45.堕ちた勇者
「裏切り者…ゼロス。私を殺しに来たのか」
解毒薬で意識を取り戻し、病床に伏したままの王の発した一言目はそんな言葉だった。
「それは違うぞ!ゼロスはあんたを助けたんだ!」
「裏切り者、ね。こいつは俺様にお似合いだ」
かけられた言葉をそんなふうに軽口で流してゼロスは未だ床に伏している王を見下ろした。
「まぁとにかく俺たちは教皇に陥れられただけだ。テセアラに仇なすつもりはない」
「例えそれを疑ったところで教会と兵と民は神子ゼロスの味方をするでしょうね。
こちらにはスピリチュアの再来も居ることだし」
「何が望みだ」
王は大きく息を吐く。もう関わるのもこりごりといった様子だった。
「王室で保管しているという勇者ミトスとカーラーン大戦の資料を見たい」
「資料は2階の保管庫に収納してある。好きにするがいい。
しかしもう二度とわしの前に姿を現すな。
わしは…疲れた。
教会との権力争いはもうごめんだ」
「勝手なことを!」
「いいんだよ、ちび」
拳を握ったジーニアスを制してゼロスは苦笑をもらす。
「じゃあ陛下。勝手に見させてもらいますよ」
資料はよく整理されていて、ほどなくして目的の記述は見つかった。
「クルシスの輝石の浸食を防ぐためマナのかけらとジルコンをユニコーンの術で調合し、マナリーフで結ぶルーンクレストを作成した」
今はリフィルの手の中でページも中ほどで開かれている。
「中枢にマナリーフの繊維を利用することでバグによるクラッキングから…あぁ、ここから先は原理になるのね」
「つまりマナのかけらとジルコン、それからユニコーンホーンがあればいいって事かな」
「あとはマナリーフね。これらを要の紋に取り付けることで輝石の働きを抑えることが出来ると書いてあるわ」
それ以上必要な記述はないと見たのかリフィルは本を閉じた。
「そんなもんだれが作るんだ?」
「そりゃドワーフだろうが」
「コレットさんの体はどうなってしまっているんですか?」
「永続天使性無機結晶症…と書いてあったわ。
アルテスタの診断どおりね。全身がクルシスの輝石になってしまう病気なんだわ」
「よし希望が見えてきたぜ!」
必要なものを揃えてしまえば対処は出来るだろう。
だが、それを揃えるのはまた一苦労するに違いない。
「でもあまり時間はなくてよ。永続天使性無機結晶症は最終段階の皮膚結晶化の発症からおよそ数ヶ月程度で全身が輝石になるようなの。
完全に皮膚が輝石化すると次は内臓器官が輝石化して最終的には…」
「死ぬんですね」
「とりつくろってもしかたないわね。その通りよ」
「だったら急ごうぜ。可愛い子はより長生きしなくちゃなぁ」
ゼロスに促されて全員の足が外へと向かった。
「材料は…どこにあるんでしょうか」
プレセアの呟きにリーガルが振り返る。
「ジルコンなら以前わが社であつかっていたはずだ。レザレノ本社に行けば資料と在庫の保管場所がわかるだろう」
「マナリーフは…おそらくヘイムダールにあるわ」
次に声をあげたのはリフィルだった。
「エルフの里?」
「えぇ、子供の頃その草の名前を聞いた気がする」
「だがヘイムダールはエルフ以外の立ち入りを禁じている村だ」
「何でだ?」
リーガルの発言にロイドが返す。
それに答えたのはゼロスだ。
「昔人間との間でいざこざがあったらしいぜ。
今じゃテセアラ王の許可証を持つものだけが入れるみてぇだな。」
「王様…許可証を下さるかなぁ」
「さぁな。俺の顔も見たくないらしいし。ヒルダ姫にでも頼んでみるか」
「じゃあそっちはそれでなんとかなるとしてマナのかけらは?
一体どんなものなんだろう」
「さぁ」
首をひねる一同。
今度はコレットが手を挙げる。
「マーテル教の経典にこんな一文がありました。
母なる大地デリスカーラーン、その巨大なるマナは地上にそられをかけらと降らせ、ありとあらゆる命を生み出した」
「つまりデリスカーラーンにあるってことか」
「確証はないけど…」
肩をすくめるコレットにロイドの決断は早かった。
「敵の本拠地だな。そっちは後回しにしよう。
まずはアルタミラのレザレノ・カンパニーかヘイムダールだな。」
レザレノカンパニーからジルコンを探すことに労はかからなかった。
そして一同はヘイムダールのあるユミルの森へ向かうことになる。
王の書状のおかげで村に入ることは出来た。
しかしハーフエルフは入れないということでリフィルとジーニアスは村の外で待つことになった。
自分の生まれ故郷に踏み入れられないのはどんな気分だろう。
早くもどってやりたくなる。
人間もまた、招かざる客として待遇は良くはなかった。
「人間、これ以上お前たちに話すことはない」
族長はマナリーフの場所は教えてくれたが、早く出て行って欲しいようでもあった。
そこでマナリーフのあるラーセオン渓谷へ向かい今はたった一人山にこもる語り部の元を訪ねている。
「ところであなたはずっとここに住んでるんですか?」
「そうだ。私はエルフの里の伝承を時代に受け継がせるもの。
ここでマナリーフの織物を作りそこにさまざまな物語を編みこんでいるのだ」
語り部は指し示さないまでもその小屋には多種の織物があった。
時代を感じさせるものはタペストリーになっていて、それ自体が歴史を現している。
文字ではないので読み取れるものは各々異なるのかもしれないが、どれも貴重なものだった。
「どんな物語ですか?」
コレットが尋ねる。
「空から飛来したエルフの伝承や人の誕生、バラクラフ王廟の繁栄と衰退。天使の出現、大樹カーラーンとカーラーン大戦。そして勇者ミトスの物語」
「おいおいおい勇者ミトスの話ってのはヘイムダールじゃ厳禁なんだろ」
「ここはヘイムダールではない。
私はヘイムダールの掟に縛られないようにここに住み、伝承を残している」
そして語り部ははじめて織物を織る手を止めた。
キィっと織り機が声をあげ、振り返る。
「その伝承は「正しい」んですか?」
そう聞いたのは
だった。
「正しい?」
「私たちの見てきた物語はまるで子供の寝物語。
マーテル教会だって今なら捏造されてるものだと思えます」
「私は私の知っていることのみを織り残すだけだ。
真実は自分の目で見極めるしかない」
「じゃあ教えてください。あなたの知る伝承とやらを」
長命なエルフだからこそそれは可能なのだ。
ロイドたちも知りたいところであったのか黙って語られる言葉を待っていた。
刹那、沈黙があたりを支配する。
耐えかねたのかロイドが口火を切った。
「勇者ミトスって何者なんだ。俺たちの旅にはいつもミトスの名前が付いて回る」
「精霊の契約にもミトスの名前が出てきたね」
「コレットの病気の治療にもミトスの伝承が関わってた」
次々と言の葉はつむがれ語り部は手にしていた道具をつくりかけのタペストリーに乗せてひとつ息を吐いた。
もう若くはないだろう顔をあげて語りだす。
「ミトスは…ヘイムダールに生まれカーラーン大戦が始まると、村を追放された哀れな異端者。村に帰るために三人の仲間とともにカーラーン大戦を終結させた」
「異端者ってことは…まさかハーフエルフ?」
「ミトスがハーフエルフだと!?そんな馬鹿な!」
「信憑性はどう思う?」
ジューダスがこっそりと聞いてくる。
は語り部をみつめながら答えた。
「高いと思う。根拠はただの勘だけど」
ハーフエルフであることが馬鹿なことなどと、それこそ可能性としてはありえない。
同時に、この語り部は中立で「事実」を語る存在なのだと認識した。
「いかにも。ミトスはハーフエルフだった。
ミトスの仲間もハーフエルフで人間だったのはただ一人だけ。
彼らは異端視されながらそれを乗り越え戦いを終結させたのだ」
「そんな彼らの名前がなぜヘイムダールでは禁忌なんだ」
ジューダスが聞いた。
「ハーフエルフだからだ!」
ジーニアスが私怨、なのだろう。決めてかかるが語り部は首をふるばかり。
「それは、ちがう。オリジンに愛されし勇者ミトス。
それは堕ちた勇者の名前だからだ」
「堕ちた勇者?」
「オリジンを裏切りオリジンから与えられた魔剣の力を利用して世界を二つに引き裂いたのはほかならぬミトスとその仲間たち。
ミトス・ユグドラシルとその姉マーテル。
そして彼らの仲間ユアンとクラトス。
4人の天使が世界を変質させた。故にヘイムダールでは禁忌なのだ」
「!」
それはまぎれもない「事実」だった。夢物語などではない。その場に立会ったものたちから受け継がれる事実。
だからだろう。信憑性が高いとわずかな勘でも思ったのは。
「クルシスのユグドラシルが勇者ミトス!?」
今更驚くようなことでもなかった。
なぜだろう。それも勘であったのか。
4人の名前が出たことは
にとってははずれていた歯車がかみ合った瞬間でもあるようだった。
しかしロイドたちはそうもいかず拳を握りながら叫んだ。
「その仲間がマーテルにユアンにクラトス?そんな馬鹿な!」
「クラトスさんは四千年前の勇者の仲間…なんですか?」
「エルフとてそこまで長命ではなかろう」
口々に疑問が放たれる。語り部は静かに応えていく。
「天使とはカーラーン大戦で開発された戦闘能力のひとつだ。
これは体内のマナを使い一時的に体を無機化することで体内時計を停止させる。
おかげで天使は歳をとらない。エルフよりも長命となったわけだ」
「種の寿命を超えて長く生きることは…あまりよくないと…私は思います」
「もう何がなんだか…俺には訳がわからない」
「そうか?はっきりしたことがあるじゃねぇか」
ゼロスが楽観的な声で告げる。
「世界を二つに分けたのはオリジンの力が影響してるってな」
「魔剣…それがキーワードか」
ジューダスが組んでいた腕を解く。リフィルが一同の顔を見渡しながら継いだ。
「その通りだわ。私たちは本質を見失わないようにしなければ。私たちの最終的な目的は二つの世界を救うことだったはずよ」
「そうさ、大樹カーラーンを発芽させることには失敗したけど
世界をあるべき姿に戻せば…」
「少なくともマナを搾取しあう関係だけは改善できよう」
混乱から立ち直って次にあたるべきことにはたどり着いた気がする。
「そうだな、みんなの言うとおりだ」
「「下手な考え休むに似たり」」
ロイドが言うと何人かの声がそう重なった。
「ひでえな」
「次へ、向かいましょう」
そうしてマナリーフを手に入れ、向かうはデリスカーラーン。
それにはデリスカーラーンと地上とを結ぶ救いの塔へ行く必要があった。
鍵はゼロスのクルシスの輝石だ。
今は妹に預けてあると言うことでトイズバレー南東の修道院へと足を運ぶ。
その少女はゼロスと同じ赤い髪の少女だった。
病弱と聞いていたが大きな帽子をかぶり、膝上丈のスカートをはいているその姿からは病床に臥せっているように見えない。
「お兄…神子様、またふらふらしていらっしゃいますのね」
その上、口調も気丈であった。
「よーう。お前に預けといたクルシスの輝石が必要になったんだ。返してくれ」
「ご勝手に」
ぴしゃりといいきるセレス。
ゼロスは相変わらずにやにやといつもの表情を崩さずに片手を差し出す。
その上にむきだしの輝石が乗せられた。
「どうせそれは元々神子様のものですわ」
「悪いな」
「用がお済みならお帰りくださいませ!さぁ、早く」
「へーいへーい。あーい変わらず嫌われまくってるなぁ。
俺様かわいそー」
いつもの調子で肩をすくめて部屋を出て行こうとする。
「あ…お兄さ……」
「ん?何かな。かわいい妹よ」
「なんでもありませんわ!」
「あっそ」
あまりにそっけなく応えてゼロスは肩をすくめた。
「お気をつけて…」
最後にぽつりともらした声はゼロスには聞こえていなかったろう。
手を組んで全員が居なくなるのを見送った彼女の姿をは見た。
「どーよ、俺様なかなか愛されてるだろ」
「ずいぶんひねくれた妹だな」
「そう言うなって。昔から体が弱くてな。
それでもあいつのおふくろは…
いや、なんでもない」
一瞬だけ真顔になったゼロス。
彼は何が言いたかったのだろう。
ゼロスにとって本当に愛されているかどうかは知るすべもないことはなんとなくであるが察することができた。
「なんだか思い出しちゃうな。世界再生の旅のこと」
救いの塔へやってくるとコレットは天を貫く塔を見上げた。
「今度はお前の病気を治すために来たんだ。前とは違うよ」
「テセアラの救いの塔はどのような構造なのだろうか。
さぁゼロス。早くあけるのだ!」
目的の遺跡が見つかっても相変わらずなリフィルにせかされゼロスは石版に輝石をかざす。
「も〜おっかねーなぁ」
すると何もなかった塔に入り口が出現した、
「ひゃ〜どうよどうよ!俺様って今輝いてる?神子って感じ?」
「…」
輝石さえあれば他の人間にも開けられそうだと思うのは気のせいだろうか。気のせいというよりゼロスのせいだろう。
「はいはいはいとにかく行こうぜ」
「ひゃひゃひゃ。りょ〜かい」
「下品な笑い声だな」
ジューダスに渋面をされてもゼロスはめげない。
そんなゼロスに声をかけたのは
であった。
「ゼロス、どうかした?」
「何がよ」
「いつも以上にその…」
「うるさいってんだろ。こいつはいつもこうだよ。ほっときなって」
いつから聞いていたのか前を行くしいなが、前を向いたままで手を振る。
そうだろうか。
言われてゼロスとしいなとの間に視線を往復させてからはそれ以上の追求を諦める。
「鋭いねぇ」
最後尾でぽつ、と呟いた声は誰に届いただろう。
救いの塔の中に入るとテセアラ組の面々は一様に顔をしかめた。
シルヴァラントと同じようにそこには無数の棺が螺旋を描いて揺れていた。
「う…」
「なんと醜悪な」
「なんて哀しい場所なの」
「いやそんなことよりここは本当にテセアラだよな」
ロイドが首をひねりながらもあたりを見回した。
「そう、そうだよ。シルヴァラントの救いの塔と全く同じじゃないか」
確かに宙を舞う使者の群れも天を突くような柱も祭壇もみな同じだった。
「体が…震える。ここ、同じだよ」
「馬鹿な…」
「ロイド、これに覚えはなくて?」
「これは!俺がつけた傷だ!」
「ずっと思っていたんだけど…二つの世界の救いの塔は同じものなんじゃない?」
既に気づいていた。だから戸惑ったりはしなかった。
位相のずれた二つの世界に二つの塔。
ここは世界の境界だ。
「その通りだ。ここで二つの世界は繋がっているのだ。同じで当然だろう」
の言葉を肯定する形でクラトスが現れた。いつもの燕尾ではなく天使の装いで。
「クラトス、またあんたか…あんたは一体何者なんだ?」
「本当に四千年前の勇者ミトスの仲間なのか?」
「わかっているなら話は早い。神子にはデリスカーラーンへ来てもらわねばならん」
「まだそんなことを言うのか!」
「世界をゆがめてまでどうしてマーテルを生き返らせようとするんだ!」
「語る必要はない」
クラトスは静かに剣をぬいた。
それでも鞘と剣とをこする音がさまたげるもののない空間に響く。
「あんたはやっぱり俺たちの敵なんだな。もしかしたらって思ってたのに!」
「今更何を言うのだ」
黒い翼の天使たちが舞い降りる。
一様にガラス玉のような瞳を持つ天使は銀色の剣を抜いて周囲を囲んでいた。
「抵抗はやめることだ。抵抗すれば容赦はしない」
浮遊感があった。
そこはエレベータであったらしくそのまま音もなく上昇をはじめた。
それからしばらくは記憶がない。
天使たちにしてやられたのだ。
けれど体にも別状はなく、ただ囚われの身となっていることだけが今わかる事実だった。
「まだ生きているのか。俺たち」
鉄格子の向こうに広がる何かの研究棟のような無機質な光景をながめながらロイド。
「コレットちゃんを治療する準備が整うまでは命があるみたいよ」
「あのままじゃ使えないんだとさ」
「はめられたのかもな。
コレットを治療するための道具を僕たちにそろえさせてそれからここにつれてくればあいつらも手間が省ける」
ジューダスが静かに腕を組んだままロイドを見返していた。
「クラトスの奴そのために俺たちを利用したのか?」
「我々はともかくコレットたちが気がかりだな」
リーガルが小さくため息を吐く。
男性だけがここに集まっているのだ。女性陣は……と思ったところで壁を隔てた向こうから声がした。
「聞こえてるよ」
「
!」
「隣に居るの。今なんとかするから…っ」
コレットが気張るような声をあげて牢に手をかけた。
天使の力は健在だ。
みしりと音を立てて牢を作り上げている鉄格子は開かれた。
ロイドたちの牢はプレセアと二人がかりでこじあけて一同は解放された。
流線型の建物に、ととのった「街並み」。
ロイドたちは知るすべはないがここは天使たちの住まう街だった。
生活感のない広場には天使たちがいる。
不思議なことに誰もみとがめはしなかった。
誰もしゃべらない。誰も振り向かない。
ウィルガイアという名の天使の居城は不気味な沈黙に包まれていた。
端末を見つけてマナのかけらのありかを探す。
保管庫の位置はすぐにみつかった。
けれど
が気になったのは端末にある
「大地延命計画 」とかかれた文字列だった。
天使たちは自分たちをあえてみとがめないのでゆっくりと端末から情報を引き出す。
「これは…二つの世界を分けることになった経緯かな」
「どれどれ?」
十人が全員同時には端末を見ることが出来ず、はそれを読み上げることになる。
「マナの消費量を最低限に抑え大樹の種子と世界を維持するためには世界を二つに分ける必要があった。
さらに精霊の力によって楔を守護させマナの流れを調整することで世界が必要以上に繁栄をすることも抑えられる」
「精霊の楔、か。俺たちが抜いてきたやつだな」
頷いて先を続けた。
「大きな繁栄は魔科学の発展と無意味な戦争を引き起こす可能性がある。
指導者ユグドラシルによって提唱、実行されたこの大地延命計画は世界を維持するシステムとして大変優れたものとなっている」
「どこらへんが優れたものだって言うんだい。聞いてみたいものだね」
しいなが吐き捨てるように顔をゆがめる。
はあえて最後の文は読むことをやめた。
『エターナルソードを有し、力としている指導者ユグドラシルだからこそ為しえたといえるだろう。』
賛美ともいえる文に納得する人間はここには居まい。
代わりにしいなとは対照的に表情を変えずに推測を述べる。
「魔科学が発展すればマナは足りなくなる。結局マナの少ない状態で世界を生かすには確かに「繁栄させない仕組み」は必要だったんだろうね」
「二つに分けることで少ないマナの流れを随時きりかえ、温存させるためにも、か」
の言葉にロイドは難しい顔になる。
認めたくはないが、世界崩壊を防ぐひとつの方法といえば方法だ。
少ないどころかマナはもはや枯渇寸前なのだから。
そういう意味ではエクスフィアはマナを必要としない新たな資源ということもできる。テセアラの繁栄はマナの乱用よりエクスフィアに頼っていたところも大きいはずだった。
「エターナルソードの項目もあるよ」
「何だって?」
は端末を操作し、再び情報を呼び出した。
「オリジンが契約者である指導者ユグドラシルに与えた魔剣。
その力は強大で、時間と空間を操る力を有し指導者ユグドラシルの力の源といえる、だって」
「それ以上のことは実になりそうな記述はなさそうね」
ユグドラシルが世界の二つに分けることに使ったのは既に周知の事実だ。
もしこの剣が失われればユグドラシルの力は大きく低下する、とは書かれていたが実際のところ、それ自体がユグドラシルにとってネックになることはないだろう。
もっともロイドたちが扱うことが出来るなら、脅威にはなろうが。
「マナのかけらを下さい」
端末を一通り検索して情報を引き出した後はマナの配布エリアへ向かうことになる。
あっけらかんとそう手を差し出したのはコレットだった。
「人間…か!?」
驚くだけの感情が残っているのだろうか。
いまさらのように天使はそう声をかけてきた。
「これはクルシスの輝石を研究するための素材よ」
機転をきかせたリフィルの一言が疑いを晴らしてくれる。
「ハイエクスフィアの?
そうか。確か人間を使った研究が行われているといっていたな」
「そう、そうなの。そのためにマナのかけらが必要になったのよ」
そうしてあまりにもあっさりとマナのかけらは手に入った。
長居はしていられない。あとは脱出だ。
どうやら居住エリアらしい広場を抜けて歩道を奥へと進んでいくとワープポイントにたどり着く。
果たして、その先は救いの塔だった。
そのホールの中央、円の描かれたその場所に燐光を宿す剣が主を待つように佇んでいた。
「まさかこれが魔剣エターナルソード?」
「おいおいおい、そんな大事な剣ならこんなところにほったらかしにしてねーだろ」
「これをもって帰ってヘイムダールの族長に見せたらどうだろう。」
「そうだね。そうすればはっきりするよ」
ロイドが手を伸ばそうとする。しかし
『資格なき者は去れ』
声とともにかれは何かにはじかれたように反り返り、危うく転びそうになるのをこらえた。
「いててて…どうなってるんだ」
「無駄なことはやめるんだな」
「ユグドラシル!」
突如として現れたユグドラシルに、一瞬にして緊張が高まる。
「資格なき者はエターナルソードに触ることすらかなわない」
抑揚のない声がそう告げた。
「資格なき者?」
「きっとオリジンとの契約だよ!
それはオリジンがそいつにだまされて渡した剣なんだろ」
「ふはははは!お前たちは本当におろかだな。まぁいい」
ジーニアスの推論に実に愉快そうにユグドラシルは笑った。
「オリジンはクラトスが封じている。
どのみちおまえにその剣は装備できない
エターナルソードの力がなければ二つの世界を元通りに融合することも出来ない
お前たちの旅は無駄なのだよ」
「無駄…だと!
無駄なことをしているのはお前だろ!」
一段高くなった場所に羽をゆらりとゆらすユグドラシルに向かって拳を握るロイド。
「死んだ人を生き返らせるなんて!
第一そのことと世界を二つに分けることにどんな関係があるんだ!」
「世界が二つに分かれているからこそ世界は存続している。」
「違う!
二つに分かれているからマナが欠乏して数え切れない人々が犠牲になってるんだ」
違わない。現存するマナは大いなる実りから滲み出しているものだけなのだ。
魔科学が発展してしまえば大いなる実りのマナはあっというまに枯渇するだろう。
それもひとつの事実であった。
ユグドラシルは確かめるように一堂を見渡し、
「考えてみろ。何故マナは欠乏しているのだ?どうだ?そこの我が同族よ」
ジーニアスへと視線を止めた。
「ボク!?えっと魔科学の発展でマナが大量に消費されたから?」
「そう、そして魔科学は巨大な戦争を産み落とした。戦争はマナをいたずらに消費する」
ユグドラシルはジーニアスの答えに満足そうに頷いて見せた。
「話を摩り替えるな。
おまえが大いなる実りを発芽させないからマナ不足も解消されないんだ」
「すりかえてはいない。
大樹がよみがえったとしても戦いが起これば樹は枯れる。
戦争は対立する二つの勢力があるから起こるのだ。
だから私は世界を二つに分けた。
あのおろかなカーラーン大戦を引き起こした二つの陣営をシルヴァラントとテセアラに閉じ込めるために」
それが事実だった。
伝承でも伝説でもない。
四千年前に起こった事実。
それが当事者の口からようやく語られた瞬間だった。
「そしてマナを搾取しあい繁栄と衰退を繰り返すことで魔科学の発展も抑えられているというわけね」
「最も今は少々テセアラにjかたむきすぎだが」
それは神子の世界再生がうまくいっていないことを意味している。
コレットも、世界の仕組みを知ったからにはもはや自分を差し出してまで再生は祈らないだろう。天秤は今も傾いたままだ。
「嘘だ。お前はマーテルを助けるために大いなる実りを犠牲にしてるんだ」
ロイドは核心に迫ったつもりであったが返ってきたのはあまりにもあっさりとした肯定だった。
「そうだ。お前がコレットを救うために衰退するシルヴァラントを放置しているようにな」
「それは…」
「やっていることは同じだ」
「ち、ちがう…」
「違わない」
「違う!ロイドはお前なんかと違う!」
「何…」
拳を握り締めたのはジーニアスだった。
「ロイドはコレットも世界も救える道を探してる。お前はそれを諦めた意気地なしだ!」
「同じことだ。私は何者も差別されない世界を作ろうとしている。それが世界を救う道だ」
「何者も差別されない国?それは…」
あの天使の街を見れば一目瞭然だった。
ユグドラシルが目指すもの。それは…
「人は異端のものに恐怖し、それを嫌悪する。自分と違うものが恐ろしいのだ。
ならばみなが同じになればいい。
エクスフィアを使い体に流れる人やエルフの血をなくせばこの地上のものはすべて無機生命体となる。差別はなくなる。それが私の望む千年王国だ」
「みんなが…同じ…?」
「そうだ。ディザイアンもクルシスもそのために組織されている。
差別を生む種族の争いは消えるのだ。ジーニアス」
「差別されなくなるの?本当に?」
ふらりと誘われるように一歩進み出るジーニアス。
「ジーニアス!だまされるな!」
「そのためのエクスフィアはどうやって作られていた?
マーブルさんみたいに誰かの命が削られてエクスフィアが出来るんだ。そんなのおかしいじゃねーか!」
「改革に犠牲はつきものだ。それがわからないならここで朽ち果てるがいい。
ただし神子は渡してもらう」
「駄目だ!それだけはさせない!」
「ならば力ずくで奪うまで」
「うわぁあ!」
光の羽を羽ばたかせながら舞い上がったユグドラシルにジーニアスは悲鳴ともつかない声をあげてファイアボールを放った。
無論、直撃を避けたユグドラシルの視線が、ジーニアスに向く。
その時だった。
「ユグドラシル様!」
壇上にプロネーマが現れた。
「この小僧!同族とはいえ、許せぬ!」
プロネーマの盾が空に円を描いたかと思うとマナが収束する。
攻撃はジーニアスに直撃するはずだった。
しかし
「ユ、ユグドラシル様」
愕然としたプロネーマの声。
つきとばすようにしてユグドラシルはジーニアスを庇っていた。
いや、庇った、といってよいのだろうか。
しかし突き飛ばし間に割って入った様は確かにジーニアスを庇ったかのように見えた。
「プロネーマ!何用だ」
「は、あの…礼の件が動き出しました故…」
「わかった。覚えておけ。全てを救える道がいつもあるとは限らない」
動揺するプロネーマに構わずユグドラシルは低く声を落とした。
「ロイド、お前の追いかける道は幻想だ」
光りが視界を被ったと思うともうそこに二人の姿はなかった。
「どうして俺たちを見逃したんだ?」
怪訝な声でロイドが呟く。
その後ろでジーニアスがうめくような声をあげた。
「まさか…まさか」
「どうしたの、ジーニアス」
「なんでも、ない」
「ロイド、一刻も早くコレットの治療を」
リーガルに促されて、ロイドは彼を振り返った。
「そうだな。いったん戻ろう」
