいかがいたしましょう」
大げさといえば大げさな優美さで朗々と尋ねた。
「コレット、殺すって言え」
それからこっそりとゼロス。
「で、でも」
「いいから、偉そうにな」
「えっと…死になさい」
「お…お許しを!どうか!!」
面白いほど簡単に彼らは屈服してくれた。
踊れといわれたら踊るのだろうか。
試してみたいけれどそれどころではないのでやめておく。
「天使様!彼らの命この神子に免じてお助けくださいませ。
私は天使様に仇なす者を倒し再び神子としてマーテル様の教えを広めて参りますゆえどうか…」
「許すって言ってやれ」
呆れるほどの三文芝居もコレットがいちいち指示されないと動かないあたり笑える要素でしかない。
ジューダスなどは見ていられないとばかりに軽く頭を抱えている。
それでも兵士たちには恐慌だったのだろう。
効果は抜群だった。
「あ、はい 許しましょう」
「聞いたな!天使様は神子こそが教会の聖なる意志だと認定された。即刻引きかえし我に仇なす教皇とその私兵、教皇騎士団をとらえるのだ!」
「わ、わかりました」
「神子とその仲間への手配は即刻撤回せよ」
「必ず!」
そして脱兎のごとく兵士たちは姿を消した。
「すごい…!みんなゼロスの言うこと聞いたよ!」
「スピリチュア伝説に助けられたな」
「シルヴァラントにもあったスピリチュアと何か関係があるのかな」
「さあなぁ、詳しい話は教会の資料でも読んでくれ」
それからゼロスは「スピリチュアは神子をないがしろにした国王を殺して神子を救ったことで有名だ」とこちらの伝説について教えてくれた。
「それで死の天使、か」
関係はわからないまでもこれで追っ手もなくなると思えば好機だった。