−49 いつかの空へ
ヘイムダールへ行けと言うゼロスの言葉に従って、一路レアバードを南へ向ける。
「マーテルさんって…すごい人だったんだ」
森に入って、木漏れ日の降りそそぐ道を歩きながらコレットが呟いた。
「どうしたの突然」
リフィルが思わず足を止める。
さわさわと世界に起こっていることなど気にも留めないように木々がさざめいた。
「私の中にあの人の意識が入ってきたとき、あの人の心が私にも見えたんです」
俯くコレット。
「たくさんの人に傷つけられて裏切られて胸の中は哀しみでいっぱいだった」
「そう、マーテルもハーフエルフだったものね」
「それなのにあの人がこの世界を愛していたことも痛いほど伝わってきました。
ミトスのように、世界を恨んでも仕方が無いと思うのに…」
再び歩き出した足元がコツコツと木をたたく音がする。
いつのまにか道は森に沈む湖にかけられた木橋へと変わっている。
「どこからそんな気持ちが生まれてくるんだろね」
は澄んだ湖の青を見つめながらため息をついた。
裏切られても世界を愛する、とはどのような気持ちなのだろう。
おおよそ自分には見当もつかない。
それほどに寛容な人物だったのだ、マーテルとは。
人と世界とを分かって考えれば簡単なことだろう。
世界は人のみにて成り立つわけではないのだから。
けれど、マーテルはそれでも人も愛していた。
きっとそうなのだと思う。
「…あの人なら…世界を救うために自分の身を犠牲にするかもしれない」
「それでも駄目だよ。自己犠牲なんて美しいものじゃない」
「うん、わかるよ今なら…でも…」
「神子の儀式は…マーテルの器を探すための儀式でもあった」
リフィルがはらりと落ちてきた緑の葉を目で追いながら確固とした口調で言った。
「マーテルの生き方をなぞらえているのかも知れないわね」
その視線がふと、ひたと前方を捉える。
ヘイムダールの門の前で、族長が彼らを待ち受けていた。
クラトスは既にオリジンの眠るトレントの森へ入っていた。
けれど焦るロイドを制したのは意外にもコレットだった。
仲間たちもそれに賛同し、トレントの森を前に一行は村で一晩、明かすことになる。
リフィルもジーニアスも今般に限っては入村の許可をもらい、ロイドとともに夜を迎えることになった。
月が満ちる夜だった。
森は暗闇に沈んでいる。
沈黙は辺りを支配し、村の明かりだけが孤島のように心もとなさそうに灯っていた。
クラトスも同じ月を見上げているのだろうか。
は、先を思いため息をつく。
まさかあのクラトスがロイドの父親だったとは。
改めて思う。
その親子が明日、戦うことになる。
ロイドは一人でクラトスと剣を交わすだろう。
物語はいつだって皮肉で一杯だ。
勝敗の行方は分からない。
クラトスは…死んでしまうのだろうか。
「随分と憂いていることだな」
「ジューダス」
振り返れば闇夜にとけるような黒衣の少年。
今思うことでもないかもしれないが、少し身長が伸びたろうか。
カイルたちと旅をしたときから思えば随分と月日を送ってきたものだ。
「進んで単身でクルシスの元に落ちた人間が、何を憂うことがある?」
「う…」
ジューダスの言葉はとげを含んでしかも皮肉で一杯だった。
怒っている…のだろう。
何も相談しないでゼロスの片棒をかついだ。
それはそれは危険な役割であったけれど。
「事の顛末を話せば許さないことも無いぞ」
今回に限っては馬鹿者と言う言葉が飛ぶ前にそう声がかかる。
しかしそれはそのまま怒りの大きさを示すバロメータであり。
隠す理由は特にない。
は素直に話すことにした。
「顛末って言うかね、フラノールでゼロスがいなくなったでしょ?」
「あぁ、その後お前も姿をくらましたな」
「いや、別に追いかけたわけじゃないんだけど…その時に深刻そうな顔で呟くゼロスをみつけちゃったんだ。『アイオニトス、俺に出来るのか』って」
ジューダスの視線が一瞬だけ地に落ちる。考えて返ってきたのは一言だった。
「…何がだ。一人で取ってくる事、か?」
「そう思うでしょ。だから私も聞いたの。はぐらかして教えてくれなかった」
「それで?」
少し冷たくなってきた夜風が二人の頬を撫でて、闇色の髪を揺らした。
「だから言わないなら、みんなに言う、って言った」
「…」
ゼロスにしてみれば、はぐらかしたくらいなのだから知られたくなかったことだろう。
それがロイドたちの耳に届けば大げさなことになるに違いない。
きっと退くに退けなくなる。
それどころか当のゼロスをおいて風雲急を告げるだろう。
その時のゼロスの慌てっぷりが目に浮かぶようだ。
ジューダスは軽く額を押さえる。
『それでなんで君が一緒に行くことになるわけ?』
耐え切れなかったのだろう。シャルティエが会話に参加してきた。
「なんでって…なんで?」
「僕に聞くな。お前が答えるんだろうが」
素で自分でもなぜだかわからなかった
が復唱するとジューダスの眉間にしわが寄った。
「ただ手伝おうと思っただけなんだけど…」
「結果、一芝居うった、というわけか」
それほど器用なわけじゃない。芝居といってもゼロスの一人芝居だったようなものだ。
迫真の演技は
も内心、本心ではないかと思ったほどだった。
事実、半分は真実だったのだから誰もがだまされても仕方ないというものだが…
「ジューダスたちのことも心配だったんだけど。結局ロイドと二人きりになっちゃったんだね」
「あぁ、語るほどのことじゃない」
人には語らせておいて。
は表情だけで不満を示してみたがジューダスはどこ吹く風だ。
「それで。今度は何を悩んでいた」
ようやく話が冒頭に戻る。
ため息の原因を聞いてきたのだ。
はジューダスに背を向けると月を見上げる。なんでもないように。
「クルシスは崩壊した。これで最後だ、とロイドは思ってる」
「違うのか?」
「ジューダスはどう思ってるの?」
その問いにジューダスは少し考えてから答える。
紫闇の瞳がまっすぐに
のことを見つめていた。
「世界を統合する。それが最後の仕事だ。そのためにここまで来たんだろう?」
「…そうだね、そうなんだよね」
普通ならばそうなのかもしれない。けれど
には強烈に感じていることがある。
それは…
「予感がするんだ」
「予感?」
「わからないけど、ただ予感がする」
終わらない。
の中ではそれだけが確実な事実だった。
さくり。
草を踏む音が闇夜に響く。
そのまま二人で涼んでいると姿を見せたのはロイドだった。
「なんだ、二人も眠れないのか?」
その後ろにはプレセアがいる。
「珍しいね。プレセアも?」
「はい…なんだか目が冴えてしまって」
いつもどおりのどこか無機質な声で返してくる。
「もうすぐ…この旅も終わるんですね」
それでもどこか感慨深そうに瞳を細めて彼女は森の奥を見つめた。
「そうだな、明日…クラトスを倒してオリジンを解放すれば…」
「ロイドさんはクラトスさんとの戦いに…抵抗は…ないんですか?」
ないわけはないだろう。
けれど聞いてしまうところがプレセアらしい。
「無いって言ったら嘘になる。
でもクラトスは…俺たちと戦うことをのぞんでいるみたいだから」
「俺たちって…ロイド、サシで勝負をするつもりじゃないの?」
「そのつもりさ。でも俺たち全員の戦いでもあるだろ」
お約束な熱血発言に
もジューダスもくっと笑みを漏らす。
言った本人はごくごく真面目だ。
「わかりません。もう戦う意味は無いように思います。
クルシスは…もう事実上崩壊していますから」
「でもクラトスさんは…クルシスの天使としての自分に決別したいんじゃないかな」
視線が集う。
もうクルシスは無い。けれど未だ持って彼がクルシスの天使であることに変わりは無い。
それが変わる日が…訪れるのだろうか。
「それは…物理的に天使であることをやめるだけではだめなのですか?」
「…心理的にやめるのよりは簡単そうだけどそれも難しそうだね」
「そうするにはもう既に長く生きすぎたんじゃないか」
「うん、俺もそう思う。四千年ってどれだけの時間なのか俺には想像もつかないよ」
かぶりを振るロイド。静かに目を閉じた。
「四千年…そうですね、種の限界を超えて存在し続けることは…つらいです」
そうなのだろうか。
日々を日々としてすごしている
には…わからない。
どんなすごし方をして、何を思うかは人によって違うだろう。
ましてやクラトスが何を思って生きてきたか、推し量れる由もない。
「それだけの時間があったら…俺はどうするんだろう」
「いつか…生きることに飽きてしまう…そう思います」
「そう思わないだろう人間もいるだろうがな」
ジューダスが代弁するように言ってくれた。
どこかあきれた風に。
世界は流転する。
変化は常に伴う。
それらに目を向けることすら飽きるときが来るのだろうか。
「そうだな。俺も長生きできればできること、たくさんあると思う」
「人は…いつか死ぬことがわかっているから一生懸命生きるのではないですか?」
「プレセアは…そうなの?」
「
さんは違うのですか?」
「私は、死ぬことがわからなくてもその瞬間を大事にしたいよ」
「その瞬間を…」
そうして生きてきた。
いつ死ぬかなんて思ってたらそれこそ発狂してしまうだろう。
じっとうつむくプレセアの瞳から感情を読み取ることはできない。
「死ねば…なにもかも終わってしまう。だから、そのときまでに自分のなすべきことを探している。そんな気がします」
それは時間をとめられえたプレセアだからこそ思うのだろう。
死から遠ざかっていた彼女。
プレセアは生きる理由を探しているのだろうか。
「あぁ…そうだな。確かに夏休みがずっと続いたら宿題なんかやらないしな」
「………それは違うだろう」
「わかりやすいけどね」
ロイドは笑顔でシリアスな空気をぶちこわしてくれた。
「私は…村のみんなが私を追い越して成長していくのをずっと見ていました。
私も…みんなといっしょに新学期を迎えたかった」
「…」
プレセアは暗い森に向かって歩を進める。
小さな背中がなおいっそう小さく縮こまって見えた。
「私一人が…まだ夏休みだから」
「プレセア、夏休みは終わりだよ」
「え…?」
「私たちを会って、あなたの時間は進みだした。だから…」
「そうだよ、俺たちと一緒に成長していけばいいんだよ」
いいことを思いついた、といわんばかりにロイドは瞳を輝かす。
「ロイドさんたちと…一緒に?」
「俺、この旅が終わったら世界中のエクスフィアを回収する旅をしようと思うんだ。
もう二度と、プレセアみたいな夏休みに閉じこめれらる人を出さないためにもさ」
「わたしもロイドさんたちと旅をしたいです。
みんなと一緒なら私の空白の時間を…うめられるかも…しれません」
「そうだ、ジューダスたちも一緒に旅をしようぜ。この先もやることがないなら、さ」
「この先も、とは失礼な話だ」
「あっ悪ぃ。ひょっとして…ジューダスたちももうやることを決めたとか?」
ジューダスの視線が
に向かう。
の視線もジューダスのそれに向かっていた。
「ひとつ…試してみたいことがある」
「試してみたいこと?」
のそれは可能性だった。
前から思っていたこと。
でもジューダスにも話したことのないこと。
「エターナルソードを使って世界を統合したら…それちょっと貸してくれない?」
「貸してって…何する気なんだよ」
「私たちの世界に帰る」
「は?」
「!」
ジューダスの瞳が何を言い出すのだと訴えている。
は笑顔で話を続けた。
「だから私たちの世界に帰るの」
「あの、それはいったいどういう…」
「私たち、異世界人なんだ。ずっと黙ってたけど」
取って着けたようにいうな。
ジューダスの表情がそういいたげに歪んだ。
「嘘だろ!?」
「嘘だと思うならそれでもいい。私は一向に困らない」
「いや、そんなこと言われても俺が困るんだけど」
意味もなくロイドは顔の前で片手をひらつかせている。
そしてその視線が…ジューダスへと向いた。
「…残念ながら事実だ」
冗談だ、と言って欲しかったかもしれない。
だから残念などとジューダスは言う。
それにしてもいつからそんなことを考えていたのだろう。
ジューダスは思う。
思い付きかもしれない、と。
事実、エターナルソードと聞いたときに時と空間を飛べるだろうことは想像していたのだ。
にとってはそれはこの世界とは更に違う場所と時間かもしれない。
けれどなじみのある名前でもあったのだから。
「
とジューダスが異世界人…でも全然違わないのな」
「だから今まで気づかなかったでしょ。人間なんてそんなものかもね」
「…気づきませんでした…」
ある意味天然的なコンビはそれでも事実を受け入れたようだった。
「それで、エターナルソードを使えばその、二人のいた世界ってのに戻れるのか?」
「多分。時空をつかさどるエターナルソードなら…できると思う」
世界を統合するほどの力。
次元に干渉する力。
異世界と呼ばれるいくつも存在しているであろう世界に干渉できる要素は十分なほどだ。
何より、精霊の存在がこの世界と、「リオンの世界」が平行して存在していることも証明している。
試してみる価値はあるだろう。
その時だった。
「あっ、ずるいよー!ロイド!!」
少年がこちらに気づいて闇夜の中を駆けてきた。
なにがずるいのか、言わずもがな。
プレセアのことだろう。
彼女は彼の想い人だからして。
しかし少年は、そこにジューダスと
の姿を見つけて歩を緩めた。
なんだ、二人きりじゃなかったのか…
ほっと彼は胸をなでおろすとともに誤解を動揺で表していた。
「ジーニアス」
その後ろからリフィルとリーガルが姿を現した。
「なんだ、みんな眠れないんじゃないか」
夜はもう少しだけ長くなりそうだった。
