−48.マーテル
マナの流れを表すように明滅を繰り返す床。
大いなる実り、だろうか。
宙に浮かぶ薄青の光りの花びらに守られるように眠る女性。
女性の体からは白い光りが絶えず流れ出し、コレットに注がれていた。
そこは大いなる実りの間。
救いの塔の最も深き場所にあるマナの満ちる空間だ。
「いよいよだよ、姉さま。
この体は姉さま固有のマナに一番近いんだ。
今まで何度も失敗したけど今度は絶対にうまくいく…」
ユグドラシルはマナの流れを見上げながら満足そうに微笑んだ。
「マナの充填が終了したようです」
「よし、やれ」
傍らのプロネーマが粛々と声をかける。
ユグドラシルは声音を変えて命じる。と同時だった。
「コレットを返せ!」
「ロイド貴様どうやってこの部屋に…この部屋はクルシスの幹部にしか開けられないはずだ」
「そんなことどうだっていいだろ
どのみちお前の身勝手な千年王国の夢はここで潰されるんだ」
剣を抜き放つロイドとジューダス。
気後れはない。
むしろユグドラシルこそ苦々しそうに端正な顔を歪めた。
「無駄なことを…」
「ロイドは傷つけさせないよ!」
その時。
ありえない光景が待っていた。
大いなる実りの後ろ、柱の上にしいなが現れたのだ。
しいなだけではない、ジーニアスもプレセアも、リフィルもリーガルもいる。
全員が揃っていた。
「みんな!?どうして…無事だったのか!」
「言ったろ、メインイベントまでには間に合ってみせるって」
「私と同じ苦しみを背負いたくなかったのだろう?」
「せっかく新しい世界が出来ようとしているのにそれを見逃す手はないわ」
「まだ、戦えます。戦える限りあなたの傍にいます」
「へへーん、どう?見直した?」
口々に減らず口をたたいてみせる。
「やれやれ、死んでも死なないやつらだったな」
「みんな…よし、一緒に戦おう!」
嬉々としてロイドが拳を握る。
「雑魚どもが。プロネーマ、お前の不始末だ。やれ!」
「は、はい」
仲間たちも意気揚々と降りてくる。
勢いからしても軍配はこちらに上がっていた。
そのまま、プロネーマを打ち倒すとプロネーマは這いつくばってユグドラシルに助けを請うた。
「ユグドラシル様…苦しい、お助け下さい」
ただミトス様は大いなる実りを見上げるばかりで振り向こうとすらしない。
その時。
マーテルから流れていたマナが光りを増した。
女性の姿が消え、光りの玉となって虚空に浮かぶ。
「成功だ!姉さまが目覚める!」
「ユグドラシル様…ミトス様…どうか」
「私をその名前で呼んでいいのは私のかつての同士だけだ!消えろ!」
文字通りユグドラシルは豹変し、部下であるはずのプロネーマを消し炭にしてしまった。
「ひ、ひどい…」
一同が見守る前でゆっくりとコレットは目を覚ました。
否、果たしてそれはコレットだったのだろうか。
彼女はゆっくりと確かめるように床を踏みしめながら前へ進み出た。
「姉さま…!やっと目覚めてくれましたね」
「うそだろ…コレット…うそだろ!」
ただならぬ雰囲気に中にいるものが何なのか感じ取ったのかロイドが絶望的な声をあげる。
「ミトス…あなたはなんということを…」
コレットは消え入りそうな声で、だが、確かにそう言った。
「姉さま?あぁ、この体のことですか?
クルシスの指導者としてふさわしく見えるように成長速度を速めたんです
待ってください。今昔の姿にもどりますから」
光に包まれるとユグドラシルの姿はまだ年端も行かぬハーフエルフへと変わる。
それを見てコレットは悲しそうにかぶりを振った。
「ミトス、そうではないのよ。
私はずっとあなたを見てきました。動かぬ体でただ成すすべなくあなたがしてきた愚かな行為を」
ミトスの表情が変わる。
笑顔はそのままはりつき、ただ彼女が何を言おうとしているのか待っているようだった。
「忘れてしまったの?私たちが古の大戦を食い止めたのは人とエルフと狭間のものとが皆同じように暮らせる世界を夢見たからでしょう?」
「何を言っているの姉さま?せっかく新しい体を用意したのに」
張り付いた笑顔は空しい笑みに変わる。
悲しそうに眉が動き、ミトスは苦笑した。
「やっぱりそれでは気に入らなかったんだね」
「ミトス、お願いです。私の言葉を聴いて。
あなたのしてきたことは間違っている
少なくとも私たちが目指してきたものとは違います」
「間違ってるって?姉さまがボクを否定するの?」
「違うわ。思い出して欲しいの。こんなことはやめてもう一度昔のあなたに…」
「姉さままでボクを…否定するの?」
ミトスの中で何かが瓦解したのはその時だったのだろう。
激しくかぶりを振ると狂ったように彼は笑い出した。
「姉さまがそんなこと言うはずない
はは…ははは、あははははは!
そんなこと許さないからな!」
同時に広間は、崩壊を始めた。
無差別的に突きつけた手の先はロイドに向かう。
白い光りが収束したかと思ったが、次の瞬間、その光りは霧散していた。
「大丈夫かロイド!」
「何をするんだ!」
現れたのはゼロスと
。
無論、
も無傷だ。
そればかりか自由を謳歌している様子で彼女はゼロスの隣に立っていた。
「どういうつもりだ!マナの神子から解放して欲しいんだろう?」
「わりぃな、それ、もういいや。
お前らを倒しちまえばそんなこと関係なくなるしな」
「ゼロス!やっぱり戻ってきてくれるのか。それにも!」
「悪かったな。こうでもしないとこれが手に入らなかったんだ。
ほらよ」
投げられた小さな光りをキャッチしてロイドは手の内を覗き込む。
それは小さな鉱石のように見えた。
「そいつをドワーフの技術で精製するんだ。
人間でもエターナルソードを使えるようになるらしいぜ!」
「お前、まさかこれを手に入れるためにわざと…」
「そうさ、そのアホ神子と
があたしたちをトラップ地獄から助け出してくれたんだよ」
「
が…?」
しいなの台詞に神経質に反応を示したのはジューダス。
それはつまり、はじめから
も知っていたと言うことになる。
「でもだましてたのはホントだ。今まで散々足をひっぱってきたからな
それぐらいはやらねーと許してもらえねーだろ」
「じゃあ
はどうなんだよ!」
聞きたいことはロイドが聞いてくれた。
「そりゃ俺様たち、ツーカーな仲であるわけだしよ」
事実はうやむやになりそうだった。
「有〜能なパートナーだったぜ?」
「馬鹿者」
ついに耐え切れなくなったジューダスの一喝。
それもこの場は当の本人に笑顔でかわされてしまったが。
「とにかくだ!許して欲しかったらさっさと一緒に戦えよ」
「了解〜」
ミトスが再びユグドラシルの姿をとる。
その背には12枚の光りの羽がゆらりゆらりと開かれていた。
「貴様ら…許さないぞ」
「許さなくて結構!」
「あんたの計画もこれで終わりだよ!」
しいなの炸力布が先手を取った。
「ボクの邪魔はさせない」
ゴッと風の吹く音がしたかと思うとリーガル足元から気が噴出し、青い髪を舞わした。
接近してきたユグドラシルに目にも留まらぬ速さで蹴りが繰り出される。
「三散華!」
強烈な回し蹴りが三発。
ユグドラシルは高速に移動してそれを避けた。
「フリーズランサー!」
「ミトス、ごめん。タイダルウェイブ!!」
とジーニアスの詠唱が同時に終わり、氷の刃と怒涛がユグドラシルを襲った。
「やぁっ」
プレセアが巨斧を降りあげユグドラシルの体を裂く。
軌跡が孤を描き斧の重量がプレセア自身を持ち上げた。
「たあっ」
その反動で落下しながらもう一度孤を描き渾身の一撃を繰り出した。
「必殺、魔人剣・双牙」
衝撃波が走る。しかし、めくらましにしかならない。
ロイドはその隙に接近するとユグドラシルを取り巻くシールド越しに肩を押し当て叫んだ。
「獅子戦吼!」
獅子の形に気が噴出し、ユグドラシルを吹き飛ばす。
「調子に乗るな!」
ユグドラシルの手に光が収束した。
「ホーリーランス!」
「っとと、あぶねー」
羽を広げて空中に舞い、ユグドラシルの後方に着地するとゼロスは剣を突き出した。
「閃空裂破!」
十二枚の翼を広げ簡単にそれを避けてしまう。
しかし着地点にはジューダスが待ち構えてきた。
「見切れるか! 喰らえ!翔破裂光閃!!」
上段への突きがユグドラシルを捕らえた。
ユグドラシルは悲鳴を上げながら体を反転させジューダスに向き直るが、後方でしいなとが詠唱していることには気づかなかった。
「イフリート!」
「ウンディーネ!」
地獄の業火がユグドラシルの体を包み、焼いた。
そこに
ウンディーネの放った水の渦がすさまじい蒸気を上げさせる。
「ぐあああぁぁぁぁっぁぁl!!!」
ユグドラシルの悲鳴は何かが溶けるような音にかき消されてロイドたちの耳には届かなかった。
視界を埋め尽くすようにたちこめる白乳色の高温の霧。
水と炎の魔力は、相乗効果によりすさまじい熱気をあたりにたちこめさせる。
それから肉の焼けこげるようなしめった匂い…
ユグドラシルは精霊の力の前に倒れた。
「コレット!」
ロイドがコレットに駆け寄る。
「くそ!姉さまを返せ!」
体をひきずるようにユグドラシルは一歩、また一歩とそちらへ歩み寄った。
「さようならミトス。私の最後のお願いです。この歪んだ世界を元に戻して」
「嫌だ!姉さま、行かないで!」
「こんなことになるのならエルフはデリスカーラーンから離れるべきではなかったのかもしれない。
そうしたら私たちのような狭間の者は生れ落ちなかったのに…」
マナが舞い、コレットから光りが離れるとそれらは大いなる実りに再び収束された。
それはマーテルがコレットから離れたことを意味する。
「そうか…そうだったんだ。あは…はははは…
姉さまはこんな薄汚い大地を捨てて、デリスカーラーンへ戻りたかったんだ」
遂に膝をついて見上げるように笑い出すユグドラシル。
「そうだよね。あの星はエルフの血を引く者全てのふるさとだものね」
「ミトス…?」
「わかったよ、姉さま。こんな薄汚い連中は放っておいて二人で帰ろう。デリスカーラーンへ」
ミトスが両手を捧げるように天を仰ぐと呼応するように大いなる実りはゆっくりと、だが確実に浮上を始めた。
マーテルであった光りのコアを抱きながら。
「みんな、ミトスを止めて!私の中にいたマーテルが私に呼びかけるの!
マーテルは…ミトスを止めて欲しいのよ!」
コレットが我に返ったように叫んだ。
「ふざけるな。姉さまがそんなこと言うわけないだろう。このできそこない」
「言ってたもん!これ以上人やエルフを苦しめないでって泣いてたもの!」
無視して再び天を振り仰ぐミトス。
「ロイド、わかってんだろーな。
ここで大いなる実りを失ったらレネゲードの期待を裏切ることになるんだぜ」
「あれがなければ大樹の発芽もなくなるわ」
「マナがないと大地も死んでしまいます」
「お前が目指すのは世界の統合。ならば…」
「わかってる」
ゆっくりとユグドラシルに歩み寄るロイド。
その剣は、ユグドラシルを確実に捉えていた。
「そんな…僕が負けるわけがない。
姉さまと…帰るんだから…」
倒れこんだ姿は霧散する。
ジーニアスは駆け寄って、唯一残された輝石を拾い上げた。
大いなる実り降下が始まる…
「終わった」
ほっと息を吐いたのもつかの間。
「それはどうかな」
現れたのはクラトスだった。
「まだ世界は引き裂かれたまま、大樹も発芽していない。何が終わったのだ?」
「丁度いいあんたに聞きたかった。あんたはミトスの何に共感したんだ?
どうしてオリジンの封印に協力したんだ」
「ミトスは…私の弟子でありかけがえのない仲間だった。
それで…十分ではないか?」
この部屋に入る前にカギのように扉を開けたのは一振りの剣だった。
ユグドラシルの言葉を鑑みるにクラトスのものだったのだろう。
だとすると彼は一部始終を見ていたのだろうか。
答えたクラトスの瞳の奥には言い知れぬ遠い光りが宿って見えた。
「仲間だったら…そいつのしていることがどんなひどいことでも許すって言うのか!」
「これ以上話すことはない。オリジンの封印をときたければ私を倒すがいい」
「クラトス、待て」
「オリジンの封印の前で待つ」
ただそれだけを残してクラトスは姿を消した。
クルシスの消えた大いなる実りの間はわずかな沈黙に飲み込まれていた。
