−51.意志を貫く者
青い空間が広がっていた
「この先にミトスがいるんだな」
「大いなる実りも一緒にあるはずだよね」
仲間たちは再び集っていた。
各々が試練を乗り越えて。
プレセアも無事で彼女はロイドと一緒に
たちを迎えに来てくれた。
あと一歩だ。
見上げる先はそう遠くは無い。
そして…
朽ちた神殿の玉座に彼はいた。
「かえる…私は…還る」
「ミトス…僕の話を聞いて!戦うなんてやめよう」
「世界を統合するために、大いなる実りを返して!」
「かえる…私は…還る」
ミトスは瞳を閉じたまま。
「おかしい…まるで人形みたいだ」
何の反応も無い「ユグドラシル」の姿にロイドたちは構えを解いて数歩近づいた。
その時だった。
「これは…」
プレセアの腕からクルシスの輝石が離れた。
輝石は光になってミトスの元へと向かう。
それはミトスの胸に吸い込まれるようにして消えると彼は瞳を開けた。
翠色の瞳。世界を覆う森と同じ色の瞳が見下ろす。
「ようやく融合できたよ。ご苦労だったね」
「くそ!そういうことだったのか」
「ミトス…マーテルは…もう亡くなったんだよ」
コレットが胸の前で手を組んで言った。
だがユグドラシルの瞳に映ったのは烈火のような怒り。
「うそをつくな!姉さまは生きている。ボクがこうしてこうしてクルシスの輝石に宿っているように…」
「それは生きているんじゃない。無機生命体に体を奪われているだけだ」
それでもミトスは自分の意志で動いている。
いや、それとももう寄生が始まっているのだろうか。
今の彼からはそれはわからなかった。
「それの何がいけないんだ」
「何…!」
返ってきたのは軽い否定。
まなじりを跳ね上げるとロイドは思わず口走った。
「どうせこの体に流れているのはボクたちを差別する人間とエルフの血だ。
そんな汚らわしいものは捨てて無機生命体になったほうがマシだよ」
「本気で…言っているのか」
「そうだ。みろ!無機生命体になれば姿形や成長の促進も思うがままだ」
ユグドラシルの体が、少年のそれに変わる。
ミトスは微笑みすらすると雄弁に語り続けた。
「みんなが無機生命体になればいい。
前にも言っただろう。差別をなくすにはすべての命が同じ種族になるしかないのさ」
愚かしい人の世。
だからこそ、それは極論ではあるけれど、必ずしも間違ってはいない。
彼の理想は理想として疑う余地もない。
ロイドたちも犠牲さえなければ考えたかもしれない。
結局のところ、道は違えただけなのだ。
もしもすべてが始まる前ならば、理想を語り合え、方法を分かち合えたかもしれないのに。
「お前は根本的に間違ってるぜ、ミトス。
差別ってのは心から生まれるんだ」
「そうだよ、ミトス。相手を見下す心、自分を過信する心
そういう心の弱さが差別を作るんだと思う」
だとしても誰が責められようか。
差別を受け、それでも理想を追求してきた英雄ミトスの行動を。
ただ、混同してはいけないのはその理想はいつのまにか目的を挿げ替えてしまっているということだ。
全てはマーテルの器を作るために。
歪んで捉えられた「マーテルの理想」を実現させるために。
「お前だってそうだろ。人やエルフを見下して家畜扱いしてさ。それは心の弱さだ!」
しいなが吼えた。
「このままでは無機生命体になっても…変わらんな。差別はいくらでも生まれる」
リーガルがひたと見据えて言う。
「じゃあハーフエルフはどこに行けばいい?」
失望したようにかぶりを振るミトス。
「どこに行っても疎まれる。
心を開いても受け入れてもらえなかったボクたちはじゃあどこで暮らせばよかったんだ?」
「どこでもいいさ」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんかいない。どこだっていい。
自分が悪くないのなら堂々としていればいい」
それでも差別は尽きないのだ。
ロイドの言うことはあまりにもまっすぐすぎた。
「それが…できなかったから
ボクは…ボクらはボクらの居場所が欲しかった!」
「おっと、被害者面はよくないぜ。…そのお題目でお前がやったことは…到底相殺しきれない」
ま、俺様も人のことは言えねーけど?
ゼロスはそう皮肉を込めて笑う。
「あなたのしたことで…数え切れない人々が無意味なしに苦しめられた。
その人たちの痛みを…あなたは…感じていますか?」
プレセアが責め上げた。
そう、確かに長きに渡って世界は彼の一存で苦しめられてきたのだ。
それもまた忘れてはいけない事実。
「人は変わるものよ。たとえ今日が変わらなくても一ヵ月後、一年後と時間がたつうちに必ず変化が訪れる」
「すべては許されないかもしれません。でも償うことはできます。
あなたの中にも神様はいるでしょう?良心って言う神様が」
「…」
は何も言えなかった。
だとしても。
彼にも言い分はあるのだ。そしてその痛みなど自分たちには想像できるはずもない。
世界を救い、世界を滅ぼそうとするこの少年が理想に至るまでに辿った道を…おそらくここにいる誰もが知るすべはないのだ。
だから、何も言えなかった。
「許しを請うと…思っているのか?馬鹿馬鹿しい」
嘲笑が響いた。
「神様なんていないよ。だからボクは…ボクの理想を追求し続ける。」
再び姿がユグドラシルに戻った。
「ボクの居場所が大地になく、無機生命体の千年王国すらも否定するのならボクはデリスカーラーンに新しい世界を作るだけだ。
姉さまと二人の世界を」
駄目だ。
彼はもうすでに壊れてしまっている。
そんなこともわからなかったなんて…
は瞳を閉じてため息をつく。
同時に再び12枚の光の羽が開きミトスの右手が高く掲げられた。
「誰一人何もできはしないのさ」
閃光の雨が降り注ぐ。
ロイドはかまわずまっすぐに走り切りかかる。
「ミトスのわからず屋っ!」
泣きそうな声でジーニアスの詠唱が後を追った。
しかし通常の攻撃も、短い詠唱も彼が手を薙ぐだけで消え去ってしまった。
「アグリゲットシャープ!」
リフィルの法術が剣に宿り、鋭さを増す。
ゼロスの魔法剣が羽をかすめ、ジューダスのシャルティエが光の壁を破る。
「くそっ」
ミトスは体を大きくそらすと左手を突き出した。
光の槍が創出されそれはまっすぐにコレットへと向かった。
ホーリーソングを詠唱中の彼女は一心に詠唱を続けている。
「何っ」
しかし、光の槍はいともたやすく
の作り上げた不可視の壁にさえぎられる。
フォルトゥナの最終攻撃をも退いたのだ。
防御に徹すればこれくらいは訳はない。
「秋沙雨!」
無数の突きが残像を残してミトスの体に注がれる。
「驟雨双破斬!!」
「ぐはっ」
技はそのまま発展をしてついにミトスに膝をつかせた。
プレセアが、リーガルがそれぞれ巨斧を、拳を掲げて追撃にかかる。
もはやミトスの攻撃は彼らにとってあがきでしかなかった。
それでもなお、立ち上がろうとする彼は、もうボロボロに見えた。
「貴様らっ」
時が…止まった。
「はぁはぁ…」
無音の空間でミトスは肩を押さえながら睨めつける。
憎い人間を、
裏切ったハーフエルフを、
残念ながらエルフはここにはいなかった。
いたらば一度に始末ができたのに。
瞳を閉じて呼吸を整える。
この状態ならば一撃で済むはずだ。
そう、一撃で…
「ミトス、本当にそれでいいの?」
「何っ」
しかし、時は完全に閉ざされてはいなかった。
彼のつかさどる時はこの時空のみに干渉するものだったのだろう。
だからそこからうち漏らされた者がいる。
驚いて瞳を開けるとそこには黒髪の人間の姿があった。
男と女。
ふたりとも無音に閉ざされたこの空間で、どこか哀しげに、あるいはまっすぐに自分を見つめていた。
どこかでみたことのある瞳──
そう、それは…
なぜか姉と、
かつての仲間を彷彿させた。
「ボクは…間違っていない」
「そうか」
男がゆっくりと銀光を宿した剣をこちらへむけた。
「解き放たれし不穏なる異界の力 黒曜の輝き
快速の槍となり敵を討て」
その声は朗々と、
ただ何もない空(から)の空間に響き渡った。
「デモンズランス!!」
闇色の光が黒曜の槍となって降り注ぐのを、ミトスは見た。
あぁ…これがボクの、
ボクに与えられた定めなのか。
「姉さま…ボクの世界が…」
視界が闇に閉ざされる。
それは罰なのだろうか。
それとも安らぎ?
どこか哀くて、優しい声がした。
「ミトス…おやすみなさい」
